第1 株価下落だけでは請求の根拠は決まらない
取締役の行為を原因として株価が下がったと考える場合でも,株主本人に賠償金を支払うよう求める訴えと,会社に賠償金を支払うよう求める株主代表訴訟は,根拠も回復対象も異なる。
会社の資産が減った結果として保有株式の価値が下がったのか,不公正な増資によって既存株主から引受人へ経済的利益が移ったのか,虚偽の説明を信じて株式を買ったのかを分ける必要がある。
「株価が下がった」という結果だけで,会社法429条により株主本人への支払を請求できるとはいえない。
本記事は,令和8年10月3日現在の会社法を基準に,会社への任務懈怠責任と株主固有の損害の整理を説明する。
金融商品取引法上の虚偽記載責任,株式買取価格の決定及び税務上の株式評価は,それぞれ別の制度として検討を要する。
第2 会社の損害は会社に回復させる
1 会社法423条と株主代表訴訟
取締役が任務を怠ったことにより会社に損害が生じたときは,取締役は会社に賠償する責任を負う(会社法423条1項)。
例えば,会社が必要性のない資産を不相当に高い価格で買い,会社財産が減少した場合は,まず会社の損害と任務懈怠を検討する。
個々の株主が保有株式の価値を失ったことと,会社が支出した損害額を混同してはならない。
価格の相当性と証拠は,取締役が会社に不相当な価格で資産を買わせた場合で扱っている。
会社が責任を追及しない場合は,株主は会社法847条の株主代表訴訟を検討する。
株主が原告となるが,会社のために責任を追及するのであり,請求する金銭の支払先は原告株主個人ではない。
会社への賠償が実現すれば会社財産が回復するが,市場環境やその後の経営によって株価が変動するため,株価が同額だけ上がることまで保証される制度ではない。
2 提訴請求,保有期間及び待機期間
公開会社では原則として6か月前から引き続き株式を有する株主が,会社に書面等で提訴を請求する(会社法847条1項)。
定款で保有期間を短縮でき,非公開会社には6か月の保有期間の制限が適用されない(同条2項)。
会社が請求日から60日以内に訴えを提起しないときは,請求した株主が会社のために提訴できる(同条3項)。
待機によって会社に回復できない損害が生じるおそれがある場合は,所定の株主が直ちに提訴できる例外もある(同条5項)。
原告株主又は第三者の不正な利益を図る目的,あるいは会社に損害を加える目的の訴えは認められない。
この二つは「又は」で結ばれた要件であり,両方の目的がそろわなければ制限されないという意味ではない。
代表訴訟を検討するときは,株主資格,提訴請求の到達,会社が提訴しない理由,時効及び請求の支払先を併せて確認する。
第3 会社損害を反映した株価下落と直接請求の限界
1 東京高裁平成17年1月18日判決
東京高裁平成17年1月18日判決(平成16年(ネ)第3563号,金融・商事判例1209号10頁,判例秘書L06020002)は,不祥事で業績が悪化し,解散によって保有株式が無価値となった上場会社の株主が,取締役等に本人への賠償を求めた事案である。
同判決は,取締役の過失による業績悪化で全株主が平等に不利益を受けた場合,特段の事情がない限り,株主代表訴訟によるべきであり,旧商法266条ノ3又は民法709条による株主への直接賠償は認められないとした。
理由として,会社への回復と株主の損害の関係,二重の責任,会社債権者に先んじる株主の回収及び株主間の不平等などを挙げている。
一方,判決の一般論では,株式の処分が容易でない閉鎖会社で,違法行為をした取締役と支配株主が一体となり,代表訴訟による救済が実質的に期待できない場合を,特段の事情がある例として述べた。
実際の事案では例外を認めず請求を退けており,「非公開会社ならいつでも直接請求できる」とした判決ではない。
2 最高裁の第三者責任の一般論との関係
最高裁昭和44年11月26日大法廷判決(昭和39年(オ)第1175号,民集23巻11号2150頁)は,旧商法の取締役の第三者責任について,会社に対する任務懈怠に悪意又は重大な過失があり,相当因果関係がある場合は,第三者の直接損害と間接損害を問わず責任が成立し得るとした。
ただし,事案は鋼材を納入した債権者の損害であり,株主の株価下落や増資による希薄化を直接判断したものではない。
同判決の一般論だけを根拠として,全ての株価下落について株主の直接請求が認められると扱うことはできない。
前記東京高裁判決も下級審の判断である。
会社損害を反映した下落と,株主に固有の不利益を分け,判決が扱った会社の性質,救済の実効性及び原因行為を確認して用いる必要がある。
第4 不公正な増資による希薄化は別に検討する
1 会社財産の減少と株主間の価値移転は同じではない
安い払込金額で大量の新株が発行されると,払込金が会社に入って会社財産が増えても,既存株主の1株当たりの価値が低下することがある。
この場合は,会社財産の流出を前提とする損害と,既存株主から引受人への経済的価値の移転を区別する必要がある。
会社損害がないというだけで株主固有の損害まで否定することも,株主が損をしたというだけで同額の会社損害があるとすることも適切ではない。
単純化した計算例として,発行前の株式価値の総額が10万円,発行済株式数が100株で,1株の価値を1000円とする。
他の事情が変わらず,100株を1株100円で発行して1万円が会社に入ると,発行後は11万円を200株で分け,1株当たり550円となる。
旧株1株の価値の減少は450円であり,発行前の1000円と払込金額100円の差額900円とは一致しない。
これは希薄化を理解するための仮定上の計算であり,企業価値の変化,種類株式,資金調達の効果及び売買条件を含む実際の損害額の証明に代わるものではない。
2 株主本人の請求と会社への回復を分ける
不公正な発行が株主固有の損害を生じさせたと主張する場合は,会社法429条1項に基づき,取締役の職務上の悪意又は重大な過失,株主本人の損害及び因果関係を具体的に検討する。
会社財産の回復に伴う株価の回復とは異なる損害であること,発行時点の株主資格と保有数,違法な発行がなければ保有株式の価値がどうなったかが問題になる。
発行が有効であることは取締役の責任まで当然に否定するものではないが,価格又は手続の問題があることだけで個人への賠償が直ちに認められるわけでもない。
別に,引受人が取締役等と通じて著しく不公正な払込金額で株式を引き受けたときは,会社法212条1項1号により,公正な価額との差額を会社に支払う義務を負う。
これは会社に対する法定の支払義務であり,既存株主本人への損害賠償とは異なる。
引受人への支払請求,取締役の会社に対する423条責任及び株主に対する429条責任を併せて検討する場合は,実際の回復による損害の変化を確認し,同じ損害を重ねて回収する構成を避ける。
発行前後の手段と期限は,安すぎる第三者割当増資への株主の対応で説明している。
第5 損害と因果関係を立証する資料
株主の相談では,請求の根拠を先に決めつけず,①原因となった行為とその日,②会社の資産・負債への影響,③発行前後の株式数と払込額,④本人の取得日・保有数・売却日,⑤行為時点の価値算定資料を整理する。
上場株式では,市場全体や同業他社の値動き,別の不祥事・業績発表及び株式分割も調べ,当該行為による下落と区別する。
非上場株式では,事業計画,決算書,取引事例,算定方法と基準日の検討が重要になる。
取締役の悪意又は重大な過失については,価格資料を知りながら無視したか,必要な決議や説明を故意に避けたか,誰の利益を図ったかを,議事録,算定書及び交渉記録から具体化する。
会社への提訴請求,代表訴訟又は既に回収された金銭の記録も確認する。
株式を売却済みである場合や会社が解散・倒産した場合は,現在の株主資格,請求権の帰属,回復の実効性及び他の手続との関係を個別に検討する。
発行前の差止め,発行無効の訴え及び金銭請求では期限が異なる。
金銭請求の時効が残っていても,発行を止めたり無効にしたりする機会を失っていることがあるため,払込期日と発行の効力発生日を最初に弁護士へ伝える必要がある。
423条・429条の時効は,役員等の第三者責任の消滅時効を参照されたい。
第6 出典と本記事の調査範囲
①e-Gov法令検索・会社法212条,423条,429条,847条,民法709条。現行条文を令和8年10月3日に確認した。
②前掲最高裁昭和44年11月26日大法廷判決。多数意見の一般規範と実際の事案を確認した。
③前掲東京高裁平成17年1月18日判決。判例秘書で書誌,主文,事案の概要及び裁判所の判断の全文を確認した。裁判所ウェブサイトの統合検索では平成16年(ネ)第3563号を指定して検索したが,掲載を確認できなかった。
④補助資料として,神田秀樹『会社法〔第20版〕』弘文堂,2018年,役員等の第三者責任の節(印字269頁)を参照した。刊行後の法改正による期間・利率は同書から転記していない。
本記事は,会社への回復と株主本人への回復の区別を示すものであり,不公正な増資による株主固有の損害について429条責任を認めた全ての裁判例を網羅したものではない。
個別事件では,株式の性質,発行の目的・価格・数,取締役の認識,会社への回復及び本人の保有期間に即して,責任の成立と損害額を検討する必要がある。
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