第1 この記事が扱う範囲
1 対象とする損害と射程
本記事は,交通事故により踵骨を骨折し,後遺障害等級の認定を受けた被害者について,後遺障害逸失利益の算定,すなわち労働能力喪失率,労働能力喪失期間及び職種による制限の主張立証を対象とする。等級の認定そのもの,画像上の骨折型の評価及び足関節の可動域測定の当否は,別の記事で扱っているため,本記事では算定に必要な限度でしか触れない。喪失率表及び就労可能年数表の文言は令和8年8月8日時点で国土交通省の公表資料により,後遺障害等級の文言は同日時点でe-Gov法令検索により確認した。本記事の内容は生成AIを用いて整理した一般的な情報提供であり,個別の事案に対する法的助言ではない。
踵骨骨折の等級認定の枠組みは交通事故による踵骨骨折の後遺障害等級で,足関節の可動域制限による第12級7号の一般的な要件は足関節の可動域制限と後遺障害12級7号で,距骨下関節を固定した場合の等級の当てはめは交通事故による距骨下関節固定術と後遺障害等級でそれぞれ扱っている。
2 等級が決まっても逸失利益は決まらない
後遺障害等級は,自動車損害賠償保障法施行令別表第二に掲げられた身体の障害の類型に事案を当てはめる作業であり,被害者が現実にどの職業でどのような作業をしているかを問わない。これに対し,後遺障害逸失利益は,民法709条の損害として,当該被害者に現実の経済的不利益が生じたか否かを判断するものであるから,等級が同じでも認められる金額は事案ごとに異なる。踵骨骨折は,足関節の可動域制限による第12級7号,踵部の疼痛による第12級13号又は第14級9号,下肢短縮による第13級8号,及びこれらの併合という複数の経路で等級が付され得るが,いずれの経路を通ったかは,そのまま喪失率を決めるものではない。
踵骨骨折には,喪失率と喪失期間の双方で争いが生じやすい固有の事情がある。第一に,踵骨は体重を最初に受け止める骨であるため,可動域や神経症状という等級表の物差しでは捉えきれない荷重時の支障が残る。第二に,関節面の不整や変形治癒という器質的な変化が画像上残存するため,むち打ち症のように「いずれ軽快する」という前提を置きにくい。第三に,症状固定後に距骨下関節の関節症が進行し,固定術に至る例が相当数あるため,示談の時期が損害額を左右する。
第2 労働能力喪失率の法源
1 喪失率表の正体は自賠責保険の支払基準の別表Ⅰである
実務で用いられる「第12級は14%,第8級は45%」という数値は,法律にも政令にも書かれていない。その出所は,自動車損害賠償保障法16条の3第1項に基づいて定められた告示である「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)の別表Ⅰ「労働能力喪失率表」である。同表は,施行令別表第二の等級について,第1級から第3級まで100分の100,第4級92,第5級79,第6級67,第7級56,第8級45,第9級35,第10級27,第11級20,第12級14,第13級9,第14級5と定める。同告示第3は,逸失利益を「該当等級の労働能力喪失率(別表Ⅰ)と後遺障害確定時の年齢における就労可能年数のライプニッツ係数(別表Ⅱ-1)を乗じて算出した額とする」と規定しており,喪失率表はこの計算式の一部として置かれたものである。
自賠法16条の3第2項は,支払基準を定めるに当たり「公平かつ迅速な支払の確保の必要性を勘案して」定めるべき旨を規定する。すなわち喪失率表は,多数の事案を画一的かつ迅速に処理するために設けられた行政上の基準であって,個々の被害者の労働能力の低下を測定した結果ではない。支払基準の全体像及び各別表の内容は自賠責保険の支払基準で扱っている。
2 等級認定は労災保険の認定基準に準じて行われる
支払基準第3は,等級の認定について「原則として労働者災害補償保険における障害の等級認定の基準に準じて行う」と明記している。踵骨骨折についてこの認定基準が定める標準的な処理は,平成16年6月4日基発第0604003号の第3節第3が挙げる例4,すなわち「踵骨骨折治ゆ後に疼痛を残し(第12級の12),同一下肢の足関節の機能に障害を残す(12級の7)場合は,併合第11級とする」という取扱いである。同例には「足関節は,脛骨・腓骨と距骨とにより構成され,一方,踵骨は,距骨との間で距骨下関節を構成し……このように,足関節と踵骨とは別の部位である」との注が付されている。距骨下関節の可動域は認定基準の測定要領に掲げられていないため,踵骨骨折による後足部の障害は,足関節の機能障害としてではなく,踵部の疼痛として別個に評価され,併合されるのが標準形である。
3 表の数値が結論にならない場合
最高裁判所は,労働能力の低下があっても現実の収入減少がない場合について二度にわたり判断を示している。最高裁判所第二小法廷昭和42年11月10日判決は,左太腿複雑骨折により労働能力が減少しても,被害者がその後従来どおり会社に勤務して作業に従事し,格別の収入減を生じていないときは損害賠償を請求することができないとした。最高裁判所第三小法廷昭和56年12月22日判決は,「後遺症の程度が比較的軽微であつて,しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは,特段の事情のない限り,労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められない」と判示した。
後者の判示は,程度が比較的軽微であること,職業の性質から減収が認められないこと,及び特段の事情がないことという三つの条件を重ねている。したがって,被害者側からみれば,後遺症が軽微とはいえないこと,従事する職業の性質が踵部の荷重機能に依存すること,又は昇進・転職・退職の危険その他の特段の事情があることのいずれかを立証できれば,減収がないことは直ちに請求の障害とならない。減収がない事案での立証の組み立て方は,部位は異なるが交通事故による鎖骨骨折の変形障害と後遺障害逸失利益でも扱っている。
第3 労働能力喪失期間の法源
1 別表Ⅱ-1は52歳で線を引いている
支払基準の別表Ⅱ-1「就労可能年数とライプニッツ係数表」は,18歳以上の者について,「52歳未満の者は,67歳とその者の年齢との差に相当する年数とした」,「52歳以上の者は,『第22回生命表(完全生命表)』による男又は女の平均余命のうちいずれか短い平均余命の1/2の年数とし,その年数に1年未満の端数があるときは,これを切り上げたものとした」と注記する。18歳未満の者については,就労の始期を18歳,終期を67歳として年数を算出する。すなわち自賠責保険の枠内では,52歳という年齢で就労可能年数の算定方法が機械的に切り替わる。
2 裁判実務との差が生じる年齢層
裁判実務では,症状固定時に高齢である被害者について,67歳までの年数と平均余命の2分の1に相当する年数とを比較し,長い方を採用する運用が広く行われている。両者を並べると,52歳から67歳までの層で結論が食い違う。例えば症状固定時59歳の被害者について,自賠責の方式では平均余命の2分の1に相当する年数しか算入されないのに対し,裁判実務では67歳までの8年と平均余命の2分の1とを比較することになる。踵骨骨折は高所からの墜落や交通事故により稼働年齢の男性に生じやすく,症状固定時に50歳代である被害者は珍しくないから,自賠責の事前認定額をそのまま出発点として交渉すると,この差がそのまま失われる。
3 最高裁は年齢,職業及び健康状態による個別の認定を求めている
就労の終期を67歳とする扱いは,法令に根拠を持つものではなく,上記の支払基準と裁判実務上の慣行に由来する。最高裁判所第二小法廷昭和41年5月6日判決は,「死者の労働可能年令期は,死者の年令・職業・健康状態その他諸般の事情を考慮して認定すべき」であるとして,死亡時60歳でクリーニング業を営み健康状態が極めて良好であった被害者につき労働可能年齢期を74歳と認定した原判決を是認した。同判決の判示事項は「七四歳までの労働可能年令期を認めた事例」とされている。
この判断枠組みは死亡事案について示されたものであるが,就労の終期を年齢のみで一律に画さず,職業と健康状態を考慮すべきことを述べた点で,後遺障害逸失利益の喪失期間にも及ぶ。67歳を超える就労の蓋然性を主張する場合は,抽象的に「高齢でも働ける」と述べるのではなく,当該職業の就労実態を示す統計又は業界資料を証拠として提出することが要請される。
第4 喪失率について裁判例が示した幅
以下に取り上げる下級審裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトの裁判例検索には掲載されていない。同検索で「踵骨」等の語による全文検索を行うと複数の裁判例が表示されるが,判決書を確認するとその内容は知的財産事件における骨密度の測定部位への言及,刑事事件における傷害の程度の認定等であり,踵骨骨折の後遺障害逸失利益を扱うものは含まれていない。以下の各裁判例は,判例秘書により判決全文を確認したものである。
1 踵部の荷重障害を第8級相当とした事例
横浜地方裁判所平成27年1月22日判決は,左大腿開放性骨折及び左踵骨開放骨折を負った53歳の男性について,自賠責の事前認定が併合第11級であったのに対し,踵部の荷重障害を第8級相当と認めた。同判決は,皮膚及び脂肪組織の除去を繰り返した結果,軟部組織欠損と踵骨変形が生じて足底までの距離が約3センチメートル短縮したと認定した上で,硬性補装具を必要とする下肢の荷重障害は等級表に直接該当しないものの,施行令別表第二の備考六が「各等級の後遺障害に該当しない後遺障害であつて,各等級の後遺障害に相当するものは,当該等級の後遺障害とする」と定めていることを根拠として,常時硬性補装具を要する下肢の動揺関節が第8級に準じて扱われることとの均衡から,第8級に相当する機能障害に当たるとした。
被告側が硬性補装具は荷重支持性を補うものではないと反論したのに対し,同判決は「労働能力の喪失という観点からは,機能障害として重要なのは,関節の安定性,支持性が保たれているかではなく,荷重に耐えて歩行し得るかである」と述べてこれを排斥している。逸失利益は,基礎収入477万0928円に喪失率45%と12年のライプニッツ係数を乗じて1902万8774円が認容された。もっとも同判決は,併合すれば第7級となる醜状障害について就労への影響を否定して喪失率から控除し,また左足関節の可動域制限,下肢短縮及び踵部の疼痛は荷重障害と同一系列の後遺障害として歩行障害の中で評価済みであるとしている。上位等級を取りに行くと足関節の可動域制限が吸収されるという関係にあり,併合を積み上げる構成との択一になる。
なお,労災保険の認定基準は,下肢について他の障害の等級を準用する場合として動揺関節,習慣性脱臼及び足指の基部からの喪失を挙げるにとどまり,荷重機能障害の準用はせき柱についてのみ定めている。自賠責保険・共済紛争処理機構が公表している紛争処理の事例にも,踵部の荷重障害を扱ったものは見当たらない。この構成は,行政上の認定基準が予定していないものを裁判所が備考六により認めたものと位置付けられる。
2 併合第8級で45%を認めた事例
東京地方裁判所令和3年7月20日判決は,産業廃棄物の搬入業務に従事していたダンプカーの運転手が荷台から地上に転落した労働災害の事案について,右踵骨骨折及びその変形治癒,右腓骨筋腱インピンジメント並びに右外傷性距骨下関節症により併合第8級と認定し,喪失率45%を採用した。症状固定時68歳であったが,喪失期間は平均余命25.44年の約2分の1に当たる12年とされ,基礎収入602万6150円を前提に逸失利益2403万5209円が認容された。安全帯を使用していなかったこと等を理由に5割の過失相殺がされ,労災保険給付が損益相殺されている。
この事案は,踵骨骨折の後に距骨下関節症と腓骨筋腱の障害が併存するという典型的な経過をたどっており,そのような場合に第8級の喪失率が減額されずに採用され得ることを示している。
3 減収がなくても第12級の14%を維持した事例
神戸地方裁判所令和3年8月26日判決は,症状固定時59歳の税理士について,右大腿骨骨折後の疼痛を第14級9号,右踵骨骨折後の右かかとの違和感等を第12級13号相当とし,併合第12級として喪失率14%を認めた。被告は症状固定後に売上額の減少がないことを理由に喪失率を14%以内にとどめるべきであると主張したが,裁判所はこれを採用していない。
4 段階的な逓減を採った事例
大阪地方裁判所平成31年1月18日判決は,症状固定時35歳の介護福祉士について,左足関節の機能障害を第12級7号と認定した上で,症状固定後5年までは14%,5年経過後は5%と,喪失率を段階的に逓減させた。その理由として,事故前の具体的な就業内容,現在の就労状況及び稼働能力が証拠上明らかでないこと,並びに可動域制限や疼痛が緩和され,あるいは代償動作の獲得等により喪失率が逓減する可能性が否定できないことを挙げている。喪失期間自体は35歳から67歳までの32年とされた。
同判決が逓減の理由の筆頭に立証の不足を挙げている点は重要である。逓減を避けるための作業は,医学的な反論ではなく,事故前後の就業内容と稼働能力を証拠により具体的に示すことである。
5 就労の実態により率を減じた事例
東京地方裁判所令和3年10月27日判決は,外傷性くも膜下出血,右足関節内果骨折,右踵骨骨折等を負った被害者について第12級相当と認定しながら,喪失率を第12級の14%ではなく10%とした。その理由として,郵便局に復帰して間もなく郵便配達業務に従事し,退職後は肉体労働を伴うケアワーカーとして就職して本採用に至っていることを挙げている。喪失期間は症状固定時46歳から67歳までの21年である。
第3項の事例と本項の事例を並べると,減収の有無それ自体ではなく,復職後に従前と同等の身体的負荷を伴う業務に現実に従事できているかどうかが,率の減縮に働いていることが分かる。被害者側としては,配置転換,作業の軽減,同僚の補助又は無理を押しての就労といった事情を,勤務先の資料により示す必要がある。
6 第14級の二つの事例
千葉地方裁判所佐倉支部平成31年2月28日判決は,事故の2か月前に転落事故で右踵骨を骨折し,医師から足関節の踏込み動作をしないよう指示されていた被害者が,衝突を避けるため右足で急ブレーキを踏んで再骨折した事案について,右踵骨骨折後の知覚障害等を第14級9号とし,喪失率5%,喪失期間10年を認めた。基礎収入は賃金センサスの半額とされ,事故前の骨折を理由に5割の素因減額がされている。他方,東京地方裁判所令和5年9月25日判決は,右足関節捻挫及び複合性局所疼痛症候群が主張された事案について,医療の場面で用いる診断基準をそのまま当てはめて後遺障害を認定することは相当でないとして第12級を否定し,第14級9号として喪失率5%,喪失期間5年とした。
第14級であっても,器質的な変化が残る事案では喪失期間が5年に限られないことを,前者の事例は示している。
第5 喪失期間について裁判例が示した判断
1 器質的損傷があることの意味
神戸地方裁判所令和3年8月26日判決は,被告が喪失期間を10年と見るべきであると主張したのに対し,「甲事件原告の後遺障害が骨折という器質的損傷に由来すること,後遺障害の程度には満たないものの右足関節等に機能障害が認められること,症状固定から2年半以上が経過した時点においても特段症状の回復が見られないことなどを踏まえると,10年程度で労働能力が回復する蓋然性が高いと考えることはできない」と判示してこれを排斥した。
第12級13号の神経症状について喪失期間を10年程度に制限する主張は,本来はむち打ち症のように画像上の異常所見を欠く事案について,症状の自然的軽快を前提として組み立てられたものである。踵骨骨折は,関節面の不整,変形治癒又は距骨下関節症という画像上確認できる変化を伴うのが通常であるから,この判示は,制限論の前提を欠くことを正面から述べたものとして援用できる。ただし,同判決も症状固定から相当期間が経過した時点で回復が見られないという事実を併せて認定しており,器質的損傷があるという一事のみで期間が確保されるわけではない。
2 症状固定時に高齢である場合
東京地方裁判所令和3年7月20日判決は症状固定時68歳につき平均余命の約2分の1である12年を,神戸地方裁判所令和3年8月26日判決は症状固定時59歳につき12年を,それぞれ認めている。後者は67歳までの8年より長い期間を認めたものであり,50歳代の被害者について,67歳までの残年数と平均余命の2分の1とを比較する運用が採られていることを示す実例である。
3 職業による延長を求める場合の立証
神戸地方裁判所令和3年8月26日判決は,原告が税理士であることを理由に75歳までの16年を主張したのに対し,証拠により「甲事件原告の職業である税理士については,一般的な職業より長期間就労する傾向があることが認められ」るとして67歳を超えて稼働を継続している蓋然性はある程度高いと述べつつ,75歳まで継続する蓋然性が高いとまではいえないとして,平均余命の約2分の1に相当する12年を認めた。
ここで注目すべきは,職業ごとの就労傾向が証拠として提出され,裁判所がこれを認定の基礎としている点である。第3の3で述べた最高裁の枠組みに従えば,職業と健康状態は本来考慮すべき要素であるから,資格職,自営業その他就労の終期が定年により画されない職業については,当該職業の年齢別就業者数を示す統計等を早い段階で準備することが有効である。もっとも,同判決は原告の主張額をそのまま認めたわけではなく,主張し得る期間には限度があることも同時に示している。
第6 職種別の制限をどう主張するか
1 踵骨骨折が失わせる機能
踵骨は,立位で体重を最初に受け止め,歩行の際に地面を蹴り出す動作の支点となる骨である。関節内骨折が生じると,距骨下関節の関節面に不整が残り,内がえし・外がえしの動きと後足部の安定性が低下する。この部位の障害については,労災保険の認定基準が可動域の測定対象としていないため,等級表の上では疼痛としてしか現れないが,実際の作業能力に対する影響は疼痛という語から受ける印象より大きい。
外国の医学文献では,踵骨骨折後に残る疼痛の原因として,距骨下関節の関節症,骨折により踵骨の幅が増大すること,及びこれに伴い腓骨筋腱が踵骨と腓骨との間で挟み込まれることが挙げられている。労災補償の対象となった関節内踵骨骨折を対象とする動作解析では,患側の支持時間が健側より短く,踵部及び中足部の足底圧が低下する一方で母趾側の圧が増加すると報告されている。荷重の受け方そのものが変化することを示すものであり,長時間の立位,不整地の歩行及び重量物の運搬に対する影響を,疼痛の強弱とは別の観点から説明する根拠となる。なお,踵骨骨折については日本整形外科学会の診療ガイドラインが作成されておらず,予後に関する主張の根拠は外国の文献に求めざるを得ない。
2 重量物取扱い,高所作業及び不整地
複数の追跡調査は,職業の内容が予後と関連することを報告している。関節内踵骨骨折の前向きコホートでは,男性であること,中等度又は重度の肉体労働に従事していること,労災補償の対象であること及び両側骨折であることが,いずれも予後不良と有意に関連するとされた。私的保険の補償事例を対象とする調査では,はしご,足場又は屋根の上での作業に従事する者に典型的に生じる骨折であり,高所からの墜落と高所作業が長期の労働不能の有意な危険因子であること,平均の労働不能期間が260日を超えることが報告されている。手術成績を長期に追跡した研究は,患者に対して不整地における歩行の困難と激しいスポーツ活動への復帰が不能であることを説明しなければならないと結論している。
これらの知見は,建設,とび,電気工事,設備,林業その他,脚立又は足場の上で踵に体重を掛ける作業,傾斜地又は不整地の歩行,及び重量物の運搬を伴う職種について,等級表の数値を超える支障を主張する根拠となる。第4の2で挙げた事例がダンプカーの運転手による荷台からの昇降中の事故であったように,運送業では荷台への昇降と長時間の立位が同時に問題となる。
3 立位及び歩行を伴う職種
介護,看護,調理,小売,警備及び配達の各職種は,勤務時間の大部分が立位又は歩行であり,移乗介助のように踵で踏ん張る動作を伴うものも多い。第4の4及び第4の6で挙げた事例の被害者は介護職であり,第4の5の事例の被害者は郵便配達に従事していた。これらの事案で喪失率が減縮され又は逓減されたのは,職種の負荷が軽いからではなく,就労の実態を示す証拠が不足していたこと又は現実に同種の業務へ復帰していたことによる。したがって,これらの職種では,一日当たりの歩行距離,立位の時間,階段の昇降回数及び介助の頻度といった作業の量を,勤務記録又は業務日報により具体的に示す作業が特に重要となる。
4 事務職その他の座位中心の職種
座位中心の職種であっても,通勤,外回り及び階段の昇降には影響が及ぶ。第4の3の事例が税理士について第12級の喪失率を維持したこと,及び同事例で通勤に用いる駐車場代が損害として認容されていることは,座位中心の職業でも移動の制約が損害として評価され得ることを示す。他方で,第2の3で述べた最高裁判所昭和56年12月22日判決の枠組みにおいては,職業の性質は減収がない場合に請求を否定する方向にも働き得る要素であるから,座位中心の職種では,減収の有無以外の事情,すなわち残業や出張の制限,昇進の機会の喪失又は職務内容の変更を具体的に示す必要がある。
第7 立証の順序と停止基準
1 先に確保する資料
費用と時間の負担が小さい順に進めるのが合理的である。まず,後遺障害診断書,症状固定時までの診療録,画像及び読影所見,並びに自賠責保険の認定結果通知を取り寄せる。次に,事故前後各3年分の源泉徴収票又は確定申告書,勤務先の就業規則及び賃金規程,並びに配置転換又は業務軽減の有無を示す人事記録を収集する。踵骨骨折に固有の資料としては,ベーラー角及び踵骨幅の実測値,距骨下関節の関節症性変化の有無,装具の処方内容並びに歩行時の跛行に関する記載が診療録に残っているかを確認する。
2 減収がない場合に立証すべき事実
減収がない場合には,第2の3で述べた三つの条件のいずれかを崩す事実を集める。具体的には,勤務先の証明書により,従前の担当業務のうち実施できなくなった作業と,これを他の従業員が分担している事実を明らかにする。自営業者であれば,外注費の増加,稼働日数の減少及び受注できなくなった業務の種類を,帳簿と契約書により示す。将来の不利益としては,同種の求人が求める身体的条件と現在の状態との不一致を,求人票により示す方法がある。
3 高負担の手段へ進む条件
医師に対する意見書の依頼,画像の再読影の依頼又は職業能力に関する専門家の意見の取得は,いずれも費用と時間を要する。これらに進むのは,既に収集した資料によって争点が特定され,かつその手段によって判明する事実が結論を変え得る場合に限るべきである。具体的には,可動域の測定値が等級の境界に接している場合,自賠責の認定と主治医の所見が食い違う場合,又は保険会社が固有の医学的知見に基づく反論を提出した場合が考えられる。逆に,等級に争いがなく,喪失率と喪失期間についても裁判例の分布の範囲内で争われているにとどまる場合には,追加の医学的立証よりも,就労の実態に関する資料の収集を優先すべきであり,それが尽きた時点が調査を打ち切る目安となる。
4 保険会社側の主な反論
想定される反論は三つに整理できる。第一に,骨癒合が得られているから労働能力に影響しないという反論である。これに対しては,骨癒合と関節面の適合とは別の事象であり,第4の2の事例のように骨癒合後に距骨下関節症と腱の障害が問題となることを,画像所見に即して示すことになる。第二に,復職しているから喪失していないという反論である。これに対しては,第4の5の事例が減率の理由として復職後の業務内容を挙げていることを踏まえ,復職後の作業内容が事故前と同一かどうかを争点化する。第三に,高齢であるから就労可能年数は短いという反論である。これに対しては,第3及び第5で述べた枠組み,すなわち67歳が法令上の基準ではないこと,及び職業と健康状態を考慮すべきことを,統計資料とともに主張する。
第8 将来の損害と示談の時期
1 将来の装具費
踵部の荷重障害により硬性補装具を要する場合,装具費は逸失利益とは別個の損害となる。第4の1の横浜地方裁判所平成27年1月22日判決は,短下肢装具,ロフストランド杖及び足底装具について,耐用年数と症状固定時から平均余命までの買換回数を考慮して79万3086円を認め,併せて手摺の取付け等の家屋改造費28万0292円を認容している。装具の必要性は,第4の1の構成における第8級相当の要件そのものでもあるから,処方の経過を診療録に残しておくことは,等級と損害の双方に関わる。
2 距骨下関節固定術に至る確率
手術後10年から20年にわたり追跡した研究では,疼痛のため距骨下関節固定術に至った例が全体の約29%,関節面の粉砕が高度なSanders分類第Ⅲ型では約47%に上ると報告されている。症状固定後に手術が必要となる可能性が相当程度あることを意味しており,将来の再手術費及びこれに伴う休業損害の取扱いを示談時に検討する必要がある。他方,手術療法と保存療法とを比較した系統的レビューでは,24か月以内に復職した者の数に有意な差は認められないと報告されており,手術を受けなかったことを理由に損害の拡大を主張する反論に対しては,この点を指摘することができる。
3 示談の時期と留保
症状固定後に関節症が進行する事案では,示談の時点で将来の再手術費及び症状悪化時の取扱いを留保するかどうかが,実際の回収額を左右する。外傷性の変形性足関節症が症状固定後に進行する場合の考え方は交通事故による外傷性変形性足関節症の後遺障害等級で扱っている。
出典・参考資料
1 法令・告示・通達
①自動車損害賠償保障法(昭和30年法律第97号)16条の3(e-Gov法令検索)
②自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)2条・別表第二(第8級7号,第10級11号,第12級7号,第12級13号,第13級8号,第14級9号及び備考六)(e-Gov法令検索)
③自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号。令和元年金融庁・国土交通省告示第3号による改正後。国土交通省。PDF1頁~12頁)
④別表Ⅰ 労働能力喪失率表(国土交通省)
⑤別表Ⅱ-1 就労可能年数とライプニッツ係数表(国土交通省)
⑥平成16年6月4日基発第0604003号「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(厚生労働省)及び同別紙(下肢の障害に関する認定基準並びに併合,準用及び加重の例)
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷昭和41年5月6日判決(昭和40年(オ)第221号,集民83号477頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第二小法廷昭和42年11月10日判決(昭和41年(オ)第600号,民集21巻9号2352頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第三小法廷昭和56年12月22日判決(昭和54年(オ)第354号,民集35巻9号1350頁,裁判所ウェブサイト)
④横浜地方裁判所平成27年1月22日判決(平成24年(ワ)第1958号,交通事故民事裁判例集48巻1号131頁,判例秘書L07051486。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑤東京地方裁判所令和3年7月20日判決(平成30年(ワ)第31683号・平成31年(ワ)第8494号,判例秘書L07632513。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑥神戸地方裁判所令和3年8月26日判決(令和2年(ワ)第346号・第1132号,交通事故民事裁判例集54巻4号1109頁,判例秘書L07651788。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑦大阪地方裁判所平成31年1月18日判決(平成29年(ワ)第11354号,判例秘書L07450030。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑧東京地方裁判所令和3年10月27日判決(令和2年(ワ)第24610号,判例秘書L07631971。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑨千葉地方裁判所佐倉支部平成31年2月28日判決(平成29年(ワ)第332号,判例秘書L07451472。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑩東京地方裁判所令和5年9月25日判決(令和4年(ワ)第5965号,交通事故民事裁判例集56巻5号,判例秘書L07831469。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
3 公的資料
①紛争処理の事例(一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構)
②日本整形外科学会診療ガイドライン(南江堂。シリーズ収載の全ガイドラインの一覧)
4 医学文献
①Tufescu TV, Buckley R. Age, gender, work capability, and worker’s compensation in patients with displaced intraarticular calcaneal fractures. J Orthop Trauma. 2001;15(4):275-279.
②Mortelmans LJ, Du Bois M, Donceel P, Broos PL. Impact of calcaneal fractures on social and professional activity. Acta Chir Belg. 2002;102(5):329-333.
③Coughlin MJ. Calcaneal fractures in the industrially injured patient. Foot Ankle Int. 2000;21(11):896-905.
④Sanders R, Vaupel ZM, Erdogan M, Downes K. Operative treatment of displaced intraarticular calcaneal fractures: long-term (10-20 years) results in 108 fractures using a prognostic CT classification. J Orthop Trauma. 2014;28(10):551-563.
⑤Lewis SR, Macey R, Parker MJ, Cook JA, Griffin XL. Surgical interventions for treating intracapsular and extracapsular fractures of the calcaneus. Cochrane Database Syst Rev. 2023;11:CD008628.
⑥López-Oliva F, Sánchez-Lorente T, Fuentes-Sanz A, Forriol F, Aldomar-Sanz Y. Primary fusion in worker’s compensation intraarticular calcaneus fracture. Prospective study of 169 consecutive cases. Injury. 2012;43 Suppl 2:S73-S78.
⑦Yoshimura I, Ichimura R, Kanazawa K, Ida T, Hagio T, Karashima H, Naito M. Simultaneous use of lateral calcaneal ostectomy and subtalar arthroscopic debridement for residual pain after a calcaneal fracture. J Foot Ankle Surg. 2015;54(1):37-40.
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