預金債権の差押命令では,金融機関が調査すれば最終的に対象口座を見つけられるというだけでは足りない。差押えの効力が第三債務者への送達時に生ずることと整合するように,第三債務者が対象債権を十分迅速かつ確実に識別できる記載が必要である。本記事では,最高裁判所第三小法廷平成23年9月20日決定及び同平成24年7月24日決定の全文に基づき,全店一括順位付け方式,送達時残高,将来入金部分及び一部だけを維持できる場合を整理する。
第1 結論
結論は,次のとおりである。
① 銀行の全店舗を順位付けし,先順位店舗の預金から請求額に満つるまで順次差し押さえる方式は,大規模金融機関について差押債権の特定を欠く。
② 問題は,銀行に調査能力があるかどうかだけではなく,差押命令が送達された時点で対象債権を十分迅速かつ確実に識別できるかどうかである。
③ 特定された普通預金口座について,送達時に存在する残高と,送達後1年間の入金によって生ずる部分とを分けて表示した事案では,後者だけが特定を欠くとされ,前者は維持された。
④ 平成24年決定は,あらゆる将来預金債権の差押えを一律に禁止したものではない。当該銀行が継続的に入出金を監視して差押範囲を管理するシステムを備えていないことなど,事案の事情を前提とした判断である。
⑤ 申立実務では,取扱店舗を明示し,店舗内で預金種別・口座番号等による順位を定め,複数店舗を対象とするときは店舗ごとに上限額を割り付けるのが安全である。
第2 預金債権を特定する法的基準
1 差押えの効力は第三債務者への送達時に生ずる
民事執行法145条5項は,債権差押えの効力が差押命令を第三債務者に送達した時に生ずると定めている。旧資料では同条4項と記載されていることがあるが,現在は改正により項番号が変わっている。
この効力発生時を前提とすると,差押命令の送達後に金融機関が長時間をかけて全店を検索し,事後的に差押対象を決めるような記載は,制度の構造と整合しにくい。
2 平成23年9月20日決定の基準
最高裁判所第三小法廷平成23年9月20日決定(平成23年(許)第34号,民集65巻6号2710頁)は,差し押さえる債権の特定について,第三債務者が,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が送達時に生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,対象債権を識別できるものでなければならないとした。
したがって,「物理的に検索可能である」,「最終的には口座を発見できる」,又は「銀行内部のシステムを使えば処理できる可能性がある」という事情だけでは足りない。送達時点の効力と実際の識別作業との関係を具体的に検討する必要がある。
第3 全店一括順位付け方式が特定を欠く理由
1 問題となった方式
平成23年決定で問題となったのは,複数の金融機関について,全ての店舗又は貯金事務センターを店舗番号等の順に並べ,先順位の店舗にある預貯金から順に,請求額に満つるまで差し押さえる方式である。田原睦夫裁判官の補足意見は,この方式を「全店一括順位付け方式」と表現している。
2 単なる事務負担の大小ではない
全店一括順位付け方式では,ある店舗の預金をいくら差し押さえるかが,他の店舗に先順位の預金があるか,その残高がいくらかによって変わる。各店舗の差押上限額があらかじめ固定されず,全店横断の探索と集計を終えなければ各店舗の差押範囲を確定できない。
最高裁決定の核心は,単に銀行の作業量が多いという点ではない。第三債務者が送達時に差押対象を識別し,二重払いや過剰な支払拒絶を避けるための基準として機能するかどうかにある。
3 現在の裁判所書式との関係
東京地方裁判所の預金債権に関する差押債権目録の記載例は,取扱支店を示し,その支店内で預金の種類や口座番号等に順位を付ける形式を採用している。複数の取扱店舗を対象とするときは,店舗ごとに差し押さえる上限額を割り付け,他店の不足分を自動的に次の店舗へ回す記載は避けるべきである。
第4 送達時残高と将来入金部分の分離
1 平成24年7月24日決定の事案
最高裁判所第三小法廷平成24年7月24日決定(平成24年(許)第1号,集民241号29頁)は,特定された普通預金口座について,差押命令送達時に現に存する預金債権と,送達の日から1年を経過する日までに入金される金員によって生ずる預金債権とを対象にした事案である。
2 将来入金部分が特定を欠いた理由
同決定は,普通預金について,将来の入出金の時期及び金額をあらかじめ把握できず,当該銀行には特定口座への入出金を継続して自動監視し,残高のうち差押債権額を超える部分だけについて払戻しに応ずるシステムが構築されていないなどの事情を重視した。その事情の下では,1年間の将来入金部分について,第三債務者が十分迅速かつ確実に識別できず,特定を欠くとされた。
この判断を,「将来債権は常に差押え不可」と一般化するのは正確でない。債権の発生原因,継続性,期間,金額上限,第三債務者の事務処理及びシステムを踏まえ,対象を識別できるかを検討する必要がある。
3 送達時残高部分は維持された
申立てでは,送達時に現存する預金と将来入金によって生ずる預金が区別して表示されていた。最高裁は,将来入金部分が特定を欠いても,現存預金部分まで当然に不適法になるものではないとして,現存預金部分について原決定を破棄し,原々審に差し戻した。
この分離処理は,申立書の構造に直結する。現存債権と将来債権,複数の発生原因,又は複数の対象を混在させるときは,どの部分が独立して判断できるかが分かるように区分して記載することが重要である。
第5 申立書を作成する際の実務上の要点
1 金融機関と取扱店舗を示す
申立書では,第三債務者である金融機関を法人として正確に表示するとともに,差押債権目録で取扱店舗を示す。法令の文言が常に支店名の記載を直接要求しているというより,平成23年決定の機能的な特定基準と現在の裁判所書式を踏まえた実務上の対応である。
2 店舗内の順位を明確にする
同じ店舗に複数の預金がある場合は,先行差押えの有無,円貨・外貨,預金種別,口座番号等により順位を明示する。順位規定は,第三債務者に選択を委ねず,どの預金から差押額に充当するかを一義的にするために置かれる。
3 複数店舗には個別の上限額を割り付ける
複数の支店を対象とする必要があるときは,各支店について差し押さえる限度額を別々に定め,合計額が請求額を超えないようにする。ある支店の不足額を他の支店へ自動的に回す全店横断の方式は避ける。
4 現存部分と将来部分を分ける
将来に発生する債権を対象に含める必要があるときは,送達時に現存する債権と別項目にし,発生原因,期間及び上限額を可能な限り特定する。将来部分の特定が否定されても現存部分を独立して判断できる構造にする。
第6 取扱店舗が分からない場合の調査手段
1 弁護士会照会
弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会により,金融機関本店に債務者名義の預金の有無や取扱店舗等を照会する方法がある。ただし,回答の可否及び範囲は金融機関の運用,照会目的,債務名義の有無その他の事情による。弁護士会照会は情報収集手段であり,回答によって預金が凍結されるわけではない。
2 第三者からの情報取得手続
民事執行法207条に基づく第三者からの情報取得手続では,所定の要件を満たす債権者が,裁判所を通じて金融機関から預貯金債権に関する情報を取得できる。申立てには民事執行法197条に関連する要件の疎明等が必要である。
この手続も情報を得るための手続であり,預金を差し押さえる手続そのものではない。取扱店舗等の回答を得た後,別途,債権差押命令を申し立てる必要がある。
3 各制度を混同しない
弁護士会照会,第三者からの情報取得手続及び債権差押命令は,根拠,審査主体,回答義務及び効果が異なる。調査段階では広く店舗情報を求めることがあっても,差押命令の債権目録では,送達時に対象債権を識別できる記載へ絞り込む必要がある。弁護士会照会については,弁護士会照会(AIリライト)も参照されたい。
第7 申立前チェックリスト
① 第三債務者の商号,本店所在地及び代表者を資格証明書で確認したか。
② 取扱店舗又は貯金事務センターを特定したか。
③ 店舗内の預金種別及び口座番号等の順位が一義的か。
④ 複数店舗を対象とする場合,各店舗の上限額を個別に割り付けたか。
⑤ 全店を横断して不足額を順次回す記載になっていないか。
⑥ 送達時に現存する債権と将来発生部分を区分したか。
⑦ 将来債権を含める場合,発生原因,期間,上限額及び第三債務者の識別可能性を検討したか。
⑧ 申立先裁判所の最新書式と運用を確認したか。
⑨ 第三者からの情報取得又は弁護士会照会で情報を得ただけで,差押えが完了したと誤解していないか。
第8 一次資料の確認状態と参考資料
1 一次資料による裏付け
平成23年9月20日決定は裁判所公式PDF及び判例秘書全文(文献番号L06610084)を,平成24年7月24日決定は裁判所公式PDF及び判例秘書全文(文献番号L06710076)を照合した。判例秘書の文献番号は検索・再確認のために示すものであり,リンク先は一般に閲覧できる裁判所公式PDFを優先した。
平成24年1月17日の決定として紹介される平成23年(許)第54号については,判例秘書で事件番号を民事分野及び全分野から検索したが該当結果は0件であった。これは,その検索条件で本文を確認できなかったという意味にとどまり,非収録又は不存在を断定するものではない。本記事の実体的な法的根拠には用いていない。
2 法令・裁判所資料
① 民事執行法
② 民事執行規則
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② 預金・給料の仮差押え―取扱店舗の特定,差押禁止の範囲及び陳述催告(AI作成)
③ 平成24年度の最高裁民事破棄判決等の実情―処理統計・主要判例・実務チェック(AI作成)
(本記事は一般的な解説であり,個別事件に対する法的助言ではない。実際の申立てでは,申立先裁判所の最新書式・運用及び対象金融機関の表示を確認する必要がある。)