第1 家庭用財産に相続税がかかる理由
1 原則は課税対象である
被相続人が所有していた家具,家電,衣類,食器,時計,宝飾品その他の動産は,換価性が低い日用品であっても,経済的価値がある限り,原則として相続税の課税対象になる。相続税法2条1項及び11条の2第1項は,相続又は遺贈によって取得した財産の価額を課税価格の基礎とするためであり,「家庭で使用していた」というだけで課税対象から外れる規定はない。
もっとも,家庭内の物を全て同じ方法で評価するわけではない。通常の家具・家電等,1個又は1組の価額が5万円を超える物,書画骨とう品,自動車,地金,家屋と一体の設備及び祭祀財産は,それぞれ課税関係又は評価方法を振り分ける必要がある。
2 相続開始時の時価で評価する
相続税法22条は,特別の定めがあるものを除き,相続により取得した財産を取得時の時価により評価すると定める。家庭用財産の場合の取得時は相続開始時であるから,購入時の定価,購入代金又は帳簿上の残高をそのまま使うのではなく,相続開始時における客観的な交換価値を求めることになる。
通常の中古家具・家電は,新品価格と比べて時価が大きく下がることがある。他方で,希少な時計,宝飾品,ブランド品,楽器,美術品及び骨とう品は,購入後に価値が維持又は上昇していることもあるため,「古いから価値がない」と一律に扱うことはできない。
第2 誰の家庭用財産かを先に確定する
1 自宅にある物が全て被相続人の財産とは限らない
相続税の対象となるのは,被相続人が所有していた財産である。同居する配偶者又は子が購入した家電,配偶者が婚姻前から所有する家具,家族が贈与を受けた宝飾品等は,被相続人の自宅に置かれていても,その事実だけで被相続人の相続財産にはならない。
民法762条は,夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産を特有財産とし,夫婦のいずれに属するか明らかでない財産を共有に属するものと推定する。したがって,夫婦の財産について帰属が不明な場合,被相続人の単独所有を当然の前提にして全額を計上することも,反対に配偶者の物として全額を外すことも適切ではない。
2 名義よりも取得資金その他の実態が重要である
所有者の判断では,領収証,クレジットカード明細,預金口座からの支払,保証登録,購入時の契約書,贈与の経緯,専用使用の状況及び過去の相続税申告書等を確認する。高価品については,誰が購入資金を負担したか,贈与があったか及び共同購入であったかを具体的に記録する必要がある。
国税庁が公表した第75回税理士試験の相続税法の問題にも,名義上の購入者と資金拠出者を区別して家庭用財産の帰属を検討させる設定がある。これは法令そのものではないが,家庭用財産についても名義だけでなく取得資金等の実態を確認するという実務上の考え方を示す公的資料である。
第3 5万円基準と家財一式の意味
1 原則は1個又は1組ごとの評価である
財産評価基本通達128は,一般動産の価額を原則として「1個又は1組ごと」に評価すると定める。単品で取引される物は1個を単位とし,組として機能し通常一体で取引される物は1組を単位とすることになるが,「1組」の詳細な境界を定めた国税庁の公表基準は確認できないため,具体的な取引実態に即して判断すべきである。
例えば,ダイニングテーブルと同じシリーズの椅子一式のように,一体で取引される物は1組となり得る。他方で,同じ部屋に置いてあるというだけで,別々に取引されるテレビ,冷蔵庫及び洗濯機を1組と扱う根拠にはならない。
2 5万円以下の物は一世帯ごとに一括評価できる
同通達128ただし書は,家庭用動産で1個又は1組の価額が5万円以下のものを,一括して一世帯ごとに評価することができると定める。この5万円は購入価格ではなく,相続開始時における1個又は1組の価額について判定する基準である。
したがって,まず5万円を超える可能性のある物を抽出して個別に評価し,残った通常の家具,家電,衣類,寝具,食器及び日用品等を一世帯単位でまとめるという順序になる。「家財一式」という記載は調査を省略するための名称ではなく,5万円以下であることを検討した物を一括評価した結果である。
3 5万円は非課税枠ではない
5万円以下の家庭用動産を一括評価できることは,その物を相続税の対象から除外できることを意味しない。一括評価した家庭用財産の合計額は相続財産として計上する必要があり,その合計額が5万円を超えても差し支えない。
反対に,価額が5万円を超える1個又は1組の物を,「家財一式」の中に埋没させることはできない。5万円基準は非課税限度額でも申告省略基準でもなく,評価単位を切り替える基準である。
4 家財一式10万円という公的な一律基準はない
現行の相続税法,財産評価基本通達及び令和8年分申告書の記載要領には,一般家庭の家財一式を一律10万円,20万円又は30万円とする規定はない。実務上,少額の概算額が記載されることはあるが,それは法定額又は国税庁が定めた標準額ではない。
専門実務書も,相続税申告書に10万円又は20万円等と記載される例を紹介しつつ,その額は便宜的なものであると説明している。したがって,10万円という結論が個別の家財の種類,数量,状態及び中古市場に照らして合理的な場合はあり得るものの,「一般家庭だから10万円」と根拠なく固定することは避けるべきである。
第4 家庭用財産の評価方法
1 売買実例価額又は精通者意見価格を先に調べる
財産評価基本通達129は,一般動産を原則として売買実例価額又は精通者意見価格等を参酌して評価すると定める。中古市場の成約事例,買取業者の査定,専門店の評価又はオークションの落札実績がある場合は,これらを先に検討する。
この場合,インターネット上の希望販売価格だけを時価とみなすのは適切ではない。型式,製造年,保存状態,付属品の有無,修理歴,地域,取引時期,販売手数料及び通常売却か売り急ぎかを比較し,相続開始日に近い実際の成約価格又は複数の査定を残すことが望ましい。
2 市場資料がない場合に新品小売価額から減価する
売買実例価額又は精通者意見価格等が明らかでない場合に限り,同通達129ただし書により,同種・同規格の新品の相続開始時における小売価額から,製造時から相続開始時までの償却費又は減価額を控除する。同通達130は,償却費の計算について,減価償却資産の耐用年数等に関する省令の耐用年数と定率法を用いると定める。
同省令の別表第一では,主として金属製でない家具は8年,主として金属製の家具は15年,ラジオ・テレビジョンその他の音響機器は5年,冷房用又は暖房用機器は6年,電気冷蔵庫・電気洗濯機その他これらに類する機器は6年,カーテン・座ぶとん・寝具等は3年とされている。もっとも,これらの年数は市場資料がない場合の補充的な減価計算に用いるものであり,中古市場価格が確認できる物に機械的に適用する基準ではない。
3 ゼロ評価には客観的な根拠が必要である
長期間使用した量販家具又は家電は,買取業者が価格を付けず,通常の中古市場でも売却できないことがある。その場合に時価をゼロと評価する余地はあるが,古いこと又は処分費がかかることだけから当然にゼロになるわけではない。
ゼロとする場合は,品目,型式,製造年,状態,複数業者の査定,無料引取りの可否及び処分見積り等を保存し,相続開始時に客観的な交換価値がなかったことを説明できるようにする。他方で,世帯内の物を調べないまま「家財は全て価値ゼロ」とする処理は,財産評価基本通達128及び129の手順と整合しない。
第5 家庭用財産と分けて検討すべき物
1 高価品,書画骨とう品,自動車及び地金
高級時計,宝飾品,ブランド品,希少な楽器及び高級家具等は,一般動産であっても1個又は1組の価額が5万円を超える可能性が高いため,通常の家財一式から外して個別に評価する。財産評価基本通達135は,販売業者が所有するもの以外の書画骨とう品を,売買実例価額又は精通者意見価格等を参酌して評価すると定める。
令和8年分の相続税申告書第11表の付表4の記載例では,家庭用財産とは別に,自家用車及び書画骨とう品を「その他の財産」,金地金を「貴金属等」として記載する。通達上の評価分類と申告書上の記載区分は完全に同じ概念ではないが,高価品を通常の家財一式に混在させないための実務上の手掛かりになる。
2 家屋と一体の設備,門塀及び庭園設備
財産評価基本通達92は,家屋に取り付けられて構造上一体となっている電気設備,ガス設備,衛生設備,給排水設備,温湿度調整設備等を家屋の価額に含める。これらは,室内にあるからといって家庭用動産として家財一式に加えるものではない。
同通達は,門・塀等を再建築価額から償却費又は減価額を控除した額の70%,庭木・庭石・あずまや・庭池等の庭園設備を調達価額の70%で評価する。国税不服審判所令和5年3月7日裁決も,庭園設備は単独で売却しにくいことだけを理由に価額がないとはいえないとして,同通達92(3)による評価を維持したものであり,通常の家財評価に直接適用される裁決ではないが,売却困難と価値ゼロを同一視できないことを示す。
3 デジタル機器とデジタル資産を区別する
パソコン,スマートフォン及び記録媒体という物自体は,一般動産として評価する。他方で,暗号資産,電子マネー,ポイント,オンラインアカウント上の権利,著作権及び配信収益等は,物理的な機器とは別の財産であり,家庭用財産一式に含めて処理しない。
令和8年分の申告書記載例でも,暗号資産は家庭用財産とは別の財産区分である。デジタル機器を初期化又は処分する前に,内部のデータだけでなく,機器からアクセスできる別財産の有無を確認する必要がある。
第6 仏壇その他の祭祀財産
1 日常礼拝に用いる祭具等は非課税である
相続税法12条1項2号は,墓所,霊びょう,祭具及びこれらに準ずるものを非課税財産とする。相続税基本通達12-2は,庭内神し,神棚,神体,神具,仏壇,位はい,仏像,仏具及び古墳等で日常礼拝の用に供しているものを「これらに準ずるもの」に含める。
したがって,家庭内にある仏壇又は神棚については,価格の高低だけでなく,実際に日常礼拝に用いられていたかを確認する。民法上の祭祀財産の承継と相続税上の非課税財産は根拠条文と判断目的が異なるため,両者を分けて考える必要がある。民法上の整理は,葬儀・火葬の実施(AI作成)の「遺骨と祭祀財産の帰属」も参照されたい。
2 商品,骨とう品又は投資対象は非課税にならない
相続税基本通達12-2は,商品,骨とう品又は投資の対象として所有するものを非課税となる祭具等から除外する。宗教的な外形を持つ美術品又は古美術品であっても,収集,売買又は投資の対象として保有され,日常礼拝の用に供されていなければ,課税対象として評価することになる。
判断資料としては,設置場所と固定状況,日常の礼拝状況,購入目的,取得経緯,保管方法,売買又は鑑定の記録及び被相続人の生前の使用状況が重要である。名称が「仏像」又は「神具」であることだけで結論は決まらない。
3 庭内神しと敷地に関する東京地裁平成24年判決
東京地方裁判所平成24年6月21日判決(平成22年(行ウ)第494号,相続税更正処分取消等請求事件,判例時報2231号20頁,税務訴訟資料262号順号11973)は,弁財天及び稲荷を祀る庭内神しの敷地部分が相続税法12条1項2号の非課税財産に当たるかを判断した。
同判決は,庭内神しの設備と敷地・附属設備との位置関係,定着性,外形,建立の経緯・目的,現在の礼拝の用に供される程度その他の事情を総合し,設備と敷地等が社会通念上一体の物として日常礼拝の対象とされている場合には,敷地等も「これらに準ずるもの」に含まれ得るとした。本件では,コンクリート打ちの土台上に祠が設置され,鳥居,参道及び玉砂利敷き等が一体の外観を形成し,日常礼拝の対象となっていたことなどから,当該敷地部分を非課税財産と認めた。
もっとも,同判決は通常の仏壇,家具又は家財一式の評価額を判断したものではない。また,国税不服審判所平成16年3月31日裁決は,事実関係の異なる寺のような形態の土地について非課税該当性を否定しており,宗教施設の外観があるだけで敷地まで当然に非課税になるわけではない。
第7 令和8年分申告書への記載
1 家庭用財産の財産区分は61である
令和8年分相続税申告書第11表の付表4の記載例では,家庭用財産の財産区分を61とし,「その名称と銘柄」欄等に内容を記載する形式である。同記載例は,自家用車及び書画骨とう品を73,金地金を76,暗号資産を79としており,別評価した財産はそれぞれに対応する区分へ振り分ける。
この財産区分番号は令和8年分の申告様式に基づくものであり,将来の様式改訂時には最新の記載要領を確認する必要がある。また,申告書の「家庭用財産」という欄名は,家庭内にある全ての財産を一括できることを意味しない。
2 調査と評価の実務手順
調査は,①相続開始時に各部屋,収納,金庫及び物置の写真又は動画を残す,②家具,家電,衣類,高価品,美術品,収集品,楽器及び趣味用品等を部屋ごとに抽出する,③領収証,保証書,型式,製造年,購入資金及び所有者を確認する,④1個又は1組の価額が5万円を超える可能性のある物と別区分の財産を外す,⑤残った通常品を一世帯単位で一括評価する,という順序が合理的である。
個別評価品は,相続開始日に近い成約事例又は査定を取得する。通常品の一括評価についても,代表的な品目,数量,使用年数,状態及び評価方法を短い一覧にし,根拠のない丸い数字だけを残さないようにする。
3 残すべき資料
保存すべき資料は,①相続開始時の写真・動画,②部屋別又は品目別の一覧,③型式・製造年・状態の記録,④領収証・保証書・取扱説明書・修理記録,⑤購入資金と所有者を示す資料,⑥中古市場の成約事例,査定書又は鑑定書,⑦個別評価品と一括評価品を区分した計算メモである。
調査コストは財産の規模とリスクに応じて配分する。自宅の状況と資料から5万円を超える物が見当たらず,通常品の一括評価額を合理的に説明できる段階まで確認した場合に,全ての日用品について専門家査定を重ねる必要は通常ない。他方で,高級品,収集品,金庫内の物,所有者が争われる物又は市場価格が大きく変動する物がある場合は,個別調査を止めるべきではない。
第8 相続税評価と遺産分割は別問題である
相続税申告で通常品を「家庭用財産一式」として一括評価しても,民法上,個々の動産が消滅して一つの財産になるわけではない。一括評価額は相続税を計算するための評価単位であり,個々の物の所有者,遺産分割の対象及び取得者を確定する民事上の作業とは区別される。
遺産分割では,高価な美術品,宝飾品,時計等を個別に特定し,誰が取得するかを決める必要があることが多い。税務上の取得者との不一致が生じないよう,遺産分割協議書,財産目録及び申告書の対応関係を確認すべきである。
第9 裁判例・裁決の到達点と限界
1 公表資料から確認できる判断
家庭周辺の動産又は設備に関する公表判断として重要なのは,①前記東京地方裁判所平成24年6月21日判決が庭内神しと敷地等の社会通念上一体性を総合判断したこと,②国税不服審判所平成16年3月31日裁決が別の事実関係の下で祭祀財産の非課税該当性を否定したこと,③同所令和5年3月7日裁決が庭園設備の売却困難性だけでは価値ゼロにならないとしたことである。
一般動産の評価方法に関しては,同所平成24年7月24日裁決が船舶について売買実例価額又は精通者意見価格等を参酌し,それらが明らかでない場合に新品価額から減価するという通達上の順序を扱っている。また,同所平成27年5月8日裁決は金地金の存在及び帰属の立証を扱うが,いずれも通常の家庭用財産一式の評価額を決めた裁決ではない。
2 通常の家庭用財産に関する公表裁判例の限界
裁判所ウェブサイト,国税庁の税務訴訟資料及び国税不服審判所の公表裁決を,「家庭用財産」「家庭用動産」「家財一式」「一般動産」「5万円」等で確認した範囲では,通常の家具・家電等について,財産評価基本通達128の5万円基準,一括評価額又は一律10万円の当否を直接判断した公表裁判例は確認できなかった。判決書に家財一式の申告額が記載される例はあるが,多くはその金額が争点ではなく,評価方法に関する判断先例として用いることはできない。
ただし,裁判所ウェブサイトは全ての裁判例を掲載しているわけではなく,検索で見つからないことは裁判例が存在しないことを意味しない。認証付き商用データベースの全件横断検索まで完了したものではないため,公表資料外の裁判例の有無は確認を要する。
出典・参考資料
1 法令・通達
①相続税法2条,11条の2,12条及び22条,②民法762条,③減価償却資産の耐用年数等に関する省令,④財産評価基本通達92,⑤同通達128~130,⑥同通達135,⑦相続税基本通達12-1及び12-2。
2 裁判例・裁決
①東京地方裁判所平成24年6月21日判決(平成22年(行ウ)第494号,判例時報2231号20頁,税務訴訟資料262号順号11973),②国税不服審判所平成16年3月31日裁決(裁決事例集67号491頁),③同所令和5年3月7日裁決,④同所平成24年7月24日裁決要旨,⑤同所平成27年5月8日裁決要旨。
3 国税庁の申告関係資料
①令和8年分相続税申告書等の様式一覧,②相続税申告書第11表の付表4の記載例,③一般動産及び船舶の評価明細書,④第75回税理士試験相続税法の問題。
4 文献
①税理士法人タクトコンサルティング『図解 相続税・贈与税のしくみ 第3版』東洋経済新報社,2023年,214頁~215頁,②奈良恒則ほか『3訂版 相続相談標準ハンドブック』日本法令,2024年,456頁~457頁,③山城司『Q&A 遺産分割事件の手引き』日本加除出版,2022年,146頁~149頁,④佐藤修二編『実務に活かす!税務リーガルマインド』日本加除出版,2016年,119頁~120頁。