第1 関節面の陥没が残ったときに最初に確認すること
1 陥没それ自体は等級表上の障害類型ではない
脛骨高原骨折(脛骨プラトー骨折)は,膝関節を構成する脛骨近位端の関節面に及ぶ骨折であり,手術によって骨癒合が得られた後も,画像上,関節面の陥没又は不整が残ることがある。
被害者からは,陥没が残っているのだから後遺障害第12級13号は認められるのではないか,という質問を受けることが多い。
しかし,自動車損害賠償保障法施行令別表第二にも労働者災害補償保険法施行規則別表第一にも,「関節面の陥没」という障害類型は置かれていない。
本記事で確認した範囲の障害等級認定基準にも,陥没量が何ミリメートル以上であれば特定の等級になるという定めは見当たらない。
したがって,陥没は等級そのものではなく,症状固定時に残った障害を医学的に説明するための材料である。
検討の順序は,陥没が何ミリメートルかではなく,陥没の結果として症状固定時に何が残ったか,となる。
本記事は,公開されている法令,通達及び行政判断に基づき,関節面の陥没が残った事案において疼痛が第12級13号として評価される場面と,機能障害に包摂されて別に併合されない場面を整理するものである。
記述は令和8年9月2日現在の法令及び通達によっており,人工知能を用いて作成した。
可動域制限,動揺関節,人工膝関節,下肢短縮その他の評価経路を横断的に見る場合は,交通事故による脛骨プラトー骨折の後遺障害等級認定を参照されたい。
なお,本記事は公開資料に基づく一般的な情報であり,個別事案についての法律上又は医学上の助言ではない。
検索では「腓骨高原骨折」という表記も見られるが,高原(プラトー)と呼ばれる関節面があるのは脛骨の近位端である。
腓骨は脛骨の外側にある別の骨であり,脛骨高原骨折に腓骨頭骨折が合併することはあるものの,部位としては別である。
まず診断書の傷病名を確認し,どの骨のどの部位の骨折かを固定してから等級の検討に入るべきである。
2 陥没が向かう三つの受け皿と検討の順序
陥没が残った場合に検討すべき受け皿は,①膝関節の機能障害(可動域制限又は動揺関節),②局部の神経症状(第12級13号又は第14級9号),③変形障害又は偽関節の三つである。
もっとも,この三つは並列ではない。
同一の膝について機能障害が等級に達する場合,その膝の疼痛は,通常,機能障害の等級に含めて評価され,別に併合されない。
したがって,まず①を確認し,①が等級に達しない場合に②を検討し,③は骨癒合の状態に照らして別途確認する,という順序になる。
この順序を誤ると,可動域制限や動揺関節を検討しないまま疼痛だけを主張して下位の等級に落ち着いたり,反対に,同一の膝について機能障害と疼痛を併合しようとして認められなかったりする。
以下では,まず第12級13号と第14級9号を分ける基準を確認し,次に変形障害との切分けと包摂の根拠を示し,最後に公開されている行政判断を検討する。
第2 第12級13号と第14級9号を分ける基準
1 等級表の文言と自賠責・労災の号数の違い
自動車損害賠償保障法施行令別表第二(第二条関係)は,第12級13号として「局部に頑固な神経症状を残すもの」を,第14級9号として「局部に神経症状を残すもの」を掲げている。
これに対し,労働者災害補償保険法施行規則別表第一では,「局部にがん固な神経症状を残すもの」は第12級の12であり,「局部に神経症状を残すもの」は第14級の9である。
同表の第12級の13は「削除」とされているから,労災には第12級13号という号は存在しない。
下肢の関節の機能障害についても,「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」は,自賠責では第10級11号,労災では第10級の10である。
労災の事案について第12級13号と記載した解説を見かけることがあるが,条文上は正確でない。
後述する公開決定例はいずれも労災の事案であるから,そこに現れる号数は労災の号数として読む必要がある。
2 認定基準は労働への支障の程度で分けている
自賠責保険の支払基準(平成13年金融庁国土交通省告示第1号,最終改正・令和元年金融庁国土交通省告示第3号)第3は,後遺障害の等級認定について「原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う」と定めている。
そこで,第12級13号の内容を知るには労災の認定基準を読むことになる。
局部の神経症状に関する現行の基準は,神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について(平成15年8月8日基発第0808002号)の別添1である。
その第2の4の(4)「疼痛等感覚障害」のア(ア)は,受傷部位の疼痛について,「通常の労務に服することはできるが,時には強度の疼痛のため,ある程度差し支えがあるもの」を第12級の12とし,「通常の労務に服することはできるが,受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」を第14級の9とする。
同基準の第2の柱書は,第12級を「通常の労務に服することはでき,職種制限も認められないが,時には労務に支障が生じる場合があるもの」とし,第14級を第12級よりも軽度のものとしている。
ここで確認しておくべきことがある。
受傷部位の疼痛に関するこの部分には,画像所見の有無を要件とする文言は置かれていない。
基準が示す分け方は,疼痛の強さと労働への支障の程度である。
3 「画像で証明できれば第12級」という説明の位置付け
実務では,他覚的所見によって症状の原因が医学的に証明できれば第12級13号,証明までできなくても医学的に説明可能であれば第14級9号,という説明が広く用いられている。
この説明は認定の実際をよく表しているが,前記の認定基準の条文そのものではない。
本記事では,これを認定基準の文言を具体的な事案へ当てはめる際の実務上の目安と整理する。
もっとも,同じ認定基準の内部には,他覚的所見を明示的に取り込んだ規定がある。
頭痛については「疼痛による労働又は日常生活上の支障の程度を疼痛の部位,性状,強度,頻度,持続時間及び日内変動並びに疼痛の原因となる他覚的所見により把握し,障害等級を認定すること」と定められ,カウザルギーについても同様の判断要素が挙げられている。
また,めまい及び平衡機能障害については,眼振その他平衡機能検査に異常所見が認められるものを第12級の12とし,異常所見は認められないがめまいのあることが医学的にみて合理的に推測できるものを第14級の9としている。
これらの規定ぶりからすると,他覚的所見の有無は,第12級と第14級を実質的に分ける要素として基準の内部に組み込まれていると考えられる。
したがって,脛骨高原骨折後の膝痛について第12級13号を求める場合,陥没があるという主張だけでは足りない。
4 陥没が疼痛の説明として働くための対応関係
関節面の陥没・不整が疼痛の器質的な原因として評価されるためには,次の事情が資料の上でつながっていることが望ましい。
① 受傷直後の画像に関節面の陥没又は破砕が記録されていること
② 術後整復時及び骨癒合時の画像に,残存した段差又は不整が記録されていること
③ 症状固定時の画像で,その段差又は不整が残っていることを確認できること
④ 診療録上,疼痛の部位が当該関節面の部位と対応していること
⑤ 荷重時痛,圧痛,関節水腫等の所見が継続して記録されていること
⑥ 事故前に同じ部位の症状がなかったこと
とりわけ③は落としやすい。
受傷直後のCTだけを提出し,症状固定時には単純エックス線しか撮影していないという事案は少なくない。
症状固定時点で何が残っているかを示す資料がなければ,疼痛の原因が現在も存在することを説明しにくくなる。
第3 関節面の陥没は「長管骨に変形を残すもの」ではない
1 下肢の変形障害は五つの類型に限られている
関節面が陥没しているのだから,第12級8号の「長管骨に変形を残すもの」に当たるのではないか,という指摘を受けることがある。
しかし,せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について(平成16年6月4日基発第0604003号)は,下肢の「長管骨に変形を残すもの」を次の五つに限定している。
① 大腿骨に変形を残すもの又は脛骨に変形を残すものであって,外部から想見できる程度(15度以上屈曲して不正ゆ合したもの)以上のもの(腓骨のみの変形であっても,その程度が著しい場合を含む。)
② 大腿骨若しくは脛骨の骨端部にゆ合不全を残すもの又は腓骨の骨幹部等にゆ合不全を残すもの
③ 大腿骨又は脛骨の骨端部のほとんどを欠損したもの
④ 大腿骨又は脛骨(骨端部を除く)の直径が2/3以下に減少したもの
⑤ 大腿骨が外旋45度以上又は内旋30度以上回旋変形ゆ合しているもの
同基準は,これに続けて「長管骨の骨折部が良方向に短縮なくゆ着している場合は,たとえ,その部位に肥厚が生じていても長管骨の変形としては取り扱わないこと」と付記している。
この列挙の中に,関節面の陥没又は不整癒合は挙げられていない。
本記事では,関節面が陥没した状態のまま骨癒合が得られている限り,原則として変形障害の問題にはならず,機能障害又は神経症状として評価されることになると整理する。
2 骨端部のゆ合不全又は欠損に至った場合
もっとも,脛骨高原は脛骨の近位骨端部であるから,そこにゆ合不全が残った場合は前記②に,骨端部のほとんどを欠損した場合は前記③に当たり,変形障害として第12級8号の問題となり得る。
また,脛骨の骨幹部等にゆ合不全が残れば,同基準にいう「偽関節を残すもの」(第8級の9)となり,常に硬性補装具を必要とするものは「偽関節を残し,著しい運動障害を残すもの」(第7級の10)となる。
この区別は,交通事故による偽関節(骨癒合不全)の後遺障害等級で扱っている。
したがって,画像で確認すべきことは,陥没量そのものよりも,まず骨癒合が得られているか,骨端部にゆ合不全又は欠損がないか,脛骨の軸に15度以上の屈曲変形がないか,という点である。
第4 同一の膝では疼痛が機能障害へ包摂される
1 通常派生する関係にある場合の取扱い
障害等級認定基準について(昭和50年9月30日基発第565号)は,併合の例外として,「1の身体障害に他の身体障害が通常派生する関係にある場合には,いずれか上位の等級をもって,当該身体障害の等級とする」と定めている。
同基準は,その具体例として,「1上肢に偽関節を残す(第8級の8)とともに,当該箇所にがん固な神経症状を残した(第12級の12)場合は,上位等級である第8級の8をもって当該障害の等級とする」を挙げている。
平成16年基発第0604003号も,下肢について同趣旨の例を示し,「大腿骨又は下腿骨の骨折部にゆ合不全又は長管骨の変形を残すとともに,その部位に疼痛を残す場合には,いずれか上位の等級によること」としている。
したがって,脛骨高原骨折で膝の可動域制限又は動揺関節が等級に達している場合,同じ膝の疼痛は,原則として別に併合されず,機能障害の等級に含めて評価される。
可動域制限で第12級7号,痛みで第12級13号,これらを併合して第11級という構成は,通常は成り立たない。
2 部位が異なれば併合される
これに対し,部位が異なる障害は併合される。
平成16年基発第0604003号は,併合の例として「踵骨骨折治ゆ後に疼痛を残し(第12級の12),同一下肢の足関節の機能に障害を残す(第12級の7)場合は,併合第11級とする」を挙げ,注として「足関節と踵骨とは別の部位である」と説明している。
脛骨高原は膝関節を構成する部位であるから,膝の機能障害と膝の疼痛は同一部位の問題として扱われる。
他方,同一下肢であっても,足関節,足指その他の部位に別個の障害が残れば,それとは併合され得る。
実際,後述する平成24年度の公開決定例のうち一件は,膝の疼痛(第12級の12)と足指の機能障害(第11級の8)を併合して第10級としている。
この点を踏まえると,膝だけを測定して調査を終えるべきではない。
同一下肢の足関節,足指,下肢短縮及び総腓骨神経の障害まで確認して初めて,全体の等級構成が決まる。
総腓骨神経の障害の等級と立証方法は,交通事故による総腓骨神経麻痺の後遺障害等級で扱っている。
第5 公開された行政判断及び裁判例
1 関節面の不整合による動揺関節で準用第10級とされた例
厚生労働省の平成22年度労災保険審査官決定例は,脚立から落下して「左脛骨高原骨折」と診断された事案である。
監督署長は,エックス線画像上,脛骨近位端の骨癒合を認め,ゆ合不全及び欠損は認められず,左膝関節の可動域は障害等級に該当する程度に至らないとした上で,関節内骨折による疼痛の残存を認め,第14級の9と認定した。
審査官は,地方労災医員が左膝関節面全体に及ぶ粉砕骨折であり整復は困難であると所見していることなどから左膝関節面の不整合を認め,そこから生じる動揺関節について,硬性装具は時々必要とする程度であると判断した。
そして,「左膝関節における運動可動域において,障害等級には該当しない軽度の運動制限と疼痛に伴う神経症状が認められるが,それらは同関節面の不整合により派生しているものと判断でき,本件については左膝関節における機能障害をもって判断すべきである」として,準用第10級とし,原処分を取り消した。
2 内側高原の陥没による内反から準用第10級とされた例
平成24年度労災保険審査官決定例は,「右脛骨近位端粉砕骨折」「右脛骨高原骨折術後」の事案である。
監督署長は,医師測定で右膝伸展5度・屈曲135度,健側伸展5度・屈曲140度,監督署職員測定で右膝伸展0度・屈曲130度,健側伸展0度・屈曲140度であり,いずれも健側の可動域の4分の3以下の制限は認められないとして機能障害を否定し,疼痛について第12級の12と認定した。
審査官は,整形外科医師が立位正面エックス線において「右脛骨内側高原の関節面の陥没によって生じると考えられる」5度の内反を認めていること,地方労災医員が,顆間隆起部の部分的な骨欠損,後十字靱帯付着部の粉砕骨折による後十字靱帯の弛緩と後方動揺,脛骨内顆関節面の骨欠損による落ち込みからの側方動揺を挙げて動揺関節と判断し,その程度を「時々硬性補装具を必要とするもの」としたことを踏まえ,準用第10級を相当とした。
その上で,疼痛については第12級の12と判断されるとしつつ,「この神経症状は,右膝関節の機能障害に通常派生するものとみられることから,請求人の神経症状については,右膝関節の機能障害(準用第10級)に包摂されることになる」と述べ,最終的に準用第10級とした。
この決定例は,関節面の陥没が,疼痛ではなくアライメント変化を介した動揺関節の根拠として用いられ,しかも疼痛が独立の等級とならなかった例である。
動揺性の立証方法については,動揺関節の立証手段としてのストレスレントゲン撮影を参照されたい。
3 可動域が基準に達せず疼痛が第12級とされた例
平成24年度労災保険審査官決定例は,「左脛骨高原骨折,左第1指基節骨粉砕骨折等」の事案である。
審査官は,左膝関節について,障害診断書の測定値によれば健側の4分の3以下には制限されていないとして,障害等級に該当する程度以上の機能障害は認められないとした。
他方,左下肢の神経症状については,「左膝関節部は,骨ゆ合を認めるが,関節面の変形を認め,関節軟骨損傷等も伴っていたため,関節部痛が残存し,歩行障害等も認められる」として,第12級の12に該当するとした監督署長の判断を妥当とした。
そして,左足指について第11級の8を認め,これと併合して第10級とした。
本件は,可動域制限も動揺関節も等級に達しない一方で,関節面の変形と関節軟骨損傷が疼痛と対応していると認められた事案であり,陥没が残った事案で疼痛が単独の等級として評価される典型的な場面である。
4 可動域制限が認められ神経症状が包摂された裁決
労働保険審査会平成30年労第307号裁決は,「内側側副靭帯靭帯損傷,脛骨腓骨近位端骨折,前十字靭帯断裂」等と診断され,その後「右膝前十字靭帯損傷,外傷性膝関節症」と診断された事案である。
審査会は,医師二名の測定結果から,患側の膝関節の可動域が健側の3/4以下に制限されているとして,第12級の7に該当すると判断した。
右膝の神経症状については,両医師が強度の神経症状を認めていないとして,第14級の9にとどまるものと判断した。
その上で,「認定基準においては,1の身体障害に他の身体障害が通常派生する関係にある場合には,いずれかの上位の等級をもって当該障害の等級とするとされていることから,請求人の当該神経系統の障害は,上記(3)の右膝関節の機能障害の障害等級により評価することが妥当である」と述べ,再審査請求を棄却した。
5 四つの行政判断から読み取れること
以上の四件は,次の点を示している。
① 関節面の陥没・不整は,それ自体が等級になるのではなく,動揺関節,可動域制限又は疼痛のいずれかを説明する所見として用いられていること
② 可動域制限又は動揺関節が等級に達した事案では,疼痛は独立の等級とならず,機能障害に包摂されていること
③ 可動域制限も動揺関節も等級に達しない事案で,関節面の変形と軟骨損傷が疼痛と対応していると認められたときに,疼痛が第12級として評価されていること
④ 疼痛の等級は,他の部位の障害とは併合され得ること
したがって,陥没が残った事案で第12級13号を目指すという方針は,可動域制限も動揺関節も等級に達しない場合に初めて意味を持つ。
可動域制限や動揺関節が問題となり得る事案で,そこを検討せずに疼痛だけを主張すると,結果として下位の等級にとどまる危険がある。
もっとも,これらはいずれも労災保険の事案であり,個々の画像所見,医師の意見,職業及び年齢を前提とする判断である。
自賠責保険における結論を保証するものではなく,特定の等級の見込みを示すものでもない。
脛骨高原骨折後の可動域制限及び動揺関節について判決本文を確認できた裁判例は,交通事故による脛骨プラトー骨折の後遺障害等級認定でも扱っている。
6 自賠責の認定と異なる判断をした裁判例
大阪地方裁判所令和2年11月25日判決(平成29年(ワ)第5637号,平成30年(ワ)第10052号・交通事故民事裁判例集53巻6号1505頁)は,交通事故により右脛骨高原骨折及び右腓骨頭骨折を負った被害者が提起した損害賠償請求訴訟である。
自賠責では,被害者の異議申立てを経て,右膝関節の機能障害が第12級7号,精神症状が第14級9号とされ,併合第12級と判断されていた。
これに対し裁判所は,後遺障害診断時の右膝関節可動域が屈曲75度・伸展マイナス5度であったことを認定した上で,その制限の全てが本件事故に起因するものということはできず,本件事故によって生じた関節可動域制限は屈曲100度・伸展マイナス5度であるとして後遺障害の有無を検討すべきであるとした。
そして,後遺障害診断時の左膝関節可動域が屈曲115度・伸展0度であることから,検討対象とすべき右膝関節の可動域は左膝との比較において4分の3以上に制限されていないとして,第12級7号と評価できるだけの関節可動域制限が残存したと認めることは困難であるとした。
右膝の疼痛についても,被害者には本件事故前から自制内の膝の疼痛があったこと,及び後遺障害診断時の右膝症状が「長く歩行すると右膝痛あり」という程度にとどまることを挙げ,本件事故により発症ないし増悪した右膝痛が後遺障害として残存したと認めることはできないとした。
そして,本件事故により右脛骨高原骨折及び右腓骨頭骨折の傷害を負ったとは認められるものの,これに起因して右膝に後遺障害が残存したと認めることはできないと結論付けた。
この判決から読み取れることは二つある。
第一に,自賠責が認定した等級は,損害賠償請求訴訟における裁判所の判断を拘束しない。
第二に,健側との比較は症状固定時の数値をそのまま当てはめるのではなく,事故に起因する制限がどこまでかという評価を経る場合がある。
陥没が残っている事案であっても,受傷から症状固定までの可動域と疼痛の推移が診療録上どう記録されているかによって,訴訟での評価は変わり得る。
第6 症状固定までに準備する資料
負担の小さい資料から順に整えるのが合理的である。
最初に取得すべきは,①救急記録,診療録,手術記録及びリハビリテーション記録,②受傷直後,術後整復時,骨癒合時,抜釘前後及び症状固定時の全画像のDICOMデータ,③後遺障害診断書である。
これらは通常,診療した医療機関が保有しており,被害者本人が開示・交付手続によって取得できる。
その上で,症状固定時点の状態を示す資料が欠けていないかを確認する。
関節面の段差・不整の残存を示すには単純エックス線だけでは足りないことが多く,立位全下肢エックス線による内反・外反アライメントの評価,硬性装具の処方及び使用状況の記録,疼痛の部位・誘発動作・頻度・持続時間の経時的な記載が問題となる。
これらの不足が具体的に特定できた場合に限り,主治医への照会や追加撮影の医学的必要性の確認へ進むべきであり,検査を追加すれば等級が上がるという関係にはない。
もっとも,膝の痛みとは別に,下腿外側から足背にかけてのしびれ,足関節の背屈力の低下又は下垂足がある場合は,別の検討を要する。
脛骨高原骨折に総腓骨神経麻痺が合併する頻度は,骨折全体では高くないものの,内側顆を含む骨折型及び両顆骨折では相対的に高いことが報告されている。
前記第4の2のとおり,総腓骨神経の障害は膝関節の機能障害とは別に確認すべき対象であるから,これらの症状がある事案では,神経伝導検査及び針筋電図の要否を主治医に確認することになる。
これに対し,関節面の陥没それ自体を原因とする疼痛は,末梢神経の伝導障害でも筋の脱神経でもないから,これらの検査で所見が得られることは通常期待できない。
神経学的な訴えがないのに検査を追加しても,第12級13号を基礎付ける資料にはならない。
他方,検査に異常がないことも,対象とした神経及び筋に異常がないことを示すにとどまる。
膝の前面に置かれる皮切で損傷されることがある伏在神経の膝蓋下枝は,感覚のみを伝える枝であるから,筋を調べる針筋電図には現れず,同枝を対象とする神経伝導検査も一般に行われる検査項目ではない。
後遺障害診断書の記載項目と作成の依頼方法は交通事故の後遺障害診断書で,認定結果に不服がある場合の手続の選び方は交通事故の後遺障害が非該当になったときで扱っている。
神経伝導検査及び針筋電図の適応,実施時期並びに結果の読み方については,交通事故の後遺障害診断書で神経伝導検査・針筋電図が必要となるケースを参照されたい。
第7 想定される反論と対応
1 症状固定時の画像がないという指摘
初回申請で第14級9号又は非該当となる理由として多いものである。
受傷直後の画像だけでは,症状固定時に何が残っているかを示せない。
主治医に対して症状固定時点の状態を示す画像の有無を確認し,存在しない場合には撮影の医学的必要性を照会することになるが,撮影それ自体が等級を左右するわけではない。
2 陥没量の数値だけを主張する場合
手術適応や予後を論じる医学文献には陥没量の数値が現れるが,本記事で確認した障害等級認定基準に,後遺障害等級を決める陥没量の閾値は見当たらない。
現に,前記の平成16年基発第0604003号は,下肢の変形障害について,屈曲角度,骨端部のゆ合不全又は欠損,直径の減少及び回旋角度という別の指標を用いている。
陥没量は関節面の形態変化が生じたことを示す材料として位置付け,症状固定時の可動域,動揺性又は疼痛との対応関係を別に示す必要がある。
3 加齢性変化によるという反論
反対側の膝にも変形性変化がある事案では,加齢性変化及び事故前の変化との切分けが争点となる。
事故前の画像,事故前の受診歴,事故前の就労又はスポーツ上の支障,受傷直後からの症状経過及び患側だけに認められる外傷性変化を並べ,事故前の無症候性所見と事故後の症候化を区別して論じることになる。
この点は交通事故による外傷性変形性膝関節症の後遺障害等級認定で詳しく扱っている。
4 痛みは可動域制限に含まれるという主張
可動域制限が等級に達している場合には,前記第4のとおり正当な指摘である。
しかし,可動域が健側の4分の3以下に達しておらず,動揺関節も認められない場合には,包摂の前提を欠く。
どちらの局面であるかは,可動域の測定値と硬性装具の医学的必要性から確定すべきであり,測定方法と第12級7号の数値判定については膝関節の可動域制限による後遺障害12級7号を参照されたい。
なお,半月板の単独損傷に伴う膝痛の評価は,交通事故による半月板損傷の後遺障害等級で扱っている。
第8 出典・参考資料
1 法令
① 自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)別表第二,e-Gov法令検索(第12級7号,第12級8号,第12級13号,第14級9号及び備考六を確認)。
② 労働者災害補償保険法施行規則(昭和30年労働省令第22号)別表第一,e-Gov法令検索(第10級の10,第12級の7,第12級の8,第12級の12,第12級の13(削除)及び第14級の9を確認)。
2 告示・通達
① 自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁国土交通省告示第1号,最終改正・令和元年金融庁国土交通省告示第3号)第3。
② 労働省労働基準局長「障害等級認定基準について」(昭和50年9月30日基発第565号)のうち,併合及び準用に関する第1の記載。
③ 厚生労働省労働基準局長「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準について」(平成15年8月8日基発第0808002号)別添1第2のうち,疼痛等感覚障害の項。
④ 厚生労働省労働基準局長「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(平成16年6月4日基発第0604003号)のうち,下肢の機能障害,変形障害,動揺関節,併合及び準用の各項。
3 公開された行政判断
① 厚生労働省平成22年度労災保険審査官決定例(左脛骨高原骨折後の関節面不整合,動揺関節及び準用第10級)。
② 厚生労働省平成24年度労災保険審査官決定例(右脛骨高原骨折後の内側高原関節面の陥没,動揺関節,準用第10級及び神経症状の包摂)。
③ 厚生労働省平成24年度労災保険審査官決定例(左脛骨高原骨折後の関節面の変形及び関節軟骨損傷と第12級の12,足指障害との併合第10級)。
④ 労働保険審査会平成30年労第307号裁決(膝関節の機能障害である第12級の7と神経症状である第14級の9の通常派生)。
4 裁判例
① 大阪地方裁判所令和2年11月25日判決(平成29年(ワ)第5637号,平成30年(ワ)第10052号・交通事故民事裁判例集53巻6号1505頁)。
裁判所ウェブサイト未掲載。
弁護士ドットコムライブラリー収録の同誌により判決文を確認した。