第1 任意保険が支払われない場合の全体像
1 免責の範囲は約款で決まり,自賠責保険より広い
自動車の任意保険がどのような場合に支払われないかは,保険法の条文そのものではなく,保険会社が定める普通保険約款及び特約によって決まる。保険法17条1項は「保険者は,保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって生じた損害をてん補する責任を負わない。戦争その他の変乱によって生じた損害についても,同様とする。」と定め,同条2項は責任保険契約についてこの「故意又は重大な過失」を「故意」に読み替えるが,同条は同法26条及び33条が列挙する片面的強行規定に含まれていないから,約款で免責事由を追加することが妨げられない。約款の個別条項が契約内容となる根拠は民法548条の2の定型約款に関する規定であり,同条2項により,相手方の権利を制限する条項のうち信義則に反して一方的に相手方の利益を害すると認められるものは,合意をしなかったものとみなされる。したがって「任意保険が使えるかどうか」は,まず事故日に適用される約款の条文を確認するところから始まる。
これに対し自賠責保険の免責事由は,自賠法14条により「保険契約者又は被保険者の悪意によつて生じた損害」に限られる。しかも被害者が同法16条1項の被害者請求をした場合には,悪意による事故であっても保険会社は被害者に損害賠償額を支払い,同条4項によって政府に補償を求めることになる。すなわち,本記事で扱う免責の大部分は自賠責保険には及ばないから,任意保険が免責となる場面でも自賠責保険からの回収を検討する余地が残る。自賠責保険から支払われる金額の基準は,自賠責保険の支払基準に関する記事で扱っている。
2 免責事由は被保険者ごとに個別に適用される
自動車保険の被保険者は記名被保険者に限られず,その配偶者,同居の親族,別居の未婚の子,記名被保険者の承諾を得て使用又は管理中の者などに及ぶ。そして賠償責任条項及び人身傷害条項には,条項の規定を「それぞれの被保険者ごとに個別に適用します」という定めが置かれている(損害保険ジャパン「THE クルマの保険」2026年1月版の対人賠償責任条項5条1項及び人身傷害条項5条,東京海上日動「トータルアシスト自動車保険」2026年1月1日以降始期用の賠償責任条項2条(2))。ある被保険者に免責事由があっても,他の被保険者との関係でも当然に免責となるわけではない。
もっとも例外がある。損害保険ジャパンの対人賠償責任条項5条1項ただし書及び東京海上日動の賠償責任条項2条(2)ただし書は,保険契約者,記名被保険者及びこれらの者の法定代理人の故意による免責だけを個別適用の対象から除いている。したがって記名被保険者が故意に事故を起こした場合には,使用者責任を負う別の被保険者との関係でも免責が及ぶ。約款の文言をどのように読むかという一般的な作法は,保険約款の文言の解釈方法に関する記事で扱っている。
3 本記事の整理の順序
任意保険が支払われない場面は,①契約そのものの効力にかかわるもの,②事故の態様にかかわるもの,③被害者が誰かにかかわるもの,④補償の種類ごとに固有のもの,という四つの層に分けて考えると見通しがよい。以下ではこの順序で整理し,最後に支払を拒まれた場合の検討順序を扱う。なお約款の内容は保険会社及び商品によって異なるため,本記事で引用する条項は各社の現行約款のうち実際に確認できたものであり,個別の事案では自分の契約に適用される約款を確認する必要がある。
第2 契約そのものの効力によって支払われない場合
1 運転者限定特約及び運転者年齢条件特約
実務で最も多い不払いの原因は,免責条項ではなく運転者の範囲を限定する特約の違反である。損害保険ジャパンの運転者限定特約2条は「限定運転者以外の者が契約自動車を運転している間に生じた事故による損害または傷害に対しては,保険金を支払いません」と定めており,対人賠償及び対物賠償を含むすべての補償が対象となる。例外は,契約自動車が盗難にあった時から発見されるまでの間に生じた事故と,自動車取扱業者が業務として受託中に生じた事故の二つに限られ,被害者保護のための一般的な例外は置かれていない。
運転者年齢条件特約は,年齢条件に該当しない者が運転している間に生じた事故を免責とするが,その対象者は①記名被保険者,②その配偶者,③記名被保険者又はその配偶者の同居の親族,④①から③までの者の業務に従事中の使用人に限られる。裏を返せば,別居の未婚の子,友人及び知人が運転していた場合は年齢条件の適用対象外であり,その者が年齢条件を下回っていても補償される。年齢条件は「若い人が運転すると必ず出ない」という理解が広まりやすいが,条項の名宛人を確認しないと結論を誤る。
なお損害保険ジャパンには運転者範囲変更漏れサポート特約が付帯され,運転者の範囲に変更が生じたのに手続を失念していた一定の場合について,事後に変更の承認を請求すれば,救済開始日以後の事故に運転者限定特約及び運転者年齢条件特約を適用しない扱いが定められている。契約者側の手続漏れがすべて致命的になるわけではない。
2 告知義務違反,危険増加及び重大事由による解除
保険法28条1項は,保険契約者又は被保険者が告知事項について故意又は重大な過失により事実の告知をせず,又は不実の告知をしたときの解除を定め,同法29条1項は危険増加による解除を定める。同法30条は重大事由による解除を定め,同条3号は「保険者の保険契約者又は被保険者に対する信頼を損ない,当該損害保険契約の存続を困難とする重大な事由」を掲げており,反社会的勢力に関する約款条項の根拠にもなっている。
これらの解除は将来に向かってのみ効力を生ずるのが原則であるが(同法31条1項),同条2項は,告知義務違反解除については解除がされた時までに発生した保険事故による損害,危険増加解除については危険増加が生じた時から解除がされた時までに発生した保険事故による損害,重大事由解除については当該事由が生じた時から解除がされた時までに発生した保険事故による損害について,保険者が責任を負わないと定める。すなわち,事故の後に解除されても,その事故についての保険金が支払われないことがある。もっとも告知義務違反解除には,同法28条2項が定める阻却事由(保険者が知り又は過失によって知らなかった場合,保険媒介者が告知を妨げた場合等)と,同条4項の除斥期間(解除原因を知った時から1か月,契約締結の時から5年)がある。
保険法33条は同法28条1項から3項まで,29条1項,30条及び31条に反する特約で保険契約者又は被保険者に不利なものを無効とするが,同法36条4号は,法人その他の団体又は事業を行う個人の事業活動に伴って生ずることのある損害をてん補する損害保険契約について,この片面的強行規定の適用を除外している。社用車の契約では,個人契約と同じ保護が当然に及ぶわけではない。
3 保険料の不払いによる保険休止
分割払契約では,保険料の遅滞によって保険金支払義務が生じない状態(保険休止状態)となる旨の条項が置かれる。最高裁平成9年10月17日判決(民集51巻9号3905頁,平成8年(オ)2064号)は,第2回目以降の分割保険料の支払を払込期日後1か月以上遅滞したときは払込期日後に生じた事故について保険金を支払わない旨の条項について,右の遅滞により保険会社が保険金支払義務を負わなくなった状態が生じた後においても,履行期が到来した未払分割保険料の元本の全額に相当する金額が当該保険契約の終了前に保険会社に対して支払われたときは,その支払後に発生した保険事故について保険会社は支払義務を負うと判示した。あわせて,保険休止状態の発生を主張する者と解消を主張する者の主張立証責任の分配も示されている。
4 保険金請求権の消滅時効
保険法95条1項により,保険給付を請求する権利は,これを行使することができる時から3年間行使しないときは時効によって消滅する。損害賠償請求権の消滅時効とは別個の期間であるから,交渉が長期化した事案では,賠償請求権の時効管理とあわせて保険金請求権の時効も確認する必要がある。時効の起算点や完成猶予・更新の一般的な整理は,消滅時効に関するメモ書きで扱っている。
第3 すべての補償に共通する免責事由
1 故意
対人賠償責任条項及び対物賠償責任条項は,①保険契約者,記名被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意,②記名被保険者以外の被保険者の故意を,免責事由の筆頭に置いている。ここでいう「故意」の対象は,現に生じた損害である。
最高裁平成5年3月30日判決(民集47巻4号3262頁,昭和63年(オ)757号,裁判所ウェブサイト掲載)は,故意によって生じた損害をてん補しない旨の自家用自動車保険普通保険約款の条項は,傷害の故意に基づく行為により被害者を死亡させたことによる損害賠償責任を被保険者が負担した場合には適用されないと判示した。同判決は,免責条項にいう「故意」に未必の故意が含まれるとした原審の判断は是認したうえで,問題となるのは加害者の負担すべき損害賠償責任の範囲ではなく免責条項によって保険者が例外的に保険金の支払を免れる範囲がどのようなものとして合意されているのかという保険契約当事者の意思解釈の問題であるとして,傷害の故意しかない場合に死亡損害まで免責が及ぶことを否定している。
これに対し最高裁平成4年12月18日判決(集民166号953頁,平成3年(オ)770号,裁判所ウェブサイト掲載)は,被保険車両を発進させれば車体を相手方に衝突させて傷害を負わせる可能性が高いことを認識しながらそれもやむを得ないと考えてあえて発進させ,相手方を路上に転倒させて硬膜外血腫等の傷害を負わせた事案について,右事故による損害は保険約款の免責条項に定める保険契約者・被保険者の故意によって生じた損害に当たり,保険会社は免責されるとした。両判決を並べると,免責の可否は「現に生じた損害について故意があったか」で分かれることになる。なお,故意による事故であっても,自賠法14条の悪意免責は被害者請求との関係で機能しないから,被害者は自賠責保険から支払を受けることができる。
2 異常危険及び競技・曲技のための使用
戦争,外国の武力行使,革命,政権奪取,内乱,武装反乱その他これらに類似の事変又は暴動,地震若しくは噴火又はこれらによる津波,核燃料物質若しくはこれによって汚染された物の放射性・爆発性その他有害な特性の作用又はこれらの特性に起因する事故,これら以外の放射線照射又は放射能汚染,及びこれらの事由に随伴して生じた事故は,各条項に共通する免責事由である。契約自動車を競技若しくは曲技のために使用すること,又は競技若しくは曲技を行うことを目的とする場所において使用することも同様であり,競技又は曲技のための練習を含み,救急・消防・事故処理・補修・清掃等のための使用を除くという注記が置かれている。サーキット走行会での事故が補償されないのはこの条項による。
車両条項にはこれらに加えて固有の免責事由がある。差押え,収用,没収,破壊など国又は公共団体の公権力の行使によって生じた損害(消防又は避難に必要な処置として行われた場合を除く),詐欺又は横領によって生じた損害がこれに当たる。車両保険の補償範囲そのものは,車両保険に関する記事で扱っている。
3 台風,洪水又は高潮
台風,洪水又は高潮による損害の扱いは補償の種類によって分かれる。対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険は免責であり(損害保険ジャパン対人賠償責任条項2条1項⑤,同対物賠償責任条項2条1項⑤,東京海上日動賠償責任条項3条(1)④),弁護士費用特約,被害者救済費用特約及び心神喪失等による事故の被害者損害補償特約も同様に免責とされている。東京海上日動の約款は,これらの語を気象庁の発表に基づくものとして定義し,台風を北西太平洋に存在する熱帯低気圧のうち低気圧区域内の最大風速がおよそ毎秒17メートル以上のものと説明している。
これに対し,人身傷害保険,自損事故傷害特約,車両保険及び無保険車傷害特約の各免責事由には台風,洪水又は高潮が掲げられておらず,これらは支払の対象となる。東京海上日動の約款も「人身傷害保険では,『台風,洪水または高潮』による自動車または原動機付自転車の運行等に起因する事故によって生じた損害は補償されます」「車両保険では,『台風,洪水または高潮』による損害は補償されます」と明記している。無保険車傷害についても,損害保険ジャパンの無保険車傷害特約4条及び東京海上日動の無保険車事故傷害特約5条(1)のいずれにも台風,洪水又は高潮は掲げられていない。なお地震,噴火又はこれらによる津波は車両保険では免責であるが,地震・噴火・津波車両全損時一時金特約(損害保険ジャパン)や地震・噴火・津波「車両全損時定額払」特約(三井住友海上)により一定額の手当てをすることができる。
第4 無免許運転,酒気帯び運転及び薬物の影響下の運転
1 対人賠償及び対物賠償は免責されない
被害者保護の要請から,運転者が無免許であり,又は酒気を帯びていたことは,対人賠償責任保険及び対物賠償責任保険の免責事由とされていない。加害者側にどれほど非難すべき事情があっても,被害者に対する賠償の資力は確保される仕組みになっている。
2 自分のための保険は免責される
これに対し,人身傷害保険,搭乗者傷害に関する補償,車両保険,自損事故傷害特約,無保険車傷害特約及び弁護士費用特約には,①法令に定められた運転資格を持たないで運転している間,②道路交通法65条1項に定める酒気を帯びた状態又はこれに相当する状態で運転している間,③麻薬,大麻,あへん,覚せい剤,シンナー,指定薬物等の影響により正常な運転ができないおそれがある状態で運転している間に生じた傷害又は損害を免責とする条項が置かれている。
ここで注意すべき点が二つある。第一に,条項の文言は「被保険者が……運転している間」であり,前記第1の2のとおり各条項は被保険者ごとに個別に適用されるから,運転者以外の同乗者について当然に免責となるわけではない。第二に,「法令に定められた運転資格を持たない」には免許停止処分中の運転が含まれる。東京海上日動の約款は,これに当たる者として①道路交通法等法令に定められた運転免許を持たない者,②運転免許効力の一時停止処分を受けている者,③運転免許によって運転できる自動車の種類以外の自動車を運転している者を挙げ,運転免許証記載事項の変更届出中,紛失等による再交付申請中又は運転免許証不携帯の者は該当しないと注記している。
3 「酒気を帯びて」の意義と政令数値
酒気帯び免責条項にいう「酒気を帯びて」は,刑事罰の対象となる政令数値とは一致しない。道路交通法117条の4第2号の政令で定めるアルコールの程度は,同法施行令44条の3により血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラムとされているのに対し,同法65条1項の「酒気を帯びて」は,社会通念上酒気を帯びているといわれる状態,すなわち身体に通常保有する程度を超えてアルコールを保有し,そのことが顔色や呼気等により外観上認知できる状態を指すと解されている。政令数値未満の酒気帯び運転は罰則の対象とならないが同項違反には該当するから,約款の文言をそのまま読めば,免責が及びうる範囲は刑事罰の基準よりかなり手前から始まることになる。
下級審の判断は分かれている。大阪地方裁判所平成21年5月18日判決(平成19年(ワ)第897号,判例タイムズ1321号188頁,判例時報2085号152頁)は,自動車保険契約約款の車両条項における飲酒免責条項を制限的に解釈しつつ,追突による自損事故を起こした原告が政令数値以下のアルコールを保有していた事案について,運転者の飲酒行動,身体に保有したアルコール量,アルコール耐性や事故当時の肉体的及び精神的状態,事故当時の運転状態ないし事故態様及び原因等を総合的に考慮し,「アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態」での運転に当たるとして保険者の免責を認めた。制限的解釈を採ったからといって被保険者に有利な結論になるとは限らない。
これに対し東京地方裁判所平成23年3月16日判決(平成22年(ワ)第33893号,金融・商事判例1377号49頁)は,家庭用総合自動車保険について,運転者が事故直後に通常の状態で身体に保有する程度以上にアルコールを保有していることが呼気等により外観上認知することができるような状態にあったときは酒気帯び免責条項が適用されるとする一方,同じ判決の中で,年金払交通事故傷害保険の酒酔い免責条項については,事故前の飲酒や睡眠薬の服用による影響が事故時までの時間の経過により相当緩和されていたことがうかがえ,酒に酔い薬物の影響により正常な運転ができないおそれがある状態での事故であると認められないとして適用を否定した。免責条項の文言が「酒気を帯びて」か「正常な運転ができないおそれがある状態」かによって結論が変わることを示している。
他方,名古屋地方裁判所令和4年5月24日判決(令和3年(ワ)第139号,同第1999号,裁判所ウェブサイト未掲載)は,免責条項にいう「酒気を帯びて」とは通常の状態で身体に保有する程度を超えてアルコールを保有し,そのことが外部的徴表により認知し得る状態で車両を運転する場合を指すとしたうえで,呼気検査で検出された0.03ミリグラム毎リットルという呼気濃度は人が通常の状態で身体に保有するアルコール濃度と評価しうるし,警察官が認識したかすかな酒臭も人が通常の状態で身体に保有するアルコールによるものと評価できるとして,免責条項の適用を否定した。同判決はノンアルコール飲料を摂取した事案であり,対物賠償責任条項及び弁護士費用特約に基づく請求が認められている。以上を通じてみると,免責が及びうる下限は,通常保有する程度を超えると評価できるかどうかという点にあり,呼気0.03ミリグラム毎リットル程度では足りない一方,政令数値に達していなくても免責が認められる余地はある,という整理になる。医学的にも,血中アルコール濃度が政令数値を下回る水準で車線内の横位置の変動が増加すること,運転者自身は能力の低下を自覚しないことが,実車走行試験によって報告されている。
4 同乗者に対する重過失免責
運転者以外の被保険者について,飲酒免責条項ではなく重過失免責条項によって支払が否定されることがある。札幌地方裁判所令和3年1月27日判決(令和元年(ワ)第1123号,裁判所ウェブサイト未掲載)は,運転者について道路交通法65条1項に定める酒気帯び運転又はこれに相当する状態にあったとして飲酒免責条項による免責を認めるとともに,同乗していた配偶者について,運転者の飲食の様子を認識していたのにその運転を委ね,その事故により身体に傷害を生じたものであるから「損害が保険金を受け取るべき者の重大な過失によって生じた場合」に該当するとして,重過失免責条項による免責を認め,請求をいずれも棄却した。
重大な過失の意義については,失火責任法に関する事案であるが最高裁昭和32年7月9日判決(民集11巻7号1203頁,昭和27年(オ)884号,裁判所ウェブサイト掲載)が,通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも,わずかの注意さえすれば,たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに,漫然これを見すごしたような,ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すと判示している。共済契約について重過失免責を認めた例として,最高裁昭和57年7月15日判決(民集36巻6号1188頁,昭和56年(オ)1112号,裁判所ウェブサイト掲載)がある。同判決は,被共済者が夜間飲酒酩酊のうえ普通乗用車の運転を開始し,事故発生時においてさえ血液1ミリリットル中0.98ミリグラムのアルコールを保有しており,アルコールの影響のもとに道路状況を無視し,制限速度毎時40キロメートルの屈曲した路上を前方注視義務を怠ったまま漫然時速70キロメートル以上の高速度で運転して駐車中のレッカー車に衝突して死亡した場合について,養老生命共済契約における災害給付金及び死亡割増特約金給付の免責事由である「重大な過失」があるとした。
第5 対人賠償責任保険に特有の免責
1 免責される被害者の範囲は保険会社によって異なる
対人賠償責任保険には,被害者が誰かによって支払を否定する条項が置かれている。ただしその範囲は各社共通ではなく,近年は縮小する方向にある。2026年1月時点で確認できる主要3社の対人賠償の身分関係免責を整理すると,次のとおりである。
| 死傷した被害者 | 損害保険ジャパン | 東京海上日動 | 三井住友海上(家庭用・一般用) |
|---|---|---|---|
| 記名被保険者 | 免責 | 免責 | 免責 |
| 契約自動車を運転中の者 | 免責 | 免責 | 免責 |
| 運転中の者の父母,配偶者又は子 | 免責 | 免責 | 配偶者は免責,父母及び子は運転中の者又はその配偶者と同居している場合に限り免責 |
| 被保険者の父母,配偶者又は子 | 免責 | 免責 | 掲げられていない |
| 被保険者の業務に従事中の使用人 | 免責 | 免責 | 掲げられていない |
| 被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人(同僚) | 免責。ただし契約自動車の所有者が個人である場合の例外あり | 免責。ただし契約自動車の所有者及び記名被保険者が個人である場合の例外あり | 掲げられていない |
したがって「対人賠償は家族や同僚には出ない」という説明を一般論として述べることはできない。契約している保険会社と商品,そして事故日に適用される約款の版を確認することが出発点になる。
2 記名被保険者が被害者となる場合と自賠責保険の「他人」性
記名被保険者が死傷した場合には,対人賠償責任保険から保険金は支払われない。友人とドライブ中に運転を交代した直後に友人がセンターラインをオーバーして対向車と正面衝突し,自車の所有者である自分が負傷したという事例では,自分の対人賠償責任保険は使えない。
この場合に問題となるのは,自分の車の自賠責保険を使えるかである。最高裁昭和57年11月26日判決(民集36巻11号2318頁,昭和55年(オ)1121号,裁判所ウェブサイト掲載)は,自動車の所有者が友人にその運転を委ねて同乗中,友人の惹起した事故により死亡した場合において,所有者がある程度友人自身の判断で運行することを許していたときでも,友人が所有者の運行支配に服さずその指示を守らなかった等の特段の事情があるのでない限り,所有者は友人に対する関係において自賠法3条の「他人」に当たらないと判示した。同様の判断をした近年の例として,山形地方裁判所平成27年12月22日判決(平成27年(ワ)第150号,判例時報2288号86頁)があり,自己が所有する自動車の助手席に同乗していた者について「他人」性を否定する一方,運転者に対する民法709条に基づく損害賠償請求は認めたうえで,同乗者に運行支配があり事故防止に中心的責任を負っていたとして過失相殺をしている。自賠法3条責任が否定されても不法行為責任まで消えるわけではない。
対向車の自賠責保険についても,直ちに使えないと断ずることはできない。対向車の保有者は同乗者との関係では運行供用者であり,自賠法3条ただし書の免責三要件,すなわち自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと,被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと,並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことをすべて証明して初めて責任を免れる。センターラインオーバーの事案では免責が認められる可能性が高いとしても,立証責任は対向車側にある。このような場面で残る補償手段は,人身傷害保険,搭乗者傷害保険及び政府保障事業又は無保険車傷害特約である。
3 家族が被害者となる場合
契約自動車を運転中の者又は被保険者の父母,配偶者若しくは子が死傷した場合の免責は,一般に,家庭生活を営んでいる者の間では損害賠償請求権が行使されないのが通例であること等を理由とする。最高裁平成7年11月10日判決(民集49巻9号2918頁,平成4年(オ)438号,裁判所ウェブサイト掲載)は,この免責条項にいう「配偶者」に内縁の配偶者も含まれると判示した。同判決は,免責条項の趣旨が内縁の配偶者にも等しく妥当することに加え,被保険者の範囲を定める賠償責任条項3条1項2号(イ)の「配偶者」に内縁の配偶者を含むと解することに支障がなく,同一の約款の同一の章において使用される同一の文言は特段の事情のない限り統一的に整合性をもって解釈するのが合理的であることを理由としている。
現行約款はさらに進んでおり,東京海上日動の約款は「配偶者」を「婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者および戸籍上の性別が同一であるが婚姻関係と異ならない程度の実質を備える状態にある者を含みます」と定義している。この定義は被保険者の範囲を広げると同時に免責の範囲も広げるものであり,補償と免責の双方向に作用する点で,前記判決が採った統一的解釈の帰結でもある。
もっとも,これらの免責は任意保険についてのものであって自賠責保険には及ばない。夫が所有し運転する自動車に妻が同乗中,夫の過失により妻が負傷した場合,対人賠償責任保険は免責であっても自賠責保険からは支払われる。家族間の事故が無補償になるという理解は正確でない。
4 同僚災害の場合
被保険者の業務に従事中の使用人,及び被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人が死傷した場合の免責は,同僚災害免責と呼ばれる。この免責が置かれているのは,業務に従事中の使用人の死傷については労災保険や民間の労働災害総合保険による填補が予定されているからであり,各種社会保険制度又は保険商品の間の調整という性格を持つ。ここでいう「使用者」は民法715条の使用者と同義ではなく,実務上は雇用関係がある場合に限定して解釈・運用されている。
近年の約款には重要な例外がある。損害保険ジャパンの対人賠償責任条項3条2項は「当会社は,契約自動車の所有者が個人である場合は,⑴⑤の規定にかかわらず,記名被保険者がその使用者の業務に契約自動車を使用しているときに,同じ使用者の業務に従事中の他の使用人の生命または身体を害することにより,記名被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金を支払います」と定める。東京海上日動の賠償責任条項3条(4)も同旨であり,ただし「ご契約のお車の所有者および記名被保険者が個人である場合」と要件がやや重い。すなわち,マイカーを勤務先の業務に使用していて同僚を負傷させた事案は,これらの約款では原則として対人賠償の対象となる。
法人名義の車両については同僚災害免責が働く約款が残るが,これも特約で担保することができる。三井住友海上の「自動車保険・一般用」には対人賠償使用人災害特約があり,対人賠償保険の補償の対象となる事故の範囲を拡大し,記名被保険者の業務に従事中の従業員が死傷して法律上の損害賠償責任を負った場合も対人賠償保険金を支払うものとされている(労働者災害補償制度によって給付されるべき金額がある場合には,記名被保険者は従業員に制度の利用を促す必要がある旨の注記が付されている)。同社の一般用には,役員又は従業員が契約自動車に搭乗中の事故により死亡し又は後遺障害が生じた場合の葬儀費用,救援者費用,事故現場の復旧費用,代替のための求人・採用費用及び社会保険労務士等への相談費用等を1名につき200万円を限度として事業主に支払う搭乗者傷害事業主費用特約も用意されている。
同僚災害が現に生じた場合の回収手段は,労災保険,自賠責保険,運転者本人又は会社に対する損害賠償請求,及び会社が付保している労災上乗せ保険又は使用者賠償責任保険である。労災保険の給付内容は労災保険の給付内容に関する記事で,労災保険給付がある事案の示談の留意点は労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談に関する記事で扱っている。使用者賠償責任保険の位置づけについては,日本損害保険協会の企業のための保険ナビの解説が参考になる。
なお,従業員が自家用車で通勤し又は業務に使用していた場合には,会社が民法715条1項の使用者責任を負う可能性があり,裁判例は,会社が自家用車の利用を許容していたか,公共交通機関による通勤が可能であったか,通勤手当としてガソリン代の実費全額をその都度支給していたかといった内部関係を考慮して判断している。会社側としては,就業規則によるマイカー通勤・業務使用の許可制と任意保険の付保確認が,同僚災害免責の有無以前の実務対応となる。
第6 被保険者に賠償責任がない場合を補う特約
加害者側に法律上の損害賠償責任がないときは,対人賠償責任保険も対物賠償責任保険も支払われない。この場合に被害者が無補償となる事態を避けるため,大手各社は次の特約を自動的に付帯している。
第一は,責任無能力の場合に対応する特約である。損害保険ジャパン及び東京海上日動の心神喪失等による事故の被害者損害補償特約,三井住友海上の心神喪失等による事故の被害者救済費用特約がこれに当たり,民法713条の適用により運転者に法律上の損害賠償責任がなかったと保険会社が認める場合に,被害者側が被る損害について保険金を支払うものである。第二は,車両の欠陥又は不正アクセス等に対応する特約である。損害保険ジャパンの被害者救済費用特約2条は,契約自動車に存在した欠陥や第三者による不正アクセス等に起因して本来の仕様とは異なる事象又は動作が契約自動車に生じたことにより事故が発生し,その原因となる事実がリコール等や公の機関による捜査・調査等により明らかであり,かつ被保険者に法律上の損害賠償責任がなかったことが判決若しくは裁判上の和解により確定し又は保険会社がそのように認めた場合に,被保険者が被害者との合意に基づき支出する費用を保険金として支払うと定める。三井住友海上では不正アクセス・車両の欠陥等による事故の被害者救済費用特約,東京海上日動では被害者救済費用等補償特約という名称である。
これらの特約には限界もある。東京弁護士会の会報「LIBRA」2025年5月号の特集「弁護士費用保険(LAC制度)のいまとこれから」は,被害者救済費用特約について,自動車の欠陥に起因する事故等で加害者側となる被保険者の民事責任が認められない場合でも被害者の損害が補償されるとしつつ,被害者に同特約の保険金請求権が付与されていないため,過失割合や損害額をめぐって争いが生じている状況などになると救済の実効性に欠ける場合もあると指摘している。同特集は,自動運転レベル4までは従来の運行供用者責任の枠組みが維持されるという国土交通省の研究会報告書の見解も紹介している。
第7 自分のための保険が支払われない場合
1 人身傷害保険
人身傷害保険の主な免責事由は,①被保険者の故意又は重大な過失,②無免許運転,酒気帯び運転及び薬物の影響下の運転,③正当な権利を有する者の承諾を得ないで契約自動車に搭乗中に生じた傷害,④被保険者の闘争行為,自殺行為又は犯罪行為,⑤被保険者の脳疾患,疾病又は心神喪失によって生じた傷害である。もっとも,支払事由に当たるかどうかの主張立証の構造については,最高裁平成19年10月19日判決(集民226号155頁,平成19年(受)301号,裁判所ウェブサイト掲載)が,「自動車の運行に起因する事故等に該当する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被ること」を保険金支払事由と定め,被保険者の疾病によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない旨の規定を置いていない場合には,事故等が被保険者の疾病によって生じたときであっても保険者は支払義務を負い,請求者は事故等と傷害との間に相当因果関係があることを主張立証すれば足りると判示している。約款に免責規定がなければ免責を導けないという当然の理が示されている。
また,人身傷害保険の被保険者は契約自動車に搭乗中の者が中心であるが,契約自動車の保有者及び運転者については,自賠法3条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合に限り被保険者となる旨の定めが置かれている。前記第5の2のような自損事故型の事案で人身傷害保険が機能するのはこの規定による。補償範囲,請求順序及び保険代位については人身傷害保険に関する記事を,死亡保険金請求権の帰属については最高裁令和7年10月30日判決に関する記事を参照されたい。
2 搭乗者傷害保険及び自損事故傷害特約
搭乗者傷害保険については,支払事由の要件を満たさないために支払われない例が判例上蓄積している。最高裁平成7年5月30日判決(民集49巻5号1406頁,平成3年(オ)2041号,裁判所ウェブサイト掲載)は,「正規の乗車用構造装置のある場所」とは乗車用構造装置がその本来の機能を果たし得る状態に置かれている場所をいうとしたうえで,貨客兼用自動車の後部座席の背もたれ部分を前方に倒して折り畳み,その背面と車両後部の荷台部分とを一体として利用している場合の当該場所はこれに当たらないとした。最高裁平成元年3月9日判決(集民156号363頁,昭和63年(オ)1561号,裁判所ウェブサイト掲載)も,走行中に助手席の窓から上半身を車外に出していた者について,「正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者」に当たらないとしている。
「運行に起因する」という要件が否定された例として,最高裁平成28年3月4日判決(集民252号23頁,平成27年(受)1384号,裁判所ウェブサイト掲載)がある。同判決は,老人デイサービスセンターの利用者が送迎車から降車し着地する際に負傷したという事故について,運転を担当した職員が降車場所として危険な場所に停車しておらず,降車の際に介助を受けるという危険が現実化しないような一般的な措置がされていた等の事情の下では,当該送迎車の運行が本来的に有する危険が顕在化したものとはいえないとした。他方,最高裁平成19年5月29日判決(集民224号449頁,平成18年(受)2053号,裁判所ウェブサイト掲載)は,夜間の高速道路で自損事故を起こして走行不能となった自動車から降りて路肩付近に避難した運転者が直後に後続車に轢過されて死亡した事案について,避難せざるを得ない状況,避難行動の自然さ及び時間的場所的近接性を考慮して相当因果関係を認め,死亡保険金の支払事由に該当するとしている。搭乗者傷害保険の一般的な仕組みは搭乗者傷害保険に関する記事で扱っている。
自損事故傷害特約は,人身傷害条項の適用がない契約に自動付帯されるものであり,契約自動車の運行に起因する事故等により傷害を被り,かつ自賠法3条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合を対象とする。無断運転との関係では,最高裁昭和58年2月18日判決(集民138号141頁,昭和57年(オ)154号,裁判所ウェブサイト掲載)が,記名被保険者の承諾を得ないで被保険自動車を転借した者が運転中に生じた自損事故は,自損事故に関する免責条項にいう「被保険自動車の使用について,正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車を運転しているときに,その本人について生じた傷害」に当たるとしている。
なお,搭乗者傷害保険は商品としては縮小しつつある。損害保険ジャパン「THE クルマの保険」2026年1月版の特約一覧には搭乗者傷害特約が存在せず,人身傷害の入通院定額給付金及び人身傷害死亡・後遺障害定額給付金特約に置き換えられている。三井住友海上でも人身傷害保険が自動セットされ,搭乗者傷害(死亡・後遺障害)特約は任意付帯である。自分の契約に搭乗者傷害保険が付いているという前提で議論を進めないほうがよい。
3 無保険車傷害保険
無保険車傷害特約は,賠償義務者がいる場合に,相手方が無保険自動車であるときの後遺障害及び死亡を対象とする。その免責事由には,賠償義務者が①被保険者の父母,配偶者又は子,②被保険者の使用者(被保険者がその使用者の業務に従事している場合に限る),③被保険者の使用者の業務に無保険自動車を使用している他の使用人(同じ限定あり)であるときが含まれており,これらの者以外に賠償義務者がいる場合には支払われる。すなわち,親族間事故及び同僚災害では対人賠償だけでなく無保険車傷害も機能しないことがある。
被保険者の範囲については,最高裁平成18年3月28日判決(民集60巻3号875頁,平成17年(受)1751号,裁判所ウェブサイト掲載)が,自家用自動車総合保険契約の記名被保険者の子が胎児であった時に発生した交通事故により出生後に傷害を生じ後遺障害が残存した場合について,当該子又はその父母は,無保険車傷害条項が被保険者として定める「記名被保険者の同居の親族」に生じた損害に準ずるものとして保険金を請求することができるとした。ひき逃げや無保険事故における補償の全体像は政府保障事業と無保険車傷害特約に関する記事で扱っている。
4 車両保険及び弁護士費用特約
車両保険については,故意又は重大な過失による免責の主体が,保険契約者,被保険者又は保険金を受け取るべき者のほか,所有権留保条項付売買契約の買主,1年以上の貸借契約の借主,これらの者の法定代理人,これらの者の業務に従事中の使用人,及びこれらの者の父母,配偶者又は子にまで及んでいる点に注意を要する(ただし父母,配偶者又は子については,被保険者又は保険金を受け取るべき者に保険金を取得させる目的であった場合に限られる)。無免許運転,酒気帯び運転及び薬物の影響下の運転による免責も,これらの者が運転していた間の損害を対象とする。また車両保険には免責金額(自己負担額)が設定されており,三井住友海上は2026年1月から2回目以降の事故で免責金額が増額する増額方式を廃止し,事故の回数にかかわらず定額となる定額方式に一本化している。
弁護士費用特約については,前記の無免許運転,酒気帯び運転及び薬物の影響下の運転のほか,賠償義務者が誰かによる免責が置かれている。損害保険ジャパンの弁護士費用特約(自動車事故限定型)4条は,賠償義務者が被保険者の父母,配偶者若しくは子である場合,又は被保険者の使用者である場合(被保険者がその使用者の業務に従事中である場合に限る)等を免責としている。加えて,自賠法16条に基づく請求のみを行う場合や労災事故(通勤中を含む)を対象外とする約款もある。三井住友海上は2026年1月から弁護士費用(自動車・自転車事故型)特約を廃止し,弁護士費用(自動車事故型)特約と弁護士費用(自動車・日常生活事故型)特約の2本立てとしている。対象者及び補償範囲の詳細は弁護士費用特約に関する記事で扱っている。
5 共済における不払類型
共済にも同種の定めがある。大阪府民共済の死亡共済金のお支払いに関するページは,加入者の法令に定める運転資格を有しない運転,最高速度違反(25キロメートル毎時の速度超過)の運転,酒気帯び運転若しくはこれに相当する運転,赤信号無視若しくはこれと同程度の運転,又は遮断中若しくは警報中の踏切への立入りについては,事故による死亡共済金を支払うことができないとし,ただしこの場合には病気による死亡と同額の共済金の支払となるとしている。共済金が全く支払われないのではなく,事故による死亡としての上乗せ部分が支払われないという構造である。
第8 支払を拒まれた場合の検討
1 免責事由の主張立証責任は保険会社にある
保険会社が免責を主張する場合,免責事由の存在を主張立証する責任は保険会社が負う。重大な過失は規範的要件であり,評価根拠事実及び評価障害事実の主張立証が問題となる。近時の裁判例には,「重大な過失」を基礎づけるに足りる被保険者等の行為は,故意に保険事故を招致した疑いのあるものである必要はないが,保険事故発生の認識又は認容があれば故意に保険事故を招致したともいえるようなものである必要があるとして,その立証責任を保険者に負わせるものがある。学説には,重過失が免責事由とされている理由は故意の立証が困難なケースが多いことにあるから,重過失は故意に準ずる狭い範囲に限定して解すべきであるとする立場もある。
また,保険法が定める免責の行為主体は保険契約者,被保険者及び保険金受取人であるから,これら以外の第三者が保険事故を招致したとしても,保険者は免責とならないのが原則である。第三者の招致が保険契約者等の行為と同一のものと評価されるためには,共謀,教唆又は幇助等により,遅くとも保険事故の時点までに当該第三者と意を通じていた事実が必要であるとされている。
2 確認する資料と順序
支払を拒まれた場合に最初に確認すべきは,①保険証券及び事故日に適用される約款の版,②保険会社が根拠とする条項の番号と文言,③免責の基礎とされている事実(呼気アルコール濃度の実測値,免許の効力,運転者の範囲,被害者と被保険者の身分関係等)である。これらを特定しないまま争っても議論がかみ合わない。約款は各社がウェブサイトで公開しており,本記事で引用した損害保険ジャパンの普通保険約款および特約,東京海上日動のご契約のしおり及び三井住友海上のパンフレット別冊はいずれも無償で閲覧できる。
そのうえで,前記の各免責について,①条項の名宛人が誰か,②個別適用の対象外とされていないか,③会社ごとの例外規定(同僚災害のマイカー使用例外,運転者範囲変更漏れサポート特約等)が働かないか,④解除の場合は保険法28条2項の阻却事由や同条4項の期間制限に当たらないかを順に検討することになる。
3 他の制度からの回収と紛争解決手続
任意保険が免責となっても,回収手段が尽きるわけではない。自賠責保険は免責事由が悪意に限られ,被害者請求では悪意でも支払われる。相手方が無保険であれば政府保障事業又は無保険車傷害特約,業務中又は通勤中の事故であれば労災保険,健康保険が使える場合には第三者行為による傷病届による給付(交通事故でも健康保険は使えることに関する記事参照)を順に検討する。物損については,相手方の対物賠償が免責でも自分の車両保険が使える場合があり,その処理は物損事故の示談に関する記事で扱っている。
弁護士費用特約に関する保険会社との争いについては,日本弁護士連合会が弁護士費用保険(権利保護保険)についてのページで説明するとおり,2018年1月1日から弁護士費用保険ADRが運用されている。同ADRは保険金の適否や妥当性に関する紛争のほか免責事由等の有無に関する紛争も対象とし,被保険者,保険契約者及び協定保険会社等のほか,受任弁護士も独立した当事者として申立て等ができる点に特色がある。手続としては和解あっせん及び裁定のほか,相手方が応諾しない場合等に見解書の交付を求める見解表明の手続も用意されている。
また,任意保険が免責となる場合には,保険会社による示談代行も行われないことに注意を要する。示談代行が利用できる場面と利用できない場面の区別は,任意保険の示談代行に関する記事で扱っている。
第9 出典
1 法令
①保険法(平成20年法律第56号)4条,17条,22条,26条,28条から31条まで,33条,36条,95条(e-Gov法令検索)
②自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)3条,11条,13条から16条まで,72条,73条(e-Gov法令検索)
③自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)2条(e-Gov法令検索)
④道路交通法(昭和35年法律第105号)65条1項,117条の4第2号(e-Gov法令検索)
⑤道路交通法施行令(昭和35年政令第270号)44条の3
⑥民法(明治29年法律第89号)548条の2,709条,713条,715条,722条2項
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷平成5年3月30日判決(昭和63年(オ)757号,民集47巻4号3262頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第二小法廷平成4年12月18日判決(平成3年(オ)770号,集民166号953頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第二小法廷平成7年11月10日判決(平成4年(オ)438号,民集49巻9号2918頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第二小法廷昭和57年11月26日判決(昭和55年(オ)1121号,民集36巻11号2318頁,裁判所ウェブサイト)
⑤最高裁判所第一小法廷昭和57年7月15日判決(昭和56年(オ)1112号,民集36巻6号1188頁,裁判所ウェブサイト)
⑥最高裁判所第三小法廷昭和32年7月9日判決(昭和27年(オ)884号,民集11巻7号1203頁,裁判所ウェブサイト)
⑦最高裁判所第二小法廷平成9年10月17日判決(平成8年(オ)2064号,民集51巻9号3905頁,裁判所ウェブサイト)
⑧最高裁判所第三小法廷平成7年5月30日判決(平成3年(オ)2041号,民集49巻5号1406頁,裁判所ウェブサイト)
⑨最高裁判所第一小法廷平成元年3月9日判決(昭和63年(オ)1561号,集民156号363頁,裁判所ウェブサイト)
⑩最高裁判所第二小法廷平成28年3月4日判決(平成27年(受)1384号,集民252号23頁,裁判所ウェブサイト)
⑪最高裁判所第三小法廷平成19年5月29日判決(平成18年(受)2053号,集民224号449頁,裁判所ウェブサイト)
⑫最高裁判所第二小法廷平成19年10月19日判決(平成19年(受)301号,集民226号155頁,裁判所ウェブサイト)
⑬最高裁判所第三小法廷平成18年3月28日判決(平成17年(受)1751号,民集60巻3号875頁,裁判所ウェブサイト)
⑭最高裁判所第二小法廷昭和58年2月18日判決(昭和57年(オ)154号,集民138号141頁,裁判所ウェブサイト)
⑮大阪地方裁判所平成21年5月18日判決(平成19年(ワ)第897号,判例タイムズ1321号188頁,判例時報2085号152頁。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書プラスで全文確認)
⑯東京地方裁判所平成23年3月16日判決(平成22年(ワ)第33893号,金融・商事判例1377号49頁。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書プラスで全文確認)
⑰名古屋地方裁判所令和4年5月24日判決(令和3年(ワ)第139号,令和3年(ワ)第1999号。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書プラスで全文確認)
⑱札幌地方裁判所令和3年1月27日判決(令和元年(ワ)第1123号。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書プラスで全文確認)
⑲山形地方裁判所平成27年12月22日判決(平成27年(ワ)第150号,判例時報2288号86頁。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書プラスで全文確認)
3 保険約款その他の資料
①損害保険ジャパン株式会社「普通保険約款および特約[ご契約のしおり]個人用自動車保険 2026年(令和8年)1月版」(PDF)
②東京海上日動火災保険株式会社「自動車 ご契約のしおり-ご契約の手引き--総合自動車保険の約款- 2026年1月1日以降始期用」(PDF)
③三井住友海上火災保険株式会社「<パンフレット別冊>主な補償・特約のご説明(GK クルマの保険)」(PDF),同「<パンフレット別冊>主な補償・特約のご説明(自動車保険・一般用)」(PDF)
④国土交通省「自動車損害賠償責任保険普通保険約款」(PDF)
⑤大阪府民共済「死亡共済金のお支払い」(ウェブサイト)
⑥日本弁護士連合会「弁護士費用保険(権利保護保険)について」(ウェブサイト)
⑦東京弁護士会「LIBRA」2025年5月号特集「弁護士費用保険(LAC制度)のいまとこれから」2頁~16頁(PDF)
⑧日本損害保険協会「使用者賠償責任保険とは?補償内容や必要性,加入時のポイントを解説」(ウェブサイト)
4 文献
①小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社,2025年,46頁~64頁,83頁~132頁
②小賀野晶一=浦木厚利=松嶋隆弘編著『一般条項の理論・実務・判例 第2巻 応用編』勁草書房,2023年,269頁~273頁,291頁~292頁
③中島弘雅=松嶋隆弘編著『ケース別 一般条項による主張立証の手法』ぎょうせい,2024年,102頁~112頁
④山本敬三ほか『契約の解釈』2025年,111頁~118頁
⑤自動車保険研究会編『自動車保険の解説2023』34頁
⑥『「交通事故」実務入門』2021年,74頁
⑦『保険法(下)』2022年,74頁
⑧血中アルコール濃度と運転能力の関係に関する実車走行試験の知見については,Human Psychopharmacology 2018年掲載の実車走行試験,Psychopharmacology 2017年掲載のプール解析及び同誌2022年掲載の無作為化二重盲検試験を参照した。
第10 関連記事
③車両保険