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減給の制裁の上限と解釈例規―労働基準法91条の「1回の額」・「総額」と,降格・出勤停止・賞与との違い(AI作成)

第1 労働基準法91条が定める二つの上限

1 条文と本記事の対象

労働基準法91条は,「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」と定めている。
本記事は,同条の「1回の額」と「総額」の意味,平均賃金及び賃金総額の算定方法,並びに同条の制限を受ける措置と受けない措置の区別を,行政解釈に沿って説明するものである。
本記事で取り上げる行政解釈は,旧労働省の通達等であり,厚生労働省労働基準局編『労働基準法解釈総覧(改訂16版)』に収録されているものである。
本記事の記載は,令和8年9月11日時点の法令及び公表資料に基づく。

就業規則に定める制裁は減給に限られない。
「労働基準法の施行に関する件」(昭和22年9月13日発基第17号)は,就業規則に定める制裁は減給に限定されるものではなく,譴責,出勤停止,即時解雇等も,制裁の原因となる事案が公序良俗に反しない限り禁止する趣旨ではないとしている。
常時10人以上の労働者を使用する使用者は,表彰及び制裁の定めをする場合には,その種類及び程度に関する事項を就業規則に記載しなければならない(労働基準法89条9号)。
最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決(フジ興産事件)も,「使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する」としている。

2 「1回の額」と「総額」は別々の上限である

同条の上限は二つある。
一つは,1回の減給の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならないという上限であり,もう一つは,1賃金支払期の減給の総額がその期の賃金総額の10分の1を超えてはならないという上限である。
二つの関係について,行政解釈は,「法第九十一条は、一回の事案に対しては減給の総額が平均賃金の一日分の半額以内、又一賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額が、当該賃金支払期における賃金の総額の十分の一以内でなければならないとする趣旨である。」としている(昭和23年9月20日基収第1789号)。

この解釈例規の問いは,1件の非違行為について日を替え,又は月を替えれば減給を繰り返せるのではないかというものであった。
回答は,1回の事案に対する減給の総額を平均賃金の1日分の半額以内とするものであるから,1件の非違行為について減給を何回かに分け,又は複数の月にわたって続けても,その合計は平均賃金の1日分の半額を超えられない。
「10分の1」は,1賃金支払期に複数の非違行為があり,それぞれについて減給する場合に,その合計を抑える上限である。

3 平均賃金と賃金総額の算定

平均賃金は,算定すべき事由の発生した日以前3か月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を,その期間の総日数で除した金額である(労働基準法12条1項本文)。
賃金締切日がある場合は,直前の賃金締切日から起算する(同条2項)。
減給の制裁については,減給の制裁の意思表示が相手方に到達した日を,平均賃金を算定すべき事由の発生した日とするのが行政解釈である(昭和30年7月19日29基収第5875号)。

「賃金の総額の十分の一」の「賃金の総額」について,行政解釈は,欠勤等により賃金総額が減った場合でも,減給額が当該賃金支払期に対し現実に支払われる賃金の総額の10分の1を超えてはならないとしている(昭和25年9月8日基収第1338号)。
欠勤が多く支払額が少ない月は,減給できる総額もその分小さくなる。

4 計算例

次の数字は,説明のために本記事で仮定したものである。
月給制で,月例賃金が月額28万1000円(基本給25万1000円,役職手当3万円)で,ほかの手当はなく,直前の賃金締切日以前3か月の暦日数が92日であるとする。
この場合の平均賃金は,28万1000円×3÷92日で約9163円となり,1件の非違行為について減給できる額の上限は,その半額の約4581円である。
1賃金支払期の総額の上限は,その月に現実に支払われる賃金が28万1000円であれば,2万8100円である。

この例で,基本給の10%に当たる2万5100円を1件の非違行為について減給すると,1賃金支払期の総額の上限(2万8100円)の範囲には収まるが,1件についての上限(約4581円)の約5.5倍になる。
これを2か月続ければ,1件について合計5万0200円となり,上限の約11倍である。

第2 「基本給の10%以内」型の規程の点検

1 1件の非違行為について月々の割合で減給する定め

就業規則に,「減給は,基本給の月額の10%以内とし,期間は最長2か月とする」のような定めを置く例がある。
この「10%」は,同条の「総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一」と同じ数字であり,基準を賃金総額より小さい基本給に置く限り,1賃金支払期の総額の上限の範囲には収まる。
しかし,第1の4の計算例のとおり,1件の非違行為についてこの割合で減給すれば,1件についての上限を大きく超え,期間を定めて毎月減給すれば,超過はさらに大きくなる。
本記事の試算では,平均賃金の1日分の半額は月例賃金のおおむね60分の1程度であるから,基本給が月例賃金の6分の1程度を超える賃金体系では,基本給の10%の減給は1件についての上限を超えることになる。

行政解釈にも,就業規則で「将来にわたって本給の十分の一以内を減ずる」旨の降給の制裁を定めている会社についての問いがある。
回答は,「設問の降給が、従前の職務に従事せしめつつ、賃金額のみを減ずる趣旨であれば、減給の制裁として法第九十一条の適用がある。」としている(昭和37年9月6日基発第917号)。
名称を「降給」又は「減俸」としても,職務をそのままにして賃金額だけを減ずるものであれば,同条の制限を受けることになる。

2 上限を超える定めの効力と罰則

就業規則は,法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない(労働基準法92条1項)。
就業規則が法令に反する場合には,その反する部分については,労働契約法7条,10条及び12条の規定は適用されない(労働契約法13条)。
同条(労働基準法91条)に違反した者は,30万円以下の罰金に処される(同法120条1号)。

したがって,同条の上限を超える定めが就業規則にある場合でも,実際の減給は1件ごとに同条の範囲にとどめる必要がある。
規程の文言も,同条の二つの上限を明記する形に改めることが考えられる。

3 モデル就業規則の規定例

厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則(令和7年12月版)」は,懲戒の種類の規定例として,減給について「始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えることはない。」という定めを示している(同86頁)。
同書の解説は,就業規則で減給の制裁を定める場合には,1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え,総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならないことを説明している(同87頁)。

第3 同条の減給に当たる措置と当たらない措置

1 職務の変更を伴う格下げと,職務をそのままにした降給

行政解釈は,交通事故を起こした自動車運転手を制裁として助手に格下げし,賃金も助手のそれに低下させる事例を扱っている。
回答は,交通事故を起こしたことが運転手として不適格であるから助手に格下げするものであるならば,「賃金の低下は、その労働者の職務の変更に伴う当然の結果であるから法第九十一条の制裁規定の制限に抵触するものではない。」としている(昭和26年3月14日基収第518号)。

これに対し,第2の1の昭和37年9月6日基発第917号は,従前の職務に従事させたまま賃金額のみを減ずる降給には同条が適用されるとしている。
両者を分けるのは,措置の名称ではなく,職務が実際に変更されるかどうかである。
役職を外す懲戒処分を行った後も従前と同じ職責を担わせ,賃金だけを下げる運用をすれば,職務をそのままにした降給として同条の制限を受けるおそれがある。

2 出勤停止と昇給停止

行政解釈は,就業規則に出勤停止及びその期間中の賃金を支払わない定めがある場合,出勤停止期間中の賃金を受けられないことは制裁としての出勤停止の当然の結果であり,減給の制裁に関する同条の規定には関係がないとしている(昭和23年7月3日基収第2177号)。
同じ解釈例規は,出勤停止の期間については,公序良俗の見地から,当該事犯の情状の程度等により制限があるべきことは当然であるとしている。

就業規則中に,懲戒処分を受けた場合は昇給させないという欠格条件を定めることについて,行政解釈は,同条に該当しないとの見解を是認している(昭和26年3月31日基収第938号)。
出勤停止も昇給停止も同条の減給には当たらないが,出勤停止の期間の長さや昇給停止の効果の大きさは,次の第4で述べる懲戒処分の相当性の問題として別に検討される。

3 遅刻・早退の賃金控除と賞与からの減額

遅刻・早退の時間については賃金債権が生じないため,その分の賃金を支払わないことは同条の制限を受けないが,遅刻・早退の時間に対する賃金額を超える減給は制裁とみなされ,同条の適用を受けるとされている(昭和63年3月14日基発第150号)。
モデル就業規則(令和7年12月版)の解説も,同じ趣旨を説明している(同87頁)。

賞与について,行政解釈は,制裁として賞与から減額することが明らかな場合は,賞与も賃金であり,同条の減給の制裁に該当するとしている(昭和63年3月14日基発第150号)。
その結果,「一回の事由については平均賃金の二分の一を超え、また、総額については、一賃金支払期における賃金、すなわち賞与額の十分の一を超えてはならない」ことになる。
この解釈例規は「制裁として賞与から減額することが明らかな場合」を対象としており,賞与規程に定める査定の結果として支給額が変動することとは区別される。
もっとも,懲戒処分の対象とした行為を理由に賞与を不支給又は減額とする扱いは,制裁として賞与から減額するものと評価される余地があるため,賞与規程の不支給条項を懲戒処分に併せて適用する場合には注意を要する。

第4 同条の制限を受けないことと懲戒処分の相当性

同条は減給の額を制限する規定であり,同条の制限を受けない措置であることは,懲戒処分として有効であることまでを意味しない。
使用者が労働者を懲戒することができる場合でも,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効となる(労働契約法15条)。

格下げによる賃金の低下は,役職が戻るまで毎月続くため,1回限りの減給や短期間の出勤停止より経済的な不利益が大きくなることがある。
処分の種類を選ぶ際は,就業規則上の懲戒の種類の並び順だけでなく,賃金への影響の大きさと続く期間も比較することが考えられる。
また,同一の非違行為について格下げと減給を重ねるなど,複数の不利益を併せて科す場合は,全体としての相当性を検討する必要がある。

懲戒事由の特定,弁明の機会及び処分通知の記載については,問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分までの第6の2で扱っている。

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第6 出典・参考資料

1 法令

e-Gov法令検索「労働基準法」12条,89条,91条,92条及び120条
e-Gov法令検索「労働契約法」13条及び15条

2 裁判例

最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決,平成13年(受)第1709号,集民211号1頁(フジ興産事件)

3 行政解釈

①厚生労働省法令等データベース「労働基準法の施行に関する件」(昭和22年9月13日発基第17号)
②昭和23年7月3日基収第2177号(出勤停止)
③昭和23年9月20日基収第1789号(1回の額・総額)
④昭和25年9月8日基収第1338号(減給制裁の制限)
⑤昭和26年3月14日基収第518号(制裁としての格下げによる賃金の低下)
⑥昭和26年3月31日基収第938号(昇給停止の制裁)
⑦昭和30年7月19日29基収第5875号(平均賃金の算定起算日)
⑧昭和37年9月6日基発第917号(降給)
⑨昭和63年3月14日基発第150号(遅刻・早退の場合の賃金カット,賞与からの減給による制裁)

4 公的資料

①厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則(令和7年12月版)」86頁~87頁

5 文献

①厚生労働省労働基準局編『労働基準法解釈総覧(改訂16版)』労働調査会,2021年,664頁~666頁(上記3の②~⑨)