第1 証券口座の残高増加について最初に確認すること
1 期首残高と期末残高の差額は運用益とは限らない
証券口座の残高が短期間に大きく増えていても,その増加額の全部が値上がり益又は運用成果であるとは限らない。
給与等からの追加入金,他の証券口座からの移管,配当等の再投資,借入金による買付け及び為替変動が残高を増加させる一方,出金,手数料及び税金は残高を減少させる。
したがって,財産分与,相続,使途不明金又は資産形成の経過を検討するときは,期首残高と期末残高だけでなく,その間の外部入出金及び取引を日付ごとに復元する必要がある。
2 残高増加から直ちに推認できない事項
現在残高だけから,①本人が高い運用能力を有していたこと,②夫婦共同財産から拠出された金額,③婚前財産又は相続財産が維持されている範囲,④第三者による使込み又は資産隠匿,⑤税引後の実現利益を確定することはできない。
口座残高は調査の出発点であり,法的評価又は責任の結論ではない。
残高の増減と,入出金の権限,資金の出所,取引時の意思能力及び対価の帰属は,それぞれ別に確認する必要がある。
第2 残高増加を構成要素に分ける
1 基本となる考え方
検証の基本は,期末純資産額を,①期首純資産額,②外部からの純入金額,③運用損益に分けることである。
概念上は,「期末純資産額-期首純資産額-外部純入金額」が,その期間の運用損益に対応する。
もっとも,この単純式を正確に使うためには,評価日時,外貨換算レート,未収配当,未払手数料,信用取引その他の負債及び口座間移管を同じ基準でそろえなければならない。
口座間の振替を外部入金と誤認すると,運用損益も財産の出所も二重に計上される。
2 収益と資金移動を区別する
運用損益には,売却済みの実現損益だけでなく,保有中の株式・投資信託等の評価損益,受領した配当・分配金及び為替差損益が含まれ得る。
どの範囲を収益に含めたかを明示しなければ,異なる資料の数字を比較することはできない。
外部入出金には,預金口座からの入金,預金口座への出金,現物株式等の入出庫及び他社口座との移管を含める。
入出庫された有価証券は,移管日の時価と取得価額のいずれを使ったかを区別し,資産総額の復元と税務上の取得費の検討を混同しないようにする。
3 総資産と純資産を区別する
信用取引,証券担保ローンその他の借入れがある場合,保有有価証券の時価合計である総資産と,負債を差し引いた純資産は一致しない。
運用規模を示す総資産の増加を,そのまま本人に帰属する財産の増加と扱ってはならない。
外貨建て資産についても,外貨ベースの価格上昇と円換算時の為替変動を分ける。
円換算額を比較するときは,基準日及び換算レートの出所を記録する。
第3 最初に収集する資料
1 基準日の残高資料
期首及び期末について,残高証明書,取引残高報告書,月次又は年次の口座報告書を収集する。
財産分与では別居日等,相続では死亡日等が基準日となり得るため,必要な日付の資料が存在するかを早期に確認する。
家庭裁判所の公開資料も,財産分与の審理において預貯金の取引履歴及び有価証券の資料を提出対象としている。
基準時に争いがある場合には,複数の候補日について評価資料が必要になることがある。
2 取引及び入出金を示す資料
残高証明書だけでは,その残高がどのように形成されたかは分からない。
顧客勘定元帳,取引履歴,売買報告書,取引残高報告書,配当・分配金明細,入出金履歴,入出庫履歴及び特定口座年間取引報告書を対象期間に応じて取得する。
証券会社によって書類名,保存期間及び記載項目が異なるため,「取引履歴一式」とだけ請求せず,売買,入出金,入出庫,配当,分配金,償還,手数料及び税の各項目が含まれているかを確認する。
相続人の一人による証券会社への資料請求については,証券口座の相続-共同相続人の一人だけで取引履歴を取得できるかで説明している。
3 口座外の資料
証券口座の記録だけでは,入金の原資又は出金後の帰属が分からないことがある。
対応する銀行預金の取引履歴,給与・事業収入の資料,確定申告書,贈与契約書,遺産分割協議書,借入契約書及び他社証券口座の履歴を照合する。
特に,夫婦又は親族間の資金移動については,振込名義だけで贈与,貸付け,預り金又は共有財産からの拠出のいずれであるかを決めない。
送金時の合意,送金目的及びその後の処理を確認する。
第4 取引を復元する手順
1 対象範囲と基準を固定する
最初に,対象者,証券会社,支店,口座番号,口座区分,対象期間,基準日,評価通貨及び負債控除の有無を決める。
特定口座,一般口座,NISA口座,外国証券口座,信用取引口座及び預り金を別々に確認した上で,口座間移管を対応付ける。
2 キャッシュフロー台帳を作る
年月日,取引区分,金額又は数量,入出金先,資金の出所,根拠資料及び確認状況を一行ずつ記録する。
入金を正,出金を負とするなど符号を統一し,有価証券の入出庫は現金移動と区別する。
銀行側の振込日と証券口座側の入金日,約定日と受渡日は一致しないことがある。
日付の違いだけで別取引又は使途不明金と判断せず,金額,名義及び受渡日を照合する。
3 取引の連続性を確認する
各取引後の現金残高及び保有数量を順次再計算し,次の残高報告書と一致するかを確認する。
株式分割,併合,合併,株式交換,償還及び投資信託の分配金再投資があると,数量又は取得価額が変わるため,単純な売買台帳だけでは一致しないことがある。
不一致が残る場合は,資料不足,約定日・受渡日の違い,外貨換算,未収未払,企業行動又は証券会社側の表示方法という複数の可能性を検討する。
不一致額が直ちに資産隠匿額を意味するわけではない。
第5 収益率を使う場合の注意点
1 入出金がなければ年率換算できる
期首に5000万円,2年6か月後に1億円となり,その間に入出金が全くなかったと仮定すれば,複利年率は約32%となる。
しかし,その間に追加入金があれば,この計算は実際の運用収益率を示さない。
同じ「倍になった」という表現でも,入金時期及び金額により必要な運用成果は大きく異なる。
SNS上の自己申告又は口頭説明は調査の端緒にはなるが,取引履歴及び入出金履歴に代わる立証資料ではない。
2 時間加重収益率
時間加重収益率は,外部資金の流出入の影響を除き,運用期間ごとの収益率を連結する考え方である。
年金積立金管理運用独立行政法人の用語解説も,運用機関が決めることのできない運用元本の流出入の影響を排除して求める収益率と説明している。
運用方法そのものの成績を市場指数等と比較するときには有用であるが,資金流入のたびに時価評価できる資料が必要となる。
資料が月末残高だけの場合には,計算結果が近似値となることを明示する。
3 金額加重収益率
金額加重収益率は,入出金の金額及び時期を反映し,実際に投じた資金に対する結果を示す。
一般には内部収益率の方法が用いられ,期末残高を最終的な回収額として扱う。
CFA InstituteのGIPS基準は,時間加重収益率が外部キャッシュフローの影響を除くのに対し,金額加重収益率は外部キャッシュフローの金額と時期を反映するものとして区別している。
どちらが正しいという関係ではなく,運用方法の比較をするのか,本人の資金投入を含む実績を確認するのかにより使い分ける。
第6 財産分与における使い方
1 基準時残高と評価時を区別する
財産分与では,対象財産を確定するための基準時と,有価証券の評価時を区別する必要がある。
裁判所の公開資料には,一般に別居時を基準時としつつ,株式等は離婚時又は直近時で評価するという取扱いを示すものがある。
もっとも,個別事件では当事者の合意,別居後の家計の共同性,対象財産の処分及び訴訟経過により争点が変わり得る。
基準時後の追加入金及び引出しを分けずに現在残高だけを二分すると,基準時に存在しなかった財産まで混入する可能性がある。
2 特有財産の原資を追跡する
婚前の預金,相続又は贈与により取得した資金が証券口座へ入金されている場合,その入金記録,取得後の売買及び他の資金との混在を時系列で追跡する。
「同じ証券口座に残っている」というだけで全額が特有財産となるわけでも,「婚姻中に売買した」というだけで当然に夫婦共同財産へ変わるわけでもない。
原資,取得時期,名義及び夫婦の協力による取得・維持への寄与を,具体的資料に基づいて検討する。
財産分与の一般的な手続と資料については,離婚の手続と決めること-親権・養育費・財産分与・慰謝料で説明している。
第7 相続及び使途不明金調査における使い方
1 死亡日前後の取引を分ける
相続では,死亡日現在の残高と,死亡後の売買,入出庫及び出金を区別する。
死亡前後の資産移動が確認されても,その記録だけで特定の相続人による不正取得を証明することはできない。
本人の意思能力,注文又は委任の有無,取引端末又は連絡記録,出金先口座及び対価の帰属を併せて確認する。
税務上の取得費については,残高評価とは別に,国税庁「譲渡した株式等の取得費」で確認する。
2 説明できない差額を直ちに責任額としない
復元した残高と証券会社の報告残高が一致しない場合,その差額は追加調査を要する未解明額である。
資料不足又は計算基準の違いを排除しないまま,使込み額,損害額又は返還請求額と断定してはならない。
他方,照会を重ねても特定期間の入出金資料が提出されず,対応する銀行口座にも合理的な説明がない場合には,文書提出命令,調査嘱託,弁護士会照会その他の証拠収集手段を検討する。
どの手段が使えるかは,事件類型,文書の所持者及び必要性・関連性によって異なる。
第8 実務チェックリスト
1 資料取得時
①対象者,証券会社,支店及び口座番号を特定したか。
②基準日と対象期間を確定したか。
③残高証明書だけでなく,売買,入出金,入出庫,配当,手数料及び税を含む履歴を取得したか。
④銀行口座,他社証券口座及び確定申告書と照合したか。
⑤特定口座,一般口座,NISA,外国証券及び信用取引を確認したか。
2 計算及び評価時
①総資産と純資産を区別したか。
②現金入金と有価証券の移管を二重計上していないか。
③実現損益,評価損益,配当及び為替差損益の範囲を明示したか。
④時間加重収益率と金額加重収益率の目的を区別したか。
⑤不一致額又は残高増加額を,根拠なく使込み又は運用能力の証明としていないか。
第9 出典
1 運用成果の測定
①年金積立金管理運用独立行政法人「時間加重収益率」
②CFA Institute「GIPS Standards Handbook for Firms」
③金融庁「資産形成の基本」
2 裁判所及び税務資料
①盛岡家庭裁判所「財産分与に関する書証の提出について」
②横浜家庭裁判所「財産分与の審理について」
③神戸家庭裁判所「財産目録記載の手引」
④国税庁「譲渡した株式等の取得費」