第1 外回りでも,残業代が不要とは限らない
1 この記事の対象と結論
会社に雇用され,顧客訪問や出張の多い営業担当者について,「外回りだから残業代はない」「歩合給に全部含まれている」と説明された場合の確認点を整理する。
事業場外みなし労働時間制は,労働時間の算定方法についての制度であり,外勤者の割増賃金を一律に免除する制度ではない。
①制度の適用要件,②何時間とみなすか,③内勤その他の時間,④賃金の内訳と既払額を順に確認する必要がある。
この記事は令和8年10月13日現在の法令と公開資料に基づく。実際の業務,指示・報告,労働契約及び賃金規程により結論は異なる。
「独立自営家」等の呼称や経費負担の方法だけで,労働法上の労働者に当たるか,又はみなし制が適用されるかは決まらない。雇用関係が争われる場合は,業務の指揮監督や報酬の実態を別に確認する。
2 相談で最初に区別する制度
事業場外みなし制,裁量労働制,固定残業代及び歩合給は,それぞれ別の制度である。
会社に対し,適用している制度の名称だけでなく,根拠条文,対象業務,みなし時間,労使協定及び給与明細上の割増賃金の欄を確認する。
本記事は労働基準法38条の2の事業場外みなし制を中心に扱い,管理監督者や裁量労働制の適否を同じ基準で判断しない。
第2 「労働時間を算定し難いとき」の確認
1 社外にいるだけでは足りない
労働基準法38条の2第1項は,労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事し,労働時間を算定し難い場合を対象とする。
会社が日報を確認していなかったという事実だけで,法律上も算定し難いと判断することはできない。業務の性質,遂行方法,指示及び報告の実態を確認する必要がある。
厚生労働省は,時間を管理する者がいるグループでの外勤,随時使用者の具体的な指示を受ける外勤,訪問先・帰社時刻等の具体的指示に従う外勤などを,算定が可能で制度の適用がない類型として説明している。
単なる同行の有無だけで決めず,同行者の役割,指示の内容,同行した時間帯及びその他の時間の把握方法まで調べる。
出典:厚生労働省「外勤業務後の内勤業務も事業場外みなし労働が適用されますか?」。
2 スマホや日報の存在だけで決まらない
スマホを貸与されていることや,日報を提出することは,判断資料の一部である。
訪問先や時刻を誰が決めるのか,変更に承認が必要か,電話・チャットによる指示の頻度,日報に始終業・休憩・業務内容をどの程度記載するのか,会社が正確性をどのように確認できるのかを併せて見る。
「連絡できるから必ず不適用」「日報は自己申告だから必ず適用」という説明は避けるべきである。
第3 最高裁判決と差戻審から分かること
1 旅行添乗員について適用を否定した判決
最高裁平成26年1月24日第二小法廷判決(平成24年(受)第1475号)は,募集型企画旅行の添乗員の事案である。
具体的な旅行日程・マニュアルによる指示,変更時の報告と指示,詳細な添乗日報及びその正確性を確認できる仕組みなどから,勤務状況の具体的把握が困難とは認め難いとして,みなし制の適用を否定した。
携帯電話の貸与だけを理由にした判決ではない(判決PDF4~6頁)。
2 日報の正確性の検討を求めた令和6年判決
最高裁令和6年4月16日第三小法廷判決(令和5年(受)第365号)は,技能実習の監理団体の指導員について,業務日報による報告等を重視して適用を否定した原審判断を一部破棄し,差し戻した。
日報の正確性が担保されていたかについて,業務への具体的指示や報告,実習実施者等への確認の現実的な可能性・実効性等を十分に検討する必要があるとしたものである。
最高裁が当該指導員への適用を最終的に確定したわけではない(判決PDF4~5頁)。
3 差戻審は業務の違う日を分けて判断した
差戻審である福岡高裁令和7年8月28日判決(令和6年(ネ)第403号)は,問題となった外勤業務について,日報や訪問指導記録の内容・確認方法等を具体的に検討し,労働時間を算定し難いと認めた。
一方,争われた外勤業務には「指示あり」「同行」「内勤」とされた日は含まれておらず,それらは別に扱われている。同じ人の全勤務日について,一律にみなし制で残業代がなくなると読むべきではない(判決PDF1~9頁)。
当該判決の確定状況は裁判所の掲載情報だけでは確認できない。本記事は公表された判示内容を紹介するものである。
第4 みなし時間と内勤時間を分けて計算する
1 所定時間と「通常必要な時間」
制度が適用される場合,原則は所定労働時間を労働したものとみなす。
ただし,その業務の遂行に通常所定労働時間を超える労働が必要な場合は,通常必要とされる時間を用いる。労働基準法38条の2第2項の労使協定がある場合は,対象業務と協定時間も確認する。
協定で時間を決めていても,「労働時間を算定し難い」という要件の確認が不要になるわけではない。
2 帰社後の会議等を消してはいけない
外勤部分にみなし制が適用されても,帰社後の社内会議や書類作成など,事業場内で労働した時間は別に把握し,外勤部分と合算する。
例えば,外勤部分のみなし時間が8時間で,帰社後に2時間の社内会議で労働した場合,合計は10時間となる。通常の1日8時間制を前提とすれば,2時間の法定時間外労働について割増賃金を検討する。
これは説明用の例であり,変形労働時間制等がある場合は別に判断する。
みなし制が適用されることだけで,法定休日労働や深夜労働の割増賃金が不要となるわけでもない。勤務日,時間帯及び支払額を分けて確認する。
一般的な割増賃金と請求手続は,時間外労働,休日労働及び深夜労働並びに残業代請求を参照されたい。
第5 歩合給でも割増賃金を確認する
1 固定給部分と歩合給部分の算式は異なる
労働基準法施行規則19条1項6号・7号により,歩合給の時間当たり賃金は,その算定期間の歩合給総額を同期間の総労働時間で除して求め,固定給と歩合給が混在する場合は各部分を別に計算する。
歩合給部分では通常の賃金に相当する部分が既に支払われているため,原則として割増部分を追加する。例えば通常の法定時間外労働は「歩合給総額÷総労働時間×0.25×時間外労働時間」で計算する。月60時間を超える法定時間外労働,法定休日及び深夜は,それぞれの割増率を確認する。
この0.25を固定月給部分へそのまま適用してはならない。
出典:厚生労働省「歩合給制とはどのような制度ですか?」。制度の適用要件と時間数を確定した上で,賃金項目ごとの性質,算定期間,除外手当及び既払額を確認する必要がある。
成果が少ない月の保障給や最低賃金も別の問題であり,「完全歩合給」という名称だけで時間に応じた法的保障がなくなるわけではない。
2 「手当に含む」という説明を資料で確認する
固定残業代等の説明がある場合は,どの項目がどの労働の対価なのか,通常賃金と割増賃金を区別できるのか,計算された割増額と既払額の差額がないかを調べる。
前記差戻審では,「相談対応手当」が固定の時間外賃金であるとの会社の主張についても,契約書・労働条件通知書の記載や説明・合意等を検討し,採用しなかった(判決PDF9~11頁)。
名称だけで有効又は無効を決めず,賃金規程と実際の説明・支払を対応させることが必要である。
第6 健康確保のための時間把握は別に必要である
1 みなし制の適用者も把握対象となる
労働安全衛生法66条の8の3と労働安全衛生規則52条の7の3は,面接指導等のために労働時間の状況を把握し,記録を作成して3年間保存する措置を定めている。
事業場外みなし制が適用される労働者も対象である。賃金計算上のみなし時間を決めたことだけで,健康確保のための把握を省略できるわけではない。
一方,健康確保のための記録に現れた時間が,すべて賃金計算上の労働時間になるとも限らない。休憩,私的活動及び業務の指示との関係を区別する。
把握方法の詳細は,労働安全衛生法の概要,労働時間の状況把握及び令和7年改正を参照されたい。
2 記録を減らすことを制度維持の目的にしない
プルデンシャル生命が公表した調査報告書133~134頁は,事業場外みなし制の適用否定等のリスクを踏まえ,事業場外活動の終了時刻を把握しない運用が維持された経緯を記載している。
これは委員会による調査の記載であり,全営業社員への適用の違法性や未払賃金額を確定した判決ではない。また,同報告書134頁注462は,終了時刻を把握すれば当該金銭授受事案を防げたと認定するものではないと明記する。
賃金計算,健康確保及び顧客被害の防止は目的が異なる。会社は,人事労務・安全衛生・営業管理の担当が,それぞれ必要な記録と確認方法を整理することが望ましい。
第7 相談前の資料保全と会社側の見直し
1 勤務日ごとの資料をそろえる
相談する営業担当者は,労働契約書,労働条件通知書,就業規則・賃金規程,みなし時間の協定,給与明細,日報,予定表,訪問記録及び指示のメール・チャットを保存する。
勤務日ごとに,始業・終業,休憩,外勤・内勤,同行者,具体的指示,深夜・休日及び裏付け資料を対応させる。後から作成した記憶のメモは,当時の記録と区別する。
訪問先の個人情報や会社の秘密を無関係に持ち出さず,適法に保有する資料から整理し,退職前後の取得方法は必要に応じて弁護士へ相談する。
請求可能な期間は各賃金の支払期日,経過措置及び時効対応により異なる。会社の説明を待つ間に資料が消えるおそれや古い未払分がある場合は,早めに相談する。
2 会社は部署・業務・日ごとに運用を点検する
会社側は,人事労務担当が契約・規程・協定・給与計算を,営業管理者が指示・報告・同行等の実態を,安全衛生担当が健康確保のための記録を確認する。
業務管理アプリや訪問承認の仕組みを変えた際は,以前と同じ制度を使えるかを再評価する。制度の適否が不明,又は記録と給与計算に不一致がある場合は,資料を保全して個別に法的評価を受ける。
一部の外勤日に適用が認められた判決を,会社全体の全勤務日に対する免責として使わないことが重要である。
第8 主な出典
①労働基準法27条,37条,38条の2及び労働基準法施行規則19条。
②労働安全衛生法66条の8の3及び労働安全衛生規則52条の7の3。
③厚生労働省の事業場外みなし制と内勤のQ&A及び歩合給制のQ&A。
④最高裁平成26年1月24日判決,最高裁令和6年4月16日判決及び福岡高裁令和7年8月28日判決。最後の判決の裁判年月日・事件番号は裁判所の掲載情報による。
⑤社外特別調査委員会の調査報告書(開示版,令和8年10月3日付,同月8日公表)133~134頁。報告書の記載と裁判上の判断を区別している。