第1 決裁と支払の期限を確認する
社長が急に入院し,署名も承認もできなくなったら,まず給与,税金,仕入代金,借入返済などの期限を並べ,誰に決裁権と支払権限があるかを確かめる。
入院の事実だけで代表取締役の地位が消えるわけではなく,副社長や家族がその地位を引き継ぐわけでもない。
本人と連絡でき,職務に必要な意思表示ができる場合と,意思表示が難しい場合では,取れる対応が異なる。
本記事は取締役が会社を代表する株式会社を対象とし,法令等の確認日は令和8年11月8日である。
資金繰り表,定款,登記事項証明書,役員選定の議事録,社内規程及び口座の承認設定を集める。
どの契約や支払がいつ止まるかを具体的にしておくと,役員選定の必要性や金融機関へ相談すべき事項を整理できる。
第2 誰が会社を代表し,誰が振り込めるか
1 ほかに代表取締役がいる場合
他にも代表取締役がいれば,その者の代表権を確認する。
代表取締役は会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有し,その権限に加えた制限は善意の第三者に対抗できない(会社法349条4項・5項)。
他方,取締役会設置会社では,多額の借財などの重要な業務執行の決定を取締役に委任できない(同法362条4項)。
契約や支払が社内規程上の承認や取締役会決議を要するかは,代表権とは別に確認する。
2 すでに会社が代理権を与えている場合
会社名義で特定の取引を任されている人がいれば,委任状や契約書などで権限の対象,金額,期限を確認する。
社長個人の代理人と,会社の取引について代理権を与えられた人は,誰からどの権限を与えられたかが異なる。
社長の家族や担当者というだけで,会社を代表して契約できるわけではない。
3 振込操作と契約権限を分ける
金融機関に登録された利用者や承認者,振込限度額,変更手続を確認する。
会社内部で支払を承認できる場合でも,銀行側で振込承認者を変更する手続が必要なことがある。
社長のIDや認証手段の引継ぎで代用せず,金融機関が求める本人確認と会社としての手続を確認する。
第3 代表取締役の追加選定や交代を検討する
取締役会設置会社では,取締役会が取締役の中から代表取締役を選定し,解職する(会社法362条2項3号・3項)。
取締役会を招集できる人,招集通知の相手方,議決に加われる取締役,定足数を,定款と同法366条から369条までに照らして確認する。
会議を開かずに決議があったものとみなす定款の定めがある場合でも,議決に加われる取締役全員の書面又は電磁的記録による同意など,同法370条の要件が必要になる。
応答がないことを同意として扱うことはできない。
取締役会を置かない会社では,原則として取締役が会社を代表するが,代表取締役その他の代表者を別に定めている場合がある(同法349条1項・2項)。
代表取締役を定める方法として,定款,定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議がある(同条3項)。
取締役の選任が必要な場合は株主総会を検討し,社長が株主でもあるときは,株主総会での議決権行使と会社の代表権を分けて確認する。
第4 裁判所への仮役員選任申立てを検討する条件
会社法346条2項の一時取締役と351条2項の一時代表取締役では,どの地位に欠員等が生じているかと,裁判所による選任が必要かをそれぞれ確認する。
大阪地裁の手続案内は,役員が単に一時的に病気であるというだけでは,役員が欠けた場合等には該当しないと説明する。
東京地裁が令和5年5月の改訂前に掲載していた仮取締役選任申立書の記載例は,その注記で,行方不明や長期不在又は重度の疾病により意思表示が困難になった場合など,役員等の退任や死亡と同視できる場合も含まれると考えられていると説明していた。
この注記は記載例の解説であり,病気の期間や診断名による一律の基準を示す裁判例ではない。
現在掲載されている記載例にはこの注記がないため,申立てを検討する際は,現行の案内とチェックリストを確認する。
大阪地裁の手続案内は,後任の取締役を選任する株主総会を開催できる場合や,取締役会の定足数を満たす取締役が残っていて後任の代表取締役を選定できる場合には,原則として選任の必要性を欠くと説明している。
したがって,後任を選ぶ取締役会や株主総会を開けるか,既に権限を持つ人で必要な対応ができるかを先に確認する。
仮役員の選任は,利害関係人が申し立て(会社法346条2項・351条2項),会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する(同法868条1項)。
申立てを検討する場合は,登記事項証明書,定款,申立人の利害関係,欠員等を示す資料をそろえ,通常の選任手続が難しい理由と期限が迫る業務を整理する。
病状の資料を扱うときは,必要な範囲と提出先を確認する。
大阪地裁の案内,東京地裁の改訂前の記載例3頁~4頁,東京地裁の仮役員選任申立てチェックリスト
第5 平時に用意しておくもの
① 給与,仕入代金,税金,返済等の支払日と,金融機関に登録した操作担当者・承認者
② 契約ごとの決裁権限・代理権,及びそれを確認できる書類
③ 定款,株主名簿,登記事項証明書,役員選定の議事録の保管先
④ 取締役会・株主総会の招集を検討できる人と,金融機関・専門家への連絡先
年末年始など連絡を取りにくい時期の前に,社長が数日不在でも支払と契約が進むかを確認しておくと,どの業務が1人に集中しているかが分かる。
短期の不在に備える権限整理と,長期の職務不能に備える役員構成・承継の準備を分けて点検する。
中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)も,先代経営者の死去や体調悪化といった突発的な事情によって事業承継が行われるケースが少なくなく,個人事業者ではこのような事情による承継が約6割を占めると指摘している(16頁,図表17)。
第6 出典・関連記事
1 出典
① 会社法346条,349条,351条,362条,366条から370条まで及び868条(e-Gov法令検索)
② 2_3一時取締役・監査役職務代行者(仮役員)選任申立ての方法等(大阪地方裁判所第4民事部)
③ 非訟・過料係からのお知らせ(東京地方裁判所民事第8部)
④ 仮取締役選任申立書の記載例(令和5年5月の改訂前のもの)(東京地方裁判所民事第8部)3頁~4頁
⑤ 事業承継ガイドライン(第3版)(中小企業庁)16頁
2 関連記事
① 代表取締役の死亡後に誰が会社を代表するのか―後継者選任,不実登記と無断契約への対応
② 会社役員・個人事業主・開業医の交通事故の損害賠償-役員報酬の労務対価部分,企業損害及び基礎収入の立証。役員が入院した場合の役員給与の減額と定期同額給与の関係も扱っている。