第1 人工骨頭置換術後の等級判断で最初に確認すること
1 人工骨頭と人工股関節は同じ術式ではない
股関節の人工骨頭置換術は,大腿骨頭と頸部の一部を人工物へ置き換え,原則として臼蓋側を自己組織のまま残す術式である。これに対し,人工股関節全置換術は,大腿骨側に加えて臼蓋側も人工物へ置換するため,手術侵襲,脱臼,臼蓋摩耗及び将来の再手術を検討するときは両者を区別しなければならない。
後遺障害等級の出発点は,予定された手術名や退院時の説明ではなく,人工骨頭又は人工関節が実際に挿入置換された事実である。手術記録,退院時要約,インプラントラベル及び術後の単純エックス線写真を照合し,骨接合術,人工骨頭置換術及び人工股関節全置換術のいずれであるかを確定する必要がある。
2 現行基準の結論と本記事の射程
交通事故による傷害の治療として股関節へ人工骨頭又は人工関節を挿入置換し,症状固定時の主要運動の他動可動域が健側の2分の1以下である場合は,自賠責後遺障害8級7号が問題となる。人工骨頭等を挿入置換したものの,この可動域要件を満たさない場合は,原則として10級11号であり,可動域が良好であることは後遺障害非該当を意味しない。
もっとも,人工骨頭があるという一事で,交通事故との因果関係,症状固定時期,労働能力喪失率又は将来手術費まで決まるものではない。事故前から人工骨頭が入っていた場合,事故と無関係な既存股関節症に対する手術であった場合,又は事故後に別原因の骨折が介在した場合は,事故から骨折,手術及び残存障害へ至る因果関係を別に検討する。
本記事は,一般的な法制度及び医学的知見の説明を目的とするものであり,特定の個別事案に対する診断,治療又は法的助言ではない。交通事故による大腿骨頸部骨折の後遺障害等級では,人工物を挿入しない骨接合術,下肢短縮及び疼痛を含む認定経路を扱っている。
第2 8級7号と10級11号を分ける現行基準
1 法令,支払基準及び労災認定基準の関係
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,8級7号を「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」,10級11号を「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」と定める。国土交通省の自賠責支払基準は,等級認定を原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行うものとし,厚生労働省の認定基準が人工関節・人工骨頭と可動域の具体的な関係を示している。
| 症状固定時の状態 | 自賠責の等級 | 認定の中心 |
|---|---|---|
| 人工骨頭又は人工関節を挿入置換し,主要運動の他動可動域が健側の2分の1以下 | 8級7号 | 人工物の存在と可動域制限の双方 |
| 人工骨頭又は人工関節を挿入置換したが,上記8級に至らない | 10級11号 | 人工物を挿入置換した事実 |
号数は制度によって異なる。自賠責別表第二では下肢の著しい関節機能障害が10級11号であるのに対し,労災障害等級表では対応する障害が10級10号であるため,判決又は実務書に現れる号数がどの制度を指すかを確認しなければならない。
2 平成16年改正前の一律8級と現行基準を混同しない
厚生労働省の平成16年改正資料によれば,改正前は,人工骨頭又は人工関節を挿入置換した関節を,実際の障害の有無及び程度にかかわらず一律に第8級としていた。人工骨頭等の性能向上を踏まえ,改正後は,可動域が健側の2分の1以下でないものを第10級とする二段階の基準へ変更された。
労災の新認定基準は,平成16年7月1日以降に支給事由が生じたものへ適用され,同年6月30日までに支給事由が生じたものには旧基準が適用された。したがって,人工骨頭置換によって8級7号を認めた古い交通事故判決を現行事案へ用いるときは,旧基準による行政認定であったのか,現行基準の2分の1以下を実際に満たしたのかを判決の時点と可動域から読み分ける必要がある。
なお,自賠責における境界時期の具体的な適用は,当時の支払基準,事故後の経過及び認定時の資料によって確認すべきであり,労災の施行日だけから個別事件の結論を決めることはできない。
第3 股関節可動域を2分の1と比較する方法
1 主要運動と参考運動
股関節の主要運動は,①屈曲・伸展,②外転・内転であり,外旋・内旋は参考運動である。屈曲と伸展,外転と内転はそれぞれ同一面の運動として合計し,二組の主要運動のいずれか一方が健側の2分の1以下であれば足りるため,すべての運動が2分の1以下である必要はない。
日本整形外科学会及び日本リハビリテーション医学会の令和4年4月1日適用の測定法では,股関節の参考可動域を屈曲125度,伸展15度,外転45度,内転20度,外旋45度,内旋45度としている。ただし,これらは表示及び測定のための参考値であり,健側を適切に測定できる事案では健側実測値との比較が原則である。
主要運動が2分の1の基準をわずかに上回るときは,参考運動が2分の1以下であれば補充的に上位の機能障害を認定し得る。「わずかに」は原則5度であるが,股関節の屈曲・伸展について2分の1基準を判断する場面では10度とされているため,境界例では外旋・内旋を省略せず測定する。
2 他動測定,健側比較及び代償動作
可動域は,他動運動による測定値を用いるのが原則であり,他動測定が適切でない医学的事情がある場合に自動値を参考とする。後遺障害診断書には,患側・健側,自動・他動及び測定日を明記し,屈曲時の骨盤後傾,伸展時の腰椎前弯並びに外転・内転時の骨盤傾斜が混入していないかを理学療法記録と照合する必要がある。
健側にも変形性股関節症,拘縮,既往骨折又は人工関節がある場合は,健側値を分母にすると障害を過小又は過大に評価するおそれがある。この場合は,反対側の画像及び可動域を示した上で参考可動域を用いることの適否を検討する。股関節の可動域制限と後遺障害12級7号では,健側比の計算,参考運動及び代償動作を詳しく説明している。
第4 人工骨頭置換後の医学的経過と将来リスク
1 人工骨頭と人工股関節全置換術の選択
日本整形外科学会・日本骨折治療学会の診療ガイドラインは,高齢者の転位型大腿骨頸部骨折に対して人工骨頭置換術を提案し,推奨の強さ2,合意率69.2%,エビデンスの強さBとしている。同ガイドラインは,人工股関節全置換術が疼痛,機能及び再手術率で有利となり得る一方,手術侵襲と脱臼率が高く,活動性が高く麻酔リスクが低い患者では人工股関節全置換術を考慮できると整理している。
50歳以上で事故前に独立歩行が可能であった転位型大腿骨頸部骨折1,495例の無作為化比較では,24か月以内の二次的股関節手術は人工股関節全置換術群7.9%,人工骨頭置換術群8.3%であり,脱臼又は不安定性は同4.7%,2.4%であった。これは術式選択に関する集団平均であり,個別の交通事故被害者の後遺障害等級,労働能力喪失率又は将来の再置換時期を直接示す数値ではない。
2 臼蓋摩耗と再置換は年齢及び追跡期間で大きく異なる
人工骨頭は臼蓋側を置換しないため,長期的には臼蓋軟骨の摩耗,疼痛,人工骨頭の中心性移動,ステムのゆるみ・沈下,感染,脱臼又はステム周囲骨折が問題となり得る。失敗した人工骨頭から人工股関節全置換術へ転換した4,699股の系統的レビューでは,転換理由の構成比は臼蓋摩耗・中心性移動40%,ステムゆるみ26%,両者16.5%であったが,転換に至った症例だけを集めた研究であり,人工骨頭を受けた全患者の転換確率を示すものではない。
| 対象集団 | 追跡と結果 | 個別事件へ用いる際の限界 |
|---|---|---|
| 60歳未満114例 | 平均13.8年追跡し,再手術38.6% | 若年で活動性の高い集団であり,高齢者へ直接外挿できない |
| 70歳超813例 | 最長5年の臼蓋摩耗・人工股関節転換は,70歳~75歳6.13%,75歳~80歳4.22%,80歳超1.96% | 年齢群ごとの差を示す後ろ向き研究であり,個人の確率ではない |
| 平均年齢81.5歳の2,477例 | 平均3.7年で症候性臼蓋摩耗0.48%,人工股関節転換0.2% | 高齢集団,短い平均追跡及び死亡の競合を含む |
これらの研究は,対象年齢,手術適応,活動性,追跡期間及び評価項目が異なるため,数値を横並びにして一律の「耐用年数」を算定することはできない。将来手術の評価では,製品名,単極・双極,固定法,現在の疼痛,臼蓋摩耗,ステム周囲の透亮像・沈下及び専門医の見通しを個別に確認する必要がある。
第5 逸失利益と将来手術費は等級から自動計算しない
1 労働能力喪失率と期間
10級の労働能力喪失率27%は損害算定の重要な出発点であるが,裁判所を機械的に拘束する割合ではない。確認できた裁判例には27%を用いたものがある一方,復職後の収入,担当業務及び職場の配慮を踏まえて20%としたものもあり,同じ等級でも職業と具体的支障によって評価が分かれている。
被害者側では,長時間立位,重量物運搬,階段昇降,しゃがみ込み,車両乗降及び現場移動のうち,事故前に行っていた動作と現在できない動作を対応させる。収入が維持されている場合も,配置転換,勤務時間短縮,同僚の補助,休憩増加及び本人の特別な努力を勤務資料と陳述資料で具体化する必要がある。
2 将来手術費の認否を分ける資料
人工骨頭には将来の再置換可能性があるが,一般的な耐用年数又は統計上の可能性だけで将来手術費が認められるわけではない。必要性と相当因果関係を具体化する資料は,①現在の症状と画像所見,②再手術の医学的適応及び蓋然性,③予想時期,④予定術式,⑤費用見積り,⑥予想される入通院期間,⑦公的給付の取扱いである。
再手術の時期又は蓋然性がまだ定まらない場合は,独立した将来治療費として算定できるか,将来リスクを慰謝料その他の評価要素にとどめるか,示談の清算条項で将来の再置換をどう扱うかを分けて検討する。現在の等級へ将来悪化を先取りして上乗せすることと,将来発生する具体的費用を請求することも,別の問題である。
第6 裁判例が示す等級と損害評価の分岐
1 確認済み裁判例の比較
人工骨頭置換と股関節機能障害が問題となった裁判例は,下級審の個別判断が中心である。次の比較は,旧基準と現行基準,労働能力喪失率及び将来手術費の分岐を示すものを選んだものであり,少数例から裁判所全体の一律の傾向を示すものではない。
| 裁判例 | 等級又は障害評価 | 損害評価の要点 | 射程 |
|---|---|---|---|
| 大阪地裁平成15年2月20日判決 | 旧基準の8級7号 | 労働能力喪失率45%を10年,後遺障害慰謝料800万円 | 置換を一律8級とした旧基準事案であり,現行事案へ等級を直結できない |
| 奈良地裁葛城支部平成18年12月5日判決 | 可動域が健側の2分の1以下でないとして10級11号 | 労働能力喪失率27%を12年,後遺障害慰謝料550万円 | 人工骨頭の存在と可動域を二段階で評価した例 |
| 東京地裁平成20年12月2日判決 | 旧基準の行政認定は8級7号,訴訟上は現行基準を参照して10級11号相当 | 復職,収入及び職場の作業制限を踏まえ,労働能力喪失率20% | 行政等級と民事上の具体的な労働能力評価を分けた例 |
| 東京地裁平成28年1月22日判決 | 人工骨頭置換後の10級11号 | 再手術費313万8940円は,具体的必要性,時期及び蓋然性が十分でないとして否定 | 一般的可能性だけでは将来手術費が足りないことを示す例 |
| 東京地裁平成29年12月20日判決 | 症状固定時は人工骨頭未置換の股関節機能障害10級11号 | 36歳頃の人工骨頭置換と20年ごとの再手術を具体的に見込み,1回75万円,3回分を中間利息控除して69万9300円と認定 | 具体的時期,回数及び単価が示された将来手術例 |
2 判決を個別事案へ用いる際の注意
奈良地裁葛城支部判決は裁判所ウェブサイトの判決全文で確認できる。その他の表掲裁判例は裁判所HP未掲載であり,D1-Law判例体系の判決全文及び判例誌の書誌を確認したものであるが,裁判所ウェブサイトで検索できないことは裁判例の不存在を意味しない。
裁判例を比較するときは,等級名だけでなく,事故時期,適用された認定基準,人工骨頭の有無,患側・健側の他動値,年齢,職種,復職状況及び将来手術に関する医師の所見をそろえる必要がある。とりわけ,東京地裁平成29年判決は症状固定時に人工骨頭が入っていない事案であるため,「人工骨頭置換後の等級例」ではなく,将来手術費の立証例として射程を限定すべきである。
第7 被害者側で優先して収集する資料
1 事故から人工骨頭置換までの因果関係をつなぐ
最初に集める資料は,①事故前の股関節症状,歩行能力及び既往画像,②救急搬送記録と初診時の単純エックス線写真・CT,③骨折型と手術適応を記載した診療録,④手術記録,インプラントラベル及び術後画像,⑤退院後のリハビリテーション記録である。これらを時系列で並べ,本件事故が急性骨折を生じさせ,その治療として人工骨頭置換が必要となったことを示す。
相手方からは,骨粗鬆症,変形性股関節症又は軽微な外力を理由として因果関係又は損害の範囲を争われることがある。既往症の存在だけで結論を出さず,事故前に同じ症状があったか,事故直後に荷重不能となったか,画像に急性骨折所見があるか,術式選択が事故傷害に対応しているかを個別に検討する。
2 症状固定時の可動域と生活上の支障を分けて記録する
等級資料としては,後遺障害診断書の角度表だけでなく,理学療法記録に残る複数時点の他動・自動可動域,測定肢位,骨盤固定,疼痛及び終末感を確認する。健側が比較対象として適切かを反対側の既往歴と画像から判断し,数値が2分の1の境界をまたぐ場合は,測定条件をそろえて再確認する。
損害資料としては,杖,歩行器,靴下着脱,入浴,階段,公共交通機関,運転及び就労動作の支障を,頻度と介助の内容まで記録する。等級を決める可動域の証拠と,逸失利益,補助具費又は住宅改修費を決める生活・就労上の証拠は目的が異なるため,同じ抽象的な「歩きにくい」という説明だけで済ませない。
3 将来手術の意見書は結論が変わる争点に絞る
将来手術が争点となる場合は,まず通常の診療録,最新画像,インプラント情報及び主治医の治療方針を取得し,再置換の適応,時期又は費用のどこが不足しているかを特定する。その上で,何が判明すれば将来手術費の認否が変わるかを質問事項として示し,必要な場合に限って股関節専門医の意見書又は費用見積りを求める。
反対に,現在の画像に臼蓋摩耗,ステムのゆるみ又は沈下がなく,主治医も再手術の時期を示せない場合は,高額な意見書を追加しても一般論の反復に終わる可能性がある。この段階では,独立した将来手術費の主張を続けるか,現在確実に存在する等級,労働上の支障及び補助具等の立証へ作業を集中するかを見直す必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令・行政資料
① 自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)別表第二
② 国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)9頁~12頁
③ 厚生労働省「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(平成16年6月4日基発第0604003号)
④ 厚生労働省「整形外科の障害認定に関する専門検討会報告書の概要」3「人工関節・人工骨頭をそう入置換した関節」
⑤ 日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法改訂について」日本リハビリテーション医学会誌58巻10号1188頁~1200頁,2021年,PDFビューア7頁
2 裁判例
① 奈良地裁葛城支部平成18年12月5日判決・平成17年(ワ)第239号
② 大阪地裁平成15年2月20日判決・平成13年(ワ)第13344号,交通事故民事裁判例集36巻1号225頁,D1-Law判例体系・判例ID28090724(裁判所HP未掲載)
③ 東京地裁平成20年12月2日判決・平成18年(ワ)第27874号,交通事故民事裁判例集41巻6号1530頁,D1-Law判例体系・判例ID28160011(裁判所HP未掲載)
④ 東京地裁平成28年1月22日判決・平成25年(ワ)第20923号,D1-Law判例体系・判例ID29016368(裁判所HP未掲載)
⑤ 東京地裁平成29年12月20日判決・平成27年(ワ)第31620号,自保ジャーナル2017号87頁,D1-Law判例体系・判例ID28263149(裁判所HP未掲載)
3 医学ガイドライン
① 日本整形外科学会・日本骨折治療学会監修『大腿骨頚部/転子部骨折診療ガイドライン 改訂第3版』(南江堂,2021年)58頁~59頁(PDFビューア74頁~75頁)
4 医学文献
① HEALTH Investigators, Total Hip Arthroplasty or Hemiarthroplasty for Hip Fracture, New England Journal of Medicine, 2019, PMID 31557429. PubMed
② Poursalehian M et al., Conversion of a Failed Hip Hemiarthroplasty to Total Hip Arthroplasty: A Systematic Review and Meta-Analysis, Arthroplasty Today, 2024, PMCID PMC11295470. PMC
③ Moon NH et al., High conversion rate to total hip arthroplasty after hemiarthroplasty in young patients with a minimum 10 years follow-up, BMC Musculoskeletal Disorders, 2021, PMCID PMC7955647. PMC
④ Macheras GA et al., Acetabular erosion after bipolar hip hemiarthroplasty for femoral neck fracture in elderly patients: a retrospective study, Hip International, 2024, PMID 37932231. PubMed
⑤ Mahmoud AN et al., Symptomatic Acetabular Erosion After Hip Hemiarthroplasty: Is It a Major Concern? A Retrospective Analysis of 2477 Hemiarthroplasty Cases, Journal of Clinical Medicine, 2024, PMCID PMC11595040. PMC