第1 代表取締役の死亡と会社の代表権
代表取締役が死亡した場合,会社の株式を相続した人が,そのまま会社の代表者になるわけではない。
まず,会社の機関構成,定款,取締役及び代表取締役の選任・選定状況を確認し,現在誰が会社を代表できるかを確定する必要がある。
登記簿に代表者の名前が残っていることや,会社の実印を所持していることだけで,死亡後の代表権が生じるものでもない。
本記事は,取締役が会社を代表する通常の株式会社を対象とする。
指名委員会等設置会社の代表執行役や,特例有限会社固有の取扱いは対象に含めない。
以下の法令・判例の確認日は令和8年10月3日である。
第2 後継者を選ぶ前に確認する事項
1 株式の相続と役員の地位を区別する
株式の相続は株主の地位に関する問題であり,取締役の地位や代表権の相続ではない。
相続人が取締役になるには,原則として株主総会での選任が必要である(会社法329条1項)。
代表者になるには,さらに会社の機関構成と定款に応じた手続が必要となる。
遺産分割前に株式が準共有となっている場合は,株主総会で誰が議決権を行使できるかも別途確認する。
準共有株式の権利行使者の指定・通知と,会社を代表して契約を締結する権限とは,それぞれ別の問題である。
この点は,相続した非公開会社株式の議決権行使を参照されたい。
2 取締役会設置会社とそれ以外の会社
取締役会設置会社では,取締役会が取締役の中から代表取締役を選定する(会社法362条2項3号・3項)。
代表取締役が死亡しても,他の取締役が当然に代表取締役になるわけではない。
別の代表取締役が在任しているか,取締役会を適法に開催できるか,取締役の欠員補充を要するかを順に確認する。
取締役会を設置していない会社では,各取締役が会社を代表することを基本とし,定款,定款に基づく取締役の互選又は株主総会決議によって代表取締役を定めることができる(会社法349条1項から3項まで)。
したがって,「代表取締役が死亡したから,会社には必ず代表者がいなくなる」とも,「残った取締役なら誰でも当然に代表できる」とも,一律には判断できない。
当該会社の定款,機関構成,従前の代表者選定の内容及び他の取締役の在任状況に即して検討する。
3 死亡と権利義務役員の制度
会社法346条1項の権利義務取締役及び351条1項の権利義務代表取締役は,任期満了又は辞任により退任した役員が,一定の場合に後任の就任まで権利義務を継続する制度である。
死亡はこれらの継続事由に含まれない。
死亡した代表取締役本人やその相続人が,同制度によって会社の代表権を維持・取得するという処理はできない。
役員又は代表者の不足により必要がある場合には,利害関係人の申立てにより,裁判所が一時役員又は一時代表取締役の職務を行う者を選任する制度がある(会社法346条2項,351条2項)。
どちらの申立てが必要かは,取締役と代表取締役のいずれが不足しているかによって異なる。
契約期限,給与・税金の支払,訴訟対応などの支障を整理し,通常の選任・選定手続で解消できるかを含めて検討する。
第3 不実の代表者登記と最高裁昭和55年9月11日判決
1 判決で問題となった事案
最高裁昭和55年9月11日判決(昭和53年(オ)第1400号,民集34巻5号717頁)は,代表取締役の死亡後,取締役が取締役会議事録を偽造し,自分が代表取締役に選定されたとの登記をして会社の土地を売却した事案である。
最高裁は,代表取締役に欠員が生じたというだけで,平取締役に会社を代表する権限が生じるものではないとした。
同判決は,旧商法14条の適用について,登記申請権者の申請に基づかない不実登記は,原則として同条の対象にならないとした。
ただし,会社側が不実登記の実現に加功した場合や,不実登記を知りながら是正せず放置した場合など,正当な申請による登記と同視できる特段の事情があれば,別途同条の適用が問題となる。
2 登記を信じたことだけで結論を出さない
現行会社法908条2項は,故意又は過失によって不実の事項を登記した者が,その不実を善意の第三者に対抗できないと定めている。
昭和55年判決は旧商法下の判決であるが,不実登記について会社にどのような帰責事由が必要かを考える上で参考となる。
同判決の結論は破棄差戻しであり,「偽造登記なら会社は必ず責任を免れる」としたものではない。
会社側の検討では,誰が登記申請に関与したか,会社側の誰がいつ不実登記を知ったか,知った後に何をしたかを,資料に基づいて確認する。
相手方側の検討では,登記,契約時の認識,代表者変更の説明及び会社からの通知などを確認する。
「登記があった」「会社の実印を使った」という事実だけで,会社の責任の有無を決めないことが重要である。
第4 代表権の不存在と社内承認の欠缺は別の問題である
1 実際の代表者による契約
正当な代表取締役が契約をした場合には,まず代表権の範囲を確認する。
代表取締役の代表権に加えた制限は,善意の第三者に対抗できない(会社法349条4項・5項)。
もっとも,取締役会決議を要する重要な業務執行や利益相反取引の承認については,根拠条文と判例に沿って,当該取引及び相手方の認識を検討する必要がある。
これらの問題を,初めから代表権を有しない者の行為と混同してはならない。
取締役個人の債務を会社が保証する場合の承認,取締役会決議及び相手方の確認事項については,会社が取締役個人の債務を保証した場合で説明している。
2 代表者らしい名称を会社が付与した場合
会社法354条は,会社が社長,副社長その他会社を代表する権限があると認められる名称を付した取締役について,その取締役に代表権がなくても,善意の第三者に対して責任を負う旨を定めている。
この名称の付与を根拠とする責任と,908条2項の不実登記を根拠とする責任は,成立の根拠が異なる。
無権限の取締役が自称した肩書を,それだけで会社が付与した名称と扱うことはできない。
契約への押印者,肩書,登記,会社の説明及び相手方の認識を分けて整理する。
善意や過失に関する主観的要件も,適用する規定・判例ごとに確認し,一つの基準をすべての取引に当てはめない。
第5 会社側が死亡後に進める確認と対応
1 代表権と株主権を確認できる資料を集める
最初に,定款,現在及び変更前の登記事項証明書,株主名簿,取締役・代表取締役の選任・選定に関する議事録,就任承諾書等を確認する。
株式の相続がある場合には,相続関係と準共有株式の権利行使者の指定・通知に関する資料も整理する。
登記簿だけで適法な選定手続まで確認したことにはならない。
議事録に疑問がある場合には,開催日時,招集・出席の状況,作成者,原本,署名・押印及び作成経緯を確認する。
登記申請書類についても,入手できる資料と適法な閲覧・取得方法を検討する。
結論を先に決めて,議事録又は登記の一方だけを証拠として採用することは避ける。
2 印章・口座・電子的な権限を管理する
会社の正当な権限者を確認した上で,実印,印鑑カード,通帳,オンラインバンキング及び電子署名等の管理状況を確認する。
会社の権限に基づいて必要な管理変更を行い,契約書,メール及び操作・承認記録などを保全する。
具体的な変更方法は金融機関やサービスの規約・手続に従う。
不実登記又は無断契約を把握した場合には,発見時点,社内の認識,取引先への連絡及び是正に向けた対応を記録する。
これらは実務上の対応例であり,ある一つの通知や届出を行えば,常に会社の責任が否定されるという趣旨ではない。
3 登記と契約対応を別々に進める
登記事項に変更が生じた場合には,原則として本店所在地において2週間以内の変更登記を要する(会社法915条1項)。
死亡に伴う変更登記と後任者の選任・選定は,遺産分割が終わるまで一律に先送りできる問題ではない。
会社の機関と申請権限を確認して,必要な手続を進める。
登記の是正と,既に締結された契約の効力・履行・責任は別途検討する。
会社として契約を受け入れるか争うかを判断する際にも,その意思決定及び対外的な対応をする者の権限を先に確定する。
権限が未確定のまま,代金の受領,支払約束又は取引継続を進めると,後の事実評価が複雑になることがある。
第6 取引相手が確認すべき事項
代表者死亡後の新しい担当者と契約する場合には,少なくとも,現在の登記,取締役会の有無,担当者の地位及び署名・押印の権限を確認する。
急な代表者変更,選定資料と登記内容の食違い,従前の窓口からの異議,会社が知らない口座への送金依頼などがある場合には,確認を深める必要がある。
既知の会社窓口への照会や,必要な範囲の選任・選定資料の提示を求めることも,具体的事情に応じた確認方法となる。
ただし,すべての取引で議事録の取得が一律に必要となる,という意味ではない。
会社の帰責事由,適用される第三者保護規定及び相手方の認識に関する要件を確認し,取引の規模・性質と不審な事情に応じて対応する。
第7 関連記事と一次資料
1 関連記事
① 相続した非公開会社株式の議決権行使―準共有株式・会社法106条・決議取消し・後続決議
② 会社が取締役個人の債務を保証した場合―利益相反取引,取締役会決議と取引相手の確認事項
③ 会社法等に関する最高裁判例―裁判所HP掲載判例の論点別索引
④平成16年度旧司法試験論文式試験の模範答案―全12問と出題趣旨を踏まえた解説。商法第2問でこの論点を扱っている。
2 法令・判例の確認範囲
① e-Gov法令検索・会社法
会社法329条,346条,349条,351条,354条,362条,908条2項及び915条1項を確認した。
e-Govの法令データにより,令和8年8月12日施行版が確認時点の施行中の法令であることも確認している。
② 最高裁昭和55年9月11日判決・裁判所掲載ページ及び判決全文PDF
事件番号,判示事項,裁判要旨及び判決理由の全文を確認した。
同判決は判例秘書でも判決理由を確認している(文献番号L03510089)。
判例秘書を含む関連裁判例全体の網羅的な検索を完了したという意味ではない。
旧商法下の判示と現行法の条文を区別し,本記事中の資料収集・管理方法は実務上の対応例として示している。