第1 この記事で検証すること
1 年齢との関連と,年齢による排除を分ける
年齢を重ねることと,一部の知識・判断能力との関連を示す研究はある。
しかし,そのことだけでは,社会経験の量・種類が公職遂行に結び付くこと,さらに25歳・30歳を立候補の下限とすることまで証明したことにはならない。
今回確認した原資料では,この一連の関係を直接検証した実証的根拠は得られなかった。
これは研究が世界に存在しないという証明でも,直ちに違憲になるという結論でもない。
本記事は令和8年10月3日を基準に,立法史,裁判所公開判決,著者・研究機関等が公開する研究本文を照合したものである。
2010年以降の研究を,平成16年当時に利用できた知見として扱わない。
現行の資格要件,立候補の自由及び救済手続については,被選挙権の年齢制限と立候補の自由を参照されたい。
2 立法理由,経験的事実,法的評価は異なる
「立法時に社会経験への期待が説明された」「年齢と特定の能力に関連が観察された」「年齢要件が憲法上許される」は,異なる命題である。
政府答弁は制度設計の理由を示す資料となるが,期待した効果の実証まで当然に含むものではない。
研究結果も,制限される権利,制約の程度及び審査方法に即した法的評価を経て初めて,規制の正当化又は批判につながる。
第2 裁判所が採用した推論と立法史
1 地方選挙の年齢要件を合憲とした地裁判決
東京地裁令和7年10月24日判決(令和5年(行ウ)第299号及び令和5年(ワ)第17364号)は,地方議員及び知事の職責に照らして,社会経験に基づく思慮分別を資格設計で考慮する合理性を認めた。
特に判決30頁~31頁は,意見や知識を政策として具体化する際の利害調整を重視し,年齢を社会経験の客観的指標として扱っている。
対象は地方議員の25歳要件と知事の30歳要件であり,国政の両院の要件を直接判断した事件ではない。
同判決は,特定年齢に達するまで必要な能力がなく,その年齢で能力を獲得するという説明を採用していない。
したがって,「誕生日に能力が急変することはない」という批判だけでは,判決の推論に十分答えたことにならない。
年齢が社会経験をどの程度表すか,その経験が当該職務に必要な能力をどの程度予測するか,資格による排除の範囲が目的に見合うかを検討する必要がある。
2 参議院の立法時に経験への期待は説明されていた
第91回帝国議会の衆議院参議院議員選挙法案委員会・昭和21年12月24日の会議録の発言17~20,特に政府委員の発言18には,参議院に期待する思慮分別と制度上の特色についての説明がある。
参議院について,経験への期待を述べた立法時の説明が一切ないとするのは適切でない。
ただし,この説明は具体的な下限年齢の効果を実証した研究ではなく,衆議院・地方議員・知事の各制定理由を一括して示すものでもない。
制定過程を論じるときは,公職ごとに,どの時期の法案について,誰が,何を理由に説明したのかを特定する。
一つの制度の史料に説明が見当たらないことから,別の制度でも説明がなかったと推論してはならない。
今回,国側証拠説明書で特定できた地方制度の原史料の一部は,本文の確認が未了である。
第3 社会経験を何として測定するか
1 年数だけでなく経験の内容を特定する
訴訟で検討する推論は,「年齢→経験の量・種類→職務に関連する能力→公職遂行への効果→選挙前の一律排除の正当化」と分解できる。
就労年数だけを経験とするのか,異なる立場の人と交渉した回数,地域活動や学校自治,介護,行政との交渉等も含むのかで,検討すべき資料は異なる。
ここで挙げた項目は測定方法の提案であり,各経験の効果を実証済みとするものではない。
同じ活動を長く繰り返すことと,多様な立場への理解や反省を伴う学習を重ねることも同じではない。
年齢の影響と,教育,職業,家庭環境,世代及び経験内容の影響を区別することが重要である。
年齢差を示した横断研究から,経験を積んだことが原因で個人の能力が向上したと直ちに結論してはならない。
2 平均差だけで個人の適格性を決めない
年齢群の平均差があっても,各群の分布が重なっている場合がある。
年齢だけで資格を判断する制度の評価では,群内のばらつき,能力を備えた若年者を排除する程度,能力が十分でない年長者を通す程度も検討対象となる。
これは特定の能力試験を導入すべきだという意味ではなく,年齢という指標の当てはまりを吟味するための視点である。
| 検討する関係 | 必要となる資料・確認 |
|---|---|
| 年齢と経験 | 経験の定義,量・種類,教育・職業等との区別 |
| 経験と能力 | 対立調整等の具体的指標,経験の効果を識別できる設計 |
| 能力と公職遂行 | 議員・首長等の職務別成果,支援体制,選抜過程 |
| 下限年齢と規制効果 | 排除範囲,具体的な年齢の意味,より緩い制度との比較 |
第4 対立調整・発達研究から分かること
1 対立についての推論と,実際の交渉は異なる
2010年の米国の対立状況に関する研究は,他者の視点,妥協,不確実性等への配慮を含む推論について,高年齢群の優位を報告した。
ただし,25歳未満を含まず,社会経験の内容や公職遂行を直接測定したものではない。
2012年の日米比較研究の著者公開原稿では,25歳~75歳を対象に,対立についての回答を採点している。
日本の標本では,米国で見られた年齢上昇に伴う推論得点の上昇は確認されなかった。
この結果は,年齢と能力の関連が測定内容や社会的環境に左右されることを示唆するが,25歳未満を含まず,全国の代表標本でもない。
同研究から,日本では経験を積んでも調整能力が向上しないと結論することはできない。
経験自体を直接測定しておらず,個人の長期的な成長を追った設計でもないからである。
対立の解決案を語ることと,自ら利害当事者として交渉し,議決し,責任を負うことの違いにも注意が必要である。
確認した原稿は出版社確定版と同一とは保証されない著者公開版である。
2 認知能力と心理社会的成熟を分ける
2019年の多国間横断研究は,認知能力と,衝動抑制・将来への見通し等を含む心理社会的成熟とで,発達の時期が異なることを報告している。
研究には日本が含まれず,著者も実際の意思決定能力を直接評価したものではないと説明している。
一つの「成熟」という言葉から,あらゆる法律行為や政治活動に同じ年齢を当てはめることはできない。
2023年の実行機能研究は,8歳~35歳の複数データセットを統合し,測定した実行機能が18歳~20歳頃に成人水準へ安定する発達曲線を報告した。
これは課題で測定した機能についての結果であり,脳全体の完成,社会経験の獲得又は政治家としての適格性全般を示すものではない。
「脳は25歳で完成する」「18歳であらゆる能力が成人と同じになる」という説明は,いずれも研究の対象を超える。
第5 政治家研究,世論,政策提言の限界
1 若い政治家の研究が対象とする年齢を確かめる
2021年の日本の首長と政策配分に関する研究は,接戦選挙を利用して,首長の年齢と児童福祉への支出等を分析している。
主分析の若年区分は50歳未満であり,18歳~24歳の適格性を直接検証したものではない。
児童福祉への配分の違いを,政治家の総合的能力の優劣と言い換えることもできない。
現行制度の下限未満の首長が日本のデータに存在しないという,制度による観察範囲の限界もある。
2 引下げへの賛否は職務能力の測定ではない
被選挙権年齢引下げに関する2025年の研究の公開写しは,2024年に実施した登録モニター調査を分析している(論文209頁~223頁及び付録)。
対照群にも共通の前提説明があり,賛否は中立選択肢を設けない6段階で質問されている。
「やや賛成」を含めた割合は,説明や選択肢の異なる調査とそのまま比較できない。
同じ質問票の候補者選好実験,分析対象となる群と分母,質問の順序も確認する必要がある。
情報を与える条件への無作為割付は,回答者が日本の有権者から無作為に選ばれたことを意味しない。
また,引下げへの賛否,候補者への選好,職務能力及び実際の職務成果は,異なる測定対象である。
賛成者が多数であることから,若年者の能力や制限の違憲性を直接導くことはできない。
3 政策提言と裁判で認定された事実を区別する
全国知事会研究会の2026年4月最終報告書は,被選挙権年齢の引下げと,その具体化に向けた国会での議論を提言している(本文2頁~5頁)。
一律18歳,段階的引下げ等を挙げており,全知事が一律18歳案で一致したという記録でも,能力を測定した研究でもない。
令和7年12月26日付け控訴理由書及び令和8年5月27日付け準備書面は,控訴人側の主張を確認する資料である。
そこに引用された研究・報告書の内容,当事者による評価,裁判所の認定を区別して読む必要がある。
本記事は,これらを上級審の判断として紹介するものではない。
第6 憲法訴訟での主張と証拠の組立て
1 双方の説明と代替制度を具体的に比較する
年齢には,客観的で適用しやすい指標であるという利点がある。
個別の経験審査や学歴審査への置換には,評価者の恣意や資格差別という別の問題がある。
反対側の説明を正確に捉えた上で,候補者を排除する制度以外に,選挙人による評価,就任後の研修,議会事務局等による支援がどこまで目的を達成するかを検討する。
これらの代替制度の効果は,別途証拠による検証を要する。
争点は,年齢の使用一般にとどまらず,職種ごとの必要な能力と,排除される集団及び制約の重さとの対応である。
研究が少ないことや改革が望ましいことだけで,立法裁量の限界を超えると結論することはできない。
立候補の自由の重要性からどの程度の実質的審査を求めるかという規範上の議論と,その枠組みで意味を持つ経験的資料を対応させる必要がある。
2 準備書面・意見書に残す確認項目
①規制の目的と,必要とされる具体的能力・危険を特定する。
②原研究の対象年齢,地域,標本抽出,測定指標,研究設計,効果の大きさ及び不確実性を記録する。
③経験を直接測ったのか,年齢だけを測ったのかを区別する。
④集団平均,個人の適格性,職務成果,賛否を相互に置き換えない。
⑤主張する公職と年齢層への当てはまり,具体的な下限及び代替制度を検討する。
⑥判決の判断,当事者の主張,研究結果及び本記事の提案を区別する。
資料の一般的な読み方は,社会調査・アンケートを法律実務で使うときの読み方,立法事実と代替手段の検討は,許認可・参入規制の合憲性にも整理している。
経済活動規制と政治参加制限では,関係する権利と審査方法をそれぞれ確認する必要がある。
3 追加検討が必要な資料
今後の優先課題は,国側提出の改正地方制度資料・戦後自治史等の該当原文,18歳~24歳と25歳以上の経験内容・対立調整能力を同時に測る日本の資料,引下げ前後や異なる制度の下での職務遂行資料である。
公職の種類,選抜過程及び支援体制をそろえない単純比較では足りない。
現段階では,25歳・30歳の下限の最適性又は違憲性を研究だけで確定したとは扱わない。
第7 出典・確認範囲
1 判決・立法資料・訴訟資料
①東京地裁令和7年10月24日判決。裁判所公開原文,特に25頁~32頁。
②第91回帝国議会・衆議院参議院議員選挙法案委員会第5号。昭和21年12月24日,発言17~20。
③全国知事会「若者の政治参画・投票率向上に関する研究会」最終報告書。2026年4月,本文2頁~5頁。
④控訴理由書。令和7年12月26日,29頁~33頁。
⑤控訴審第14準備書面。令和8年5月27日,報告書を扱う冒頭部分。
2 研究本文
①Grossmannほか(2010)“Reasoning about social conflicts improves into old age”。原論文本文・方法・図・議論。
②Grossmannほか(2012)“Aging and Wisdom: Culture Matters”。著者公開原稿の方法・結果・表1。出版社掲載情報と区別した。
③Icenogleほか(2019)“Adolescents’ Cognitive Capacity Reaches Adult Levels Prior to Their Psychosocial Maturity”。方法・発達曲線・限界。
④Tervo-Clemmensほか(2023)“A canonical trajectory of executive function maturation from adolescence to adulthood”。方法・結果・議論。
⑤McClean(2021)“Does the Underrepresentation of Young People in Political Institutions Matter for Social Spending?”。ワーキングペーパーの研究設計・結果。主分析の区分はPDF18頁等。
⑥齋藤宙治(2025)「被選挙権年齢引下げに関する人々の意識―サーベイ実験による法定立候補年齢の研究―」。公開証拠写しの論文209頁~223頁・付録。
判決の説明は裁判所公開原文によるものであり,本記事作成に際して判例秘書での追加照合は行っていない。
全訴訟記録や世界の研究を網羅したものではなく,資料の確認範囲を超える不存在の断定はしない。
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