公正証書遺言の原本は,遺言者が持ち帰って保管する書類ではなく,公証人が保存する公正証書そのものである。
令和7年10月1日に始まった公正証書作成手続のデジタル化により,指定公証人が作成する公正証書の原本は原則として電磁的記録となった一方,遺言者その他の請求者が受け取るものについては,従来の正本・謄本に対応する書面と電磁的記録が併存している。
本記事では,現行の公証人法43条及び44条に即して,原本,正本等及び謄本等の違い,それぞれを請求できる者並びに相続手続で利用する場合の注意点を整理する。
第1 公正証書遺言の原本
1 令和7年10月1日以後の原本は原則として電磁的記録であること
令和7年10月1日に施行された改正公証人法により,公正証書の作成に係る一連の手続がデジタル化された。
もっとも,電磁的記録に関する事務を取り扱うのは,公証人法7条ノ2に基づいて法務大臣が指定した指定公証人である。
日本公証人連合会の公正証書Q&Aも,令和7年10月1日以後に法務大臣が指定する公証人が作成する公正証書は,原則として電磁的記録で作成されると説明している。
制度開始時は指定公証人が順次指定される方式であったため,施行日だけでなく,指定公証人が取り扱う公正証書であることまで示すのが正確である。
2 書面で作成される場合及び施行前の原本
公証人法36条は,電磁的記録による作成が困難な事情がある場合には,書面で公正証書を作成すると定めている。
紙の原本と電磁的記録の原本のどちらにするかを嘱託人が自由に選択する制度ではなく,困難な事情の有無は公証人が判断する。
また,令和7年10月1日前に書面で作成された公正証書遺言の原本が,改正法の施行だけで電磁的記録の原本に変わるわけではない。
3 原本は公証人側で保存されること
書面で作成された原本は公証人側で保存され,電磁的記録で作成された原本は,日本公証人連合会が運営するシステムのうち当該公証人が管理する領域で保存される。
いずれの場合も,遺言者に原本そのものが交付されるわけではなく,遺言者その他の請求者が取得するのは,次に述べる正本等又は謄本等である。
第2 原本,正本等及び謄本等の対応関係
現行法上の違いをまとめると,次のとおりである。
| 区分 | 交付又は提供されるもの | 請求できる者 | 対象となる範囲 |
|---|---|---|---|
| 原本 | 交付又は提供の対象ではなく,公証人側で保存される | ― | 公正証書そのもの |
| 公証人法43条の謄本等 | 書面原本の謄本・抄本,電磁的原本等の記録事項を出力した書面又は公正証書証明情報 | 嘱託人,その承継人又は利害関係を有する第三者 | 公正証書又は附属書類の全部若しくは一部 |
| 公証人法44条の正本等 | 書面原本の正本,電磁的原本の内容と同一であることを証明した書面又は公正証書正本情報 | 嘱託人又はその承継人 | 公正証書本体の全部 |
日常的には電磁的原本に対応する書面又は電磁的記録も含めて「正本」「謄本」と説明されることがあるが,公証人法43条と44条では,請求できる者及び対象範囲が異なる。
したがって,「正本の電子版」「謄本の電子版」という説明だけで両者を一括せず,どの条文に基づく書面又は電磁的記録であるかを確認する必要がある。
第3 公証人法43条の謄本等
1 嘱託人,承継人及び利害関係を有する第三者が請求できること
公証人法43条1項は,嘱託人,その承継人又は利害関係を有する第三者に,謄本等の請求権を認めている。
承継人は承継の事実を,利害関係を有する第三者は利害関係を有することを,それぞれ書面又は電磁的記録によって示す必要がある(同条2項が準用する公証人法42条3項及び4項)。
2 附属書類及び一部の情報も対象となること
書面で作成された公正証書又は附属書類については,謄本又は抄本の交付を請求できる。
電磁的記録で作成された公正証書又は附属書類については,記録事項の全部若しくは一部を出力した書面又はこれらを記録した電磁的記録の提供を請求できる。
公証人法43条1項3号の電磁的記録は,公証人法施行規則33条において「公正証書証明情報」と呼ばれている。
3 遺言者の生存中と死亡後の取扱い
遺言者の生存中は遺言の効力が生じていないため,推定相続人又は予定されている受遺者であるという事情だけでは,通常,公正証書遺言の閲覧又は謄本等の請求は認められない。
遺言者の死亡後は,相続人,受遺者,遺言執行者その他の者が,それぞれの承継又は利害関係を示す資料を提出して,閲覧又は謄本等を請求できる場合がある。
実際の請求では,遺言者が死亡したこと及び請求者の資格又は利害関係を示す戸籍その他の資料が必要となるため,請求先の公証役場に必要書類を確認する必要がある。
第4 公証人法44条の正本等
1 請求できる者は嘱託人又はその承継人であること
公証人法44条1項の正本等を請求できる者は,嘱託人又はその承継人である。
43条と異なり,利害関係を有する第三者は44条の請求権者に含まれていない。
そのため,遺言執行者であるという地位だけで,当然に正本等を請求できるとは限らない。
2 電磁的原本に対応する書面と公正証書正本情報
書面で作成された公正証書については,従来どおり正本の交付を請求できる。
電磁的記録で作成された公正証書については,①原本の記録事項を記載し,その内容が原本と同一であることを指定公証人が証明した書面又は②同じ内容の証明を付した電磁的記録の提供を請求できる。
②の電磁的記録は,公証人法施行規則36条2項において「公正証書正本情報」と呼ばれている。
正本等の対象は公正証書本体の全部であり,43条の謄本等のように,附属書類又は公正証書の一部を対象とする制度ではない。
第5 遺言執行及び相続手続での利用
1 遺言執行者が確認できる形で保管すること
遺言者が取得した正本等又は謄本等について,遺言執行者が相続開始後にその存在及び保管場所を確認できるようにしておくことは,遺言執行を速やかに開始するために有用である。
電磁的記録の提供を受けた場合は,ファイルの保存場所だけでなく,公証役場名,証書番号,利用方法及び遺言者の死亡後に確認できる連絡先も併せて整理しておくのが安全である。
もっとも,事前に正本等又は謄本等を遺言執行者へ預けていなければ遺言執行ができないわけではない。
遺言の効力発生後,遺言執行者は,利害関係を有する第三者として43条の謄本等を請求できる場合があるからである。
2 相続登記及び金融機関の手続
東京法務局の相続登記ガイドブックは,公正証書遺言による相続登記の必要書類として,「公正証書遺言書の正本又は謄本」を挙げている(資料上1-1-15頁,PDF15頁)。
したがって,相続登記について「必ず正本でなければならない」と一律に説明するのは正確でない。
ただし,同ガイドブックは電磁的原本制度の開始前に作成された紙申請向けの資料であり,公正証書正本情報又は公正証書証明情報をどの方法で提出できるかまで示すものではない。
金融機関の預貯金払戻し,証券口座の移管その他の相続手続についても,必要となる媒体,部数,発行時期及び原本還付の取扱いは提出先によって異なり得る。
そのため,公証役場に書面又は電磁的記録の提供を請求する前に,提出先が求める形式を確認するのが確実である。
R040517 法務省の意思確認文書(公正証書遺言の場合,謄本でも相続登記の申請ができると書いてある法務省民事局の通知又は通達)を添付しています。 pic.twitter.com/KkXOX8RRkE
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) May 19, 2022
3 公正証書遺言には検認が不要であること
民法1004条2項は,遺言書の検認に関する同条1項を公正証書による遺言には適用しないと定めている。
したがって,公正証書遺言については家庭裁判所の検認を受ける必要がなく,この点は原本が書面であるか電磁的記録であるかによって変わらない。
第6 関連記事
公正証書遺言の方式,口授及び遺言無効確認請求訴訟については,公正証書遺言の「口授」とは―要件・判例・無効訴訟の実務も参照されたい。
第7 出典
1 法令
① 公証人法7条ノ2,36条及び42条~45条
② 公証人法施行規則31条~36条
③ 民法1004条2項
2 公的資料及びウェブ資料
① 法務省「公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化について」
④ 東京法務局「相続登記ガイドブック―申請書の書き方編・遺言書(公正証書遺言)による相続」,資料上1-1-15頁(PDF15頁)
3 文献
① 日本公証人連合会編『新訂 公証人法』ぎょうせい,2011年,33頁~34頁及び115頁~119頁
② 吉賀朝哉・三浦武「公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化」『法律のひろば』第79巻第2号(2026年4月号),ぎょうせい,50頁~57頁
③ 吉賀朝哉・三浦武「公正証書作成手続のデジタル化」『ビジネス法務』2026年2月号,中央経済社,140頁~143頁