第1 本記事の対象と令和6年民法改正による前提の変化
1 対象及び射程
非上場会社を経営する者が離婚する場合,分与の対象となる財産のうち自社株式が最大の資産を占めることが少なくない。自社株式は市場価格が存在しないため評価それ自体が争点となり,譲渡制限が付されているため分与の実行が会社法上の手続に服し,さらに移転に伴って課税が生ずる。本記事は,この三つの局面,すなわちどの範囲の財産が分与の対象となるか,どのように評価するか,どのように分与を実行し,その際にどのような会社法上及び税務上の制約を受けるかを,条文及び判決文に即して整理する。本記事の作成にはAIを用いており,引用する法令はe-Gov法令検索により,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例秘書により,それぞれ内容を確認している。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別の事案に対する法的助言ではない。
遺産分割における非上場株式の評価は,適用される「時価」の考え方が財産分与とは異なるため,遺産相続における非上場株式の評価方法で別に扱っている。また,財産分与に伴う課税の全体像は離婚に伴う財産分与と税金で扱っており,本記事では自社株式に固有の部分に限って触れる。
2 民法768条の改正――寄与の程度の推定と請求期間
民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)は,令和6年5月17日に成立して同月24日に公布され,令和7年10月31日の閣議決定により令和8年4月1日から施行された。この改正は,親権,監護,養育費,親子交流及び養子縁組とともに,財産分与に関する規定の見直しを含んでいる。
改正後の民法768条2項ただし書は,家庭裁判所に対する協議に代わる処分の請求について「離婚の時から五年を経過したとき」を限界とする。同条3項は,家庭裁判所が考慮すべき事情として,当事者双方が婚姻中に取得し又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度,婚姻の期間,婚姻中の生活水準,婚姻中の協力及び扶助の状況,各当事者の年齢,心身の状況,職業及び収入その他一切の事情を掲げた上で,「この場合において,婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは,相等しいものとする」と定める。
経営者の事案で意味を持つのは同条3項の後段である。寄与の程度を等しいものとする扱いは従来から運用上の準則として説明されてきたが,改正により条文上の推定として置かれた。その結果,経営者の側が自らの手腕によって財産が形成されたとして割合の修正を求める場合には,寄与の程度が「異なることが明らかである」といえる事情を主張立証する立場に立つことになる。なお,請求期間については,施行日である令和8年4月1日より前に成立した離婚に改正後の規定が及ぶかどうかが問題となり得るため,事案の処理に当たっては離婚の成立時期を確認する必要がある。
3 民法754条の削除
同じ改正により,夫婦間でした契約を婚姻中いつでも夫婦の一方から取り消すことができるとしていた民法754条が削除された。e-Gov法令検索で現行民法の親族編を条番号の順に確認すると,752条,755条,756条及び758条は存在するのに対し,753条及び754条は条文自体が置かれておらず,757条については条文が「削除」と表示される。
この削除は,自社株式の帰属をあらかじめ整理しておく方法に直接影響する。婚姻の届出前に締結する夫婦財産契約は,婚姻の届出までに登記をしなければ夫婦の承継人及び第三者に対抗することができず(民法756条),婚姻の届出後は夫婦の財産関係を変更することができない(同法758条1項)から,利用できる場面が限られる。そのため実務上は婚姻後に夫婦間で合意をする方法が考えられてきたが,旧754条の下では,その合意が婚姻中いつでも一方的に取り消され得る状態にあった。この障害が除かれたことにより,婚姻後の合意によって自社株式の取扱いを定めておくことの実効性は,改正前と比較して高まっている。
第2 自社株式は財産分与の対象となるか
1 名義と特有財産――民法762条の構造
民法762条1項は,夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産を特有財産とし,同条2項は,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産を共有に属するものと推定する。自社株式は株主名簿上の名義が明確であることが通常であるから,同条2項の推定が正面から働く場面はむしろ限られ,特有財産に当たるかどうかは取得の時期及び原資によって判断されることになる。
2 会社の設立時期による区別
実務上の出発点は,会社の設立が婚姻前か婚姻後かである。婚姻前に設立した会社の株式は婚姻前から有する財産として特有財産に当たるのが原則であり,婚姻後に設立した会社の株式は分与の対象となるのが原則である。もっとも,婚姻前に設立した会社であっても,その後の会社の維持及び発展に配偶者が寄与したと認められる場合には,分与の対象となる余地がある。この寄与については,経営者への同伴出席のように内助の範囲にとどまる関与では足りないと説明されている。
株式が特有財産であるとの主張は,取得の経緯を具体的に示す形で行われる。東京地方裁判所平成15年11月10日判決(平成13年(タ)第562号。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)の事案では,資産管理会社と思われる会社の株式について,亡父からの生前贈与及び相続により取得したものであるから固有財産であるとの主張がされている。この種の主張に対しては,取得の時期,原資及びその後の増資の有無を資料によって確認することになる。
第3 会社名義の財産に及ぶ場合――裁判例が示す三つの段階
1 原則――法人格が別である以上,会社財産は対象とならない
会社の財産は法人に帰属するものであって株主である配偶者個人の財産ではないから,会社名義の財産は原則として分与の対象とならない。家事調停事件及び人事訴訟事件を担当した裁判実務家による解説書は,当事者が経営する法人の資産は直接には分与の対象とならないとした上で,法人格が形骸化していて実質的に当事者の個人資産と同視できる場合には分与の対象とする裁判例があるものの,そこまでしなくても一般的には当該会社の株式を個人資産として評価すれば足りると整理している(秋武憲一・岡健太郎編著『離婚調停・離婚訴訟 四訂版』182頁)。ここでいう裁判例として同書が挙げるのは,後述する大阪地方裁判所昭和48年1月30日判決である。
すなわち,実務の標準的な処理は,株式を評価算入することによって清算を行い,会社財産を直接の対象とすべきかどうかを論ずる必要をなくすというものである。もっとも,会社名義の財産に及ぶことを認めた裁判例は複数あり,これらは「例外的に対象となる」と一括りに紹介されることがあるが,判決文にあたると,及ぶ範囲も論理も同一ではない。本記事では,次の三つの段階に分けて整理する。
2 資産収益関係を考慮に入れる
福岡高等裁判所昭和44年12月24日判決(昭和42年(ネ)第288号,第289号,判例時報595号69頁,判例タイムズ244号142頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,医師である夫が理事長を務める医療法人について,理事長のほかには両親及び妹の夫が形式的に理事として名を連ねているにすぎず実際上は夫が独りで采配を振っていたこと,同法人の診療報酬収入が昭和39年度に約9168万円,昭和42年度に約1億2759万円に達していたことなどを認定した上で,「医療法人○○会が実質上一審被告の個人経営と大差ない実情に鑑み,財産分与の額を決定するに当っては,同法人の資産収益関係をも考慮に入れて然るべきである」と判示した。
もっとも,同判決は,これに続けて括弧書きにより,「もちろん,同法人の利益処分等については法令上の制限が加えられていることを斟酌しなければならず,この点において純然たる個人資産と全く同一視することはできないが」と留保している。すなわち,同判決は法人の財産を個人の財産と同視したものではなく,分与額を定めるに当たっての一事情として考慮したにとどまる。この留保は,同判決を法人財産の分与対象性の根拠として援用する側にとっても,これに反論する側にとっても意味を持つ。
3 個人営業と同視する
大阪地方裁判所昭和48年1月30日判決(昭和44年(タ)第68号,判例時報722号84頁,判例タイムズ302号233頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,飲食業を営む株式会社について,「右会社は原被告の婚姻後被告がその個人営業により得た資金を投下して発足させた従前の個人営業の延長であり,被告個人が実質上の管理処分権を有していたことが認められるから,財産分与請求につき判断するに当っては,被告個人の営業と同視するのが相当である」と判示した。同視の判断は,法人が個人営業の延長であってその原資が個人営業により得た資金であること,及び個人が実質上の管理処分権を有していたことという二つの事情によっている。
なお,同判決の判示事項は「離婚訴訟における財産分与と慰謝料請求との関係」とされており,法人と個人の同視は判示事項として掲げられていない。判示事項の記載のみによって裁判例の内容を判断すると,この部分を見落とすことになる。
4 資産及び負債を通算する
東京地方裁判所平成14年10月25日判決(平成11年(タ)第312号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)は,自動車修理及び中古車販売を営む有限会社について,「会社の財産状態としては資本の欠損が生じているから,有限会社の出資自体に財産的価値は認められない。もっとも,Gが原告と被告のみが出資する有限会社であり,本件弁論の全趣旨に照らすと会社資産と原告及び被告の資産とは明確に分離されずに管理されていると認められるから,財産分与の対象となる財産を確定するに当たっては,Gの資産・負債をも通算するのが相当である」と判示した。
この判示は二段の構造をとっている。まず出資持分そのものを評価しようとし,資本の欠損があるために財産的価値を認めることができないとした上で,持分による捕捉ができないことを前提として,会社の資産及び負債の通算に進んでいる。そして通算の対象には負債も含まれており,同判決は,不動産の固定資産税評価額の合計8313万9840円から夫及び会社の負債の合計4643万708円を控除した3670万9132円を基礎とし,その2分の1に当たる1835万4566円を分与されるべき財産としている。会社財産の通算は,分与を求める側にとって常に有利に働くとは限らない。
5 三つの段階の関係
以上の三つは,法人の財産にどこまで及ぶかという点で程度を異にしており,事案の内容によってどれを主張すべきかが変わる。会社に相当額の負債がある事案では,資産及び負債を通算する構成は分与を求める側にとって不利に働き得るのに対し,資産の収益関係を分与額の一事情として考慮する構成であれば負債の全額を取り込む結果にはならない。他方,経営者の側からみれば,福岡高等裁判所判決の括弧書きが示すとおり,法人の利益処分に法令上の制限が及ぶことは個人資産との同視を否定する方向の事情となる。いずれの構成を採るかは,会社の財務状況並びに会社資産と個人資産との分離管理の程度によって決まる。
なお,同族会社名義の財産を分与の対象として考慮した例として,広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決(平成14年(ネ)第249号,判例時報1902号61頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)がある。同判決は,分与額算定の基礎財産の評価額を合計7億2478万7137円と認定した上で,「一審原告が家事や四名の子の育児に従事しながら,一審被告の事業に協力し続け,資産形成に大きく貢献したことに徴すると,一審原告の寄与率は五割と解され」るとして,3億2639万3568円相当の財産を取得するのが相当であるとした。
第4 評価の基準時及び方法
1 対象確定の基準時と評価の基準時
評価の基準時について,最高裁判所第一小法廷昭和34年2月19日判決(昭和32年(オ)第333号,民集13巻2号174頁,裁判所ウェブサイト)は,「裁判上の離婚の場合においては,訴訟の最終口頭弁論当時における当事者双方の財産状態を考慮して,財産分与の額および方法を定めるべきである」と判示した。実務は,分与の対象となる財産を確定する時点と,確定した財産を評価する時点とを区別し,前者を別居時,後者を口頭弁論終結時とする運用をとることが多い。前掲『離婚調停・離婚訴訟 四訂版』180頁も,別居時に保有していた株式その他の有価証券について口頭弁論終結時の評価額で算定するのが原則であるとし,口頭弁論終結時までに売却されていた場合には売却時の価格によって評価することが多いとする。ここでいう売却時の価格は手取額であるとされており,換価に伴う費用及び課税が控除された後の金額が基準となる点は,自社株式の分与を検討する際にも意味を持つ。
2 実務で用いられる評価方法
非上場株式には市場価格が存在しないため,評価方法があらかじめ定まっているわけではない。実務では,まず当事者間で評価額について合意することが試みられ,合意ができない場合には,貸借対照表の総資産から負債を控除して発行済株式総数で除する簡便な方法や,財産評価基本通達による方法が用いられる。評価額が高額になる場合又は算定方法について争いがある場合には,公認会計士等の専門家による鑑定を行うことになるが,鑑定には費用を要するため,調停において鑑定を実施するときは,費用の負担及び鑑定結果に従う旨の合意をあらかじめ得ておく必要があると説明されている。なお,株式の時価を求めるには当該会社の決算資料等の入手が必須であるところ,会社の経営に関与していない配偶者にとってはその入手自体が容易でないという立証上の問題がある。
相続税の課税を目的とする財産評価基本通達による評価については,現在,国税庁の有識者会議において抜本的な見直しが議論されている。評価通達による評価額を交渉の出発点として用いる場合には,この動向が影響し得る(取引相場のない株式の評価に関する有識者会議――国税庁が示した見直しの骨格と論点)。
3 価格が変動する資産の評価
評価を口頭弁論終結時の時価によるという整理は,価格が短期間に変動する資産についてそのまま適用されるとは限らない。前掲『離婚調停・離婚訴訟 四訂版』180頁も,多数の銘柄を保有し頻繁に売買を繰り返している場合には計算が煩雑であるため,別居時又はこれに近い時点の保有株式の時価総額で計算することがあるとしており,原則が事務処理上の便宜によって修正され得ることを示している。裁判例にも同様の修正がみられる。前掲広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決は,同事案に含まれていた上場株式について,株価が相当大幅に下落していること及び株価が日々大きく変動するものであって資産としての確実性を有しないことを考慮し,別居時である平成9年11月13日の終値と口頭弁論終結時に近い平成15年10月ころの株価との平均値をもって評価額とするのが相当であるとした。非上場株式についても,基準時をいつに置くかによって評価額が大きく変わる事案では,同様の考慮が働く可能性がある。
第5 分与の割合
1 2分の1が出発点となること
改正後の民法768条3項後段により,寄与の程度は,その程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとされる。したがって,割合の修正を求める側が,寄与の程度が異なることが明らかであるといえる事情を示すことになる。
2 経営者の手腕及び能力による修正
経営者の手腕を理由とする修正は,改正よりはるか以前から判断されている。前掲福岡高等裁判所昭和44年12月24日判決は,妻が夫の財産の2分の1を基準とすべきであると主張したのに対し,財産分与の本質が実質的共有財産の清算を中核とする以上,夫の財産が全部夫婦の協力により取得されたものであって双方の協力の程度に差がない場合であれば2分の1を基準とすることも妥当であるとしつつ,「一審被告が前示の如き多額の資産を有するに至ったのは,一審原告の協力もさることながら,一審被告の医師ないし病院経営者としての手腕,能力に負うところが大きいものと認められるうえ,一審原告の別居後に取得された財産もかなりの額にのぼっているのであるから,これらの点を考慮すると財産分与の額の決定につき一審被告の財産の二分の一を基準とすることは妥当性を欠くものといわざるを得ず」と判示し,分与額を2000万円と定めた。
他方,前掲広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決は,夫が資産形成は自らの才覚と努力によるところが大きく妻の寄与率は2割ないし3割程度であると主張した事案において,家事及び育児に従事しながら事業に協力し続けたことを理由に寄与率を5割と判断している。経営者の事案であるというだけで割合が当然に修正されるわけではなく,配偶者の関与の内容と財産形成との結び付きが具体的に認定されるかどうかによる。
3 割合が大きく修正された事例の読み方
大きく修正された例として,東京地方裁判所平成15年9月26日判決(平成13年(タ)第304号,第668号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)がある。上場会社の代表取締役である夫について,共有財産の価格合計約220億円の5パーセントに当たる10億円を分与すべきものとした事案である。
もっとも,同判決の理由を読むと,この5パーセントは清算的な寄与の割合のみを示した数値ではない。判決は,妻が経営者かつ財界人である夫の公私にわたる交際を約15年にわたり妻として支え精神的にも支えたことにより間接的には共有財産の形成及び特有財産の維持に寄与したことは否定できないとしつつ,共有財産の原資のほとんどが夫の特有財産であったこと及びその運用管理に携わったのも夫であったことから寄与した割合は必ずしも高いとはいい難いとした。その上で,「原被告の婚姻が破綻したのは,主として原告の責任によるものであること,被告の経歴からして,職業に携わることは期待できず,今後の扶養的な要素も加味すべきことを考慮にいれると,財産分与額は,共有物財産の価格合計約220億円の5%である10億円を相当と認める」と判示している。すなわち,減額方向の事情と,有責性及び扶養的要素という増額方向の事情とを総合した結果として示された金額である。同判決を「経営者の寄与により分与の割合が5パーセントまで下がる」という趣旨で引用することは,判決の理由に沿わない。
第6 分与の実行と会社法上の制約
1 譲渡制限株式の譲渡承認
非上場会社の株式には譲渡制限が付されていることが通常である。譲渡制限株式の株主が保有する株式を他人に譲り渡そうとするときは,会社に対し,その他人が株式を取得することについて承認をするか否かの決定をすることを請求することができる(会社法136条)。現物分与によって配偶者に株式を移転する場合にはこの承認を得る必要があり,承認が得られれば,元配偶者が株主として会社に残ることになる。
2 会社又は指定買取人による買取りと売買価格の決定
会社が承認をしない旨の決定をしたときは,会社は対象株式を買い取らなければならず,買い取る旨及び買い取る対象株式の数を株主総会の決議によって定めなければならない(会社法140条1項,2項)。この株主総会において譲渡等承認請求者は議決権を行使することができない(同条3項)。会社は,対象株式の全部又は一部を買い取る者として指定買取人を指定することもできる(同条4項)。
売買価格は会社と譲渡等承認請求者との協議によって定めるが,いずれの側も,通知があった日から20日以内に裁判所に対し売買価格の決定の申立てをすることができる(会社法144条1項,2項)。裁判所は,この決定をするには,譲渡等承認請求の時における会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない(同条3項)。20日の期間内に申立てがないときは,その期間内に協議が調った場合を除き,一株当たり純資産額に対象株式の数を乗じて得た額が売買価格となる(同条5項)。会社が買い取る場合には会社から相当額の資金が流出することになるため,分与の方法を検討する際には会社の資金繰りへの影響を併せて考慮する必要がある。
3 みなし承認となる期間
会社が承認の請求の日から2週間以内に決定の内容を通知しなかった場合,及び会社がその通知の日から40日以内に買取りの通知をしなかった場合には,会社は承認をする旨の決定をしたものとみなされる(会社法145条1号,2号)。いずれの期間についても定款でこれを下回る期間を定めることができ,また会社と譲渡等承認請求者との合意により別段の定めをしたときは除かれる。承認をしない方針であるにもかかわらず手続の期間を徒過すると,承認をしたものとして扱われることになるため,請求を受けた側の会社は日程管理を要する。
4 相続人等売渡請求は財産分与に及ばないこと
会社は,相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し,その株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる(会社法174条)。この定めがある場合,会社は,その都度株主総会の決議によって請求をする株式の数及びその株式を有する者の氏名を定めた上で(同法175条1項),売渡しを請求することができるが,会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときはこの限りでない(同法176条1項ただし書)。
もっとも,同法174条の対象は「相続その他の一般承継」により株式を取得した者である。財産分与による株式の移転は一般承継ではないから,相続に備えて定款に売渡請求の定めを置いていても,離婚に伴う株式の移転に対してこの制度を用いることはできない。事業承継対策として定款を整備している会社であっても,離婚については別途の備えを要することになる。
5 共有又は準共有として残すことの危険
分与の方法として株式を持分の形で分けると,株式は共有となる。株式が二以上の者の共有に属するときは,共有者は,株式についての権利を行使する者一人を定め,会社に対しその者の氏名又は名称を通知しなければ,株式についての権利を行使することができない(会社法106条本文)。同条ただし書は会社が権利行使に同意した場合を除くと定めるが,この同意には限界がある。
最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決(平成25年(受)第650号,民集69巻1号25頁,裁判所ウェブサイト)は,「共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において,当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは,株式会社が同条ただし書の同意をしても,当該権利の行使は,適法となるものではない」と判示し,併せて,共有に属する株式についての議決権の行使は,当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り,株式の管理に関する行為として民法252条本文により各共有者の持分の価格に従いその過半数で決せられるとした。
したがって,株式を共有のまま残す解決は,議決権の行使が適法に行われない状態を生じさせ,株主総会決議の効力が争われる事態を招き得る。自社株式については,共有を残さない解決,すなわち一方が全部を取得して代償金を支払う方法,換価して代金を分ける方法,又は評価額に相当する額を一定の期間内に分割して支払う方法を優先して検討することになる。共有株式の権利行使の問題は相続の場面でも生ずる(非典型財産の相続実務)。
第7 課税上の取扱い
1 分与した側に譲渡所得課税が生ずること
最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決(昭和47年(行ツ)第4号,民集29巻5号641頁,裁判所ウェブサイト)は,「財産分与としてされた不動産の譲渡は,譲渡所得課税の対象となる」と判示した。所得税基本通達33-1の4も,民法768条の規定による財産の分与として資産の移転があった場合には,その分与をした者は,その分与をした時においてその時の価額により当該資産を譲渡したこととなると定める。同通達の注1は,財産分与による資産の移転は財産分与義務の消滅という経済的利益を対価とする譲渡であって贈与ではないから,所得税法59条1項のみなし譲渡課税の規定は適用されないとする。
したがって,含み益のある自社株式を現物で分与すると,分与した経営者の側に譲渡所得課税が生ずる。評価額が大きいほど税負担も大きくなり,しかも株式そのものを手放している以上,納税資金は別途用意しなければならない。評価額のみを見て分与の方法を決めることはできない。
2 分与を受けた側の取扱い
分与を受けた者は,分与を受けた日にその時の価額で当該資産を取得したことになり,取得費についても分与時の価額によることになる(所得税基本通達38-6)。贈与ではないため贈与税は課されない。将来その株式を譲渡した場合の長期譲渡と短期譲渡の区別も,分与を受けた日を基準として判定される。
3 発行会社への売却とみなし配当
分与を受けた元配偶者が株式を換価しようとしても,非上場株式には市場が存在しない。発行会社に買い取らせる方法をとる場合,所得税法25条1項5号により,自己の株式の取得によって交付を受けた金銭その他の資産の価額の合計額のうち,資本金等の額のうち交付の基因となった株式に対応する部分の金額を超える部分は,剰余金の配当等とみなされる。株式を第三者に譲渡した場合と課税の区分が異なることになるため,分与を受ける側にとって手取額がどうなるかは,換価の方法によって変わる。分与の条項を定める段階で換価の方法まで想定しておくことが望ましい。財産分与に伴う課税の全体像は離婚に伴う財産分与と税金を参照されたい。
第8 手続上の留意点及び事前の備え
1 分与を求める財産の一部について裁判をしないことは許されない
最高裁判所第二小法廷令和4年12月26日判決(令和3年(受)第1115号,民集76巻7号1948頁,裁判所ウェブサイト)は,「離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合において,裁判所が離婚請求を認容する判決をするに当たり,当事者が婚姻中にその双方の協力によって得たものとして分与を求める財産の一部につき,財産分与についての裁判をしないことは許されない」と判示した。
同判決の事案は,閉鎖的な法人の持分の評価が問題となったものである。原審は,夫婦が婚姻後に出資して設立した医療法人の持分について,当該医療法人が夫に対し財産の横領等を理由として1億5767万円余の損害賠償を求める訴訟が係属中であることなどに照らせば,現時点で夫の当該医療法人に対する貢献度を直ちに推し量り財産分与の割合を定めその額を定めることを相当としない特段の事情があるとして,この持分を除いたその余の財産についてのみ財産分与の裁判をした。最高裁判所は,民法768条3項及び人事訴訟法32条1項の文言からすれば,分与を求める財産の全部について裁判がされることが予定されており,一部について裁判をしないことを許容する規定は存在しないとして,原判決中の財産分与に関する部分を破棄し差し戻した。
この判断により,評価が困難であることを理由として裁判所が判断を留保することはできないことが明らかになった。評価に関する資料を提出しないまま争えば,裁判所は提出された資料の範囲で評価を行うことになる。当事者としては,自らの主張に沿う評価の根拠を積極的に示すことが,結論に対して直接に影響することになる。
2 夫婦財産契約及び婚姻後の合意
第1の3で述べたとおり,民法754条の削除により,婚姻後に夫婦間で締結する合意の安定性は改正前より高まっている。合意においては,特有財産の範囲,共有財産の範囲,分与の割合,評価の方法及び清算の方法を定めておくことが考えられる。自社株式については,処分すべきでないことを相互に確認した上で,公正な評価額を一定の期間内に金銭で清算する旨を定めておく方法が示されている。
もっとも,法定財産制と異なる定めを置くほど,公平か否かの審査は慎重になる。分与の割合について,公証実務の経験からは,5対5が有効性を維持する観点から最も無難であり,6対4も概ね問題のない範囲であるが,7対3は有効性に疑義が生じ,8対2は相当の合理的な理由がなければ困難であると説明されている。合意の内容を定めるに当たっては,将来その効力が争われる可能性を織り込んでおく必要がある。
出典・参考資料
1 法令・通達
①民法(明治29年法律第89号)752条,755条,756条,757条,758条,762条,768条,771条(e-Gov法令検索)
②会社法(平成17年法律第86号)106条,136条,140条,144条,145条,174条,175条,176条(e-Gov法令検索)
③所得税法(昭和40年法律第33号)25条1項,33条,59条1項(e-Gov法令検索)
④所得税基本通達33-1の4(財産分与による資産の移転)(国税庁「法第33条《譲渡所得》関係」)
⑤所得税基本通達38-6(分与財産の取得費)(国税庁「法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》関係」)
⑥国税庁タックスアンサーNo.3114 離婚して土地建物などを渡したとき(令和7年4月1日現在法令等。根拠法令等として所基通33-1の4,33-9,38-6を掲げる)
2 裁判例
①最高裁判所第一小法廷昭和34年2月19日判決(昭和32年(オ)第333号,民集13巻2号174頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決(昭和47年(行ツ)第4号,民集29巻5号641頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷平成27年2月19日判決(平成25年(受)第650号,民集69巻1号25頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第二小法廷令和4年12月26日判決(令和3年(受)第1115号,民集76巻7号1948頁,裁判所ウェブサイト)
⑤福岡高等裁判所昭和44年12月24日判決(昭和42年(ネ)第288号,第289号,判例時報595号69頁,判例タイムズ244号142頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑥大阪地方裁判所昭和48年1月30日判決(昭和44年(タ)第68号,判例時報722号84頁,判例タイムズ302号233頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑦東京地方裁判所平成14年10月25日判決(平成11年(タ)第312号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑧東京地方裁判所平成15年9月26日判決(平成13年(タ)第304号,第668号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑨東京地方裁判所平成15年11月10日判決(平成13年(タ)第562号。裁判所HP未掲載。判例秘書により確認)
⑩広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決(平成14年(ネ)第249号,判例時報1902号61頁。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
3 公的資料
①法務省「民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し)について〔令和8年4月1日施行〕」(令和6年5月31日掲載,令和8年1月最終更新)
②法務省民事局「民法等の一部を改正する法律の概要」(令和7年11月)(施行期日に関する令和7年10月31日閣議決定を掲載)
4 文献
①秋武憲一・岡健太郎編著『離婚調停・離婚訴訟 四訂版』(リーガル・プログレッシブ・シリーズ7,青林書院,令和5年)180頁,182頁
②小島妙子『Q&A財産分与と離婚時年金分割の法律実務――離婚相談の初動対応から裁判手続まで』(民事法研究会,平成30年)77頁~78頁
③『富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務』(日本法令,令和4年)71頁~79頁,394頁~425頁
④宇田川濱江ほか編『離婚給付算定事例集――養育費・財産分与・慰謝料』(新日本法規出版,平成22年)35頁~41頁,157頁~159頁
⑤『第4版 離婚調停』(日本加除出版,令和3年)361頁~362頁