第1 予備的遺言の意味と結論
1 予備的遺言とは
予備的遺言とは,主として財産を取得する予定の者が先に死亡するなど,主位的な条項を実現できない事態に備え,次に財産を取得させる者と発動条件をあらかじめ定めておく遺言である。
例えば,「長男に自宅を相続させる」と定めるだけでなく,「長男が遺言者より先に,又は遺言者と同時に死亡したときは,長男の子に相続させる」と定める方法がある。
後の条項が予備的遺言である。
2 結論
①受益者が遺言者より先に死亡しても,その子が当然に遺言の利益を引き継ぐとは限らない。
②先死亡と同時死亡は予備的遺言で明記する必要性が高い。
③相続放棄,遺贈放棄,相続欠格及び廃除は先死亡と法的効果が異なるため,一つの短い条項で一律に処理しない方がよい。
④予備的な受益者が相続人でなければ,「相続させる」ではなく「遺贈する」と書く。
⑤主位的条項と予備的条項で,財産の範囲,代替財産,受益者の範囲及び割合を対応させる。
第2 受益者が先に死亡しても代襲相続になるとは限らない
1 最高裁平成23年2月22日判決
最高裁平成23年2月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第1260号,民集65巻2号699頁)は,「相続させる」旨の遺言により財産を取得する予定であった推定相続人が遺言者より先に死亡した場合を扱った。
同判決は,遺言書の他の記載,作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況等から,その場合には代襲者その他の者に財産を相続させる意思を認めるべき特段の事情がない限り,その条項は効力を生じないとした。
法律上の代襲相続人が存在するというだけで,その者が遺言による受益者の地位を当然に承継するわけではない。
2 遺贈の場合
受遺者が遺言者より先に死亡したときは,遺贈は原則として効力を生じない(民法994条1項)。
停止条件付き遺贈について,条件成就前に受遺者が死亡した場合も,遺言に別段の意思が表示されていない限り同様である(同条2項)。
効力を生じなかった遺贈の目的財産は,遺言に別段の意思が表示されていない限り相続人に帰属する(民法995条)。
誰に帰属させたいかが明確であれば,別段の意思を予備的遺言として書いておく必要がある。
第3 予備的遺言で想定する事由
1 先死亡と同時死亡
先死亡は,主位的な受益者が遺言者より先に死亡する場合である。
同時死亡では,民法32条の2により互いに相続人とならないため,先死亡の場合と同様に主位的条項を実現できないことがある。
日本公証人連合会の説明も,長男が遺言者に先立って,又は同時に死亡したときは長男の子に相続させるという形の予備的遺言を紹介している。
先後不明の事故もあり得るため,「先に死亡したとき」だけでなく「同時に死亡したとき」も書くのが安全である。
2 相続放棄
相続放棄をした者は,その相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)。
相続放棄をした者の子が,放棄を理由として代襲相続人になるわけではない。
「相続させる」条項の受益者が相続放棄をした場合に,どの財産を誰に取得させるかを決めておきたいときは,先死亡とは別に発動条件として記載する。
相続債務が多い場合,主位的な受益者が相続放棄を選ぶ可能性も考慮する。
3 遺贈放棄
受遺者は,遺言者の死亡後,いつでも遺贈を放棄できる(民法986条1項)。
遺贈の放棄は遺言者の死亡時にさかのぼって効力を生ずる(同条2項)。
受遺者が相続人でもある場合,相続放棄と遺贈放棄は別の制度である。
相続放棄をしたことだけから,当然に全ての遺贈も放棄したと扱えるとは限らないため,遺言執行時にはどの地位についてどの意思表示がされたかを確認する。
4 相続欠格と廃除
相続欠格事由に該当する者は相続人となることができず,廃除された推定相続人も相続権を失う(民法891条,892条)。
もっとも,欠格又は廃除の場合は代襲相続が生じ得る点で,相続放棄と同じではない(民法887条2項・3項)。
欠格又は廃除を予備的遺言の発動条件に含めるかは,遺言者の希望と家族関係に応じて決める。
単に「受益者が相続できないとき」とまとめると,どの事由を含むかが争われる可能性がある。
第4 予備的受益者と財産の範囲を特定する
1 相続人には「相続させる」,相続人以外には「遺贈する」と書く
予備的な受益者が遺言者の相続人であるときは,「相続させる」と書くことが考えられる。
孫であっても,親である子が生存しているなど,相続開始時に相続人でない場合がある。
予備的な受益者が相続人でないときは,「遺贈する」と書く。
受益者の続柄だけで判断せず,相続開始時に相続人となる立場かを想定する。
2 複数の予備的受益者の割合を定める
「長男の子供に相続させる」とだけ書くと,対象となる子の範囲,後に生まれた子を含むか,均等割合かが問題となることがある。
氏名で特定する方法と,「長男の子全員に均等の割合で」と属性で特定する方法には,それぞれ長所と注意点がある。
氏名で特定した場合は,その者が先に死亡した場合をさらに想定する。
属性で特定した場合は,養子,胎児,認知された子等を含む法的な範囲を確認する。
3 目的財産と残余財産条項を対応させる
主位的条項で「自宅土地建物」を特定したのに,予備的条項で「前記財産」とせず曖昧に書くと,対象範囲が争われる可能性がある。
不動産の表示,預貯金口座,株式等について,主位的条項と予備的条項を対応させる。
遺言作成後に目的財産が売却,解約,統合又は別の財産へ変わることもある。
代金又は移転先口座まで予備的条項の対象とするか,残余財産条項との関係をどうするかを検討する。
第5 条項を作るときの確認事項
1 発動条件を列挙する
必要な条件は,事案に応じて,①遺言者より先に死亡したとき,②同時に死亡したとき,③相続放棄をしたとき,④遺贈を放棄したとき,⑤相続欠格又は廃除により相続資格を失ったとき等である。
全てを常に入れるのではなく,各事由が生じたときに本当に同じ代替先へ渡したいかを確認する。
2 主位的受益者と予備的受益者の双方について次順位を考える
予備的受益者も遺言者より先に死亡することがある。
予備的受益者が受け取れない場合に,さらに次の者へ移すのか,残余財産に含めるのかを定める。
次順位を際限なく増やすと条項が複雑になり,家族関係の変化にも追い付かなくなる。
定期的な見直しと組み合わせることが重要である。
3 遺言執行者と権限を定める
予備的条項が発動するかを判断するには,死亡時期,相続放棄の受理,遺贈放棄の意思表示その他の資料確認が必要となる。
遺言執行者を指定し,必要に応じて予備的な遺言執行者又は指定委託者も定める。
遺言執行者には,主位的条項だけでなく,予備的条項が発動した場合の名義変更,換価,払戻し及び分配に必要な権限が及ぶかを確認する。
第6 遺言執行時の確認
①遺言者と主位的受益者の死亡日を戸籍等で確認する。
②同時死亡の推定が問題となる事故では,死亡時刻を裏付ける資料を確認する。
③家庭裁判所への相続放棄申述が受理されているかを確認する。
④遺贈放棄の対象,方法及び意思表示の相手方を確認する。
⑤欠格又は廃除の有無と,代襲相続人の範囲を確認する。
⑥主位的条項が効力を生じない場合に,予備的条項又は残余財産条項のどちらが適用されるかを確認する。
⑦目的財産が死亡時にも存在し,同一性を保っているかを確認する。
予備的条項の発動について関係者の見解が一致しない場合,遺言執行者は自らの解釈と根拠を示し,原状回復の難しい分配を急がない。
遺言の執行全体については,遺言書の執行とは―見つけた後の検認,遺言執行者,財産別の手続及び執行できない場合を参照されたい。
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第8 出典
1 法令及び公的資料
①e-Gov法令検索「民法」(32条の2,887条,891条,892条,939条,986条,994条,995条,1002条)
②日本公証人連合会「予備的な遺言について、説明してください。」
2 裁判例及び文献
①最高裁平成23年2月22日第三小法廷判決(平成21年(受)第1260号,民集65巻2号699頁)
②第一東京弁護士会司法研究委員会編『履行困難な遺言執行の実務―遺言作成後の事情変更,解釈の難しい遺言への対応』(日本加除出版,2023年)1頁~6頁,83頁~119頁,267頁~275頁