第1 本記事の対象と結論
本記事は、進行がん又は終末期がんの患者について、比較的元気に見えた時期から短期間で全身状態が悪化した場合に、予後説明、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)、家族への説明及び医療紛争をどのように整理するかを説明するものである。
がん患者は、比較的長く機能を保った後、死亡前1~2か月に状態が急速に変化することがある。しかし、これは多数の患者をまとめた一般的な「病みの軌跡」であり、個別患者が何日に死亡するかを確定するものではない。
予後の不確実性は、説明をしなくてよい理由ではない。医療者は、確実にいえること、幅をもって予測していること、今後起こり得る変化、緊急時の連絡方法及び本人が大切にしたいことを、状態に応じて繰り返し話し合い、記録・共有する必要がある。
本記事の基準日は令和8年9月22日である。本記事は一般的な法的・実務的整理であり、個別患者の診断又は受診の代わりとなるものではない。
第2 がん終末期にみられる「急な悪化」
1 病みの軌跡
厚生労働省の在宅医療関係資料は、がん等の患者について、比較的長い間機能が保たれた後、死亡の1~2か月前に急速に状態が変化することがあると説明している。慢性心不全等が急性増悪を繰り返しながら徐々に低下する経過や、認知症・老衰が長期にわたり緩やかに低下する経過とは、典型的な軌跡が異なる。
このため、家族が「先週まで話せていたのに、急に食べられなくなった」「数日前まで歩いていたのに、急に寝たきりになった」と感じることがある。急速な変化そのものが直ちに診療上の過失を意味するわけではない。
2 一般的傾向と個別予後を区別する
病みの軌跡は、話し合いを始める時期を考えるための参考であり、個別の余命予測表ではない。がんの種類、臓器転移、治療への反応、感染症、栄養状態、臓器機能、年齢及び併存疾患によって経過は異なる。
「多くの場合」「週単位の可能性」「月単位と考えるが幅がある」など、予測の幅と不確実性を明示することが重要である。日付を断定できないことと、悪化の可能性を説明できないことは同じではない。
3 可逆的な原因を見落とさない
終末期と考えられる患者の急変でも、感染症、脱水、電解質異常、高カルシウム血症、薬剤の副作用、出血、血栓塞栓症、尿路又は胆道の閉塞その他の治療可能な原因が重なっていることがある。
したがって、「終末期だから仕方がない」と原因検索を一律に省略するのではなく、本人の希望、身体的負担、期待できる利益及び治療目標を踏まえて、必要な評価と緩和を検討する。急な呼吸困難、意識障害、激しい疼痛、出血その他の異常がある場合は、個別の医療機関へ連絡する必要がある。
第3 予後説明で伝えるべきこと
予後説明では、単に「余命何か月」と伝えるだけでなく、少なくとも次の事項を分けることが望ましい。
- 現在確認されている病状と治療の目的
- 根治、延命、症状緩和のどれを主な目標としているか
- 予測される時間幅と、その予測が外れる可能性
- 食欲低下、眠気、呼吸困難、せん妄、歩行困難等の起こり得る変化
- 自宅、病院又は施設で受けられる医療・ケア
- 夜間・休日及び急変時の連絡先と搬送方針
- 本人が説明を希望する範囲及び家族への情報共有の範囲
一度に全てを伝えても、本人及び家族が理解・記憶できないことがある。面談後の質問機会を設け、要点を書面で渡し、病状が変化した時点で説明を更新することが重要である。
第4 ACPは一度の同意書ではない
厚生労働省は、ACPを、もしものときのために本人が望む医療やケアについて前もって考え、家族等及び医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組と説明している。
ACPの中心は、蘇生措置をするかどうかという一つの選択ではない。本人が何を大切にしているか、どこで過ごしたいか、苦痛と延命のバランスをどう考えるか、意思を伝えられなくなった場合に誰に推定してもらいたいかを確認する過程である。
本人の意思は心身の状態に応じて変化し得る。そのため、①適切な情報提供、②本人・家族等との十分な話し合い、③話し合った内容の文書化・共有、④状態変化後の見直しを繰り返す必要がある。署名済みの事前指示書又はDNAR指示があるだけで、後の確認が不要になるわけではない。
第5 本人と家族への説明に関する法的枠組み
1 本人の意思決定が基本である
医療法1条の4第2項は、医療の担い手が、医療を提供するに当たり適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならないと定めている。厚生労働省の決定プロセスガイドラインも、適切な情報提供と説明を前提に、本人と医療・ケアチームの十分な話し合いを踏まえた本人の意思決定を基本としている。
患者本人に判断能力があり、説明を受ける意思がある場合、家族の希望だけで病名又は予後を一律に本人へ伝えない扱いとすることには慎重な検討を要する。本人が誰と情報を共有したいか、どの程度の説明を望むかを確認する。
2 最高裁平成14年9月24日判決
最高裁平成14年9月24日第三小法廷判決(集民207号175頁)は、医師が末期がんで余命が限られていると診断し、患者本人にはその旨を告知すべきでないと判断した事案について、容易に連絡でき、告知に適した家族がいたなどの事情の下では、家族等と接触して告知の適否を検討し、適切な家族へ病状等を説明すべき診療契約上の付随義務があるとした。
この判決は、本人へ説明しなくても常に家族へ説明すれば足りるという一般原則を示したものではない。平成2、3年当時の医療水準及び個別事情の下で、本人へ告知しないと判断した医師が、家族への接触・検討まで怠った点を判断したものである。
3 家族への説明だけで足りるとは限らない
現在の終末期医療では、本人の意思決定支援を基本とし、本人の意思を確認できない場合に、家族等による推定意思又は本人にとっての最善を検討する。家族は重要な支援者であるが、家族の希望と本人の意思が一致するとは限らない。
本人への説明を控える場合は、その理由、本人の理解・判断能力、本人が従前示した希望、家族との関係、説明による利益・不利益及び医療・ケアチームでの検討を記録する必要がある。
第6 医療紛争で分けて検討する事項
終末期の説明をめぐる紛争では、次の事項を混同しないことが重要である。
- 診断・予後予測の適否:当時得られた検査、症状及び医学的知見から、終末期又は急変をどこまで予測できたか。
- 説明義務:誰に、何を、いつ、どの程度説明すべきであったか。
- 意思決定支援:療養場所、治療中止、蘇生措置、鎮静その他の選択肢を検討する機会があったか。
- 診療上の過失:感染症その他の可逆的原因への対応、苦痛緩和又は急変対応に問題があったか。
- 因果関係:適切な診療又は説明があれば、死亡時期、治療選択、療養場所又は家族と過ごす時間が変わった高度の蓋然性があるか。
- 損害:死亡結果に対する損害か、選択機会又は自己決定権の侵害に対する慰謝料か。
説明が不十分であったことから直ちに死亡との因果関係が認められるわけではない。他方、死亡時期を変えられなかった場合でも、本人が治療・療養場所を選ぶ機会を失ったことが独立の問題となることがある。
第7 記録と証拠
- 診療録、看護記録、検査結果及び画像
- 病状説明書、同意書、面談記録及び退院支援記録
- 緩和ケア、在宅医療、訪問看護及びケアマネジャーの記録
- ACP、事前指示書、DNAR指示及び代理意思決定者の記録
- 救急搬送方針、夜間連絡先及び急変時の連絡記録
- 本人の意思、家族の理解及び医療者の説明内容が分かるメモ・電子連絡
「説明した」「聞いていない」という対立を避けるため、日時、参加者、説明資料、本人・家族の質問、理解状況、結論及び次回見直しの条件を記録する。余命の数値だけでなく、予測の幅及び不確実性を説明したことも残す。
第8 本人・家族と医療側の実務
本人・家族は、診察前に、①今後起こり得る変化、②急変時の連絡先、③自宅で対応できる症状、④救急搬送を希望する場面、⑤療養場所、⑥本人が意思を伝えられない場合の代弁者を質問事項としてまとめるとよい。可能であれば家族等が同席し、説明後に要点を確認する。
医療側は、治療の選択肢だけでなく、治療しない場合の見通し及び緩和方法も説明し、本人の価値観と結び付けて記録する。家族の中で意見が分かれる場合又は方針決定が困難な場合は、多職種チーム及び必要に応じて倫理委員会等の話合いの場を設ける。
第9 まとめ
がん終末期には、比較的保たれていた機能が短期間で低下することがある。その一般的傾向を、個別患者の正確な余命予測と取り違えてはならない。
重要なのは、予後が不確実であることを含めて説明し、本人が大切にすることを早めに確認し、状態が変わるたびに話し合いを更新することである。紛争になった場合は、予後予測、説明、意思決定支援、診療上の過失、因果関係及び損害を分けて検討する。