第1 この記事が扱う対象
1 検討の対象と範囲
老人福祉法10条の4及び11条は,介護保険法に規定する介護サービスを契約によって利用することが著しく困難な高齢者について,市町村が職権で介護サービスの提供又は施設への入所を実施できる制度を定めている。実務ではこれを「やむを得ない事由による措置」と呼ぶ。本記事は,同制度の条文構造,「やむを得ない事由」の該当性が実務でどのように判断されているか,同制度の法的性格を巡って裁判所がどのような判断を示してきたか,及び老人福祉法32条の市町村長申立てや成年後見人の選任との関係を,公開されている一次資料に基づいて整理するものである。
「やむを得ない事由による措置」で検索すると,多数の自治体が公表する要綱・規則が上位に並ぶ一方,制度の全体像や適法性を争った裁判例を整理した解説はほとんど見当たらない。本記事では,条文そのものに加え,山中弁護士ブログで公開されている大阪市福祉局の情報公開文書(令和5年4月及び令和6年4月改訂版)並びに同制度の適法性が争われた裁判例2件を素材に,制度の骨格と限界を示す。
2 参照した一次資料
本記事は,e-Gov法令検索で取得した老人福祉法及び高齢者虐待防止法の現行条文,裁判所ウェブサイトで全文を確認した裁判例2件,山中弁護士ブログで公開されている大阪市福祉局の情報公開文書,厚生労働省が公表する成年後見制度利用促進に関する資料,並びに大阪弁護士会及び民間出版社が公刊した実務書2点を用いて構成した。生成AIを用いてこれらの資料を通読し,条文番号,裁判年月日,事件番号及び数値を原典と照合した上で執筆している。
第2 老人福祉法上の位置付け-「措置から契約へ」の例外
1 介護保険制度と措置制度の関係
2000年に介護保険法が施行される以前,高齢者福祉サービスは行政が対象者を決定して提供する「措置制度」の下で運営されていた。介護保険法の施行により,介護サービスの提供制度は行政処分としての「措置制度」から,利用者が自ら事業者を選択して契約する「契約制度」へと転換した。この転換によって,老人福祉法が根拠となる施設のうち,特別養護老人ホームは介護保険制度の枠組みで運用されるようになった一方,養護老人ホームは環境上・経済的理由による入所という性質上,措置制度のまま運用が続けられている。
もっとも,契約制度への転換は,本人が自ら事業者と契約を締結できることを前提とする。認知症や精神障害により契約締結能力を欠く高齢者,養護者による虐待により契約に基づくサービス選択が事実上不可能な高齢者については,契約制度が機能しない場面が生じる。老人福祉法10条の4及び11条が定める「やむを得ない事由による措置」は,このように契約による利用が著しく困難な高齢者に対して,介護保険サービスに代わる保護を確保するための行政処分としての受け皿である。
2 条文の全体構造
老人福祉法10条の4(居宅における介護等)は,65歳以上の者であって身体上又は精神上の障害により日常生活に支障があるものが,やむを得ない事由により介護保険法上の訪問介護,通所介護,短期入所生活介護,小規模多機能型居宅介護,認知症対応型共同生活介護又は複合型サービス等を利用することが著しく困難であると認めるときに,市町村が政令で定める基準に従い,これらに相当する便宜を供与し,又は供与を委託することができると定める任意的な措置である(老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号))。
これに対し,老人福祉法11条(老人ホームへの入所等)は,市町村が次の措置を採らなければならないと定める義務的な措置である。1号は,環境上の理由及び経済的理由により居宅における養護が困難な65歳以上の者を養護老人ホームへ入所させる措置,2号は,身体上又は精神上著しい障害があり常時介護を要する65歳以上の者が,やむを得ない事由により介護保険法上の地域密着型介護老人福祉施設又は介護老人福祉施設への入所が著しく困難であると認めるときに,特別養護老人ホームへ入所させる措置,3号は,養護者がない又は養護者に養護させることが不適当な65歳以上の者の養護を,養護受託者へ委託する措置である。11条2項は,これらの措置又は委託を受けた者が死亡し,葬祭を行う者がいない場合の葬祭委託の措置を定める。
3 特別養護老人ホームへの入所措置の四要件
老人福祉法11条1項2号により特別養護老人ホームへ入所させるには,少なくとも,①原則として65歳以上であること(老人福祉法5条の4による65歳未満への適用を含む),②身体上又は精神上の著しい障害のため常時の介護を必要とすること,③居宅でその介護を受けることが困難であること,④やむを得ない事由により,介護保険法上の地域密着型介護老人福祉施設又は介護老人福祉施設へ入所することが著しく困難であること,を分けて確認する必要がある。
③は居宅で安全かつ必要な介護を確保できるかという「困難性」の問題であり,養護者による虐待又はネグレクト,居宅環境,医療・介護の提供可能性などが関係する。④は契約による施設入所を利用できないという「補充性」の問題であり,本人の判断能力,意思確認,契約を支援できる親族・成年後見人等の有無,緊急性などが関係する。虐待の疑いがあるという一事だけで両要件を一括して済ませず,処分時の具体的事実を各要件に対応させるべきである。
④の判断では,介護老人福祉施設への新規の契約入所は原則として要介護3~5が対象であるが,厚生労働省の入所指針により,深刻な虐待の疑い等の特別な事情がある要介護1・2にも特例入所の余地があることを踏まえる。契約を支援できる人がいるという形式だけで補充性を否定せず,本人の意思,安全な受入先の有無及び契約までの時間を確認する。
第3 「やむを得ない事由」の内容と大阪市における運用
1 条文が定める対象者と措置の種類
条文自体は「やむを得ない事由」の内容を具体的に定義していない。山中弁護士ブログに掲載された大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課の令和5年4月の情報公開文書「やむを得ない事由による措置関係事務」は,措置の対象者を「原則65歳以上の者であって,介護保険法に規定する介護保険サービスに係る保険給付を受けることができる者で,身体及び精神(認知症を含む)上の障がいがある等のやむを得ない事由により介護保険サービスを利用することが著しく困難な者」とし,「やむを得ない事由」を「措置しようとしている者や親族等により,介護保険事業者と『契約』によりサービスを利用することや,要介護認定の『申請』等を期待しがたいこと」と説明する。この定義は,認知症の程度や障がいの程度そのものではなく,契約締結・認定申請という行為を本人又は親族に期待できるかどうかを基準に置いている点に特徴がある。虐待により一時的に意思決定能力が低下している場合で,真に必要な介護保険サービスを契約できない者もこれに含まれる。
同文書によれば,65歳未満の者であっても,区保健福祉センター長が真に必要と認める場合は措置の対象として差し支えないとされる。また,措置により利用できる介護保険サービスは,訪問介護,通所介護,短期入所生活介護等の居宅系サービス及び特別養護老人ホーム等の入所系サービスに限られ,介護老人保健施設(老健)等,老人福祉法に規定のないサービスは対象とならない。
2 大阪市の措置基準
山中弁護士ブログに掲載された大阪市福祉局の令和6年4月改訂版「高齢者虐待対応マニュアル」は,老人福祉法第10条の4第1項及び第11条第1項第2号の規定に基づくやむを得ない事由による措置について,平成13年11月29日制定の要綱第198号に基づく措置基準を紹介している。前提条件(必須)は,介護事業者と契約すること又は要介護認定の申請を行うことが期待しがたいために介護サービスを利用することが著しく困難な者に対し,その事由が解消し介護サービスが受けられるようになるまでの間,措置を行うというものである。その上で,次のいずれかに該当することが要件とされる。①65歳以上の者であってやむを得ない事由により介護サービスを利用することが著しく困難な場合,②65歳以上の者が養護者による高齢者虐待を受け,当該養護者による虐待から保護される場合,③65歳以上の者の養護者がその心身の状態に照らし養護の負担の軽減を図るための支援を必要と認められる場合,④介護保険法被保険者であって,その他,保健福祉センター所長が真にやむを得ないと認める場合,⑤おおむね65歳以上の介護保険被保険者であって,前記各号に定める事由に該当すると所長が認める場合,である。
同マニュアルはさらに,分離保護を決定するに当たっての検討順序を図示している。高齢者が入院加療を要しない場合,まず意思能力があり養護老人ホームの入所要件を満たすかを検討し,満たさなければやむを得ない事由による措置の要件を満たすかを検討し,契約能力があり一定の資力を有する場合には契約による介護サービスの利用を優先する,という順序である。手を尽くしても措置先が決まらない場合は,大阪市が平成18年度から実施する要援護高齢者緊急一時保護事業による緊急一時保護(原則14日以内,やむを得ない事情がある場合は1か月を限度に延長可)を用いる。
3 行政不服審査法に基づく審査請求
「やむを得ない事由による措置関係事務」は,やむを得ない事由による措置についても,養護老人ホームへの措置と同じく老人福祉法に基づく行政処分に当たるため,被措置者等は,処分庁(区保健福祉センター長)の決定に不服がある場合,行政不服審査法に基づき,審査庁(大阪市長)に対して不服申立てを行うことができるとする。老人福祉法に基づく申立てに係る審査手続は,大阪市福祉局高齢福祉課が担当する。
第4 高齢者虐待防止法との接続
1 9条2項が定める市町村の義務
高齢者虐待防止法(平成17年法律第124号)9条2項は,市町村又は市町村長の義務として,養護者による高齢者虐待により生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる高齢者を一時的に保護するため,「迅速に老人福祉法第二十条の三に規定する老人短期入所施設等に入所させる等,適切に,同法第十条の四第一項若しくは第十一条第一項の規定による措置を講じ,又は,適切に,同法第三十二条の規定により審判の請求をするものとする」と定める(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)。すなわち,高齢者虐待の緊急保護の場面では,やむを得ない事由による措置と,後述する老人福祉法32条の市町村長申立てが,条文上一体のものとして位置付けられている。
2 分離保護の検討順序
前記第3の2で紹介した分離保護の検討フローは,高齢者虐待事案における養護者からの分離を実現する手段として,入院,養護老人ホームへの措置,やむを得ない事由による措置,契約による介護サービスの利用,要援護高齢者緊急一時保護事業のいずれかを組み合わせて用いることを想定している。転居,親族宅への避難,宿泊施設の利用等,本人に活用できる資産・人的資源がある場合はこれらも選択肢に加えられる。
3 面会の制限
高齢者虐待防止法13条は,「養護者による高齢者虐待を受けた高齢者について老人福祉法第十一条第一項第二号又は第三号の措置が採られた場合においては,市町村長又は当該措置に係る養介護施設の長は,養護者による高齢者虐待の防止及び当該高齢者の保護の観点から,当該養護者による高齢者虐待を行った養護者について当該高齢者との面会を制限することができる」と定める。すなわち,面会制限の対象となるのは,老人福祉法11条1項2号(特別養護老人ホームへの入所)又は3号(養護受託者への委託)の措置が採られた場合であり,10条の4(居宅サービス)の措置は対象に含まれない。なお,大阪市福祉局高齢者虐待対応マニュアルは,令和6年当時,大阪市では11条1項3号の養護受託者への委託を運用していない旨を記載している。現行の運用は別途確認を要する。
面会制限の目的は,養護者との接触を制限することで高齢者の施設内における生活を安定させ,養護者による連れ戻しの危険を回避することにある。同マニュアルは,虐待対応における面会制限は施設の管理権に基づく面会拒否とは別に,行政責任として行うことが原則であるとし,面会制限の要否は,虐待内容の経緯,高齢者の意思や心身の状況,養護者の態度等から,養護者と面会することによる高齢者の心身への危険性や弊害を考慮して総合的に判断すべきものとする。
厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂)75頁は,13条に基づく面会制限の決定は行政処分に該当するとし,高齢者及び養護者に対する弁明の機会の付与(行政手続法13条1項2号),書面による理由の提示(同法14条1項・3項)並びに審査請求及び取消訴訟の教示(行政不服審査法82条,行政事件訴訟法46条)が必要であるとしている。面会制限を受けた家族の側から見た手続は,親への虐待を疑われた家族が措置入所・面会制限に直面したときにできることで整理している。
面会制限の法的根拠,通知及び見直しは,措置入所後の面会制限は誰が決めるかで整理している。
第5 措置の法的性格をめぐる裁判例
1 措置に法令上の申請権はない-大阪高裁平成13年判決
大阪高等裁判所平成13年6月21日判決(平成10年(行コ)第71号,原審・大阪地方裁判所平成8年(行ウ)第73号,裁判所ウェブサイト)は,介護保険法施行前の老人福祉法(平成2年改正後)10条の4第1項に基づくホームヘルパー派遣を巡り,大阪市福祉事務所長がホームヘルパー派遣の回数・時間を削減する変更決定をしたことの違法性,及び担当職員のケースマネジメント義務違反による国家賠償責任が争われた事案である。第一審原告は寝たきりの高齢者,控訴人はその介護に当たっていた長男であり,福祉事務所長の変更決定が,憲法25条や老人福祉法等が定めるホームヘルプサービスの最低基準(「ケアミニマム」)に違反する違法なものであると主張していた。
大阪高裁は,原判決を引用しつつ,控訴を棄却した。判決はまず,ホームヘルパー派遣を求める申請権の有無について,「上記申出書の提出は,ホームヘルパーの需要状況を職権をもって広範かつ的確に把握することが事実上不可能であることから,その必要性と派遣についての希望の有無の把握を個々の需要者の申出にかからしめ,これを派遣決定等の発動に対する当初の契機とする趣旨に出たものとみるべきであり,これをもって,手続上の申請権を認めたものとみることはできない」と判示した。生活保護法がその条文で申請権を明記しているのと対比しても,両法は申請権,実体的権利の存否,権利としての成熟性につき異なる前提に立っていると解さざるを得ないとし,「法は,手続的権利としても申請権を認めていないものとせざるを得ない」としている。市の派遣基準(「ケアミニマム」)についても,法令や条例の委任に基づかない行政の内部指針にすぎず,行政手続法5条の「審査基準」には該当しないと判示した。
控訴人は,昭和61年改正前の老人福祉法30条・31条が定めていた老人ホーム入所等の措置に対する審査請求・再審査請求の制度が,行革一括法による機関委任事務から団体委任事務への転換に伴い削除されたことを根拠に,法はホームヘルパー派遣申請権を認めていると解すべきであると主張した。しかし,判決は,旧30条・31条による審査請求・再審査請求の対象は,老人ホームへの収容又は委託を中心とした身体的移動を伴う不利益処分及び社会福祉主事による指導という不利益措置を指すものであり,ホームヘルパー派遣制度の前身である老人家庭奉仕員の派遣を定める規定は,そもそもこれらの対象に含まれていなかったと判示した。さらに,老人福祉法12条の2がホームヘルパー派遣に関する行政手続法第3章の規定の適用の大半を除外していることを踏まえ,同法は「ホームヘルパー派遣措置の解除は不利益処分とし不服申立になじむとの立場に立っているとしても,利益的なものについてまで行政不服審判法等による一般的不服の途を一律に認めているとは解されず」,控訴人の主張はその前提を欠くとした。ケースマネジメント義務についても,平成5年から平成8年当時の福祉現場において実践が定着していたとまでは認め難いとして,注意義務違反を否定している。
本判決は,介護保険法施行前の措置制度を対象とするものであるが,ホームヘルパー派遣(現行の10条の4に相当する措置)について法令上の申請権を認めず,かつ,その解除のような不利益処分は格別,新規の派遣や派遣内容の拡大という利益的な決定については行政不服審査法による一般的な不服申立ての途も当然には開かれていないとした点は,現行の老人福祉法10条の4・11条の構造を理解する上でも参照価値がある。もっとも,前記第3の3で見たとおり,大阪市の内部文書は,やむを得ない事由による措置全般を老人福祉法に基づく行政処分と位置付け,被措置者等からの行政不服審査法に基づく不服申立てを許容している。措置の廃止・解除という不利益処分の場面ではこの本判決の枠組みとも整合的であるが,措置の開始や内容の拡大という利益的な場面での不服申立ての可否は,本判決の判示に照らせば必ずしも自明ではなく,実務・裁判例の集積が待たれる論点というべきである。
2 国家賠償法上の広い裁量-東京地裁令和5年判決
東京地方裁判所令和5年11月16日判決(令和2年(行ウ)第121号,裁判所ウェブサイト)は,区の高齢者緊急一時保護事業実施要綱に基づいて実施された緊急一時保護及びその他の措置等の国家賠償法上の違法性が争われた事案である。原告は,区が原告の母(当時90歳代後半)に対して行った退院措置,移送・入所措置,面会制限措置及び老人福祉法32条に基づく後見開始審判等の申立てが違法であるとして,国家賠償を求めた。
判決要旨は,「区が高齢者緊急一時保護事業実施要綱に基づいて実施した緊急一時保護及びその他の措置等につき,国家賠償法上違法であるとはいえないとされた事例」であり,裁判所は次のとおり判示した。「①介護事業者及び訪問診療機関から原告によるその母に対する身体的虐待及び心理的虐待に該当する行為に係る通報があったこと,②自宅における原告の不適切な入浴介助によって原告の母に熱傷事故が発生したこと,③その治療に当たった入院先からも原告が問題行動を繰り返している旨の報告があったことなど判示の事情の下においては,被告福祉部高齢福祉課の課長や係長らで構成される会議において退院後に自宅に帰せば原告の母の生命又は身体に重大な危険が生ずるおそれがあるものと判断したことは不合理とはいえないことなどからすれば,被告が原告の母に対して実施した緊急一時保護及びその他の措置等(退院措置,移送・入所措置,面会制限措置及び後見開始審判等の申立て)は,いずれも国家賠償法1条1項の適用上違法であるということはできない」。
判決は,老人福祉法32条に基づく後見開始審判等の申立てについても,「高齢者虐待防止法9条2項及び老人福祉法32条各所定の要件を満たすと判断したことが不合理であるということはできず,実際にも,Aについては申立てから程なくして家庭裁判所による後見開始決定等がされたものである」として適法性を肯定している。
本判決が直接判断したのは,個々の処分の取消しではなく,一連の緊急保護等が国家賠償法1条1項の適用上違法であるかである。したがって,本判決から直ちに「措置には広い裁量があり,取消訴訟でも著しく不合理でなければ適法である」と一般化することはできない。取消訴訟では老人福祉法11条1項2号の各要件を処分時の事実に即して審査し,国家賠償請求ではこれに加えて,担当職員が当時の資料の下で職務上通常尽くすべき調査・判断義務に違反したかを別に検討する必要がある。
大阪高裁平成13年判決も,介護保険法施行前のホームヘルパー派遣措置に関する判決であって,現行11条1項2号の入所措置の全要件や,高齢者虐待防止法施行後の分離保護一般を直接判断したものではない。現行制度への参照に当たっては,この射程の違いを明示すべきである。
第6 老人福祉法32条による市町村長申立てとの関係
1 審判請求の対象
老人福祉法32条は,「市町村長は,六十五歳以上の者につき,その福祉を図るため特に必要があると認めるときは,民法第七条,第十一条,第十三条第二項,第十五条第一項,第十七条第一項,第八百七十六条の四第一項又は第八百七十六条の九第一項に規定する審判の請求をすることができる」と定める。対象となるのは,後見開始(民法7条),保佐開始(同11条),保佐人の同意権の範囲の拡張(同13条2項),補助開始(同15条1項),補助人に対する同意権付与(同17条1項),保佐人に対する代理権付与(同876条の4第1項)及び補助人に対する代理権付与(同876条の9第1項)の各審判である。市町村長申立ては,四親等内の親族による申立てが期待できない,又は親族間で対立がある事案の受け皿として機能しており,成年後見事件における親族の位置付けについては,「成年後見事件における親族の意向の取扱い」で別途整理している。
虐待事案で市町村長が後見開始の審判を申し立てる場合には,財産の保全が必要かを確認し,審判前の保全処分として財産の管理者の選任等を併せて検討することがある。
その手続は,後見等開始の審判前の保全処分――財産の管理者,後見命令及び職務執行停止で扱っている。
2 措置の実施機関との管轄調整
厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部が令和3年3月31日に取りまとめた「成年後見制度における市町村長申立てに関する実務者協議の取りまとめについて」は,措置を受けて介護保険サービス又は障害福祉サービスを利用している場合の審判請求は,措置の実施機関(措置から契約に切り替わった場合を除く)が原則として行うべきであるとする管轄調整基準を示している。これは,前記第4の1で見た高齢者虐待防止法9条2項が,やむを得ない事由による措置と32条の審判請求とを一体のものとして規定していることに対応するものであり,同一の高齢者について措置の実施機関と申立ての実施機関が分かれることによる支援の分断を避ける趣旨と理解できる。
厚生労働省・法務省・総務省が令和4年3月25日に閣議決定した「第二期成年後見制度利用促進基本計画」は,「身寄りのない独居高齢者やセルフネグレクトへの支援として,市町村長申立ての必要性が高まっている」と明記している。やむを得ない事由による措置の対象者の多くが,まさに契約や申請を本人・親族に期待できない高齢者であることを踏まえると,措置の実施と市町村長申立ての実施が同一の機関に集約される制度設計は,この政策的要請とも整合する。
第7 措置に係る費用の負担
老人福祉法21条は,10条の4第1項各号及び11条の措置に要する費用を,市町村の支弁とする旨を定める。21条の2は,措置に係る者が介護保険法の規定により当該措置に相当する保険給付を受け,又は第1号訪問事業等を利用することができる者であるときは,市町村は,その限度において,前条の規定による費用の支弁を要しないことができると定める。厚生労働省老健局長が発した「老人福祉法第11条の規定による措置事務の実施に係る指針について」(平成18年1月24日老発0124001号)を大阪市福祉局の事務マニュアルが引用しており,これに基づく実務では,措置に係った費用のうち,介護保険法による介護給付を受けることができる額を除いた自己負担相当額(1割~3割相当分)を,措置先の介護保険事業者へ市が支弁する。
支弁した費用について,老人福祉法28条1項は,市町村長が「当該措置に係る者又はその扶養義務者」から,その負担能力に応じて,費用の全部又は一部を徴収できると定める。徴収の名宛人は被措置者だけに限られず,民法上の扶養義務者となる場合がある一方,親族であるというだけで当然に全額負担となるわけでもない。誰を徴収の相手方とするか,負担能力をどう算定するか,月額その他の徴収額をどう定めるかは,措置決定とは区別される別個の問題である。
したがって,入所措置の名宛人でない子その他の扶養義務者も,自分に対する負担金額決定を受けたときは,その決定の取消しや徴収額を争う利益を有し得る。しかし,自己に対する費用徴収処分があることから,当然に高齢者本人に対する入所措置そのものの取消訴訟の原告適格まで導かれるわけではない。
大阪市の令和5年4月の公開事務文書では,費用徴収を措置決定とは別の事務とし,徴収額を決めた後に「費用徴収決定通知書」と納入通知書を交付する流れを示している。これは当時の大阪市の運用であり,他の自治体や現行の書式まで同じとするものではない。費用を請求された側は,入所措置の通知と費用徴収の通知を分け,徴収の相手方,対象期間,算定根拠及び不服申立ての教示を確認する。
第8 措置の継続・廃止と成年後見人選任後の取扱い
入所措置が開始時に適法であっても,その後も無期限に当然継続できるわけではない。老人福祉法11条1項2号の困難性要件又は補充性要件が事情の変化により満たされなくなったときは,措置の廃止を検討しなければならない。同法12条は,市町村長が措置を解除しようとするときの理由説明・意見聴取を定める手続規定であり,継続の実体要件を新たに定める規定ではない。継続時にも11条1項2号の実体要件を現在の事実に即して再評価する必要がある。
老人福祉法施行規則6条も,特別養護老人ホームの長に対し,措置に係る入所者について措置の変更,停止又は廃止を必要とする事由が生じたと認めるときは,速やかに市町村に届け出ることを義務付けている。措置を解除する処分には,行政手続法第3章のうち処分の基準(12条)と理由の提示(14条)の規定が適用される(老人福祉法12条の2)。
厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂)は,措置廃止の例として,①養護者・家族の生活状況が改善して家庭で生活可能と判断される場合,②介護保険サービスの申請・契約が可能になり契約入所へ移行する場合を挙げる。その判断では,支援状況だけでなく,虐待原因となった課題が解決されたか,又は解決に向けて支援が進んでいるかを検証し,関係者を含む会議や面会状況の情報を用いて段階的な廃止も検討するとしている。
成年後見人等の選任により施設との契約が可能になれば,補充性要件が解消する方向の重要な事情となる。しかし,同資料は,成年後見人等が選任された場合でも,一律に契約へ切り替えて面会制限を解除しないよう留意すべきであるとする。成年後見人の選任は契約を支援する主体を確保する事情である一方,虐待からの分離や本人の安全確保の必要性を当然に消滅させるものではないためである。
家庭復帰の可否を判断するときは,本人の意思と安全,市町村が保護を必要と判断した事情の変化,利用できる介護サービス,支援者の役割,評価の時期及び状況が変化した場合の対応を確認する。他方,これらの条件が具体化し,居宅又は契約施設で安全な介護を受けられる見込みが立った後も,「過去に虐待の疑いがあった」という理由だけで措置を継続することはできない。
同じ大阪市の令和5年文書は,契約によるサービスへの移行を調整し,サービス開始日を確認した上で措置廃止通知を交付する流れを示す。要介護1・2の特別養護老人ホーム入所では,契約への移行時に特例入所の手続も確認している。措置の廃止を検討する際は,後見人等の選任日だけで判断せず,本人の意思,受入先,契約の成立,サービス開始日及び安全確保の方法を順に確かめる。大阪市の文書は令和5年時点の運用であり,特例入所の手続・期間は現行の指針と介護保険者の取扱いで確認する。
第9 射程と残された課題
1 「措置控え」の指摘
養護老人ホームは,環境上の理由及び経済的理由により入所措置がとられる施設であり,特別養護老人ホームと異なり,措置制度のまま運用されている。平成17年の「三位一体の改革」により,養護老人ホーム保護費負担金・整備費負担金が一般財源化され,国の負担分が全額市町村等の負担へ転換した結果,財政の厳しい市町村等では,養護老人ホームの財源分を他の施策に用いるため,入所措置を手控えるようになったのではないかとの指摘がある。あわせて,養護老人ホームが2018年3月現在,全国に975施設あるものの,これは1,700強ある市町村数の5割強にしか相当せず,地域によっては養護老人ホームが当該市町村内に存在せず,身近な社会資源として認識されていないことも一因ではないかとされている。
2 「やむを得ない事由」の解釈をめぐる指摘
高齢者虐待防止法9条1項が定める市町村の事実確認義務と,同条2項が定めるやむを得ない事由による措置又は32条申立ての義務との関係,及び9条2項の条文構造の複雑さから,やむを得ない事由による措置をとるべき場合の判断が実務上明確になりにくいとの指摘がある。この指摘は,本記事第3の2で紹介した大阪市の措置基準が,前提条件と複数の具体要件を組み合わせる形で「やむを得ない事由」を具体化していることの背景でもあると考えられる。
3 令和8年改正との関係
法務省の説明によれば,令和8年法律第45号は成年後見・保佐を廃止して補助に一元化する改正であり,同年法律第46号は関係法律を整備する。成年後見制度の見直しの施行日は公布(令和8年6月24日)から2年6か月以内に政令で定められる。現時点の老人福祉法32条の引用条文と施行後の条文は区別して確認する必要がある。改正の全体像については,「令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備」で別途整理している。
やむを得ない事由による措置の対象者の多くは,契約締結能力を欠く,又は契約による選択が事実上できない高齢者である。この点は,身元保証人を立てられないために入院を拒否される高齢者の問題とも,本人が契約主体として振る舞えないという点で共通の背景を持つ。この論点については,「身元保証人等がいない場合の入院拒否は医師法19条違反か」で別途整理している。精神科病院に入院している人について,退院後の住まい,福祉サービス及び生活費をどの制度で確保するかは,別稿「精神科病院退院者の環境調整の諸制度」で整理している。
審査請求のうち「法令に基づく申請」に対する不作為の問題は,行政不服審査法の審査請求で,養護者その他の第三者の原告適格は,取消訴訟の原告適格と訴えの利益の違いで,取消訴訟と国家賠償請求の違法性の違いは,取消訴訟と国家賠償請求の関係で整理している。措置入所や面会制限を受けた家族が何をできるかは,親が虐待を疑われて施設に措置入所・面会制限されたとき家族にできることで整理している。
出典・参考資料
1 法令
①老人福祉法(昭和三十八年法律第百三十三号)5条の4・10条の4・11条・12条・12条の2・21条・21条の2・28条・32条(e-Gov法令検索)
②高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成十七年法律第百二十四号)9条・13条(e-Gov法令検索)
③老人福祉法施行規則6条(e-Gov法令検索)
④介護保険法8条22項・27項,介護保険法施行規則17条の9(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①大阪高等裁判所平成13年6月21日判決(平成10年(行コ)第71号,原審・大阪地方裁判所平成8年(行ウ)第73号,裁判所ウェブサイト)
②東京地方裁判所令和5年11月16日判決(令和2年(行ウ)第121号,裁判所ウェブサイト)
3 公的資料
①大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課「やむを得ない事由による措置関係事務」(令和5年4月)
②大阪市福祉局高齢者施策部高齢福祉課「養護老人ホームへの措置関係事務」(令和5年4月)
③大阪市福祉局生活福祉部地域福祉課相談支援グループ「高齢者虐待対応マニュアル」(令和6年度4月改訂版)
④厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部「成年後見制度における市町村長申立に関する実務者協議の取りまとめについて」(令和3年3月31日)
⑤「第二期成年後見制度利用促進基本計画~尊厳のある本人らしい生活の継続と地域社会への参加を図る権利擁護支援の推進~」(令和4年3月25日閣議決定)
⑥厚生労働省「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂)
4 文献
①大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編『成年後見人の実務2023〔全訂版〕』(大阪弁護士協同組合,令和5年6月)88頁~90頁
②結城康博・網中肇編著『押さえておきたい介護保険・高齢者福祉』(ぎょうせい,令和3年10月)112頁~116頁