第1 社会保険加入の判定と保険料調整を分ける
令和8年10月1日から,社会保険の適用拡大に伴う短時間労働者の負担を支援する保険料調整制度が始まった。
対象事業所が期限内に申し出ることで,一定の短時間労働者の健康保険・厚生年金保険料の本人負担が軽減される。
本記事は令和8年10月3日現在の日本年金機構の制度案内を基に,利用可否,給与控除,納付及び還付の実務を説明する。
短時間労働者の月額8万8000円の賃金要件が同日から原則として撤廃されたことと,この保険料調整制度を利用できることは別の問題である。
社会保険への加入要件を満たす者について,保険料調整を利用しないことを理由に資格取得の届出をしないという対応はできない。
加入関係の前提は,社会保険の加入・保険料・資格取得喪失と士業の適用を参照されたい。
第2 対象事業所と申出期限
1 制度の利用対象となる4類型
日本年金機構の対象事業所・申出期限の案内は,次の4類型を掲げている。
「従業員数」は,フルタイム及び4分の3基準を満たす厚生年金被保険者を基にした数であり,単純に全在籍者を数えるものではない。
① 令和8年10月1日から令和17年9月30日までの間に,新たに任意特定適用事業所となった事業所
② 令和9年10月以後の企業規模要件の段階的な引下げにより,新たに特定適用事業所となった事業所
③ 任意適用事業所である個人事業所が,令和9年10月1日から令和17年9月30日までの間に,従業員数51人以上となったことによって特定適用事業所となる場合
④ 令和17年10月1日以後,新たに任意適用事業所となった個人事業所
②の企業規模は,令和9年10月が36人以上,令和11年10月が21人以上,令和14年10月が11人以上となり,令和17年10月には企業規模要件が撤廃される。
施行前から既に短時間労働者が社会保険の加入対象になっている事業所,又は上記の類型に該当する前に従業員数が常時51人以上となった事業所については,対象外となる条件に注意する必要がある。
具体的な適用開始日及び経過措置は,届出履歴と機構の対象例を照合して確認する。
2 任意適用と任意特定適用は異なる
任意適用事業所とは,強制適用ではない事業所が,労使合意と認可により健康保険・厚生年金に加入する場合の事業所である。
これに対して任意特定適用は,既に社会保険の適用事業所となっている50人以下の企業等で,短時間労働者も加入対象とする取扱いであり,同じ手続ではない。
小規模な個人法律事務所についても,事務所の適用関係,通常の労働者の人数,短時間労働者への適用開始時期を順に確認する必要がある。
法律事務所であること,法人であること又は従業員が少ないことだけで,本制度の利用可否を決めることはできない。
弁護士及び法律事務所の加入区分については,弁護士の社会保険も参照されたい。
3 2年の期限と遡及できないこと
申出期限は,事業所が制度を利用できるようになった日から2年を経過した日が属する月の前月までである。
例えば令和8年10月1日から対象となった事業所については,令和10年9月30日が期限となる。
複数の対象類型に該当した場合には,最初に該当した条件が期限の基準となるため,後の類型への該当によって期限が当然に延びるとは扱わない。
制度の開始月は開始申出書が受け付けられた日の属する月であり,過去の月に遡って利用することはできない。
「2年以内に申し出れば,その2年分が還付される」という意味ではないため,加入開始日と制度開始月を分けて管理することが必要である。
第3 対象となる従業員と対象外の保険料
1 短時間労働者で標準報酬月額12万6000円以下
対象となるのは,対象事業所で短時間労働者として健康保険・厚生年金に加入し,標準報酬月額が12万6000円以下である被保険者である。
標準報酬月額は実際の手取り額又は基本給そのものではないため,給与明細だけでなく資格取得時決定,定時決定又は随時改定の通知を確認する。
短時間労働者の適用は,通常の労働者に対する週の所定労働時間又は月の所定労働日数の4分の3基準を満たさない者について,週20時間以上,学生でないこと等の要件を満たす場合の取扱いである。
学生には例外があり,資格取得そのものの判断も別途必要である。
標準報酬月額が低い正社員であるという事情だけで,本制度の対象となるわけではない。
2 対象者全員への適用と除外
制度を利用する事業所では,全ての対象被保険者に制度が適用される。
希望する従業員だけ又は採用したばかりの従業員だけを選んで適用することはできない。
複数の事業所で社会保険に加入する者及び産前産後休業・育児休業等によって保険料が免除されている者は対象外である。
70歳以上の高齢任意加入被保険者については厚生年金の調整対象外であり,70歳以上の者について健康保険のみ対象となる取扱いは,機構・加入先保険者に確認する必要がある。
賞与に係る保険料,介護保険料及び子ども・子育て支援金は調整対象外である。
給与明細の社会保険料合計を一律に減額すると誤計算になるため,対象となる健康保険・厚生年金と,対象外の各項目を分けて計算する。
第4 利用期間と給与控除の計算
1 事業所単位の通算3年間
制度の利用期間は,事業所が利用を申し出た月から通算3年間である。
途中で加入した従業員について,その加入時から新しく3年間が始まるわけではない。
令和8年10月から利用する事業所に令和9年10月から対象者が加入した通常例では,その者の軽減も令和11年9月までとなる。
利用3年目の軽減割合は,1年目・2年目の半分となる。
給与計算では,開始月,24か月経過時及び終了月を事業所全体の予定表に登録し,従業員ごとに異なる開始日を機械的に設定しないことが有用である。
2 軽減割合は保険料全額に対する割合である
1人当たりの軽減額は,「標準報酬月額×保険料率×保険料軽減割合」で計算する。
軽減割合を掛ける対象は,通常の本人負担額ではなく保険料全額である。
機構の計算方法の案内による1年目・2年目の割合は,次のとおりである。
① 標準報酬月額8万8000円以下:25%
② 9万8000円:20%
③ 10万4000円:14%
④ 11万円:9%
⑤ 11万8000円:5%
⑥ 12万6000円:2%
3年目はそれぞれ12.5%,10%,7%,4.5%,2.5%及び1%となる。
厚生年金と健康保険の軽減額は別々に計算し,軽減額に1円未満の端数が生じた場合は四捨五入する。
実際の給与控除額は,端数処理を含めて機構及び加入先保険者の現行表で確認する。
3 厚生年金の具体例
標準報酬月額8万8000円,厚生年金保険料率18.3%の場合,保険料全額は1万6104円,通常の本人負担は8052円である。
1年目・2年目の軽減額は,全額に25%を掛けた4026円となり,本人負担は4026円となる。
3年目は軽減額2013円,本人負担6039円となる。
これは厚生年金だけの例であり,健康保険,介護保険及び子ども・子育て支援金を含む控除総額ではない。
健康保険料率は加入先及び地域等によって異なるため,仮定の10%などを実際の事業所にそのまま使わないことが必要である。
第5 事業主の一時負担と3か月後の還付
1 給与控除を減らし,追加負担分も納付する
事業主は,対象者の給与から調整後の本人負担額を控除し,軽減された分を一時的に追加負担する。
日本年金機構等に納付する段階では,本人負担分,通常の事業主負担分及び追加負担分を合わせて納めるため,納付額そのものを自己判断で先に減らす取扱いではない。
その後,追加負担分は3か月後の保険料額から差し引く方法で還付され,保険料調整通知書によって確認できる。
機構の還付の案内は,4月分の追加負担を7月分の保険料から差し引く例を示している。
従業員への還付金を事業主が受け取るという説明ではなく,事業主が立て替えた追加負担の精算である。
2 納付と還付の対応を記録する
制度を利用しても,毎月の保険料を納付期限までに納める必要がある。
納付期限を過ぎ,督促状で指定された期限までにも納付しなかった場合は,追加負担額が還付されず,保険料調整不該当通知書が送られる。
単に一時負担が後で必ず戻ると説明せず,この納付条件を含めて資金繰りを確認することが必要である。
実務上は,①対象月・対象者,②軽減額,③給与控除額,④追加負担額,⑤納付日及び⑥3か月後の調整通知・差引額を対応させて保存することが有用である。
資格取得・喪失又は標準報酬月額の変更がある場合は,計算及び還付に影響するため,届書の提出も迅速・適正に行う。
第6 申出方法,自動停止及び再開
1 開始申出書を提出する
利用開始に際しては,事業主が保険料調整開始申出書を,事務センター又は管轄の年金事務所へ郵送又は窓口持参する。
開始手続の案内では添付書類なしとされているが,任意特定適用事業所となる手続及び資格取得届は別である。
健康保険組合に加入する場合の提出方法は,加入先組合にも確認する必要がある。
任意特定適用の申出に電子申請が利用できることと,保険料調整の開始申出を電子申請できることを混同してはならない。
現在の制度案内に従って,受付月と申出期限を確認する。
一度利用した事業所が3年間の利用終了後に,新たな対象類型への該当を理由にもう一度利用できるとは扱わない。
2 申出期限内に対象者が0人となった場合
申出期限内に対象被保険者が0人となった場合には,その月から制度利用が自動停止する。
停止した月から停止解除の申出のあった月までの間は,通算3年間の利用期間から除かれる。
再開するには,開始申出と同じ申出期限内に停止解除申出書を提出する必要がある。
再開は受付月からであり,遡及はできず,停止前と再開後を通算して3年間分の保険料に適用される。
従業員が戻れば自動的に再開すると扱わず,期限内の申出の要否を確認する必要がある。
3 申出期限後に対象者が0人となった場合
申出期限より後に対象者が0人となった場合には,自動停止は行われない。
制度開始から3年間が経過するまでの間に対象者が再び1人以上となった月には,対象者の保険料について軽減が行われる。
したがって,対象者が0人であった期間によって当然に利用終了日が延びるわけではない。
停止・再開の管理では,対象者数だけでなく,事業所の申出期限の前後を確認する必要がある。
詳細は機構の自動停止・停止解除の案内を参照されたい。
第7 事業所が最初にそろえる資料
制度利用を検討する際は,次の資料をそろえて確認することが有用である。
① 事業所の適用区分,特定・任意特定適用に係る届出及び適用開始日
② 企業規模の算定に使う厚生年金被保険者数の記録
③ 対象類型に初めて該当した日及び申出期限
④ 短時間労働者の所定労働時間・日数,学生該当性及び資格取得記録
⑤ 標準報酬月額,複数事業所での加入及び産休・育休免除の有無
⑥ 申出書の控え,受付日及び利用開始月
⑦ 給与控除,納付及び還付・不該当通知の月別照合表
⑧ 25か月目の割合変更,対象者0人となる場合及び利用終了月の予定
本制度について従業員へ説明する際は,本人負担の軽減が期間限定であり,3年目に軽減割合が変わり,終了後は通常の負担に戻ることも伝える必要がある。
資格取得,任意特定適用及び保険料調整を別々の手続として整理し,給与担当者と届出担当者の認識をそろえることが実務上重要である。
第8 出典
① 厚生労働省「制度変更(令和8年10月)」。
② 日本年金機構「保険料調整制度」特設ページ。
③ 保険料調整制度とは。
④ 対象となる事業所・申出期限。
⑤ 対象となる被保険者。
⑥ 保険料額の計算方法。
⑦ 事業主の追加負担額の還付。
⑧ 開始申出の手続。
⑨ 自動停止・停止解除の手続。
⑩ 日本年金機構「短時間労働者の加入要件の変更」。
本記事の対象要件及び手続は,所管機関による一次的な行政案内を根拠に説明したものである。
判例秘書又は裁判所の判決全文に基づいて,制度に関する紛争の裁判例又は行政処分への不服申立ての結論を示すものではない。