第1 この記事の対象と結論
膝関節脱臼では,膝の後方を走る膝窩動脈が損傷し,早期の血行再建を要することがある。
外傷時の転位が受診前に自然整復されていることもあるため,診察時の外形だけで血管損傷の危険を否定することはできない。
急性期の中心課題は,脈拍,皮膚色・温度,毛細血管再充満,運動・知覚所見及び足関節上腕血圧比(ABI)を確認し,緊急の血管外科的対応又は追加画像が必要かを判断することである。
米国放射線医学会の下肢血管外傷に関する画像選択基準は,下肢血管外傷の初期画像として造影CTによるCT angiography(CTA)を通常適切とし,血管超音波を場合により適切としている。
もっとも,動脈損傷の評価と深部静脈血栓症等の静脈障害の評価では,第一に選択される検査が異なる。
また,事故直後の血管損傷を示す画像と,症状固定時に残る後遺障害を示す資料も同じではない。
結論として,造影CTは医学的な疑い及び治療上の必要性がある場合に行う検査であり,後遺障害等級を取得する目的だけで一律に反復する検査ではない。
第2 膝関節脱臼で区別すべき血管障害
1 急性の膝窩動脈損傷
膝関節が大きく転位すると,固定性の高い膝窩動脈に伸展,圧迫又は剪断力が加わり,内膜損傷,血栓性閉塞,断裂又は仮性動脈瘤等を生じることがある。
足背動脈又は後脛骨動脈の脈拍が触知できても,側副血行により末梢の血流が一時的に保たれる場合があるため,脈拍だけで重大な動脈損傷を除外することはできない。
膝関節脱臼後の脈拍診察を検討したメタアナリシスでは,異常な足部脈拍だけを指標とした場合の感度が十分でないことが示されている。
したがって,脈拍所見,ABI,受傷機転,神経症状及び経時的変化を組み合わせて評価する必要がある。
2 遅発性の狭窄・閉塞及び仮性動脈瘤
受傷直後に明らかな虚血がなくても,内膜損傷に伴う血栓の進行,狭窄又は仮性動脈瘤が後から明らかになる場合がある。
遅れて出現する冷感,間欠性跛行,足部脈拍の左右差,腫瘤,拍動感,雑音又は急な疼痛増悪がある場合は,受傷時検査が正常であったことだけで血管障害を否定せず,再評価を検討する。
もっとも,遅発性病変が報告されていることは,全例に定期的な造影CTを反復する根拠とはならない。
症状,診察所見,ABI又は血管エコーの変化があるか,手術計画上の血管走行確認が必要かを先に確認する。
3 深部静脈血栓症等の静脈障害
外傷,手術,固定及び活動量低下の後には,深部静脈血栓症が別の問題となることがある。
片側下肢の腫脹,疼痛,熱感又は周径差は動脈虚血の典型像とは異なり,静脈血栓症,感染,術後変化又は複合性局所疼痛症候群等も含めて原因を分ける必要がある。
動脈のCTAと静脈のCT venographyは,同じ造影CT装置を用いる場合があっても,造影のタイミング及び評価対象が異なる。
動脈障害を疑って実施したCTAが,静脈血栓症の標準的な初期検査を当然に代替するものではない。
第3 急性期に最初に行う評価
1 整復前後の神経血管診察
膝関節脱臼が疑われる場合は,可能な範囲で整復前後の足背動脈・後脛骨動脈の脈拍,ドプラ信号,皮膚色・温度,毛細血管再充満,運動及び知覚を記録する。
脈拍消失,進行する虚血,活動性出血,拡大する血腫その他の強い血管損傷所見がある場合は,画像検査の完了を待つことが適切かを含め,救急医及び血管外科医が緊急に判断する事項となる。
膝関節が自然整復されている場合もあるため,事故現場又は救急搬送時の変形,整復操作及び整復前の神経血管所見を診療録で確認する。
後から後遺障害を検討する場合にも,この急性期記録が受傷機転と残存症状をつなぐ重要な資料となる。
2 足関節上腕血圧比(ABI)
ABIは,足関節部と上腕の収縮期血圧を比較する非侵襲的な指標である。
膝関節脱臼患者38人を対象とした前向き研究では,ABIが0.90未満の患者に血管撮影を行い,0.90以上の患者には入院中の反復診察と遅延した動脈エコーを行った結果,この手順で治療を要する動脈損傷を識別できたと報告されている。
この研究は選択的な検査手順を支持する重要な資料であるが,症例数が限られ,ABIだけを全状況へ機械的に当てはめるものではない。
脈拍の左右差,判定困難な測定,高エネルギー外傷,骨折,総腓骨神経症状その他の高危険所見がある場合は,ABIが一見保たれていても追加評価を検討する。
3 反復診察
一回の正常所見だけで観察を終了せず,脈拍,皮膚所見,疼痛,腫脹,運動・知覚及びABIの経時的変化を確認することがある。
膝関節脱臼後の診察所見を検討した臨床研究は,足部脈拍が触知されABIが0.9以上の場合にも,48時間の血管観察を行う手順を提案している。
観察時間及び検査の組合せは,受傷機転,併存損傷,診療体制及び患者の状態によって異なる。
記事上の数値だけで退院時期又は検査省略を決めるのではなく,担当医療機関の診療判断に従う必要がある。
第4 動脈障害を評価する画像検査
1 動脈の血管エコー
血管エコーは,放射線被ばく及びヨード造影剤を用いず,血管の開存,血流速度,狭窄,血栓又は仮性動脈瘤等を評価できる。
ベッドサイド又は外来で反復しやすく,ABI又は診察所見に疑問がある場合及び慢性期の経過観察に有用となり得る。
一方,検者の技量,腫脹,創外固定器,深い血管走行及び検査可能な時間帯の影響を受ける。
外傷急性期に血管全体を迅速に評価する必要がある場合は,血管エコーだけでなくCTA又は血管外科への相談を選ぶことがある。
2 CT angiography(CTA)
CTAは,ヨード造影剤を静脈投与し,動脈相で下肢血管を撮影する検査である。
閉塞,狭窄,造影剤の血管外漏出,内膜損傷,仮性動脈瘤及び血管走行を広い範囲で評価できる。
外傷性四肢動脈損傷に対するCTAの診断性能を検討した系統的レビューは,CTAが四肢動脈損傷の評価に高い診断精度を示す一方,一部に判定不能例及び研究方法上の限界があることを報告している。
画像が不十分である場合又は臨床所見とCTA所見が食い違う場合は,陰性という結論だけで評価を終えず,血管外科医及び放射線科医が追加検査の要否を判断する。
3 カテーテル血管撮影
カテーテル血管撮影は,動脈内へカテーテルを進めて造影する検査であり,詳細な血管像を得るとともに治療へ移行できる場合がある。
他方,動脈穿刺,検査時間,造影剤及び合併症の負担があるため,現在は全ての膝関節脱臼患者に一律実施するのではなく,所見及び施設の治療方針に応じて選択される。
4 正常なCTAの意味
急性期の適切なCTAで動脈損傷が認められなかったことは,その時点の重大な動脈損傷を否定する有力な資料となる。
しかし,撮影範囲,造影タイミング,金属アーチファクト及び判定不能区間を確認しなければならず,後日新しい症状又は客観的所見が出現した場合まで将来にわたり否定するものではない。
反対に,新しい症状も診察・ABI・エコーの異常もない場合は,後遺障害申請のためだけに同じCTAを反復しても,症状固定時の機能障害に関する新しい情報が増えないことがある。
追加検査は,結果によって治療又は医学的評価が変わる具体的な問いがあるかを基準に検討する。
第5 静脈障害とCT venography
1 深部静脈血栓症を疑う場合の初期画像
米国放射線医学会の下肢深部静脈血栓症に関する画像選択基準は,疑われる下肢深部静脈血栓症の初期画像として下肢静脈のduplex Doppler ultrasoundを通常適切としている。
静脈エコーでは,静脈の圧迫性,血流及び血栓を評価する。
膝関節脱臼後に下肢が腫れているというだけで,動脈CTA又はCT venographyを直ちに選ぶものではない。
症状の分布,発症時期,手術・固定歴,感染所見,抗凝固療法の可否及び静脈エコーの結果を踏まえる必要がある。
2 CT venographyの役割
CT venographyは,造影剤が静脈を描出する時相で撮影し,骨盤内又は下肢深部の静脈を評価する検査である。
前記画像選択基準では,初期画像として場合により適切とされており,静脈エコーで評価しにくい中枢側病変が疑われる場合,結果が不明確な場合又は同時に他の骨盤・腹部病変を評価する場合等に検討される。
CT venographyは被ばく及びヨード造影剤を伴うため,静脈エコーで必要な情報が得られる場合に機械的に追加する検査ではない。
また,動脈CTAとCT venographyを同じ名称の「造影CT」としてまとめず,何を疑い,どの時相を撮影したかを確認する必要がある。
第6 慢性期・手術前に再検査を検討する条件
1 慢性虚血を疑う所見
歩行時に一定距離で生じる下腿痛,安静時痛,冷感,皮膚色の変化,創傷治癒遅延,脈拍の左右差又はABI低下が新たに確認された場合は,慢性の狭窄又は閉塞を検討する。
最初に診察及びABIを確認し,必要に応じて動脈エコー又はCTAで病変部位及び程度を評価する。
2 仮性動脈瘤を疑う所見
膝窩部の増大する腫瘤,拍動,血管雑音,局所痛又は圧迫による神経症状がある場合は,仮性動脈瘤を疑う理由となる。
血管エコーは血流を伴う腫瘤の確認に有用であり,CTAは周囲構造との位置関係及び治療計画の評価に用いられることがある。
3 靱帯再建術等の手術計画
膝窩動脈の損傷歴,血行再建術歴,異常走行又は術野近傍の仮性動脈瘤がある場合は,靱帯再建術等の前に血管走行を確認する必要が生じることがある。
過去のDICOM画像及び手術記録で足りるか,新しい血管エコー又はCTAが必要かは,執刀医,血管外科医及び放射線科医が具体的な手術計画に基づいて判断する。
第7 造影CTの負担と安全確認
1 腎機能及びヨード造影剤への反応歴
米国放射線医学会の造影剤マニュアルは,造影剤投与前の患者選択,アレルギー様反応,生理的反応及び造影後急性腎障害等を分けて扱っている。
造影CTを検討する際は,現在の腎機能,急性腎障害の有無,過去のヨード造影剤反応,喘息その他の関連病歴及び使用薬を医療機関へ伝える。
日本腎臓学会の診療ガイドライン一覧には,日本医学放射線学会及び日本循環器学会と共同編集した腎障害患者におけるヨード造影剤使用のガイドラインが掲載されている。
腎機能低下があれば造影検査が一律禁止されるという意味ではなく,緊急性,代替検査,造影剤量及び予防措置を含めて利益と危険を個別に比較する。
2 被ばく及び反復検査
CTA及びCT venographyは放射線被ばくを伴う。
過去画像で回答済みの問いを確認するだけであれば,DICOM画像及び読影報告書を取り寄せて再評価する方が,新しい造影CTを反復するより適切な場合がある。
3 緊急時の利益と危険
急性虚血が疑われる場合は,診断及び血行再建の遅れが重大な結果につながり得る。
造影剤又は被ばくの危険だけを切り離して検査を遅らせるのではなく,緊急度及び代替手段を医療チームが判断する。
第8 後遺障害等級との関係
1 画像上の血管損傷と後遺障害は別の命題であること
自動車損害賠償保障法施行令別表第一・第二には,「造影CTで血管異常が認められた場合は何級」という検査値対応の項目はない。
画像上の血管損傷は事故時の傷害を示す重要資料であるが,後遺障害認定では,症状固定時にどの症状及び機能障害が残り,事故による血管損傷とどのようにつながるかが別途問題となる。
2 症状固定時に確認する残存障害
症状固定時には,冷感,疼痛,間欠性跛行,皮膚色の変化,潰瘍又は創傷治癒遅延,腫脹,筋力低下,知覚障害,運動障害及び関節可動域制限の有無を確認する。
その上で,脈拍,ABI,血管エコー,必要な場合のCTA,神経学的所見,可動域測定及び手術記録を対応させる。
血管損傷後に神経障害又は関節機能障害が併存していても,画像異常を重ねて評価するのではなく,原因,障害部位及び機能上の影響を分けて検討する。
どの障害系列へ当てはめるかは,診断名だけでなく症状固定時の残存障害の内容に応じて判断される。
3 事故との因果関係を示す時系列
事故直後の脈拍・ABI・CTA,血行再建術,術後の開存確認,リハビリテーション中の症状及び症状固定時の客観所見を一つの時系列にする。
受傷時に動脈損傷が確認されても,症状固定時の血流及び機能が回復していれば,受傷時画像だけから残存障害を推定することはできない。
反対に,症状固定時に異常が残る場合は,事故前の末梢動脈疾患,糖尿病,喫煙歴,静脈疾患又は別の外傷の影響と区別できる資料が必要となる。
事故前資料がない場合も,事故直後からの連続した診察・検査記録が因果関係を検討する中心となる。
4 等級のためだけに造影CTを行わないこと
既存の造影画像及び手術記録で受傷時病態が確認でき,症状固定時の診察,ABI又はエコーに異常がなく,残る機能障害も別の検査で評価できる場合は,等級申請のためだけに造影CTを追加する意義は乏しい。
追加する場合は,「狭窄又は仮性動脈瘤の有無を確認する」「手術計画のため血管走行を確認する」など,結果によって医学的対応が変わる具体的な目的を明らかにする。
第9 後遺障害申請で確保する資料
1 急性期資料
急性期については,①救急搬送記録,②整復前後の神経血管所見,③ABI又はドプラ所見,④CTA等のDICOM画像及び読影報告書,⑤血管外科診察記録,⑥血行再建術を行った場合の手術記録を確保する。
膝関節が自然整復されていた場合は,事故現場又は救急搬送中の変形及び症状を示す記録も確認する。
2 治療期資料
治療期については,①抗血栓療法及び投薬の経過,②開存確認のエコー又は画像,③創傷治癒,皮膚所見及び腫脹の推移,④荷重制限・固定期間,⑤神経症状及び筋力の推移,⑥リハビリテーション記録を確認する。
動脈障害,静脈血栓症,総腓骨神経損傷及び廃用性筋力低下が併存する場合は,症状の原因を一つにまとめない。
3 症状固定時資料
症状固定時には,①残る自覚症状と発生場面,②脈拍及び皮膚所見,③ABI・血管エコーその他の直近検査,④可動域・筋力・知覚及び腱反射,⑤装具・杖等の使用状況,⑥歩行距離及び就労上の具体的支障を記録する。
検査名だけでなく,実施日,左右,測定値,撮影範囲及び結論が分かる資料を用意する。
第10 検査を選ぶ実務上の順序
膝関節脱臼後の血流障害が問題となる場合は,次の順序で検討すると目的を整理しやすい。
①急性虚血又は進行する血管損傷の所見があるかを確認する。
②動脈障害と静脈障害のどちらを疑うのかを分ける。
③既存の診察,ABI,DICOM画像,読影報告書及び手術記録で回答できる問いを確認する。
④動脈障害ではABI・動脈エコー・CTA,静脈血栓症では静脈エコーを中心に選ぶ。
⑤CTA又はCT venographyを追加するときは,検査結果により治療又は手術計画が変わる具体的な目的を明らかにする。
⑥後遺障害申請では,受傷時病態と症状固定時の残存障害を時系列で結び付ける。
検査の数を増やすことより,何を疑い,どの検査で何が分かり,その結果が治療及び症状固定時の評価へどのようにつながるかを明示することが重要である。
第11 関連する記事
膝関節脱臼,筋力低下及び後遺障害診断書については,次の記事で詳しく扱っている。
①交通事故による膝関節脱臼の後遺障害等級認定と立証資料
第12 出典・参考資料
1 法令・行政資料
①自動車損害賠償保障法施行令2条及び別表第一・第二
2 画像診断・造影剤の指針
③American College of Radiology, Manual on Contrast Media
3 医学文献
①Mills WJ, et al. “The value of the ankle-brachial index for diagnosing arterial injury after knee dislocation: a prospective study.” Journal of Trauma, 2004;56(6):1261-1265. PubMed
②Barnes CJ, et al. “Does the pulse examination in patients with traumatic knee dislocation predict a surgical arterial injury? A meta-analysis.” Journal of Trauma, 2002;53(6):1109-1114. PubMed
③Medina O, et al. “Vascular and nerve injury after knee dislocation: a systematic review.” Clinical Orthopaedics and Related Research, 2014;472(9):2621-2629. PubMed
④Weinberg DS, et al. “Can Vascular Injury be Appropriately Assessed With Physical Examination After Knee Dislocation?” Clinical Orthopaedics and Related Research, 2016;474(6):1453-1458. PMC
⑤Jens S, et al. “Diagnostic performance of computed tomography angiography in peripheral arterial injury due to trauma: a systematic review and meta-analysis.” European Journal of Vascular and Endovascular Surgery, 2013;46(3):329-337. PubMed