第1 令和8年10月9日の日弁連決議
1 育児・介護だけに限られない提言
日弁連は令和8年10月9日、ケア責任と労働の在り方を再構築し、構造的なジェンダー不平等を克服する制度を求める決議を採択した。
決議は、家族のケアを担う人の働き方に加え、ケアに従事する労働者の賃金、税・社会保障、意思決定への参加などを取り上げている。
一つの休業制度だけの改正要求として読むと、提言の範囲を取り違えることになる。
出典は日弁連「ケア責任と労働の在り方を再構築するとともに、構造的なジェンダー不平等を克服するための制度の実現を求める決議」(令和8年10月9日)である。
2 決議と、施行された法律を分ける
この決議は日弁連による政策提言であり、採択の日に企業の義務や給付制度が一括して変更されたものではない。
提言を読むときには、①既存制度の運用で対応できる課題、②法律や制度の追加・改正を求める部分、③その効果について日弁連が示す見解を分ける必要がある。
男女雇用機会均等法の仕組みは、男女雇用機会均等法に関する既存記事を参照されたい。
本記事は同法の逐条的な説明ではなく、ケアをめぐる今回の提言の構造を整理するものである。
第2 賃金とケア労働の評価
1 同一価値労働同一報酬の提言
日弁連は、性別や雇用形態にかかわらず、同一価値の労働に同一の報酬を確保する制度を求めている。
この論点は、同じ名称の仕事をしているかだけでなく、仕事の価値をどのように評価し、報酬に反映するかという問題を含む。
現在の個別の賃金差について結論を出すには、適用される法律、雇用形態、職務内容、責任、配置の変更範囲、賃金項目の目的等の確認が必要である。
今回の決議だけから、特定の企業の賃金差が直ちに違法になる、又は全て解消されると判断することはできない。
2 ケアを仕事として担う人の待遇
決議は、介護等のケア労働者の賃金を引き上げるため、公定価格への反映などを求めている。
ケアを受ける側の利用可能性と、サービスを提供する側の待遇・人材確保を併せて扱う提言である。
公的財源の確保についても要求しているが、決議自体が報酬単価や労働者の賃金を改定するものではない。
上記の制度要求とその理由は、日弁連決議の本文及び提案理由に示されている。
第3 労働時間・配置転換・休業制度
1 ケアを担える時間を確保する提言
日弁連は、全ての業種を対象とする労働時間の上限規制や勤務間インターバル制度の法制化を求めている。
ここでいう勤務間インターバルは、ある勤務の終了から次の勤務の開始までの休息時間を確保する制度である。
この提言は、現在の日本法に労働時間の規制が存在しないという説明ではない。
既存の規制を前提に、その対象や実効性、休息時間の確保を改善する要求として読む必要がある。
2 転勤等と、家族のケア
決議は、配置転換等で労働者のケア責任を考慮する制度と、ケア責任を理由とする不利益取扱いを防ぐ制度の整備を求めている。
ケアの事情を聞き取ること、利用可能な働き方を検討すること、人事上の取扱いの理由を明確にすることは、企業が実務上検討できる事項である。
もっとも、個々の転勤命令が有効か、どの配慮が法的に必要かは、適用法令、労働契約、就業規則、業務上の必要性、具体的な家庭事情を踏まえる問題である。
日弁連の提言を、そのまま個別事件の結論として用いることはできない。
3 男性の育児参加と所得保障
日弁連は、男性の育児休業取得を促す仕組み、休業の利用方法、育児・介護休業中の所得保障の充実を求めている。
この点でも、現在利用可能な制度と、追加で求められている制度を分けて確認したい。
育児休業の分割等の仕組みが一切存在しないかのように説明することや、決議によって取得義務や給付額が変更されたと説明することは適切でない。
企業の検討では、休業の取得手続だけでなく、取得前後の業務分担、相談体制、復帰後の取扱いまで見る必要があると考えられる。
これは提言を実務に引き付けた検討の視点であり、決議が個々の企業に新しい法的義務を課したという意味ではない。
第4 税・社会保障と、意思決定への参加
1 個人を単位とする制度への見直し
日弁連は、配偶者控除を含む税・社会保障制度について、個人を単位とする制度への見直しを求めている。
家族のケアと就労の選択に、制度がどのような影響を与えるかという政策上の問題提起である。
今回の決議は、配偶者控除の廃止や社会保険の加入条件変更を施行するものではない。
実際の税額、扶養の取扱い、保険料や給付は、その時点の法令と本人・家族の条件に基づいて別途確認する必要がある。
2 意思決定の場への参加と差別への対応
決議は、政治や企業・団体の意思決定の場への女性の参加、政策のジェンダーへの影響の評価、差別的言動への対応なども求めている。
この部分は、個々の家庭や労働者の努力だけにケア負担の調整を委ねないという、日弁連の問題意識に関わる。
提言に記載された数値目標や制度要求は、それぞれの対象を確認して読む必要がある。
あらゆる組織に同じ法定比率が既に義務付けられたと理解することはできない。
第5 法律実務での読み方
1 企業側が検討する場面
企業では、育児・介護等を担う労働者が実際に利用できる勤務制度、労働時間管理、配置転換の相談、賃金制度、休業後の取扱いを確認することが考えられる。
現行法上の義務をまず確認し、その上で、今回の提言を今後の制度設計の論点として利用するのが適切である。
特に、就業規則の記載と実際の運用に差がないか、相談したことが不利益につながっていないかという点は、具体的な資料に基づいて検討する必要がある。
法改正の予定と日弁連の政策提言を同じものとして扱うことは避けたい。
2 労働者側が相談する場面
相談の際には、希望する働き方、ケアの内容と時間、会社の説明、利用を申し出た制度、問題となっている人事上の取扱いを整理するとよい。
賃金の問題であれば、比較対象と賃金項目の性質も確認する。
今回の決議は問題を整理する手掛かりとなるが、個別の権利や救済方法は現行法と事実関係に基づいて判断される。
本記事は、令和8年10月12日時点で確認した日弁連の決議を中心に、その提言と法律実務上の検討事項を分けて記述したものである。