目次
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第1 総論
1 死亡による損害の全体像
交通事故により被害者が死亡した場合の損害は,実務上,次の項目に整理されます。
① 積極損害(現実に支出を余儀なくされる損害)……葬式費用,墓碑・仏壇の費用等
② 逸失利益(被害者が生きていれば得られたはずの利益)……給与・事業収入等の逸失利益,年金の逸失利益
③ 慰謝料……死亡した被害者本人の慰謝料(相続の対象になります。),近親者固有の慰謝料
死亡した被害者本人に発生した慰謝料等の損害賠償請求権は,原則として相続人が承継します。他方,父母,配偶者及び子等が請求する近親者固有の慰謝料は,相続による請求とは別です。
相続による請求では,死亡した被害者の除籍謄本や相続人本人の戸籍謄本等により,相続関係を確認します。誰がどの請求権を持つかは,第6で説明します。
2 このメモの読み方
以下では,損害項目ごとに主要な最高裁判所の判例を掲げます。あわせて,実務で用いられる算定基準(赤い本・青本の水準)や根拠条文を補っています。裁判例を引用する際は,裁判所名,裁判年月日及び事件の種類を示し,判明する限り掲載誌も併記します。金額の基準は,裁判基準(赤い本・青本)か自賠責保険の支払基準かを区別してお読みください。
第2 葬式費用等の積極損害
1 葬式費用
(1) 葬式費用は相当な範囲で損害となること
被害者の遺族が支出した葬式費用は,社会通念上特に不相当なものでないかぎり,加害者側の賠償すべき損害となります(最高裁判所昭和43年10月3日判決)。
(2) 実務上の水準
もっとも,実務では,葬式費用は現実の支出額の全額が当然に認められるわけではなく,一定額の範囲で定額的に認定される運用が定着しています。裁判基準(赤い本)では原則として150万円程度を一つの目安とし(これを下回る現実支出の場合は現実支出額),自賠責保険の支払基準では葬儀費は100万円とされています。裁判所と保険会社の交渉では,参列者数が多いなど特段の事情があれば,この水準を超える金額が認められることもあります。
2 墓碑・仏壇の費用
不法行為により死亡した者のため,祭祀を主宰すべき立場にある遺族が,墓碑を建設し,仏壇を購入したときは,そのために支出した費用は,社会通念上相当と認められる限度において,不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきとされています(最高裁判所昭和44年2月28日判決)。実務では,墓碑・仏壇の費用は葬式費用とは別枠で相当額が認められます。
第3 死亡による逸失利益
1 逸失利益の基本的な算定方法
死亡による逸失利益は,基本的に「基礎収入 ×(1 - 生活費控除率)× 就労可能年数に対応するライプニッツ係数」という式で算定されます。死亡前の年収がそのまま逸失利益になるのではなく,死亡によって支出を免れる本人の生活費を控除し(後記4),さらに一括で受け取ることによる中間利息を控除する(後記5)点が特徴です。被害者が会社役員や個人事業主である場合の基礎収入は,会社役員・個人事業主・開業医の交通事故の損害賠償を参照してください。被害者が外国人である場合の基礎収入及び死亡慰謝料の考え方は,外国人が交通事故の当事者になったときの損害賠償を参照してください。芸能人又はプロスポーツ選手の基礎収入,稼働期間及び引退後収入については,芸能人・プロスポーツ選手の交通事故逸失利益を参照してください。
2 年金の逸失利益性
(1) 逸失利益性を判断する基準
年金を受給していた被害者が死亡した場合,将来受給できたはずの年金額を逸失利益として請求できるかどうかは,年金の種類によって結論が分かれます。判例は,その年金が,保険料の拠出に対応する(対価性のある)給付か,それとも受給者本人の生計維持等を目的とする社会保障的な性格の強い給付かという観点から判断しています。おおむね,保険料の拠出に基づく給付は逸失利益性が肯定され,保険料の拠出を伴わない社会保障的な給付は否定される傾向にあります。
(2) 逸失利益性が肯定される年金
ア 退職年金について,退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には,相続人は,加害者に対し,退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができます(最高裁判所大法廷平成5年3月24日判決)。
イ 障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,被害者の得べかりし右各障害年金額を逸失利益として請求することができます(最高裁判所平成11年10月22日判決)。もっとも,同じ判決は,配偶者や子に係る加給分については,受給権者本人の保険料の拠出とのけん連関係が乏しいこと等を理由に,逸失利益性を否定しています。障害年金は本体部分と加給分とで結論が分かれる点に注意が必要です。
(3) 逸失利益性が否定される年金
ア 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう遺族厚生年金は,不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁判所平成12年11月14日判決)。遺族厚生年金は,受給権者自身が保険料を拠出しておらず,受給権者の婚姻等により受給権が消滅し得るなど,社会保障的な性格が強いことがその理由です。
イ 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろういわゆる軍人恩給としての扶助料も,不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁判所平成12年11月14日判決)。この扶助料に関する判決と,前記アの遺族厚生年金に関する判決とは,いずれも平成12年11月14日の日付ですが,別個の判決です。
3 家事従事者・年少者の逸失利益
(1) 家事に従事する者の逸失利益
事故により死亡した女子の妻として専ら家事に従事する期間における逸失利益については,その算定が困難であるときは,平均的労働不能年令に達するまで女子雇用労働者の平均的賃金に相当する収益を挙げるものとして算定されます(最高裁判所昭和49年7月19日判決)。この判決は,家事労働も労働社会において金銭的に評価し得るものであり,家事に従事する者は自ら家事労働に従事することによって財産上の利益を挙げている,という考え方に基づくものです。
(2) 年少女子の逸失利益
就労前の年少女子の得べかりし利益の喪失による損害賠償額をいわゆる賃金センサスの女子労働者の平均給与額を基準として算定する場合には,賃金センサスの平均給与額に男女間の格差があるからといって,家事労働分を加算すべきものではありません(最高裁判所昭和62年1月19日判決)。もっとも,女性の平均賃金は男性のそれより低いため,年少者についてこれをそのまま用いると男女で不均衡が生じます。義務教育修了前の女子については,男女計・学歴計・全年齢平均賃金を基礎収入とする裁判例及び実務上の取扱いがみられます。他方,高校生,大学生又は既に就労している年少者については,進学状況,専攻,資格,就労実績,予定していた職業その他の個別事情を踏まえて判断されるため,男女計平均賃金が自動的に採用されるわけではありません。
この整理は,2018年当時の東京地裁民事交通部の講演内容を含むものであり,全国一律又は現在の固定的な基準を示すものではありません。個別事件では,事故時の年齢,学歴・進路,事故時点の賃金統計及び最新の裁判例を確認する必要があります。
既存障害のある年少者の基礎収入については,障害等級又は障害者一般の平均賃金から機械的に減額するのではなく,事故時の具体的状態,教育・訓練,補装具,合理的配慮及び就労開始時までの社会的変化を検討する必要があります。詳しくは,既存障害のある年少者の死亡逸失利益を参照してください。
(3) 主婦の逸失利益に関する文献
ア 判例タイムズ927号(1997年3月15日発行)に「交通事故賠償の諸問題 主婦の逸失利益」が載っています(寄稿者は14期の塩崎勤裁判官)。
イ 交通事故相談NEWS50号(2023年3月1日発行)の「家事労働の評価について」には,「標準となる家事労働」として以下の記載があります。
裁判所は、裁判例においてほとんど家事労働の内容を明示していないが、一件のみ、基礎収入算出の検討要素として「被害者の年齢、家族構成、家事労働の内容(子の養育の有無を含む。)等の具体的事情」を挙げ、これらを踏まえて適宜の修正を加えて(基礎収入を)算出するのが相当であるとする裁判例がある。この考え方から、裁判所は、核家族(親及び子のみで構成される世帯)において、未成年の子を養育している専業主婦を標準としていると思われる。
4 生活費控除
(1) 生活費控除の意義
死亡による逸失利益の算定に当たっては,被害者が死亡したことにより将来支出を免れる本人の生活費を控除します。控除するのは,あくまで死亡した被害者本人の生活費であり,遺族の生活費ではありません。
(2) 生活費控除率の実務基準
実務では,被害者の立場に応じて一定の割合を控除します。裁判基準(赤い本)の生活費控除率は,おおむね次のとおりです。
ア 一家の支柱で被扶養者が1人の場合 40パーセント
イ 一家の支柱で被扶養者が2人以上の場合 30パーセント
ウ 女性(主婦,独身,幼児等を含む。) 30パーセント
エ 男性(独身,幼児を含む。) 50パーセント
これらは類型的な目安であり,事案に応じて修正されます。年金収入だけで生計を立てていた場合は,年金が生活費の原資となっている度合いが高いため,生活費控除率は50から60パーセントと高めに設定される傾向があります。また,義務教育修了前の女子について男女計・学歴計・全年齢平均賃金を基礎とする死亡事案では,男女の逆転を避けるため生活費控除率を45パーセント程度とした例がみられます。ただし,45パーセントは機械的に適用される固定率ではなく,基礎収入の選択と生活費控除率の組合せが結論の均衡を失わないかを個別に検討する必要があります。
これらの割合は出発点であり,被害者本人が現実に自己のために支出していた生活費と,扶養・仕送り等として他者に充てていた金額を区別して検討します。
低収入の独身男性,高収入の独身女性,共働き夫婦,養育費・親への仕送りを継続していた者等では,標準率による結果が実態と大きく離れないかを確認します。所得税等は生活費控除とは別の問題であり,税負担を理由に標準率を当然に上げるものではありません。
源泉徴収票・確定申告書,家計表,口座履歴,住宅費,扶養家族への送金,婚姻・同居関係,年金収入と生活費の対応等を資料化します。
5 就労可能年数と中間利息の控除
就労可能年数の終期は,実務上,原則として67歳とされています。高齢者の場合は,「平均余命の2分の1」と「67歳までの年数」のいずれか長い方を用います。年金の逸失利益は,存命中は支給されるものですから,平均余命が終期となります。
一括払いに伴う中間利息の控除は,民法第417条の2(同法第722条第1項により不法行為にも準用されます。)に基づき,損害賠償請求権が生じた時点の法定利率によって行います。法定利率は変動制であり,令和2年4月1日以後に発生した事故については年3パーセントです(令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期間も年3パーセントとされています。)。令和2年3月31日以前に発生した事故については,民法第417条の2の規定は適用されず(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則第17条第2項),改正前の民法の下での年5パーセントによって中間利息を控除します。法定利率が引き下げられたことにより,中間利息の控除額が小さくなり,同じ事案でも死亡逸失利益の額が従前より大きくなっています。
第4 不法行為後の事情変更
1 後遺障害の後に別原因で死亡した場合の逸失利益
交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合,最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては,死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではありません(最高裁判所平成8年5月31日判決)。後遺障害による逸失利益は,事故の時点で一定の内容のものとして発生していると考えるため,その後の死亡という事情を原則として算定に反映させないのです(継続説)。
2 別原因で死亡した後の介護費用
これに対し,交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできません(最高裁判所平成11年12月20日判決)。介護費用は現実に支出されて初めて損害となるものであり,被害者が死亡した後は現実の支出が生じないからです(切断説)。生存中の将来介護費の算定と定期金による賠償は,交通事故の将来介護費と公的給付で扱っています。
3 両者の関係(継続説と切断説)
このように,同じ「不法行為後に被害者が死亡した」場合でも,逸失利益については死亡を考慮しない(継続説)のに対し,介護費用については死亡後の分を認めない(切断説)という違いがあります。損害の性質の違い(稼働能力の喪失そのものか,現実の支出か)が結論の分かれ目です。
第5 扶養利益
1 相続構成と扶養利益構成
死亡による逸失利益は,判例上,死亡した被害者本人に損害賠償請求権が発生し,それが相続人に相続されると構成するのが原則です(相続構成)。もっとも,内縁の配偶者のように法律上の相続権がない者については,被害者の死亡によって扶養利益(扶養を受ける利益)を喪失したものととらえ,これを固有の財産的損害と構成することが認められています(扶養利益構成)。相続人については相続構成による請求が一般的ですが,扶養利益構成による請求も可能とされています。
2 自賠責保険による填補と控除
自動車損害賠償保障法第72条第1項により死亡者の相続人に損害をてん補すべき場合において,既に死亡者の内縁の配偶者が同条項により扶養利益の喪失に相当する額のてん補を受けているときは,右てん補額は,相続人にてん補すべき死亡者の逸失利益の額からこれを控除すべきとされています(最高裁判所平成5年4月6日判決)。この判決は,内縁の配偶者も同項の「被害者」に当たると解したうえで,被扶養者である内縁の配偶者への填補分を,相続人が受け取るべき逸失利益から差し引くとしたものです。
3 扶養利益喪失による損害額の算定
不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額は,扶養者の生前の収入,そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分,被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合,扶養を要する状態が存続すべき期間などの具体的事情に応じて算定すべきです(最高裁判所平成12年9月7日判決)。この判決は,被害者の相続人が相続を放棄した場合であっても,扶養を受けていた配偶者や子は,固有の利益である扶養請求権の侵害として損害賠償を請求できることを明らかにしたものです。相続放棄によって相続構成が使えない場合でも,扶養利益構成であれば救済され得る点に,両構成を区別する実益があります。
なお,遺族補償年金等の社会保険給付を遺族が受給する場合には,損益相殺的な調整として一定の範囲で控除されることがあります。
第6 死亡慰謝料
1 慰謝料請求権の相続
不法行為にもとづく慰謝料の請求権は,被害者本人が慰謝料を請求する旨の意思表示をしなくても,当然に発生し,これを放棄し,免除する等の特別の事情のないかぎり,その被害者の相続人においてこれを相続することができます(最高裁判所昭和44年10月31日判決。なお,先例として,最高裁判所大法廷昭和42年11月1日判決参照)。
2 身体侵害の慰謝料と生命侵害の慰謝料の別個性
母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは,同一性がなく,前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には,特別の事情のないかぎり,その調停が後者をも含むと解することはできません(最高裁判所昭和43年4月11日判決)。
3 近親者固有の慰謝料
この項は死亡事故を対象とする。重度後遺障害の場合の近親者固有の慰謝料は別の問題であり,死亡事故と当然に同じ結論になるわけではないため,障害の程度,看護・介護負担及び生活関係等の具体的事情を確認する必要がある。
民法第711条は,他人の生命を侵害した者は,被害者の父母,配偶者及び子に対して,その財産権が侵害されなかった場合においても損害賠償をしなければならない旨を定め,近親者固有の慰謝料請求権を認めています。判例は,この規定を,文言に該当しない者にも拡張しています。
すなわち,不法行為による生命侵害があった場合,民法711条所定以外の者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求できます(最高裁判所昭和49年12月17日判決)。この判決は,死亡した被害者の夫の実妹で,身体障害があり長年にわたり被害者の庇護のもとに生活してきた者について,民法711条の類推適用により固有の慰謝料を認めたものです。
近親者固有慰謝料に関する下級審裁判例(判例秘書全文確認)
| 裁判例 | 請求者・関係 | 認定上重視された事情 | 固有慰謝料 |
|---|---|---|---|
| 神戸地裁平成29年1月27日判決(平成28年(ワ)第1203号,判例秘書L07251074) | 死亡被害者の兄弟姉妹4名 | 別居・遠隔地の者にも認めた上,同居し,被害者から扶養を受け,遺体確認をした者を高く評価 | 別居の3名は各60万円,同居等の事情がある1名は120万円 |
| 名古屋地裁令和3年1月13日判決(令和元年(ワ)第3772号,判例秘書L07651176) | 死亡した18歳大学生の祖父母 | 母子家庭を物心両面で支援し,被害者とも密接な交流があったことから,民法711条を類推適用 | 各100万円。被害者側30%の過失相殺後は各70万円(弁護士費用を加えた認容額は各77万円) |
| 京都地裁平成28年3月18日判決(平成25年(ワ)第3860号ほか,判例秘書L07150152) | 死亡児童の弟・姉妹及び祖父母 | 日常的な交流,同居又は定期的な宿泊・往来を家族ごとに認定 | 弟・姉妹は各50万円,祖父母4名は各25万円 |
判例秘書の検索対象を「全部」とし,2026年9月27日に「近親者」AND「固有慰謝料」を検索したところ133件,「兄弟姉妹」AND「固有慰謝料」及び「祖父母」AND「固有慰謝料」は各10件であった。上表はこのうち3件について,書誌,事案,関係性,慰謝料判断,損害計算及び主文を全文確認した結果である。全ヒットの全文を精読したものではなく,上表3件の上訴結果も今回の調査では未照合であるため,裁判例の不存在又は判決の確定を意味しない。
家族構成を確認するときは,次のように本人分の相続と近親者固有分を分けます。以下の相続分は,遺言等による変更がない法定相続の例です。
① 配偶者と子が相続人となる場合は,本人分について配偶者が2分の1,子全員で2分の1を承継するのが原則です。他方,配偶者と子の固有の慰謝料は,各人自身の請求権です。被害者の父母は,子が相続人となるこの場合には本人分を相続しなくても,固有の慰謝料を請求できます。
② 子及びその代襲者等も直系尊属もおらず,配偶者と兄弟姉妹が相続人となる場合は,本人分について配偶者が4分の3,兄弟姉妹全員で4分の1を承継するのが原則です。しかし,兄弟姉妹は,相続人であることだけから民法711条の固有の慰謝料を請求できるわけではありません。
③ 内縁の配偶者は,その関係だけでは法定相続人となりません。他方,固有の慰謝料については,前記の最高裁判所昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第212号,民集28巻10号2040頁)の枠組みに照らし,同居,生計の共同,扶養等の具体的事情から,法律上の配偶者等と実質的に同視できる関係にあったかを検討します。この判決自体は内縁配偶者の事案ではありません。
相続放棄をした場合は,民法939条により初めから相続人とならなかったものとみなされるため,本人分を相続によって請求することはできません。しかし,父母,配偶者及び子等の固有の慰謝料は相続財産ではないため,相続放棄だけを理由に失われるものではありません。相続放棄と,自分の慰謝料請求権を放棄する示談・清算合意とは区別する必要があります。
請求前には,①本人分の相続請求と各近親者の固有請求を別欄にする,②戸籍・遺言・相続放棄の有無を確認する,③同居・扶養・看護・生計・交流の実態を各人別に整理する,④診療記録,葬儀資料,陳述書等で精神的影響を裏付ける,⑤示談書の清算範囲が本人分だけか固有分も含むかを確認する必要がある。
4 死亡慰謝料の実務上の水準
死亡慰謝料の額は,実務では類型ごとにおおよその基準が示されています。裁判基準(赤い本)では,一家の支柱について2800万円,母親・配偶者について2500万円,その他について2000万円から2500万円が一応の目安とされます。青本(交通事故損害額算定基準)では,一家の支柱について2800万円から3100万円,これに準ずる者について2500万円から2800万円,その他について2000万円から2500万円といった幅で示されています。これらは近親者固有の慰謝料を含めた総額としての目安であり,事故態様が悪質な場合(飲酒運転,無免許,ひき逃げ等)や事故後の著しく不誠実な対応等が,精神的苦痛を増大させた事情として評価され,増額が認められることがあります。
これに対し,自賠責保険の支払基準は,死亡本人の慰謝料400万円に,遺族の慰謝料(請求権者の人数に応じて550万円・650万円・750万円)を加え,被扶養者がいるときはさらに200万円を加算する,というものです。裁判基準と自賠責基準とでは大きな開きがあるため,示談交渉では両者を混同しないよう注意が必要です。
示談書では,①死亡した本人の慰謝料の額,②その請求権を承継する相続人と各人の取得額,③各遺族の固有の慰謝料,④既払金及び最終支払額を区別して確認します。裁判基準の総額の目安をそのまま本人分としたうえで,遺族固有分を機械的に上乗せするものではありません。
代表者が一括して受け取る場合も,振込先の名義人と各請求権の帰属者は区別します。誰のどの請求について示談・受領の権限が与えられているか,代表者から各人へいくら支払うか,清算条項が誰の請求まで含むかを明確にすることが重要です。未成年の相続人がいる場合は,親権者との利益相反や特別代理人選任の要否も確認します(民法826条)。判断の基準と申立ての手続は親と未成年の子の利益相反と特別代理人―遺産分割・相続放棄・担保提供の判断基準と代理権の濫用を参照してください。
示談書の確認方法は保険会社から届いた交通事故の示談案の見方,基準額の比較は交通事故の慰謝料の種類と三つの算定基準を参照してください。
第7 後遺障害逸失利益等の定期金賠償(死亡逸失利益との区別)
以下は死亡事故固有の損害項目ではなく,生存被害者の後遺障害逸失利益又は将来介護費について,賠償方法を一時金と定期金のどちらにするかという関連論点です。死亡事故の損害額と混同しないように区別します。
死亡逸失利益の定期金賠償については,東京高等裁判所平成15年10月29日判決(判例秘書L05821206)が定期金による支払を命じた歴史的な個別事例として参照されます。ただし,これは下級審の個別判断であり,死亡逸失利益を一般に定期金で命じる現在の統一的な基準を示すものではありません。次項の最高裁判所令和2年7月9日判決が直接判断したのも,死亡逸失利益ではなく,生存被害者の後遺障害逸失利益です。
1 逸失利益の定期金賠償
交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となります(最高裁判所令和2年7月9日判決)。この判決は,あわせて,定期金賠償を命ずるに当たっては,特段の事情がない限り,就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金賠償の終期とすることを要しない,としています。
ただし,同判決が直接判断したのは,被害者が後遺障害逸失利益について定期金賠償を求めた事案です。被害者が一時金賠償を求めている場合にも,裁判所が当然に定期金賠償を命じられると確認した判決ではありません。
2 第4との関係
定期金賠償の終期について被害者の死亡で当然には打ち切らないという考え方は,第4の1で述べた,後遺障害逸失利益の算定に後の死亡を反映させない(継続説)という考え方と同じ発想に立つものといえます。
第8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
1 大阪地方裁判所令和4年11月25日判決
大阪地方裁判所令和4年11月25日判決(裁判長は49期の中尾彰)は以下の判示をしています。
我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
この大阪地方裁判所令和4年11月25日判決は,国有地売却に関する決裁文書等の改ざんを指示したことを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求について,原告の主張する行為は国家賠償法1条1項が適用されるものであるとして,公務員である被告の責任を否定した事例です。
2 損害の填補という目的
引用されている最高裁判所平成9年7月11日判決は,我が国の損害賠償制度が損害の填補を目的とし,制裁や一般予防を目的とするものではないという考え方(損害填補主義)を示した判例として知られています。第6で述べた死亡慰謝料も,この損害填補という枠組みの中で理解されるものです。
第9 過失相殺に関するメモ書き
1 刑事と民事の独立性
自動車運転者が業務上過失致死被告事件の判決で過失を否定された場合でも,不法行為に関する民事判決ではその過失を否定しなければならぬものではありません(最高裁判所昭和34年11月26日判決)。刑事と民事とでは,立証の程度等が異なるため,結論が一致しないことがあります。
2 過失斟酌の自由裁量
ア 被害者の過失を斟酌すると否とは裁判所の自由裁量に属します(最高裁判所昭和34年11月26日判決)。
イ 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮し、自由なる裁量によつて被害者の過失をしんしゃくして損害額を定めればよく、しんしやくすべき過失の度合につき一々その理由を記載する必要はありません(最高裁判所昭和39年9月25日判決)。
3 過失の立証責任
千里みなみ法律事務所HPの「【交通事故】過失割合の修正要素の立証責任はどちらにある?」には以下の記載があります。
判例によると、「民法四一八条による過失相殺は、債務者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができるが、債権者に過失があつた事実は、債務者において立証責任を負うものと解すべきである。」としています(最高裁昭和43年12月24日判決)。
そして、不法行為における過失相殺についても、被害者の過失の立証責任が原則的に加害者側(被告)にあることに異論はないとされています(『交通関係訴訟の実務』306頁)。
4 被害者側の過失と素因減額
ア 過失相殺(民法第722条第2項)における「被害者の過失」には,被害者本人の過失だけでなく,被害者と身分上・生活関係上一体をなすとみられる者(例えば配偶者等)の過失も,被害者側の過失として考慮されることがあります。もっとも,被害者と一体とはいえない者(保育園の保母,職場の同僚,生計を別にする親族等)の過失は,被害者側の過失には含まれないとされています。
イ 被害者にもともとあった心因的な要因や身体的な素因(既往症・体質等)が損害の拡大に寄与した場合には,民法第722条第2項の過失相殺の規定を類推適用して,損害額を減額することがあります(素因減額)。ただし,被害者の個体差の範囲にとどまる身体的特徴は,原則として減額の理由にはならないとされています。
第10 関連する判例その他
1 請求権・訴訟物の個数と一部請求の過失相殺
ア 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権および訴訟物は,一個です(最高裁判所昭和48年4月5日判決)。
イ 不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするにあたっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し,残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができます(最高裁判所昭和48年4月5日判決)。
2 故意免責条項の不適用
最高裁判所平成5年3月30日第三小法廷判決は,故意によって生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款について,被保険者に傷害を加える意思はあっても,被害者を死亡させる結果までは予期・認容していなかった場合には,予期しなかった死亡損害について故意免責条項は適用されないとした(裁判所公表の判決全文PDF)。
この判決が区別したのは,加害者の不法行為責任の有無ではなく,保険約款上の「故意」による免責がどの損害まで及ぶかである。したがって,傷害の故意がある被保険者の民法709条上の損害賠償責任又は刑事責任を否定する趣旨ではない。任意保険の各免責条項と現在の約款の確認方法は,任意保険が適用されない場合――免責条項,契約の失効及び会社ごとの違いで整理している。
3 因果関係
被告人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には,その後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても,被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係があります(最高裁判所平成2年11月20日決定)。
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・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)
慰謝料の請求主体・示談内訳に関する出典・参考資料
① 民法(明治29年法律第89号)99条,695条,711条,826条,887条,889条,890条,896条,899条,900条及び939条(e-Gov法令検索,2026年8月30日確認)
② 最高裁判所大法廷昭和42年11月1日判決(昭和38年(オ)第1408号,民集21巻9号2249頁。慰謝料請求権の相続)
③ 最高裁判所第三小法廷昭和49年12月17日判決(昭和49年(オ)第212号,民集28巻10号2040頁。民法711条所定外の者の固有慰謝料)
④ 東京地方裁判所令和5年10月27日判決(令和2年(ワ)第25469号。事故態様及び事故後の対応を踏まえた慰謝料の判断)
⑤ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』2026年版上巻209頁(死亡慰謝料の総額と配分についての実務文献)
⑥ 公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編・発行『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』2018年版下巻(講演録編)7頁以下(女子年少者の基礎収入)。講演録の整理であり,引用判決本文及び現在の裁判実務とは区別して参照しています。
セーフだったけど不安になった事例、過去文も備忘のためにおいとくか。
・平均余命2分の1の方が有利なのに、67歳までで逸失利益算定してない?
・弁護士費用請求忘れてない?特に安全配慮義務違反は債務不履行でも弁護士費用を損害になるのに、債務不履行=弁護士費用は認められないと勘違いしてない?
— 北白川 (@GUv4i6) January 7, 2023
横浜地判H7.5.22交民28-3-801は,慶應の法律サークル「十八人会」の仲間4人がレンタカーで遊びに行く際に交通事故を起こして2名が死亡した事案。「私学での最難関である慶応義塾大学」(原告ら主張)であることや,池田真朗教授の折り紙付きであったことから逸失利益の増額を求めたが一顧だにされず
— サイ太 (@uwaaaa) August 23, 2023
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