交通死亡事故の損害額に関するメモ書き


目次

1 葬式費用
2 年金の逸失利益性
3 家事労働者の逸失利益
4 不法行為後の事情変更
5 扶養利益
6 死亡慰謝料
7 定期金賠償
8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
9 過失相殺に関するメモ書き
10 関連記事その他

1 葬式費用
(1) 被害者の遺族が支出した葬式費用は,社会通念上特に不相当なものでないかぎり,加害者側の賠償すべき損害となります(最高裁昭和43年10月3日判決)。
(2) 不法行為により死亡した者のため,祭祀を主宰すべき立場にある遺族が,墓碑を建設し,仏壇を購入したときは,そのために支出した費用は,社会通念上相当と認められる限度において,不法行為により通常生ずべき損害と認めるべきとされています(最高裁昭和44年2月28日判決)。

2 年金の逸失利益性

(1) 退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合には,相続人は,加害者に対し,退職年金の受給者が生存していればその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができます(最高裁大法廷平成5年3月24日判決)。
(2) 障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,被害者の得べかりし右各障害年金額を逸失利益として請求することができます(最高裁平成11年10月22日判決)。
(3) 不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう遺族厚生年金は,不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。
(4)  不法行為により死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろういわゆる軍人恩給としての扶助料は、不法行為による損害としての逸失利益に当たりません(最高裁平成12年11月14日判決)。

3 家事労働者の逸失利益
(1) 事故により死亡した女子の妻として専ら家事に従事する期間における逸失利益については,その算定が困難であるときは,平均的労働不能年令に達するまで女子雇用労働者の平均的賃金に相当する収益を挙げるものとして算定されます(最高裁昭和49年7月19日判決)。
(2) 就労前の年少女子の得べかりし利益の喪失による損害賠償額をいわゆる賃金センサスの女子労働者の平均給与額を基準として算定する場合には,賃金センサスの平均給与額に男女間の格差があるからといって,家事労働分を加算すべきものではありません(最高裁昭和62年1月19日判決)。
(3)ア 判例タイムズ927号(1997年3月15日発行)に「交通事故賠償の諸問題 主婦の逸失利益」が載っています(寄稿者は14期の塩崎勤裁判官)。
イ 交通事故相談NEWS50号(2023年3月1日発行)の「家事労働の評価について」には,「標準となる家事労働」として以下の記載があります。
    裁判所は、裁判例においてほとんど家事労働の内容を明示していないが、一件のみ、基礎収入算出の検討要素として「被害者の年齢、家族構成、家事労働の内容(子の養育の有無を含む。)等の具体的事情」を挙げ、これらを踏まえて適宜の修正を加えて(基礎収入を)算出するのが相当であるとする裁判例がある。この考え方から、裁判所は、核家族(親及び子のみで構成される世帯)において、未成年の子を養育している専業主婦を標準としていると思われる。

4 不法行為後の事情変更

(1) 交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合,最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては,死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではありません(最高裁平成8年5月31日判決)。
(2)  交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には,死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできません(最高裁平成11年12月20日判決)。

 扶養利益
(1) 自動車損害賠償保障法72条1項により死亡者の相続人に損害をてん補すべき場合において,既に死亡者の内縁の配偶者が同条項により扶養利益の喪失に相当する額のてん補を受けているときは,右てん補額は,相続人にてん補すべき死亡者の逸失利益の額からこれを控除すべきとされています(最高裁平成5年4月6日判決)。
(2)  不法行為によって扶養者が死亡した場合における被扶養者の将来の扶養利益喪失による損害額は、扶養者の生前の収入、そのうち被扶養者の生計の維持に充てるべき部分、被扶養者各人につき扶養利益として認められるべき比率割合、扶養を要する状態が存続すべき期間などの具体的事情に応じて算定すべきです(最高裁平成12年9月7日判決)。

 死亡慰謝料
(1) 不法行為にもとづく慰謝料の請求権は,被害者本人が慰謝料を請求する旨の意思表示をしなくても,当然に発生し,これを放棄し,免除する等の特別の事情のないかぎり,その被害者の相続人においてこれを相続することができます(最高裁昭和44年10月31日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和42年11月1日判決参照)。
(2)  母の身体侵害を理由とする子の慰藉料請求と右身体侵害に基づく母の生命侵害を理由とする子の慰藉料請求とは,同一性がなく,前者に関する調停が成立した後母が死亡した場合には,特別の事情のないかぎり,その調停が後者をも含むと解することはできません(最高裁昭和43年4月11日判決)。
(3) 不法行為による生命侵害があった場合,民法711条所定以外の者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求できます(最高裁昭和49年12月17日判決)。

7 定期金賠償

・ 交通事故の被害者が後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において,不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められるときは,同逸失利益は,定期金による賠償の対象となります(最高裁令和2年7月9日判決)。

8 損害賠償制度は一般予防を目的とするものではないこと
(1) 大阪地裁令和4年11月25日判決(裁判長は49期の中尾彰)は以下の判示をしています。
我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。加害者に対する制裁や、将来における同様の行為の抑止、すなわち一般予防を目的とするものではない(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
(2) 大阪地裁令和4年11月25日判決は, 国有地売却に関する決裁文書等の改ざんを指示したことを理由とする民法709条に基づく損害賠償請求について,原告の主張する行為は国家賠償法1条1項が適用されるものであるとして,公務員である被告の責任を否定した事例です。

9 過失相殺に関するメモ書き
(1) 自動車運転者が業務上過失致死被告事件の判決で過失を否定された場合でも,不法行為に関する民事判決ではその過失を否定しなければならぬものではありません(最高裁昭和34年11月26日判決)。
(2)ア 被害者の過失を斟酌すると否とは裁判所の自由裁量に属します(最高裁昭和34年11月26日判決)。
イ 不法行為における過失相殺については、裁判所は、具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮し、自由なる裁量によつて被害者の過失をしんしゃやくして損害額を定めればよく、しんしやくすべき過失の度合につき一々その理由を記載する必要はありません(最高裁昭和39年9月25日判決)。
(3) 千里みなみ法律事務所HPの「【交通事故】過失割合の修正要素の立証責任はどちらにある?」には以下の記載があります。
判例によると、「民法四一八条による過失相殺は、債務者の主張がなくても、裁判所が職権ですることができるが、債権者に過失があつた事実は、債務者において立証責任を負うものと解すべきである。」としています(最高裁昭和43年12月24日判決)。
そして、不法行為における過失相殺についても、被害者の過失の立証責任が原則的に加害者側(被告)にあることに異論はないとされています(『交通関係訴訟の実務』306頁)。

10 関連記事その他
(1)ア 同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権および訴訟物は,一個です(最高裁昭和48年4月5日判決)。
イ 不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に,過失相殺をするにあたっては,損害の全額から過失割合による減額をし,その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し,残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができます(最高裁昭和48年4月5日判決)。
(2)  故意によつて生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は,傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合には,適用されません(最高裁平成5年3月30日判決)。
(3)  被告人の暴行により被害者の死因となった傷害が形成された場合には,その後第三者により加えられた暴行によって死期が早められたとしても,被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係があります(最高裁平成2年11月20日判決)。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 叙位の対象となった裁判官(平成31年1月以降の分)
→ 相続税における葬式費用の範囲,及び葬儀費用の取扱いについても記載しています。
・ 自賠責保険の支払基準(令和2年4月1日以降の交通事故に適用されるもの)


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