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第1 この記事の対象と結論
本記事は,交通事故によるアキレス腱断裂の治療後に,足関節の拘縮,底屈筋力の低下,片脚での踵上げ困難又は歩行時の蹴り出し低下が残った場合の後遺障害等級を対象とする。公開された法令・行政資料,学会の測定法,裁定・裁判例及び医学文献をAIで照合し,足関節機能障害の認定と証拠化に必要な範囲を整理した一般的な情報である。
結論は,アキレス腱断裂という診断名だけでは等級が決まらず,症状固定時に残った障害を,①他動可動域も狭い真の拘縮,②他動可動域は保たれるが自動運動と筋力が低下する力伝達障害,③疼痛等の神経症状,④瘢痕その他の障害に分けて評価する必要があるということである。とりわけ,短縮又は癒着による拘縮と,腱が延びて治癒したために蹴り出しが弱くなる状態は,症状が似ていても可動域の現れ方が異なる。
足関節一般の等級基準,代償動作,逸失利益及び裁判例は,足関節の可動域制限と後遺障害12級7号で詳しく扱っている。本記事ではその説明を反復せず,アキレス腱断裂後に固有の病態と立証上の分岐に重点を置く。
第2 足関節機能障害の等級基準
1 第8級7号・第10級11号・第12級7号
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,一下肢の三大関節中の一関節について,用を廃したものを第8級7号,機能に著しい障害を残すものを第10級11号,機能に障害を残すものを第12級7号とする。厚生労働省の現行認定基準によれば,足関節の主要運動である背屈と底屈の他動可動域を合計し,原則として健側の合計値との割合で判定する。
| 症状固定時の足関節機能 | 自賠責の主な候補 | 判定の中心 |
|---|---|---|
| 強直又はこれに近い状態 | 第8級7号 | 原則として健側の10%程度以下又は可動域10度以下 |
| 著しい機能障害 | 第10級11号 | 背屈と底屈の合計が健側の2分の1以下 |
| 機能障害 | 第12級7号 | 背屈と底屈の合計が健側の4分の3以下 |
アキレス腱は関節の外にある軟部組織であるが,瘢痕性拘縮又は癒着等によって足関節の他動可動域が制限され,その原因が医学的に説明できる場合は,関節外の損傷であることだけを理由に機能障害の評価から外れるものではない。反対に,可動域の数値が基準内でも,その制限と整合する器質的原因がなく,測定値の変動が大きい場合は,数値だけで認定されるとは限らない。
2 健側比較と5度刻みの境界
比較の分母は,原則として参考可動域ではなく健側の実測値である。健側にも既往障害がある場合等に参考可動域を用い,令和4年改訂の関節可動域測定法では足関節の参考可動域を背屈20度,底屈45度としている。足関節には,肩関節又は手関節のように参考運動によって閾値を補う仕組みがない。
例えば,健側の背屈と底屈の合計が65度であれば,第12級7号の数学上の境界は48.75度,第10級11号の境界は32.5度である。角度は通常5度刻みで記録されるため,患側45度は4分の3以下であるが50度はこれを超え,患側30度は2分の1以下であるが35度はこれを超える。小数点以下を便宜的に丸めるのではなく,実測値と測定条件を示して比較する必要がある。
3 他動値が原則で自動値は例外であること
関節機能障害は,他動可動域による評価が原則である。認定基準は,他動では動くが末梢神経損傷による弛緩性麻痺のため自動では動かせない場合等,他動値で障害の実態を評価することが適切でない場合に,自動値を参考にする余地を設けている。しかし,アキレス腱断裂後に本人が「力が入らない」と訴えることだけで,自動値を用いることにはならない。
自動値による評価を求めるには,腱の非連続,再断裂,瘢痕癒合又は著しい力伝達不良等を客観化し,他動で動かせる角度が,実際の底屈運動能力を表さない理由を示す必要がある。腱が連続しているが長く治癒した場合,単なる廃用性筋力低下の場合及び疼痛で力を出せない場合は,同じ自動値低下でも医学的機序が異なるため,区別して説明しなければならない。
第3 アキレス腱断裂後の拘縮と似た状態
1 真の拘縮は他動可動域にも現れる
本記事でいう真の拘縮は,腱周囲の癒着,皮膚瘢痕による引きつれ,腱又は下腿三頭筋の短縮,関節包拘縮,長期固定又は感染後の瘢痕等により,検者が動かす他動可動域そのものが制限された状態である。どの組織がどの方向の運動を制限するかを特定し,硬い終末感,疼痛による防御又は測定肢位の影響を分ける必要がある。
低侵襲又は経皮的修復術後248例を追跡した研究では,症候性癒着が14例,5.6%に認められ,表在性の皮膚引きつれ又は深部の締め付け感が機能低下と関連した。もっとも,これは手術例のうち癒着を生じた少数例を扱う研究であり,交通事故例の割合,非手術例の頻度又は永続的な後遺障害等級を示すものではない。
2 延長治癒は拘縮と逆方向の所見を示し得る
断裂部が長くなって治癒した場合,底屈筋の力を効率よく踵骨へ伝えにくくなり,片脚踵上げの高さ,歩行時の底屈仕事量及び跳躍能力が低下し得る。他方で,腱の短縮による拘縮とは逆に,背屈が患側で増えることもあるため,「蹴り出せない」「長く歩けない」という訴えを,直ちに可動域制限としての拘縮と同一視することはできない。
非手術治療後2年から5年の52例を調べた研究では,膝伸展位の背屈が患側11.1度,健側9.2度であった一方,筋力と歩行機能には長期の左右差が残った。これは,臨床的に意味のある機能低下が存在しても,他動可動域による第12級7号又は第10級11号の閾値を満たすとは限らないことを示す。
3 自動運動だけの制限と疼痛を分ける
他動可動域が保たれ,自動底屈だけが低下する場合は,腱の非連続,瘢痕癒合,延長治癒,下腿三頭筋萎縮,脛骨神経障害又は疼痛抑制を候補として比較する。片脚踵上げ不能は重要な機能所見であるが,それだけでは原因を一つに決められず,腱の状態,筋収縮及び神経所見との対応が必要である。
疼痛が中心で他動可動域の基準に達しない場合は,足関節機能障害とは別に,局部の神経症状として第12級13号又は第14級9号が問題となり得る。ただし,痛みが機能障害から通常生ずるものか,独立した神経障害又は複合性局所疼痛症候群等によるものかを検討し,同じ症状を機械的に重ねて評価しないようにする。
第4 測定と画像検査で確認する事項
1 等級用測定と病態鑑別用測定を分ける
令和4年改訂の関節可動域測定法は,足関節を膝屈曲位で測定し,背屈と底屈を記録することを基本とする。他方で,多関節筋である腓腹筋又はアキレス腱の短縮を評価する目的では,膝伸展位で背屈を測定してよいとしている。したがって,等級比較に用いる膝屈曲位の値と,短縮の鑑別に用いる膝伸展位の値を同じ欄で混在させてはならない。
症状固定前後には,同じ日に患側・健側,他動・自動,背屈・底屈を分けて測定し,膝の肢位,測定者,疼痛,終末感及び代償動作を記録する。単一の後遺障害診断書だけでなく,リハビリテーション記録を含む時系列を確認すれば,改善の停止,急な数値悪化,測定条件の違い又は再断裂後の変化を検討できる。
2 画像は連続性・長さ・滑走を検討する資料である
超音波は,腱の連続性,断端間隙及び足関節運動時の滑走を動的に確認できる。MRIは,断裂部,瘢痕,周囲組織との癒着及び再断裂を検討する資料となる。必要に応じて,腱長又は健側との差を評価することにより,短縮性拘縮と延長治癒を区別しやすくなる。
もっとも,修復後のアキレス腱は,正常な治癒過程でも肥厚,内部構造の乱れ又はMRI上の信号変化を示し,元の正常像へ戻らないことがある。画像上の異常を事故原因,永続的拘縮又は等級へ直結させず,検査時期・撮像条件,臨床所見,他動・自動可動域及び経過と対応させる必要がある。
3 筋力・踵上げ・歩行は可動域とは別に記録する
底屈筋力の評価には,下腿周径,徒手筋力,可能であれば等速性筋力,片脚踵上げの回数・高さ・総仕事量,歩行分析及び患者報告式の機能評価を用いることができる。階段,坂道,長距離歩行,走行,つま先立ち又は職務上の蹴り出し動作の支障は,医療記録と整合する具体的動作として記録する。
これらは,腱の力伝達不良や実生活上の影響を示す資料として有用であるが,他動可動域の数値に置き換わるものではない。足関節の角度基準を満たさない場合に,筋力低下又は踵上げ困難だけから当然に第12級7号又は第10級11号となるわけではなく,自動値例外,神経症状又は損害額の評価にどのように用いるかを分ける必要がある。
第5 事故との因果関係と症状固定
1 事故から残存障害までを段階に分ける
因果関係は,①事故がアキレス腱断裂を生じたこと,②断裂又はその治療過程が癒着,短縮,延長治癒,瘢痕癒合又は再断裂を生じたこと,③その病態が症状固定時の可動域・筋力・疼痛を生じたことの三段階に分ける。事故直後の陥凹,Thompson又はSimmondsテスト,超音波・MRI,手術記録及び初期の底屈能力が,第1段階の資料となる。
治療が介在しても,そのことだけで事故との関係がなくなるわけではない。他方で,術後の別の外傷,感染,固定条件,リハビリテーション経過,事故前の腱症,全身性疾患及び薬剤等は,別原因又は寄与度の争点になり得るため,事故前記録を含む時系列で検討する。
2 改善可能性が残るときは症状固定を先行させない
症候性癒着の剥離,再断裂又は腱欠損の再建,装具調整及びリハビリテーションによって相当な改善が見込まれる段階では,等級申請の前に治療選択と症状固定時期を検討する。公表研究で癒着剥離後の機能改善が報告されていることからも,画像で癒着が見つかった時点を当然の症状固定とすることはできない。
もっとも,追加治療の適否は,改善の見込み,合併症,年齢,活動性及び本人の選択によって異なる。追加手術を受けないという選択だけで後遺障害を否定できるものではないが,なぜ治療終了と判断されたのか,将来の回復可能性を主治医の記録で確認する必要がある。
第6 申請・異議申立てでの立証手順
1 低負担の資料収集から始める
被害者側が最初に収集する資料は,医療機関が通常保有する①救急・初診記録,②画像及び読影結果,③手術記録,④固定・荷重・リハビリテーションの記録,⑤症状固定前後の可動域表,⑥後遺障害診断書である。画像は読影結果だけでなく画像データ自体を取得し,未作成の術中写真又は動画が存在すると決めつけず,保有の有無を確認する。
依頼者からは,事故時の足関節の動き,事故直後のつま先立ち・蹴り出しの可否,固定中又は固定除去後の変化,再断裂感,術後の別外傷,指示されたリハビリテーション及び現在困る具体的動作を聴取する。後からの記憶だけでなく,診療録,勤務先の配慮記録及び同時期の生活記録と照合する。
2 病態・機能・等級を対応表にする
取得後は,①腱の連続性・長さ・癒着,②患側と健側の他動値,③患側と健側の自動値,④筋力・下腿周径・踵上げ,⑤疼痛・神経所見,⑥事故からの時系列,⑦等級候補を一行ずつ対応させる。空欄が残る項目だけを追加診察又は医師照会の対象とすれば,目的のない画像再撮影又は包括的な意見書作成を避けられる。
相手方からは,健側異常,測定肢位又は自他動の混同,測定値の大幅な変動,器質的原因の欠如,改善可能性,事故前の腱症又は実生活行動との不整合が指摘され得る。反証は,有利な測定値だけを選ぶのではなく,全時系列を示し,変動が測定者差,膝肢位,疼痛,治療又は再断裂のどれによるかを医学的に説明する方法で行う。
3 高負担手段へ進む条件と停止基準
足の外科を専門とする医師の意見書,動的超音波の追加,MRIの再読影又は医学鑑定は,通常資料を整理した後にも,①腱の連続性・長さ・滑走,②事故との因果関係,③自動値を用いる医学的理由のいずれかが具体的に争われ,その結論で等級候補が変わり得る場合に検討する。何が判明すれば結論が変わるのかを示せない段階で,高負担手段を先行させるべきではない。
反復した標準測定で他動可動域が基準を満たさず,腱の非連続,癒着又は長さの異常を示す客観的所見もなく,自動運動と踵上げが保たれ,事故からの経過にも医学的説明がつかない場合は,等級争いのための追加鑑定を勧めないことが合理的である。逆に,他動値は保たれても腱性癒合がなく,自動運動だけが一貫して著しく低下する場合は,次に述べる裁定の射程を検討する余地がある。
第7 公表裁定・裁判例の射程
1 日本共済協会平成27年12月10日裁定
日本共済協会平成27年12月10日裁定「事案Ⅱ-4 災害後遺障害共済金請求」は,スキー中の左アキレス腱完全断裂を保存治療したが腱性癒合を得ず,瘢痕で癒合し,他動可動域は健側と同じである一方,自動可動域が健側の2分の1以下であった事案である。裁定は,瘢痕組織では筋力を腱のように十分伝えられないという医学的事実を前提に,末梢神経麻痺の場合と同様に他動値による評価は適切でないとして,自動値により第10級相当の共済金340万円を認めた。
この裁定は,交通事故の自賠責認定でも裁判所の判決でもなく,私的な災害共済の約款に基づく判断である。また,通常の延長治癒又は筋力低下ではなく,腱性癒合を得ていないという特異な所見を前提とする。したがって,アキレス腱断裂後に自動値が小さい全ての事案へ一般化することはできず,個別事案で同じ力伝達障害を立証できるかが分岐点となる。
2 岐阜地裁平成18年3月29日判決
岐阜地裁平成18年3月29日判決・平成15年(ワ)第509号は,卓球中の左アキレス腱皮下部分断裂に保存治療が選択され,その後に腱が連続しなかったとして医療機関の責任が争われた事案である。裁判所は,受傷後48時間以内の新鮮断裂について,当時は手術治療と保存治療の双方を選択でき,部分断裂か完全断裂かだけで一方が優先するものではないなどとして請求を棄却した。
同判決は,交通事故又は後遺障害等級を判断したものではなく,平成14年当時の治療選択をめぐる医療過誤判決である。現在の治療標準又は自動値例外の根拠として用いることはできず,断裂時の診察所見,保存治療の固定条件及び後に腱が連続しなかった経過を判決原文で確認できるという限度で参考になる。
3 公開裁判例の限界
本記事の作成時に判決原文まで確認できた公開裁判例の範囲では,交通事故によるアキレス腱断裂後の拘縮について,第12級7号又は第10級11号の可動域認定を直接判断した判決は確認できなかった。裁判所ウェブサイトに掲載されていないことは判決の不存在を意味しないため,個別事件では商用判例データベース,交通事故民事裁判例集及び自保ジャーナルの追加検索を要する場合がある。
足関節骨折等による可動域制限については,器質的原因,測定値の変動,日常動作との整合及び症状固定時期を扱う裁判例が複数ある。それらはアキレス腱断裂そのものの先例ではないため,本記事では列挙せず,前掲の足関節の可動域制限と後遺障害12級7号に整理を委ねる。
第8 出典・参考資料
1 法令・行政資料・学会資料
①e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」第2条・別表第二。②厚生労働省労働基準局長「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(平成16年6月4日基発第0604003号)。③厚生労働省「障害等級認定基準」。④日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法改訂に関する告知(2022年4月改訂)」及び日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会・日本足の外科学会「関節可動域表示ならびに測定法」PDFビューア3頁~4頁。
2 裁定・裁判例
①日本共済協会平成27年12月10日裁定「事案Ⅱ-4 災害後遺障害共済金請求」PDFビューア1頁~2頁。②岐阜地方裁判所平成18年3月29日判決・平成15年(ワ)第509号損害賠償請求事件「判決全文」PDFビューア1頁~9頁。
3 書籍
①榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断―傾向を踏まえた交通事故事件処理―』新日本法規出版,令和8年,416頁~457頁。②土屋弘行・紺野愼一・田中康仁・田中栄・松田秀一編『今日の整形外科治療指針 第7版』医学書院,平成28年,PDFビューア891頁~892頁。
4 医学文献
①Carmont MR, et al. The release of adhesions improves outcome following minimally invasive repair of Achilles tendon rupture. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2022;30(3):1109-1117. PMCID PMC8901518. ②Tengman T, Riad J. Three-Dimensional Gait Analysis Following Achilles Tendon Rupture With Nonsurgical Treatment Reveals Long-Term Deficiencies in Muscle Strength and Function. Orthop J Sports Med. 2013;1(4):2325967113504734. PMCID PMC4555491. ③Chianca V, et al. Post-operative MRI and US appearance of the Achilles tendons. J Ultrasound. 2020;23(3):387-395. PMCID PMC7441114.