第1 本記事の対象と結論
1 高収入共働きの離婚が複雑になる理由
医師,歯科医師,経営者,士業その他の専門職同士の共働き夫婦では,両方に高い収入があるため争点が少ないように見える。実際には,給与収入と事業収入の併存,日当直・スポット勤務の変動,当直回数の変化,可変給与,法人からの報酬,留保金,非上場株式,退職金,借入金,教育費,夜間・休日勤務と監護の分担等が重なる。
2 結論
この類型では,「高収入者だから算定表より高くなる」又は「共働きだから生活費は各自負担である」と単純化しないことが重要である。①現在の生活費の分担,②子の居所・監護・医療・教育,③収入の評価,④婚姻中に形成された財産,⑤個人と会社・医療法人の財産の区別,⑥将来のキャリアと監護体制を別々の表にし,その後に相互の影響を確認する。
第2 最初に四つの時点を固定する
1 別居開始時
婚姻費用,住宅ローン,子の居所,生活費の支払及び面会交流について,別居を開始した日の前後で事実関係が大きく変わる。別居日だけでなく,合意の有無,住所の変更,子の引渡し,鍵と財産の移動及び生活費の支払開始日を時系列にする。
2 財産形成の基準時
財産分与では,夫婦の協力による財産形成が実質的に終了した時点が問題となる。長期別居の後に大きな収入,株式価値の変動,施設の開業,借入又は資産移転があると,「どの時点の財産が分与対象か」と「いつの価値で評価するか」を分けて検討する必要がある。
3 婚姻費用・養育費の収入基準年
確定申告書や源泉徴収票は過去一年間の収入を示すが,当直回数,勤務先,雇用形態又は休業の変化がある場合,過去一年だけで将来の基礎収入を評価できないことがある。数年分の収入及び最近の勤務実態を並べ,一時的な要因と継続的な変化を分ける。
4 離婚成立と請求期限
婚姻費用は婚姻中の生活保持の問題であり,離婚後の養育費とは別である。財産分与は離婚後に請求期間があるため,調停,裁判又は公正証書で合意する場合に,未解決の財産が残っていないかを確認する。
第3 婚姻費用と養育費の収入評価
1 給与収入の合算
複数の病院・クリニックから給与を得ている場合,主たる勤務先の源泉徴収票だけでは収入の全体が分からない。住民税課税証明書,確定申告書,青色申告決算書,支払調書,給与明細,賞与明細及び当直・非常勤先の支払記録を総合する。
2 事業所得と経費
開業医,個人事業主又は自営業者では,売上ではなく事業上の必要経費を控除した所得が出発点となる。ただし,税務上の経費が生活費分担の計算で常に全額控除されるとは限らない。減価償却,事業専従者給与,親族・関係会社への支払,家事関連費との按分及び一時的な投資を個別に見る。
3 高額所得と算定表の範囲
裁判所が公表する養育費・婚姻費用算定表は,父母又は夫婦の収入と子の人数・年齢に応じた標準額を迅速に把握するための道具である。収入が表の上限を大きく超える場合,上限値を用いるか,標準算定方式を応用するか,実際の生活状況や貯蓄部分をどう評価するかが問題となる。自動的な答えはなく,個別事情と最新の裁判実務を確認する必要がある。
4 教育費・住宅費・特別費用
私立学校,学習塾,留学,医学部等への進学,習い事,高額の医療費又は住居費は,標準的な生活費にどこまで含まれるかが問題となる。婚姻中の合意,従前の支出,子の意向と適性,父母の収入・資産及び今後の支払能力を資料で示す。
第4 財産分与の資産一覧
1 個人名義の金融資産
預貯金,株式,投資信託,外貨,暗号資産,保険の解約返戻金,確定拠出年金,企業年金,職員共済,退職金見込額及び従業員持株会等を一覧にする。婚姻前財産,相続・贈与で取得した財産及びそれらの代償財産は,婚姻中に両方で形成した財産と区別する。
2 不動産と住宅ローン
登記名義,取得時期,頭金の原資,現在価値,ローン残高,団体信用生命保険,事業での利用,売却可能性及び離婚後の居住者を整理する。所有名義とローンの債務者を分け,財産分与の合意だけで金融機関に対する債務者が当然に変わらないことに注意する。
3 医療機器,診療所及び事業資産
個人で開業している場合,医療機器,診療所の内装,借地権・借家権,売掛金,医薬品等の在庫,営業上の債務及び事業価値が問題となる。財産の価値と,医師本人の将来の労務に依存する将来収益を混同しないことが重要である。
第5 医療法人・関係会社と個人財産の区別
1 法人財産はそのまま夫婦の財産ではない
医療法人や会社は個人とは別の法人であり,法人名義の預金,設備,不動産及び売掛金が直ちに夫婦個人の共有財産になるわけではない。他方,配偶者が持つ非上場会社の株式,持分の定めのある社団医療法人の出資持分,法人に対する貸付金,退職慰労金請求権の成否等は,個人財産として検討対象となり得る。
2 医療法人の類型を確認する
社団医療法人には,持分の定めのある旧来型と,持分の定めのない法人がある。定款,法人登記,設立時の書類,社員名簿,出資契約,総会議事録,財務書類及び退社時の取扱いを確認する。「理事長である」ことと,法人の財産価値に対する個人の財産権を持つことは同じではない。
3 家族労働と役員報酬
配偶者が受付,経理,採用,労務,育児又は対外調整を担っていた場合,その貢献が給与・役員報酬に反映されていたか,夫婦の協力による財産形成として評価すべきかを具体的に確認する。一方の専門資格が収入の中心であっても,他方の家事,育児及び事業支援をなかったものとして扱うことはできない。
第6 子の監護と勤務体制
1 勤務表を具体化する
医師の当直,オンコール,早朝回診,緊急呼出し,カンファレンス,学会,外勤及び通勤時間は,曜日と季節によって変わる。抽象的に「多忙」又は「時間の自由がある」と主張するのではなく,数か月分のシフト,勤務実績,送迎,家事,学校行事及び緊急時対応の実績を時間帯で示す。
2 監護と収入の二重計上を避ける
一方が子の監護のために当直や外勤を減らした場合,現実の収入低下と監護負担は関連する。他方,実際に取得していない外勤収入を安易に潜在的収入として加算し,同時に監護負担を実績がないものとして評価すると,同じ事情を二重に不利に扱うおそれがある。将来の勤務可能性は,子の年齢,保育,病児対応,近隣の支援,勤務先の制度及び健康状態と合わせて判断する。
3 子を情報の運び手にしない
子の生活予定,学校・保育所からの連絡,医療情報,練習・行事及び緊急連絡は,父母が使う連絡手段と項目を決める。子から相手方の勤務・交際・財産の情報を聞き出さない。面会交流と費用の交渉を結び付けない。
第7 資料保全と開示の実務
1 収入資料
①源泉徴収票,②確定申告書と決算書,③住民税課税証明書,④給与・賞与明細,⑤非常勤・当直先の支払調書,⑥事業用口座と会計データ,⑦法人からの役員報酬・配当,⑧勤務表と当直実績及び⑨労働条件通知書・委任契約書を年度ごとに並べる。
2 資産・負債・法人資料
①全口座の取引履歴,②証券・保険・年金の明細,③不動産登記と査定,④ローン・保証・貸付金,⑤自社株式・出資持分の取得経緯,⑥定款・株主名簿・社員名簿,⑦法人の決算書・申告書,⑧役員報酬・退職金の規程及び⑨個人と法人の間の取引明細を収集する。
第8 合意書・調停条項の確認
1 支払条項
金額,支払開始月,支払日,振込先,振込手数料,改定事由,収入資料の定期交換,子ごとの終期,進学,入院,留学等の特別費用,清算方法及び強制執行認諾文言の要否を確認する。「教育費は半分ずつ」という抽象的な文言だけでは,対象と承認手続を後で争うことがある。
2 財産分与と税・法人手続
非上場株式,出資持分,不動産又は高額資産を移転するときは,財産分与の合意だけでなく,譲渡制限,法人内の承認,登記,金融機関の同意,譲渡所得等の税務及び法人運営への影響を確認する。株式を実物で分与するか,価額を支払うか,他の財産で調整するかを比較する。
第9 関連記事
①経営者の離婚と自社株式の財産分与――対象性,評価,分与方法及び課税は,非上場株式の対象性,評価,譲渡制限及び税務を詳しく扱う。
第10 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索・民法(752条,760条,766条,768条等)
②e-Gov法令検索・医療法
③e-Gov法令検索・会社法
2 裁判所の資料
①裁判所「養育費に関する手続」は,養育費・婚姻費用算定表,説明及びQ&Aへのリンクを掲載している。算定表は標準額の目安であり,個別事情による調整を否定するものではない。