マレリのチャプター11では,裁判所が申立前の一定の取引債権を支払う権限を債務者に与えている。
しかし,これはすべての取引先に対する全額払いの命令でも,特定の請求書が支払対象になったとの認定でもない。
取引先は,契約相手である債務者法人,商品の受領日,申立前後の区分,マレリ側から提示された支払対象額及び合意条件を個別に確認する必要がある。
本記事は,2026年10月6日現在の裁判所提出資料に基づき,マレリの取引先が売掛金と継続取引を整理するための考え方を説明するものである。
個別の支払実績,未公開の取引先指定又は特定会社の債権の法的評価を示すものではない。
第1 結論―支払許可と個別の支払は別である
米国デラウェア地区連邦倒産裁判所の2025年7月11日付け終局命令(Docket No. 266)は,債務者らに対し,Foreign Vendor Claims,Lien Claims,503(b)(9) Claims及びCritical Vendor Claimsの全部又は一部を,事件ごとに判断して支払う権限を与えた。
四区分の許可上限は合計約20億7000万米ドルであるが,命令は支払を義務付けておらず,各債権の有効性,金額,優先順位又は支払約束を認定していない。
したがって,「取引先向け支払命令が出た」ことから「自社の申立前売掛金が支払われる」と直ちに結論付けることはできない。
実務上の確認順序は,①正しい債務者法人,②申立前債権と申立後債権,③四区分の候補,④マレリ側の個別選定,⑤支払合意の条件,⑥残額の債権届出である。
第2 最初に債務者法人と申立前後を分ける
事件は共同管理されているが,各債務者の財産と債務が当然に一つになったわけではない。
基本契約,発注書,注文請書,請求書,納品書,検収記録及び送金履歴を並べ,どの法人が発注し,誰が物品又は役務を受領し,誰が支払義務を負うかを確認する。
次に,各請求を,①2025年6月11日の申立前に発生した一般債権,②申立前20日以内に受領された商品の候補,③申立前に発注され申立後に納品された物品,④申立後の新規取引に分ける。
請求書発行日だけでは,商品の「受領日」や申立後取引の範囲を確定できないため,行項目・数量・納品先まで分解する必要がある。
第3 Docket No. 266が認めた四つの支払区分
1 Foreign Vendor Claims
取引債権支払申立書(Docket No. 13)は,マレリの生産に必要な材料,部品及び役務の多くを供給する外国の取引先をForeign Vendorsと呼び,その申立前債権をForeign Vendor Claimsと定義している(申立書15項~18項,PDF7頁~9頁)。
代替が難しい部品・材料,施設との地理的近接性,専門性及び米国外での供給停止リスクが,支払許可を求めた理由として挙げられている。
Docket No. 266は,この区分について総額12億6000万米ドルを上限として,債務者が事業判断により個別に支払うことを許可した。
外国所在の取引先であることだけで当然に優先権又は支払請求権が生じるとの命令ではなく,マレリ側の分類と個別判断を確認する必要がある。
2 Lien Claims
Lien Claimsは,金型・設備の供給者,倉庫業者,運送業者その他の者が,物品又は設備について担保権・留置権等を主張し得る債権を念頭に置く区分である。
終局命令は総額2億1000万米ドルを上限として支払を許可しているが,担保権の有効性,完成,優先順位及び金額を認定しておらず,債務者側に争う権利を留保している。
日本企業がこの区分を検討する場合は,契約上の所有権,金型・設備又は在庫の所在地,占有者,準拠法,登録・対抗要件及び申立日時点の未払額を整理する。
自動停止との関係があるため,物品を一方的に引き揚げたり,担保権を実行したりする前に,係属裁判所の命令と適用法を確認すべきである。
3 503(b)(9) Claims
米国連邦倒産法503条(b)(9)は,債務者が申立前20日以内に受領し,通常の営業過程で債務者に販売された物品の価値を行政費用とする。
マレリの申立書はこの候補を503(b)(9) Claimsとし,Docket No. 266は総額4億9000万米ドルを上限として,争いのない債権の支払を許可した。
この区分で重要なのは,出荷日,船積日又は請求日ではなく,債務者又はその代理人による物品の受領日を裏付けることである。
役務は同条(b)(9)のgoodsに当然には含まれないため,設置・保守・輸送等が一体になった請求は,物品部分と役務部分を区分して検討する。
4 Critical Vendor Claims
Docket No. 13は,供給継続がマレリの事業に不可欠な取引先をCritical Vendorsとして選定する際の事情として,単独又は限定された供給元か,代替品又は代替業者があるか,代替に要する費用と時間,供給停止による混乱の程度等を挙げている(申立書26項~29項,PDF13頁~15頁)。
Docket No. 266は,この区分について総額1億1000万米ドルを上限として,債務者が個別に支払うことを許可した。
取引先が自ら「重要である」と考えることと,マレリ側が裁判所命令の下でCritical Vendorとして扱うことは同じではない。
支払の提案を受けた場合は,対象請求書,支払割合,供給継続期間,価格・信用枠・支払サイト,解除条件及び権利放棄を記載した合意書を確認する。
第4 20日商品と物品取戻請求
503条(b)(9)の20日商品と,546条(c)の物品取戻請求は別の制度である。
546条(c)は,債務者が支払不能の間に申立前45日以内に受領した物品について,一定の書面請求により返還を求める権利を扱い,書面請求の時期も定めている。
物品取戻請求をしなかったことだけで503条(b)(9)の権利が失われるわけではないが,対象物品,期間,先順位担保権との関係及び手続は異なる。
納品書,倉庫受領記録,在庫番号,シリアル番号,保管場所,加工・転売の有無及び写真を保存し,どちらの制度を使うかを別々に検討する必要がある。
第5 申立前の発注と申立後の納品
Docket No. 266は,申立前に発注され,申立後に物品又は役務が提供されるOutstanding Ordersについて,争いのない債務を503条(b)(1)(A)の行政費用として扱い,通常の営業過程で支払うことを許可した。
発注日が申立前であっても,申立後に倒産財団へ価値を提供する納品等は,純粋な申立前一般債権と同じ扱いにならないことがある。
実務上は,発注書ごとに,発注法人,納品法人,物品・役務の内容,納品日,検収日及び未払額を確認する。
申立後の新規供給については,過去の未払金の回収期待と新たな信用リスクを分け,前払,Cash on Delivery,短期サイト,信用状,保証その他の条件を検討する。
第6 支払合意の条件・権利放棄・返還リスク
Docket No. 266は,取引債権の支払を受ける条件として,債務者が取引先に対し,少なくとも従前と同等以上の取引条件で供給を続ける合意を求めるよう合理的な努力をすることを定めている。
債務者は,申立前18か月で最も有利であった条件や,さらに有利な条件を求めることもできる。
また,支払を受けた取引先は,支払額の範囲で取引債権や物品取戻請求を放棄する扱いを受ける。
合意違反がある場合には,支払が回収対象となり,申立前債権として復活する仕組みや,申立後の未払残高へ充当し直される仕組みも定められている。
250万米ドルを超え750万米ドル未満の一取引先への支払には所定の事前通知が必要であり,750万米ドルを超える支払には所定の貸付人団体の書面同意が必要である。
これらは債務者側の支払権限に関する統制であり,取引先が上限額まで支払を請求できる根拠ではない。
第7 債権届出と社内でそろえる資料
Verita Globalの債権届出案内は,2026年10月6日現在,一般的なClaims Bar Dateは設定されていないと案内している。
同ページは電子債権届出を受け付け,現時点で届出を行う場合は英語を使用し,申立前債権を2025年6月10日終値の為替相場により米ドルへ換算するよう案内している。
ただし,支払許可の対象候補であることや,マレリ側から一部支払を受けたことだけで,残額の届出要否がなくなるとは限らない。
Official Form 410は一般のProof of Claimに用いる様式であり,行政費用の支払請求は503条に従うよう明記しているため,一般債権届出と503条(b)(9)請求の提出方法・期限を分けて確認する。
社内では,①債務者法人別の債権一覧,②契約書・発注書,③請求書・元帳,④納品・受領・検収記録,⑤物品と役務の区分,⑥担保・保証・信用保険,⑦マレリ側との支払交渉及び合意書,⑧既払額と残額,⑨提出済みの届出及び受付記録を一つの台帳にまとめる。
裁判所命令による支払と,計画上の一般無担保債権の処遇を二重計上しないよう,請求書単位で消込状況を残す必要がある。
第8 関連記事との役割分担
本記事は,マレリ事件における取引債権,Docket No. 266及び支払合意を扱う。
事件全体の現在地と今後の日程は「マレリのチャプター11は現在どうなっているか―再建手続・取引先への影響(AI作成)」,2026年8月3日提出版の再建計画案・開示説明書案と財務予測は「マレリのチャプター11再建計画案―債権者別の取扱いと財務予測(AI作成)」を参照されたい。
マレリに限らず,米国の取引先がチャプター11を申し立てた直後の自動停止,物品取戻請求,債権届出及び申立後取引の一般的な初動は「取引先が米国チャプター11を申し立てた場合の初動対応-自動停止・債権届出・20日商品・重要取引先(AI作成)」を参照されたい。
第9 出典
①債務者ら「Motion of Debtors for Entry of Interim and Final Orders (I) Authorizing the Debtors to Pay Prepetition Claims of (A) Foreign Vendors, (B) Lien Claimants, (C) 503(b)(9) Claimants, and (D) Critical Vendors, (II) Confirming Administrative Expense Priority of Outstanding Orders, and (III) Granting Related Relief」(2025年6月11日提出,Docket No. 13,PDF1頁~53頁)。
参照箇所は申立書12項~35項(PDF6頁~18頁)及び合意書案(PDF47頁~53頁)である。
②米国デラウェア地区連邦倒産裁判所「Final Order (I) Authorizing Debtors to Pay Prepetition Claims of (A) Foreign Vendors, (B) Lien Claimants, (C) 503(b)(9) Claimants, and (D) Critical Vendors, (II) Confirming Administrative Expense Priority of Outstanding Orders, and (III) Granting Related Relief」(2025年7月11日,Docket No. 266,PDF1頁~8頁)。
③United States Code, Title 11, § 503 Allowance of administrative expenses及び§ 546 Limitations on avoiding powers(GovInfo掲載の米国法典)。
④United States Courts, Official Form 410 Proof of Claim(2025年4月1日更新)及び同様式のInstructions。
⑤Kurtzman Carson Consultants LLC dba Verita Global「Submit Electronic Proof of Claim (ePOC)」(2026年10月6日確認)。