相続の実務では,現金・預貯金・不動産といった典型的な財産のほかに,投資信託・暗号資産・ゴルフ会員権・知的財産権・営業上の許可など,取扱いに固有の注意を要する財産に出会うことがあります。本稿は,こうした「非典型財産」を相続の場面でどう扱うかを,条文と最高裁判例を手がかりに,弁護士の実務目線で横断的に整理するものです。引用する法令は条文番号を明示し,裁判例は裁判所ウェブサイト又は判例データベースで内容を確認したものに限っています。
第1 はじめに──「非典型財産」という視点
1 なぜ「非典型」を意識するのか
相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継します(民法896条本文)。もっとも,被相続人の一身に専属したものは承継されません(同条ただし書)。この単純な原則の裏側で,財産の性質ごとに,承継の可否,遺産分割の要否,評価の方法,名義変更や届出の手続が大きく変わります。
現金や不動産であれば処理の型は定まっていますが,投資信託・暗号資産・会員権・知的財産権・営業上の許可などは,1件1件が固有の論点を抱えます。これらを本稿では便宜的に「非典型財産」と呼びます。実務上の失敗は,「見落とし」と「取扱いの型を誤ること」から生じます。本稿は,その両方を防ぐための地図を提供することを目的とします。
2 相続の一般原則と「当然分割」の可否
相続人が数人あるときは,相続財産は共有に属します(民法898条1項)。共有に関する規定を適用する際の各相続人の持分は,法定相続分等により算定した相続分によります(同条2項)。各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(民法899条)。
ここで実務上の分水嶺となるのが,「その財産は相続開始と同時に相続分に応じて当然に分割されるか,それとも遺産分割を経るまで共同相続人の(準)共有にとどまるか」という問題です。所有権以外の財産権を数人で有する場合には,共有の規定が準用されます(民法264条本文。ただし法令に特別の定めがあるときを除く。同条ただし書)。当然分割されるのであれば各相続人が単独で権利を行使できますが,準共有にとどまるのであれば,遺産分割によって共有状態を解消しなければ完全な権利行使ができません。以下の各論は,多くがこの区別をめぐるものです。
第2 金融商品の相続
1 可分債権の原則と預貯金の例外
金銭その他の可分債権は,かつては相続開始と同時に相続分に応じて当然に分割されると理解されてきました。しかし,預貯金債権については,最高裁大法廷が理解を改め,共同相続された普通預金債権・通常貯金債権・定期貯金債権は,いずれも相続開始と同時に当然に分割されることはなく,遺産分割の対象となる,と判示しました(最高裁大法廷決定平成28年12月19日民集70巻8号2121頁,裁判所ウェブサイト)。
この帰結として,遺産分割前の払戻しには共同相続人全員の関与が原則として必要になりますが,葬儀費用や当面の生計費に充てるための一定額については,各共同相続人が単独で権利行使できる仮払いの制度が設けられています(民法909条の2)。相続開始時の預貯金債権額の3分の1に当該相続人の相続分を乗じた額(金融機関ごとに法務省令で定める上限あり)が,その範囲です。
2 投資信託と個人向け国債
(1) 委託者指図型投資信託の受益権
投資信託の受益権は,一見すると金銭の支払を受ける権利のように見えますが,最高裁は,共同相続された委託者指図型投資信託の受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない,と判示しました(最高裁第三小法廷判決平成26年2月25日民集68巻2号173頁,裁判所ウェブサイト)。受益権は口数を単位とし,償還金請求権・収益分配請求権という金銭支払請求権のほか,信託財産に関する監督的な権能を含む1個の権利であることが理由とされています。
したがって,受益権は遺産分割の対象となり,分割を経るまでは共同相続人の準共有(民法264条)にとどまります。実務上は,遺産分割が成立するまで解約・償還の請求ができず,運用会社・販売会社の所定の相続手続を経ることになります。
(2) 個人向け国債
個人向け国債についても,前記平成26年2月25日判決は,共同相続された個人向け国債は相続開始と同時に当然に分割されることはない,と判示しました。個人向け国債は1万円を額面価額の最低単位とし,1万円単位でしか権利行使できないよう設計されているため,当然分割になじまないことがその理由です。個人向け国債もまた,遺産分割を経て共有状態を解消したうえで権利を行使することになります。
(3) 未分割期間中の管理と権利行使
準共有にとどまる金融商品は,遺産分割が成立するまでの間の管理・権利行使が問題となります。株式であれば議決権の行使,投資信託であれば監督的権能の行使,配当や分配金の受領などが,共同相続人の関与のもとで処理されます。金融機関は,相続を証する戸籍等一式と,相続人全員の同意書面をそろえて手続を進めるのが通例です。遺産分割が長期化しそうな場合には,先に一部分割で当該金融商品だけを特定の相続人に帰属させる方法も検討に値します。
3 上場株式・非上場株式
株式も準共有となり,遺産分割の対象です。会社に対して権利を行使するには,共同相続人の中から権利を行使する者1人を定めて会社に通知する必要があります(会社法106条本文)。この指定・通知を欠くと,会社が同意した場合を除き,議決権等を行使できません。とりわけ非上場の同族会社では,株式が準共有のままだと株主総会の運営が滞るため,早期の遺産分割による単独帰属化が望まれます。1株未満の端数が生じる分け方は現物分割になじまない点にも注意が必要です。
4 生命保険金
(1) 受取人固有の財産という原則
被相続人が自らを被保険者とし,特定の相続人を受取人に指定していた死亡保険金請求権は,保険契約の効力として受取人に発生する固有の権利であり,相続財産には含まれないと解されています。最高裁も,死亡保険金の受取人が単に「被保険者死亡の場合はその相続人」と指定された場合について,これを被保険者死亡の時における相続人たるべき者を受取人として特に指定したいわゆる他人のための保険契約と解し,各相続人は保険金請求権を自己の固有の権利として取得すると判示しています(最高裁第三小法廷判決昭和40年2月2日民集19巻1号1頁。D1-Law.com判例体系の判例ID 27001334)。また,受取人を「相続人」と指定した場合に各相続人が受け取る権利の割合は,特段の事情のない限り相続分の割合によるとされています(最高裁第二小法廷判決平成6年7月18日民集48巻5号1233頁。D1-Law.com判例体系の判例ID 27824765)。したがって,原則として遺産分割の対象とならず,相続放棄をした者でも受け取ることができます。もっとも,相続税の計算上は「みなし相続財産」として課税対象となり,法定相続人1人あたり500万円の非課税枠が設けられています(この点は相続税法上の取扱いです)。
(2) 特別受益の持戻しが問題となる場合
死亡保険金請求権が受取人固有の財産であるとしても,特定の相続人だけが多額の保険金を受け取ると,他の共同相続人との間で著しい不均衡が生じることがあります。最高裁は,被相続人を保険契約者・被保険者とし,共同相続人の一部を受取人とする保険契約に基づく死亡保険金請求権は,民法903条1項にいう遺贈又は贈与に係る財産には当たらないとしつつ,保険金の額,同額の遺産総額に対する比率,各相続人と被相続人との関係,各相続人の生活の実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が同条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいと評価すべき特段の事情があるときは,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる,と判示しました(最高裁第二小法廷決定平成16年10月29日,裁判所ウェブサイト)。
実務では,この「特段の事情」の有無が争点となります。保険金が遺産全体に占める割合が大きい事案ほど持戻しが認められやすい傾向があり,相続人間の公平を検討する際の重要な判断枠組みです(民法903条)。
(3) 団体信用生命保険
住宅ローンに付される団体信用生命保険では,被保険者である債務者が死亡すると,保険金は債権者である金融機関に支払われ,これによりローン債務が消滅します。この保険金は相続人が受け取るものではなく相続財産を構成しませんし,同時に消滅する住宅ローン債務も,相続税の計算上の債務控除の対象とはなりません。相続人が承継する不動産に住宅ローンの負担が残らない点は,遺産分割の設計に影響します。
5 強制決済型のポジション
外国為替証拠金取引(FX),商品先物取引,オプションの売り建てなど,証拠金を上回る損失が生じうる強制決済型のポジションが遺産に含まれることがあります。これらは,相場の変動により,証拠金を超える予想外の債務を相続人が負う危険をはらみます。債務超過が疑われるときは,熟慮期間(相続の開始があったことを知った時から3か月。利害関係人又は検察官の請求により家庭裁判所が伸長できます。民法915条1項)内の相続放棄を早期に検討する必要があります。ポジションの有無と評価額の把握が最優先の課題となります。
第3 デジタル資産の相続
1 「デジタル遺産」という新しい類型
スマートフォンやパソコンの普及により,被相続人の財産がデジタルデータやオンラインサービス上の権利として存在する場面が急速に増えています。デジタル化された財産も,一身専属的なものを除き,相続の対象となります(民法896条)。もっとも,デジタル資産には,存在や所在が外形から見えにくいという固有の難しさがあります。遺産の全体像が把握できなければ適切な遺産分割ができないため,調査の手順があらかじめ重要になります。
2 暗号資産(仮想通貨)
(1) 取引所口座型と自己管理ウォレット型
暗号資産の相続手続は,被相続人がどのように保有していたかで大きく異なります。暗号資産交換業者(取引所)に口座を開設して保有していた場合は,その取引所の所定の相続手続に従い,戸籍等を提出して名義の移転や換価を進めます。これに対し,被相続人が自ら秘密鍵を管理するウォレットで保有していた場合には,秘密鍵や復元のためのシードフレーズが分からなければ,事実上,移転も換価もできなくなります。生前の情報共有の有無が決定的な意味を持ちます。
(2) 相続税評価の考え方
暗号資産も相続税の課税対象です。評価方法は,財産評価基本通達に個別の定めがないため,同通達5(評価方法の定めのない財産の評価)に基づいて評価します。国税庁の整理では,活発な市場が存在する暗号資産は,外国通貨に準じ,課税時期において納税義務者が取引を行っている暗号資産交換業者が公表する取引価格によって評価します。活発な市場が存在しない暗号資産は,その内容や性質,取引の実態等を勘案して,個別に評価することとされています。
(3) 価格変動リスクと二重課税の問題
暗号資産は価格変動が大きいため,相続開始時の評価額と,相続人が実際に換価した時点の価額とが大きく食い違うことがあります。さらに,相続時に相続税が課され,その後に相続人が売却した際の値上がり益に所得税(雑所得)が課されるという,実質的な二重の負担が生じ得る点も,事前に説明しておくべき重要な論点です。処分の時期をいつにするか,換価して納税資金に充てるかどうかは,相続人と早めに方針を共有しておくのが安全です。
3 NFT(非代替性トークン)
NFTは,ブロックチェーン技術を用いて固有の値や属性を記録した,代替不可能なデジタル資産です。代替可能な暗号資産とは異なり,一つ一つが唯一無二である点に特徴があります。実体を伴わないデジタル資産であるうえ,資産として注目されてから日が浅く,法的な取扱いは発展途上にあります。相続に際しては,NFTがマーケットプレイス上で保有されているのか,個人間で移転されたものかを確認し,マーケットプレイスを利用している場合はその運営者に相続手続を照会することになります。決済に暗号資産が用いられていることも多く,暗号資産の把握と一体で調査するのが実務的です。
4 電子マネー・ポイント・マイル
電子マネーやポイント,航空会社のマイルは,経済的価値を有する一方で,相続の可否や手続が発行者の規約に委ねられていることが少なくありません。交通系・流通系のプリペイド型電子マネーは,規約上,相続について特段の定めを置いていない例が見られます。後払い(クレジット)型の電子マネーは,チャージが不要な代わりに,利用分の決済日が到来するまでは相続債務として残る点に注意が必要です。ポイントやマイルは,規約上,一身専属的で相続を認めないものも多く,まずは各サービスの規約を確認することが出発点になります。
5 SNS・メール・クラウドと「通信の秘密」
被相続人のメールやSNS,クラウド上のデータの取扱いも問題となります。相続した端末内に保存されたデータは共同相続人の共有状態にありますが,内部のデータが著作権等の対象となる場合もあり,誤操作による滅失の危険もあるため,あらかじめ共同相続人の同意のもとで確認・調査を行うのが望ましいといえます。
サーバ上にあるメールやウェブメールについては,利用規約に開示手続の定めがあればそれに従い,相続人が利用契約上の地位(アクセス権限)を承継する場合や,委任契約の付随義務としての報告請求権が相続される場合には,開示が正当な業務行為と評価される余地があります。もっとも,通信の内容の閲覧は,電気通信事業法が保護する「通信の秘密」との緊張関係を生じ得るため,慎重な対応が求められます。
6 デジタル遺産の調査とパスワード
デジタル資産は,まず「存在の探知」が課題です。パソコンやスマートフォンには各種データとアクセス情報が集約されているため,調査の起点になります。ログインのパスワードが分からない場合でも,被相続人が主に使用していたメールアドレスが判明すれば,ウェブ版のサービスからパスワードの再設定を通じてアクセスできることがあります。一方,パスワードを複数回誤入力すると端末がロックされる機能を備えたものもあるため,不用意な試行は避け,必要に応じて専門業者の解析を検討します。ネット銀行・ネット証券は,通帳が発行されないため見落としやすく,郵便物やパソコンの利用履歴を手がかりに探索することになります。
第4 地位・権利の相続
1 賃貸借契約上の地位と賃料債権
被相続人が賃貸人であった場合,相続開始後に遺産である不動産から生じた賃料債権の帰属が問題となります。最高裁は,相続開始から遺産分割までの間に生じた賃料債権は,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し,その後の遺産分割の影響を受けない,と判示しました(最高裁第一小法廷判決平成17年9月8日民集59巻7号1931頁,裁判所ウェブサイト)。したがって,この賃料は原則として遺産分割の対象ではなく,分割債権として処理されます。
これに対し,被相続人が借主であった使用貸借は,借主の死亡によって終了します(民法597条3項)。無償で不動産を借りていた地位は相続されないのが原則であり,相続人が引き続き使用するには,あらためて貸主との合意が必要になります。
2 ゴルフ会員権
ゴルフ会員権の相続の可否は,クラブの会則の定めによります。会則に相続を認める規定があれば,それに従って名義変更の手続を進めます。明文がなくても,譲渡が認められている会員権であれば相続を肯定する余地があります。いずれにせよ,会則の確認と,クラブ所定の名義書換手続(名義書換料の要否を含む)の履践が実務の中心です。相続税評価は,取引相場のある会員権について,課税時期の取引価格を基礎とする方法が用いられます。
3 知的財産権
著作権・特許権・実用新案権・商標権・意匠権といった知的財産権は,財産権として相続の対象となります(著作者人格権のように一身専属的なものは対象外です)。これらの権利は,手続を経なくても相続により承継の効力が生じますが,法定相続分を超える移転を第三者に対抗するには,登録が必要になる点に注意が必要です(民法899条の2第1項の考え方も参照)。
共同相続によって著作権が数人の準共有となった場合,共有著作権は,その共有者全員の合意によらなければ行使することができません(著作権法65条2項)。各共有者は,正当な理由がない限り,合意の成立を妨げることができません(同条3項)。音楽著作権のように管理事業者に信託されている権利では,相続の発生に伴い所定の承継届その他の書類の提出が求められるのが実務であり,準共有者間で権利行使の代表者をどう定めるかも問題となります。
4 免許・許認可の承継
(1) 承継の可否は事業ごとに異なる
被相続人が営んでいた事業に係る免許・許認可は,一般の遺産とは別に,その承継の可否と手続を個別に検討しなければなりません。届出や認可により承継できるものがある一方,被相続人限りの資格として,相続人が新規に取得し直さなければならないものもあります。事業を継続するのか清算するのかという相続人の意向とあわせて,早期に確認することが重要です。
(2) 個人タクシー事業の場合
1人1車制の個人タクシー事業は,一般乗用旅客自動車運送事業として,運転者本人に強く結びついた許可事業です(許可について道路運送法4条)。事業者が死亡すると,その許可の効力は失われます。もっとも,相続人が引き続き事業を経営しようとするときは,被相続人の死亡後60日以内に国土交通大臣の認可(相続の認可)を受けることで,承継が可能です(道路運送法37条1項)。この認可を申請した場合,被相続人の死亡の日から認可・不認可の通知を受ける日までは,被相続人に対する許可は相続人に対してしたものとみなされ,営業の継続が担保されます(同条2項)。事業を承継しない場合には,相続人が死亡の届出をすることになります(道路運送法施行規則66条1項3号)。
実務上とくに留意すべきは,事業の譲渡・譲受の認可(道路運送法36条1項)の申請中に譲渡人が死亡した場合の取扱いです。譲渡人が死亡した場合における,個人タクシー事業の譲渡譲受認可申請の手続について定めた文書(令和7年7月の近畿運輸局の開示文書)によれば,この場合の申請は原則として却下されますが,死亡後60日以内に相続人のうちの1人が代表して申請の継続に同意する旨の書面を提出したときに限り,相続の手続を省略して申請が継続しているものとみなす,という救済の運用が示されています(後日,可能な限り早期に相続人全員の同意書面を提出させることが前提とされています)。こうした運用は法令検索には現れないため,該当する運輸局への確認や情報公開請求によって最新の取扱いを把握することが,実務上の要点になります。
第5 特殊な財産の相続
1 祭祀財産と遺骨
系譜・祭具・墳墓といった祭祀財産は,通常の相続財産とは切り離され,慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継します。被相続人の指定があるときはその者が承継し,慣習が明らかでないときは家庭裁判所が承継者を定めます(民法897条1項・2項)。これらは遺産分割の対象とならず,相続税も課されません。
遺骨の帰属については,最高裁が,遺骨の所有権は慣習に従って祭祀を主宰すべき者に帰属すると判示しており(最高裁第三小法廷判決平成元年7月18日家庭裁判月報41巻10号128頁。D1-Law.com判例体系の判例ID 27809714),その帰属や引渡しをめぐる紛争は,最終的に家庭裁判所における祭祀承継者の決定と結びつけて解決されるのが一般的です。祭祀の承継は,感情的な対立を伴いやすい領域であり,当事者の心情に配慮した丁寧な進行が求められます。
2 ペットと信託
ペットは,法律上は「物」として扱われます(民法85条)。したがって,ペット自体は相続の客体ですが,問題は,残されたペットの世話をどう確保するかにあります。近年は,信託を用いて飼育資金と世話を仕組む方法が検討されています。
一つは,特定の相続人に飼育資金を給付してペットの世話をさせる型です。この場合,資金を受ける者以外の相続人の取り分との関係や,受益権に対する強制執行の可能性などを検討する必要があります。もう一つは,受益者を定めない信託(目的信託)を用いる型です。受益者が存在しないため利益相反が生じにくいという利点があり,受託者の選定や飼育を委託する先の確保が設計の中心となります。いずれも,飼育資金の管理と受託者の義務をどう定めるかが,仕組みの成否を分けます。
3 特殊な不動産・動産
農地・山林,接道条件を欠く土地,記名共有地など,処分や評価に固有の制約がある不動産は,遺産分割の設計段階で個別の検討を要します。農地については,一定の要件のもとで相続税の納税猶予の特例を活用できる場合があり,農業を継続する相続人にとって重要な選択肢となります(適用要件は租税特別措置法に定められており,適用の可否は専門的な検討を要します)。
自動車も相続の対象です。相続人による名義変更は,運輸支局における移転登録によって行い,登録の原因を「相続」と明記します(この場合,通常の移転登録と異なり,旧所有者欄への実印の押印は要しないなどの特徴があります)。相続人以外の第三者に譲渡するときは,いったん相続人の名義に移してから第三者への移転登録を行うことになります。船舶(総トン数20トン以上のもの)や建設機械など,登記・登録によって権利変動を公示する動産についても,それぞれの制度に沿った手続が必要です。
第6 生前対策と実務の視点
1 財産の可視化
非典型財産の相続で最大の障害は,「そもそも何があるか分からない」という点にあります。生前のうちに,財産目録やエンディングノートの形で,保有する金融商品・オンライン口座・暗号資産・会員権・事業上の許可などを整理し,所在と連絡先を書き残しておくことが,相続人の負担を大きく減らします。とりわけデジタル資産は,本人以外がその存在を知る手がかりに乏しいため,可視化の意義が大きいといえます。
2 遺言による手当て
遺言では,非典型財産を誰に承継させるかを具体的に定めておくことが有用です。準共有となりやすい金融商品や,権利行使に全員の関与を要する株式などは,特定の相続人に集約する内容としておくことで,遺産分割の紛争や権利行使の停滞を避けられます。デジタル資産については,データの所在や取扱いの希望を付言事項として書き添えたり,負担付きの遺贈・遺産分割方法の指定を活用したりする工夫が考えられます。
3 死後事務委任契約の活用
相続財産の承継とは別に,オンラインサービスの解約やデータの処分,各種の届出といった事務を,あらかじめ受任者に委ねておく死後事務委任契約を併用する方法があります。承継すべき財産は遺言で手当てし,処分・解約・届出などの事実行為は死後事務委任契約で手当てするという役割分担により,デジタル資産をめぐる「残されたアカウントの放置」といった問題にも対応しやすくなります。
第7 おわりに
非典型財産の相続は,「当然分割か準共有か」という民法上の基本的な区別を出発点としつつ,財産ごとに評価・手続・税務の各面で固有の論点が重なり合う領域です。最高裁判例が積み重ねられてきた金融商品の分野に加え,暗号資産やNFTのように法的取扱いが発展途上にある分野も広がっています。共通する実務の要点は,第1に財産の存在を漏れなく把握すること,第2に取扱いの型(当然分割か,準共有か,一身専属か)を正確に判定すること,第3に評価と税務の見通しを早期に相続人と共有することにあります。個別の事案では,本稿で触れた条文・判例を出発点に,最新の運用や税務上の取扱いを一次資料で確認しながら進めることをおすすめします。
第8 出典・参考文献
1 法令
本稿で引用した条文は,e-Gov法令検索により現行の条文を確認しました。民法85条・206条・264条・896条・897条・898条・899条・899条の2・903条・909条・909条の2・597条3項・915条1項,会社法106条,著作権法65条,道路運送法4条・36条・37条,道路運送法施行規則66条1項3号。租税特別措置法(農地の相続税の納税猶予)の具体的な適用要件は,同法の該当規定を参照してください。
2 裁判例
次の各判例は,裁判所ウェブサイトの裁判例検索又は判例データベース(D1-Law.com判例体系)により内容を確認しました。
- 最高裁大法廷決定平成28年12月19日民集70巻8号2121頁(預貯金債権と遺産分割)
- 最高裁第三小法廷判決平成26年2月25日民集68巻2号173頁(投資信託受益権・個人向け国債の当然分割の否定)
- 最高裁第二小法廷決定平成16年10月29日(死亡保険金と特別受益の持戻し)
- 最高裁第一小法廷判決平成17年9月8日民集59巻7号1931頁(相続開始後の賃料債権の帰属)
- 最高裁第三小法廷判決昭和40年2月2日民集19巻1号1頁(死亡保険金は受取人固有の財産/「相続人」との指定の意義)── D1-Law.com判例体系の判例ID 27001334により内容を確認しました。
- 最高裁第二小法廷判決平成6年7月18日民集48巻5号1233頁(「相続人」と指定された保険金受取人の権利の割合は相続分の割合による)── D1-Law.com判例体系の判例ID 27824765により内容を確認しました。
- 最高裁第三小法廷判決平成元年7月18日家庭裁判月報41巻10号128頁(遺骨は慣習に従い祭祀を主宰すべき者に帰属)── D1-Law.com判例体系の判例ID 27809714により内容を確認しました。
3 参考文献
執筆にあたり,以下の実務書等を参考にしました(内容はいずれも筆者の理解に基づき整理したものであり,各書の記述をそのまま引用したものではありません)。書名の掲記は参照の事実を示すためのものです。
- 『非典型財産の相続実務』(新日本法規出版)
- 『Q&A 未分割遺産の管理・処分をめぐる実務』(新日本法規出版)
- 『デジタル遺産の法律実務Q&A』(日本加除出版)
- 『電子商取引・電子決済の法律相談』(青林書院)
- 『判例でみる 音楽著作権訴訟の論点80講』(日本評論社)
- 『弁護士のための遺産相続実務のポイント』(日本加除出版)
- 『新類型の信託ハンドブック』(日本加除出版)
- 『8訂版 農家と地主のための相続対策マニュアル』(日本法令)
- 『ケース別 相続手続 添付書類チェックリスト〔改訂版〕』(新日本法規出版)
4 本稿で根拠としたインターネット情報
本文のうち,次の各事項は,インターネット上の一次情報・公表情報を参照して補ったものです。
- 暗号資産の相続税評価(財産評価基本通達5に基づき,活発な市場が存在する場合は課税時期に納税義務者が取引を行っている暗号資産交換業者の公表する取引価格により評価し,活発な市場が存在しない場合はその内容や性質・取引の実態等を勘案して個別に評価する)── 出典:国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」問4-2(国税庁ウェブサイト掲載のFAQ。当該PDFを取得し内容を確認済み)。
- 暗号資産の価格変動に伴う相続税と所得税の実質的な二重負担の問題,及び処分時期の検討の必要性 ── 出典:税理士等による公表解説(相続税実務に関する各税理士法人のウェブ解説記事を参照)。
- デジタル遺産が民法896条により相続の対象となること,及び生前対策としての遺言・死後事務委任契約の活用 ── 出典:弁護士会・弁護士事務所等による公表解説(札幌弁護士会「デジタル財産の相続について」その他のウェブ解説記事を参照)。