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老人福祉法の「やむを得ない事由による措置」――契約によらない介護サービス提供の要件と裁判例(AI作成)

第1 この記事が扱う対象

1 検討の対象と範囲

老人福祉法10条の4及び11条は,介護保険法に規定する介護サービスを契約によって利用することが著しく困難な高齢者について,市町村が職権で介護サービスの提供又は施設への入所を実施できる制度を定めている。実務ではこれを「やむを得ない事由による措置」と呼ぶ。本記事は,同制度の条文構造,「やむを得ない事由」の該当性が実務でどのように判断されているか,同制度の法的性格を巡って裁判所がどのような判断を示してきたか,及び老人福祉法32条の市町村長申立てや成年後見人の選任との関係を,公開されている一次資料に基づいて整理するものである。

「やむを得ない事由による措置」で検索すると,多数の自治体が公表する要綱・規則が上位に並ぶ一方,制度の全体像や適法性を争った裁判例を整理した解説はほとんど見当たらない。本記事では,条文そのものに加え,大阪市福祉局が作成した運用文書(要綱及び事務マニュアル)並びに同制度の適法性が争われた裁判例2件を素材に,制度の骨格と限界を示す。

2 参照した一次資料

本記事は,e-Gov法令検索で取得した老人福祉法及び高齢者虐待防止法の現行条文,裁判所ウェブサイトで全文を確認した裁判例2件,大阪市福祉局が作成し公表した文書及び同局作成の内部文書,厚生労働省が公表する成年後見制度利用促進に関する資料,並びに大阪弁護士会及び民間出版社が公刊した実務書2点を用いて構成した。生成AIを用いてこれらの資料を通読し,条文番号,裁判年月日,事件番号及び数値を原典と照合した上で執筆している。

第2 老人福祉法上の位置付け-「措置から契約へ」の例外

1 介護保険制度と措置制度の関係

2000年に介護保険法が施行される以前,高齢者福祉サービスは行政が対象者を決定して提供する「措置制度」の下で運営されていた。介護保険法の施行により,介護サービスの提供制度は行政処分としての「措置制度」から,利用者が自ら事業者を選択して契約する「契約制度」へと転換した。この転換によって,老人福祉法が根拠となる施設のうち,特別養護老人ホームは介護保険制度の枠組みで運用されるようになった一方,養護老人ホームは環境上・経済的理由による入所という性質上,措置制度のまま運用が続けられている。

もっとも,契約制度への転換は,本人が自ら事業者と契約を締結できることを前提とする。認知症や精神障害により契約締結能力を欠く高齢者,養護者による虐待により契約に基づくサービス選択が事実上不可能な高齢者については,契約制度が機能しない場面が生じる。老人福祉法10条の4及び11条が定める「やむを得ない事由による措置」は,このように契約による利用が著しく困難な高齢者に対して,介護保険サービスに代わる保護を確保するための行政処分としての受け皿である。

2 条文の全体構造

老人福祉法10条の4(居宅における介護等)は,65歳以上の者であって身体上又は精神上の障害により日常生活に支障があるものが,やむを得ない事由により介護保険法上の訪問介護,通所介護,短期入所生活介護,小規模多機能型居宅介護,認知症対応型共同生活介護又は複合型サービス等を利用することが著しく困難であると認めるときに,市町村が政令で定める基準に従い,これらに相当する便宜を供与し,又は供与を委託することができると定める任意的な措置である(老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号))。

これに対し,老人福祉法11条(老人ホームへの入所等)は,市町村が次の措置を採らなければならないと定める義務的な措置である。1号は,環境上の理由及び経済的理由により居宅における養護が困難な65歳以上の者を養護老人ホームへ入所させる措置,2号は,身体上又は精神上著しい障害があり常時介護を要する65歳以上の者が,やむを得ない事由により介護保険法上の地域密着型介護老人福祉施設又は介護老人福祉施設への入所が著しく困難であると認めるときに,特別養護老人ホームへ入所させる措置,3号は,養護者がない又は養護者に養護させることが不適当な65歳以上の者の養護を,養護受託者へ委託する措置である。11条2項は,これらの措置又は委託を受けた者が死亡し,葬祭を行う者がいない場合の葬祭委託の措置を定める。

第3 「やむを得ない事由」の内容と大阪市における運用

1 条文が定める対象者と措置の種類

条文自体は「やむを得ない事由」の内容を具体的に定義していない。大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課が令和5年4月に作成した「やむを得ない事由による措置関係事務」は,措置の対象者を「原則65歳以上の者であって,介護保険法に規定する介護保険サービスに係る保険給付を受けることができる者で,身体及び精神(認知症を含む)上の障がいがある等のやむを得ない事由により介護保険サービスを利用することが著しく困難な者」とし,「やむを得ない事由」を「措置しようとしている者や親族等により,介護保険事業者と『契約』によりサービスを利用することや,要介護認定の『申請』等を期待しがたいこと」と説明する。この定義は,認知症の程度や障がいの程度そのものではなく,契約締結・認定申請という行為を本人又は親族に期待できるかどうかを基準に置いている点に特徴がある。虐待により一時的に意思決定能力が低下している場合で,真に必要な介護保険サービスを契約できない者もこれに含まれる。

同文書によれば,65歳未満の者であっても,区保健福祉センター長が真に必要と認める場合は措置の対象として差し支えないとされる。また,措置により利用できる介護保険サービスは,訪問介護,通所介護,短期入所生活介護等の居宅系サービス及び特別養護老人ホーム等の入所系サービスに限られ,介護老人保健施設(老健)等,老人福祉法に規定のないサービスは対象とならない。

2 大阪市の措置基準

大阪市福祉局が令和6年度4月に改訂した「高齢者虐待対応マニュアル」は,老人福祉法第10条の4第1項及び第11条第1項第2号の規定に基づくやむを得ない事由による措置について,平成13年11月29日制定の要綱第198号に基づく措置基準を紹介している。前提条件(必須)は,介護事業者と契約すること又は要介護認定の申請を行うことが期待しがたいために介護サービスを利用することが著しく困難な者に対し,その事由が解消し介護サービスが受けられるようになるまでの間,措置を行うというものである。その上で,次のいずれかに該当することが要件とされる。①65歳以上の者であってやむを得ない事由により介護サービスを利用することが著しく困難な場合,②65歳以上の者が養護者による高齢者虐待を受け,当該養護者による虐待から保護される場合,③65歳以上の者の養護者がその心身の状態に照らし養護の負担の軽減を図るための支援を必要と認められる場合,④介護保険法被保険者であって,その他,保健福祉センター所長が真にやむを得ないと認める場合,⑤おおむね65歳以上の介護保険被保険者であって,前記各号に定める事由に該当すると所長が認める場合,である。

同マニュアルはさらに,分離保護を決定するに当たっての検討順序を図示している。高齢者が入院加療を要しない場合,まず意思能力があり養護老人ホームの入所要件を満たすかを検討し,満たさなければやむを得ない事由による措置の要件を満たすかを検討し,契約能力があり一定の資力を有する場合には契約による介護サービスの利用を優先する,という順序である。手を尽くしても措置先が決まらない場合は,大阪市が平成18年度から実施する要援護高齢者緊急一時保護事業による緊急一時保護(原則14日以内,やむを得ない事情がある場合は1か月を限度に延長可)を用いる。

3 行政不服審査法に基づく審査請求

「やむを得ない事由による措置関係事務」は,やむを得ない事由による措置についても,養護老人ホームへの措置と同じく老人福祉法に基づく行政処分に当たるため,被措置者等は,処分庁(区保健福祉センター長)の決定に不服がある場合,行政不服審査法に基づき,審査庁(大阪市長)に対して不服申立てを行うことができるとする。老人福祉法に基づく申立てに係る審査手続は,大阪市福祉局高齢福祉課が担当する。

第4 高齢者虐待防止法との接続

1 9条2項が定める市町村の義務

高齢者虐待防止法(平成17年法律第124号)9条2項は,市町村又は市町村長の義務として,養護者による高齢者虐待により生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる高齢者を一時的に保護するため,「迅速に老人福祉法第二十条の三に規定する老人短期入所施設等に入所させる等,適切に,同法第十条の四第一項若しくは第十一条第一項の規定による措置を講じ,又は,適切に,同法第三十二条の規定により審判の請求をするものとする」と定める(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)。すなわち,高齢者虐待の緊急保護の場面では,やむを得ない事由による措置と,後述する老人福祉法32条の市町村長申立てが,条文上一体のものとして位置付けられている。

2 分離保護の検討順序

前記第3の2で紹介した分離保護の検討フローは,高齢者虐待事案における養護者からの分離を実現する手段として,入院,養護老人ホームへの措置,やむを得ない事由による措置,契約による介護サービスの利用,要援護高齢者緊急一時保護事業のいずれかを組み合わせて用いることを想定している。転居,親族宅への避難,宿泊施設の利用等,本人に活用できる資産・人的資源がある場合はこれらも選択肢に加えられる。

3 面会の制限

高齢者虐待防止法13条は,「養護者による高齢者虐待を受けた高齢者について老人福祉法第十一条第一項第二号又は第三号の措置が採られた場合においては,市町村長又は当該措置に係る養介護施設の長は,養護者による高齢者虐待の防止及び当該高齢者の保護の観点から,当該養護者による高齢者虐待を行った養護者について当該高齢者との面会を制限することができる」と定める。すなわち,面会制限の対象となるのは,老人福祉法11条1項2号(特別養護老人ホームへの入所)又は3号(養護受託者への委託)の措置が採られた場合であり,10条の4(居宅サービス)の措置は対象に含まれない。なお,大阪市福祉局高齢者虐待対応マニュアルは,大阪市では11条1項3号の養護受託者への委託を運用していない旨を明記している。

面会制限の目的は,養護者との接触を制限することで高齢者の施設内における生活を安定させ,養護者による連れ戻しの危険を回避することにある。同マニュアルは,虐待対応における面会制限は施設の管理権に基づく面会拒否とは別に,行政責任として行うことが原則であるとし,面会制限の要否は,虐待内容の経緯,高齢者の意思や心身の状況,養護者の態度等から,養護者と面会することによる高齢者の心身への危険性や弊害を考慮して総合的に判断すべきものとする。

第5 措置の法的性格をめぐる裁判例

1 措置に法令上の申請権はない-大阪高裁平成13年判決

大阪高等裁判所平成13年6月21日判決(平成10年(行コ)第71号,原審・大阪地方裁判所平成8年(行ウ)第73号,裁判所ウェブサイト)は,介護保険法施行前の老人福祉法(平成2年改正後)10条の4第1項に基づくホームヘルパー派遣を巡り,大阪市福祉事務所長がホームヘルパー派遣の回数・時間を削減する変更決定をしたことの違法性,及び担当職員のケースマネジメント義務違反による国家賠償責任が争われた事案である。第一審原告は寝たきりの高齢者,控訴人はその介護に当たっていた長男であり,福祉事務所長の変更決定が,憲法25条や老人福祉法等が定めるホームヘルプサービスの最低基準(「ケアミニマム」)に違反する違法なものであると主張していた。

大阪高裁は,原判決を引用しつつ,控訴を棄却した。判決はまず,ホームヘルパー派遣を求める申請権の有無について,「上記申出書の提出は,ホームヘルパーの需要状況を職権をもって広範かつ的確に把握することが事実上不可能であることから,その必要性と派遣についての希望の有無の把握を個々の需要者の申出にかからしめ,これを派遣決定等の発動に対する当初の契機とする趣旨に出たものとみるべきであり,これをもって,手続上の申請権を認めたものとみることはできない」と判示した。生活保護法がその条文で申請権を明記しているのと対比しても,両法は申請権,実体的権利の存否,権利としての成熟性につき異なる前提に立っていると解さざるを得ないとし,「法は,手続的権利としても申請権を認めていないものとせざるを得ない」としている。市の派遣基準(「ケアミニマム」)についても,法令や条例の委任に基づかない行政の内部指針にすぎず,行政手続法5条の「審査基準」には該当しないと判示した。

控訴人は,昭和61年改正前の老人福祉法30条・31条が定めていた老人ホーム入所等の措置に対する審査請求・再審査請求の制度が,行革一括法による機関委任事務から団体委任事務への転換に伴い削除されたことを根拠に,法はホームヘルパー派遣申請権を認めていると解すべきであると主張した。しかし,判決は,旧30条・31条による審査請求・再審査請求の対象は,老人ホームへの収容又は委託を中心とした身体的移動を伴う不利益処分及び社会福祉主事による指導という不利益措置を指すものであり,ホームヘルパー派遣制度の前身である老人家庭奉仕員の派遣を定める規定は,そもそもこれらの対象に含まれていなかったと判示した。さらに,老人福祉法12条の2がホームヘルパー派遣に関する行政手続法第3章の規定の適用の大半を除外していることを踏まえ,同法は「ホームヘルパー派遣措置の解除は不利益処分とし不服申立になじむとの立場に立っているとしても,利益的なものについてまで行政不服審判法等による一般的不服の途を一律に認めているとは解されず」,控訴人の主張はその前提を欠くとした。ケースマネジメント義務についても,平成5年から平成8年当時の福祉現場において実践が定着していたとまでは認め難いとして,注意義務違反を否定している。

本判決は,介護保険法施行前の措置制度を対象とするものであるが,ホームヘルパー派遣(現行の10条の4に相当する措置)について法令上の申請権を認めず,かつ,その解除のような不利益処分は格別,新規の派遣や派遣内容の拡大という利益的な決定については行政不服審査法による一般的な不服申立ての途も当然には開かれていないとした点は,現行の老人福祉法10条の4・11条の構造を理解する上でも参照価値がある。もっとも,前記第3の3で見たとおり,大阪市の内部文書は,やむを得ない事由による措置全般を老人福祉法に基づく行政処分と位置付け,被措置者等からの行政不服審査法に基づく不服申立てを許容している。措置の廃止・解除という不利益処分の場面ではこの本判決の枠組みとも整合的であるが,措置の開始や内容の拡大という利益的な場面での不服申立ての可否は,本判決の判示に照らせば必ずしも自明ではなく,実務・裁判例の集積が待たれる論点というべきである。

2 国家賠償法上の広い裁量-東京地裁令和5年判決

東京地方裁判所令和5年11月16日判決(令和2年(行ウ)第121号,裁判所ウェブサイト)は,区の高齢者緊急一時保護事業実施要綱に基づいて実施された緊急一時保護及びその他の措置等の国家賠償法上の違法性が争われた事案である。原告は,区が原告の母(当時90歳代後半)に対して行った退院措置,移送・入所措置,面会制限措置及び老人福祉法32条に基づく後見開始審判等の申立てが違法であるとして,国家賠償を求めた。

判決要旨は,「区が高齢者緊急一時保護事業実施要綱に基づいて実施した緊急一時保護及びその他の措置等につき,国家賠償法上違法であるとはいえないとされた事例」であり,裁判所は次のとおり判示した。「①介護事業者及び訪問診療機関から原告によるその母に対する身体的虐待及び心理的虐待に該当する行為に係る通報があったこと,②自宅における原告の不適切な入浴介助によって原告の母に熱傷事故が発生したこと,③その治療に当たった入院先からも原告が問題行動を繰り返している旨の報告があったことなど判示の事情の下においては,被告福祉部高齢福祉課の課長や係長らで構成される会議において退院後に自宅に帰せば原告の母の生命又は身体に重大な危険が生ずるおそれがあるものと判断したことは不合理とはいえないことなどからすれば,被告が原告の母に対して実施した緊急一時保護及びその他の措置等(退院措置,移送・入所措置,面会制限措置及び後見開始審判等の申立て)は,いずれも国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない」。

判決は,老人福祉法32条に基づく後見開始審判等の申立てについても,「高齢者虐待防止法9条2項及び老人福祉法32条各所定の要件を満たすと判断したことが不合理であるということはできず,実際にも,Aについては申立てから程なくして家庭裁判所による後見開始決定等がされたものである」として適法性を肯定している。

本判決は,高齢者虐待防止法9条2項に基づく緊急保護の場面において,市町村の判断に著しい不合理性がない限り,国家賠償法上の違法性が認められないという広い行政裁量を示すものである。大阪高裁平成13年判決が示した措置の裁量性・非申請権性という構造と,本判決が示した国家賠償法上の広い裁量とは,介護保険法施行前後という時代の違いを超えて,やむを得ない事由による措置及びこれに関連する市町村長申立てが,行政の広範な裁量に委ねられた仕組みであるという共通の性格を示していると評価できる。

第6 老人福祉法32条による市町村長申立てとの関係

1 審判請求の対象

老人福祉法32条は,「市町村長は,六十五歳以上の者につき,その福祉を図るため特に必要があると認めるときは,民法第七条,第十一条,第十三条第二項,第十五条第一項,第十七条第一項,第八百七十六条の四第一項又は第八百七十六条の九第一項に規定する審判の請求をすることができる」と定める。対象となるのは,後見開始(民法7条),保佐開始(同11条),保佐人の同意権の範囲の拡張(同13条2項),補助開始(同15条1項),補助人に対する同意権付与(同17条1項),保佐人に対する代理権付与(同876条の4第1項)及び補助人に対する代理権付与(同876条の9第1項)の各審判である。市町村長申立ては,四親等内の親族による申立てが期待できない,又は親族間で対立がある事案の受け皿として機能しており,成年後見事件における親族の位置付けについては,「成年後見事件における親族の意向の取扱い」で別途整理している。

2 措置の実施機関との管轄調整

厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部が令和3年3月31日に取りまとめた「成年後見制度における市町村長申立てに関する実務者協議の取りまとめについて」は,措置を受けて介護保険サービス又は障害福祉サービスを利用している場合の審判請求は,措置の実施機関(措置から契約に切り替わった場合を除く)が原則として行うべきであるとする管轄調整基準を示している。これは,前記第4の1で見た高齢者虐待防止法9条2項が,やむを得ない事由による措置と32条の審判請求とを一体のものとして規定していることに対応するものであり,同一の高齢者について措置の実施機関と申立ての実施機関が分かれることによる支援の分断を避ける趣旨と理解できる。

厚生労働省・法務省・総務省が令和4年3月25日に閣議決定した「第二期成年後見制度利用促進基本計画」は,「身寄りのない独居高齢者やセルフネグレクトへの支援として,市町村長申立ての必要性が高まっている」と明記している。やむを得ない事由による措置の対象者の多くが,まさに契約や申請を本人・親族に期待できない高齢者であることを踏まえると,措置の実施と市町村長申立ての実施が同一の機関に集約される制度設計は,この政策的要請とも整合する。

第7 措置に係る費用の負担

老人福祉法21条は,10条の4第1項各号及び11条の措置に要する費用を,市町村の支弁とする旨を定める。21条の2は,措置に係る者が介護保険法の規定により当該措置に相当する保険給付を受け,又は第1号訪問事業等を利用することができる者であるときは,市町村は,その限度において,前条の規定による費用の支弁を要しないことができると定める。厚生労働省老健局長が発した「老人福祉法第11条の規定による措置事務の実施に係る指針について」(平成18年1月24日老発0124001号)を大阪市福祉局の事務マニュアルが引用しており,これに基づく実務では,措置に係った費用のうち,介護保険法による介護給付を受けることができる額を除いた自己負担相当額(1割~3割相当分)を,措置先の介護保険事業者へ市が支弁する。

支弁した費用については,老人福祉法28条に基づき,市が被措置者から費用を徴収する。徴収額は措置に係った費用の全額を原則とするが,被措置者の収入額が措置費支弁額を超過する等,被措置者が生活保護の受給対象となる場合の徴収額は0円とされる。被措置者に費用の支払を行える親族等がいる場合はその都度請求し,支払を行える者がいない場合は,成年後見人等が選任され措置を廃止した後に,成年後見人等に対して費用の全額を一括して請求する取扱いとなっている。

第8 成年後見人選任後の措置解除の可否

やむを得ない事由による措置として施設への入所による一時保護がなされている場合,成年後見人が選任されると,措置を解除して契約利用へ切り替えることを求められる場合がある。大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センターが令和5年6月に公刊した『成年後見人の実務2023〔全訂版〕』は,介護保険法上サービス提供が契約を原則とする以上,いずれかのタイミングで契約への切替えが必要になるとしつつ,「本人は一時保護しただけで虐待のない平穏な終の棲家を確保できたわけではなく,市町村による養護者支援が始まったかどうかという暫定的な段階で成年後見人が選任されたことのみをもって契約に切り替えることは,行政による措置としての面会制限も解除されてしまい,十分な分離の効果が図れない危険性もあり適切ではない」とし,虐待事案が一定の安定を迎えた段階で,入所施設の対応の可否も考慮して検討すべきであるとする。

この整理は,前記第4の3で見た面会制限が老人福祉法11条1項2号又は3号の措置が採られたことを要件とする以上,措置を解除すれば面会制限の法的根拠自体が失われることと表裏の関係にある。成年後見人の選任は,本人の財産管理・身上保護の主体を確保するものであって,虐待からの分離という保護の必要性そのものを消滅させるものではないため,両者を混同せずに検討すべきであるという理解が実務の到達点といえる。

第9 射程と残された課題

1 「措置控え」の指摘

養護老人ホームは,環境上の理由及び経済的理由により入所措置がとられる施設であり,特別養護老人ホームと異なり,措置制度のまま運用されている。平成17年の「三位一体の改革」により,養護老人ホーム保護費負担金・整備費負担金が一般財源化され,国の負担分が全額市町村等の負担へ転換した結果,財政の厳しい市町村等では,養護老人ホームの財源分を他の施策に用いるため,入所措置を手控えるようになったのではないかとの指摘がある。あわせて,養護老人ホームが2018年3月現在,全国に975施設あるものの,これは1,700強ある市町村数の5割強にしか相当せず,地域によっては養護老人ホームが当該市町村内に存在せず,身近な社会資源として認識されていないことも一因ではないかとされている。

2 「やむを得ない事由」の解釈をめぐる指摘

高齢者虐待防止法9条1項が定める市町村の事実確認義務と,同条2項が定めるやむを得ない事由による措置又は32条申立ての義務との関係,及び9条2項の条文構造の複雑さから,やむを得ない事由による措置をとるべき場合の判断が実務上明確になりにくいとの指摘がある。この指摘は,本記事第3の2で紹介した大阪市の措置基準が,前提条件と複数の具体要件を組み合わせる形で「やむを得ない事由」を具体化していることの背景でもあると考えられる。

3 令和8年改正との関係

老人福祉法32条が引用する民法及び家事事件手続法上の後見・保佐・補助の各審判は,令和8年法律第45号による成年後見制度の改正(後見・保佐を廃止し,法定補助制度に一元化するもの)の対象となっている。同改正の施行は公布(令和8年6月24日)から2年6か月以内とされ,施行までに老人福祉法32条が引用する条文番号がどのように整理されるかは,本記事の執筆時点では確認できていない。改正の全体像については,「令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備」で別途整理している。

やむを得ない事由による措置の対象者の多くは,契約締結能力を欠く,又は契約による選択が事実上できない高齢者である。この点は,身元保証人を立てられないために入院を拒否される高齢者の問題とも,本人が契約主体として振る舞えないという点で共通の背景を持つ。この論点については,「身元保証人等がいない場合の入院拒否は医師法19条違反か」で別途整理している。

出典・参考資料

1 法令

老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)10条の4・11条・21条・21条の2・28条・32条(e-Gov法令検索)
高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成十七年法律第百二十四号)9条・13条(e-Gov法令検索)

2 裁判例

大阪高等裁判所平成13年6月21日判決(平成10年(行コ)第71号,原審・大阪地方裁判所平成8年(行ウ)第73号,裁判所ウェブサイト)
東京地方裁判所令和5年11月16日判決(令和2年(行ウ)第121号,裁判所ウェブサイト)

3 公的資料

①大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課「やむを得ない事由による措置関係事務」(令和5年4月)
②大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課「養護老人ホームへの措置関係事務」(令和5年4月)
③大阪市福祉局生活福祉部地域福祉課相談支援グループ「高齢者虐待対応マニュアル」(令和6年度4月改訂版)
④厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部「成年後見制度における市町村長申立に関する実務者協議の取りまとめについて」(令和3年3月31日)
⑤「第二期成年後見制度利用促進基本計画~尊厳のある本人らしい生活の継続と地域社会への参加を図る権利擁護支援の推進~」(令和4年3月25日閣議決定)

4 文献

①大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編『成年後見人の実務2023〔全訂版〕』(大阪弁護士協同組合,令和5年6月)88頁~90頁
②結城康博・網中肇編著『押さえておきたい介護保険・高齢者福祉』(ぎょうせい,令和3年10月)112頁~116頁