第1 打診を受けても直ちに現契約は変わらない
1 承諾しない限り切替えは成立しない
本記事は,建物の所有を目的として土地を借りている借地人が,貸主から定期借地契約への切替えを求められた場面を対象とする。
これに対し,居住用又は事業用建物の借主(借家人)が,普通建物賃貸借から定期建物賃貸借への切替えを打診された場合は,「貸主から定期借家契約への切替えを打診された借家人の注意事項」を参照されたい。
貸主から定期借地契約への切替えを打診されただけでは,従前の借地契約は変更されない。
民法521条1項は,法令に特別の定めがある場合を除き,契約をするかどうかを自由に決定できると定め,民法522条1項は,申込みに対して相手方が承諾したときに契約が成立すると定めている。
したがって,貸主が回答期限を示しても,それは通常,提案の有効期間又は交渉上の期限であり,期限が過ぎただけで現在の借地権を失わせる法定期限ではない。
もっとも,「説明を受けたことの確認書」又は「検討依頼書」という表題であっても,本文に合意解約,定期借地権の設定又は将来の明渡しへの承諾が含まれることがあるため,表題だけを見て署名してはならない。
2 最初に集める資料
最初に確認する資料は,①当初の借地契約書,②更新契約書・覚書・承諾書,③地代・更新料・承諾料等の支払資料,④土地及び建物の登記事項証明書,⑤建築確認・増改築・修繕の資料,⑥建物を担保とする融資及び金融機関の承諾条件,⑦建物の賃貸借・転貸借その他の第三者利用関係である。
契約書が見つからない場合も,設定時期,建物の建築時期,地代の領収書,登記及び当事者間の書面から現在の権利内容を復元する必要がある。
貸主には,提案理由,予定する定期借地権の種類,契約期間,現契約の終了日,新契約の開始日,地代,一時金,借地人に与える対価又は利益,期間満了時の建物処理を記載した契約案の提示を求めるべきである。
資料がそろわないことは直ちに提案を拒絶すべき理由とは限らないが,重要な差分を把握できないまま署名することを止める理由にはなる。
第2 「切替え」は合意解約と新契約設定の組合せである
1 単なる契約名称の変更ではない
普通借地権は更新を前提とするのに対し,定期借地権は一定の法定要件を満たす新たな借地権の設定である。
そのため,実務上「切替え」と呼ばれていても,法的には,従前の借地契約を合意により終了させる行為と,新たに定期借地権を設定する行為とを分けて検討しなければならない。
最も危険なのは,従前契約の合意解約だけが先に効力を生じ,新契約が方式違反,条件不成就又は第三者の承諾不足によって成立しない場合である。
合意解約書と新契約書を別の日に作成する場合はもちろん,同じ書面に記載する場合も,二つの法律行為の効力発生日と相互の条件関係を明記する必要がある。
2 合意の有効性は形式だけでは決まらない
最高裁昭和44年5月20日判決(昭和43年(オ)第1118号,民集23巻6号974頁)は,旧借地法が適用される土地賃貸借について,将来の一定時期に終了させる期限付合意解約が問題となった事案である。
同判決は,賃借人に真実解約する意思があると認めるに足りる合理的・客観的理由があり,他に合意を不当とする事情がない場合には,期限付合意解約が当然に許されないものではないとした。
この判決は定期借地権への切替えを直接判断したものではなく,個別事情を詳細に認定した上で合意解約を有効とした事例である。
しかし,契約書への署名という形式だけでなく,借地人が失う利益,得る利益,説明内容,判断能力,交渉経過及び不当な働きかけの有無を確認すべきことを示す資料になる。
3 平成4年8月1日より前の借地権
借地権が平成4年8月1日より前に設定された場合,借地借家法附則6条は契約の更新について,附則7条は建物滅失後の再築による期間延長について,それぞれ従前の例によるとしている。
更新契約書を近年作成していても,それだけで現行借地借家法上の普通借地権へ切り替わったとは限らないため,最初の設定時期まで遡る必要がある。
旧借地法が適用されることは,貸主が一方的に定期借地権へ変更できる根拠にはならない。
むしろ,長年維持されてきた更新その他の利益をいったん消滅させる合意であるから,現契約の法的評価と合意解約の有効性を先に検討すべきである。
第3 提案された定期借地権の種類を特定する
1 一般定期借地権と事業用定期借地権
契約案に「定期借地契約」と記載されているだけでは足りず,借地借家法22条又は23条のどの類型を予定しているかを特定する必要がある。
調査基準日現在の主な違いは次のとおりである。
| 類型 | 存続期間 | 建物の用途 | 更新等の取扱い | 方式 |
|---|---|---|---|---|
| 一般定期借地権(22条) | 50年以上 | 制限なし | 更新,再築による期間延長及び建物買取請求を排除する特約 | 特約を書面又は電磁的記録で定める。公正証書は必須ではない。 |
| 事業用定期借地権等(23条1項) | 30年以上50年未満 | 専ら事業用であり,居住用を除く | 更新,再築による期間延長及び建物買取請求を排除する特約 | 設定契約を公正証書で作成する。 |
| 事業用定期借地権等(23条2項) | 10年以上30年未満 | 専ら事業用であり,居住用を除く | 3条から8条まで,13条及び18条が法律上適用されない | 設定契約を公正証書で作成する。 |
一般定期借地権では,借地借家法22条1項の三つの特約を区別して記載しなければならず,同条2項は特約を記録した電磁的記録を書面とみなしている。
事業用定期借地権等は,公正証書の作成が単なる証拠保全ではなく法定の方式であり,日本公証人連合会も,公証人に要件を慎重に審査させ,脱法的濫用を防ぐ趣旨であると説明している。
2 建物用途と期間の実態を契約案に合わせる
事業用定期借地権等は「専ら事業の用に供する建物」の所有を目的とするため,社宅,住居その他の居住用途を含む計画では適用できないことがある。
名称だけを事業用とし,実際の建物用途又は期間が法定要件と一致しなければ,予定した定期借地権が成立しないリスクがある。
期間は公正証書作成日だけでなく,借地権の設定日,土地引渡日,既存建物の利用開始日及び満了日を西暦・年月日で一致させる必要がある。
従前の借地期間を新契約の期間へ算入するのか,新たな設定日から全期間を起算するのかも,契約案の文言で確認すべきである。
第4 借地人が失う保護と得る対価を比較する
1 更新,再築及び建物買取請求の三点
現行法上の普通借地権では,期間満了時に建物がある場合,借地人の更新請求又は土地使用の継続に対して貸主が異議を述べるには,借地借家法5条及び6条により正当事由が必要となる。
また,同法7条又は18条による建物再築と期間延長の仕組みがあり,期間満了時に更新がない場合には,同法13条の建物買取請求権が問題となる。
一般定期借地権は,契約でこれら三つを排除する制度であり,事業用定期借地権等にも期間に応じた同様の効果がある。
したがって,「契約期間が50年以上あるから当面困らない」という説明だけでは,現契約から失われる法的・経済的利益の説明にはならない。
2 補償額は一律の割合では決まらない
借地借家法22条及び23条は,普通借地権を任意に終了させて定期借地権を設定する際の補償額について,全国一律の計算式を定めていない。
補償又は条件変更の相当性を検討するときは,現在の借地権の種類・残存期間・更新可能性,土地及び借地権の価格,現行地代と提案地代,建物の残存耐用年数,改修投資の回収期間,融資残高,満了時の建物収去費用及び営業・居住継続への影響を分けて評価する必要がある。
路線価図の借地権割合,税務上の相当の地代及び民事上の借地権価格は目的が異なり,一つの数値で置き換えることはできない。
借地権価格及び地代を検討する場合は,本ブログの借地権の地代・権利金・評価方法―相場,税務及び借地非訟も参照されたい。
3 従前契約の金銭を精算する
敷金,保証金,権利金,前払地代,更新料及び建設協力金は,名称が似ていても返還の有無,担保する債務,税務上の扱い及び新契約への承継可否が異なる。
従前契約の終了時に返還するのか,新契約の金銭へ充当するのか,未払債務と相殺するのかを金額と日付まで記載し,「従前どおり」又は「別途協議」としないことが重要である。
新契約の一時金が従前契約の精算金を含む場合は,内訳を分ける必要がある。
法人が当事者となる場合又は前払地代・権利金を設定する場合は,契約締結前に税務処理も確認すべきである。
第5 契約案で優先して修正する条項
1 合意解約と新契約を同時条件にする
従前契約の終了は,①定期借地権設定契約が有効に成立すること,②必要な公正証書が完成すること,③金融機関その他必要な第三者の承諾が得られること,④合意した金銭の支払又は返還が完了すること,⑤必要な登記申請書類が同時に交付されることを停止条件又は同時履行関係とする方法が考えられる。
これは借地借家法が定める唯一の条項例ではなく,従前契約だけが先に消滅する事故を防ぐための契約設計である。
貸主が先に合意解約書だけへの署名を求める場合,公正証書案が未完成の場合又は金銭条件を後日の協議に委ねる場合は,署名を分離せず,全体の契約案を確認すべきである。
契約書,公正証書,精算書及び登記関係書類の間で,土地の表示,当事者,設定日,期間,地代及び終了条件が一致しているかも確認する必要がある。
2 期間,地代及び再築を一体で確認する
借地期間は,建物の利用可能期間,予定する改修・建替え,設備投資の回収期間及び融資期間より十分に長いかを確認する。
定期借地権では建物を再築しても借地期間が当然に延長されないため,火災,地震,老朽化又は事業拡張による再築時に,承諾条件,中途解約,地代,保険金及び残存期間をどのように扱うかが重要となる。
地代条項では,初期額だけでなく,固定資産税,物価指数又は土地価格に連動する改定式,改定時期,下限・上限及び協議不成立時の処理を確認する。
現在の低い地代を一定期間維持することが切替えの利益と説明される場合は,その利益が失う借地権価値及び将来負担する収去費用に見合うかを現在価値で比較すべきである。
3 譲渡,融資及び登記を確認する
借地権又は借地上建物の譲渡・転貸,相続,合併,会社分割及び支配権変更について,貸主の承諾要件,承諾料,審査期間及び拒絶事由を確認する。
長期契約では当事者又は事業形態が変わる可能性が高いため,「貸主の事前承諾を要する」とだけ定めた条項は,将来の売却又は事業承継を過度に妨げることがある。
借地借家法10条1項は,土地上に借地権者名義で登記された建物があれば,借地権の登記がなくても第三者に対抗できると定めている。
もっとも,契約切替えに伴う借地権の同一性,建物登記名義,土地賃貸借又は地上権の登記及び金融機関の担保評価は別問題であり,公正証書を作成しただけで登記又は融資上の問題が解決すると考えてはならない。
4 建物賃借人と満了時の明渡しを確認する
借地上建物を第三者に賃貸している場合,建物賃借人の契約期間,更新,保証金及び退去時期を新しい借地期間と整合させる必要がある。
借地借家法35条は,借地期間の満了を1年前までに知らなかった建物賃借人について,裁判所が知った日から1年を超えない範囲で土地明渡しの期限を許与できると定めるにとどまり,借地人の建物収去義務を恒久的に免除する制度ではない。
満了時の条項では,更地返還の範囲,基礎・杭・地中埋設物,土壌汚染,アスベスト,設備・看板・舗装,解体時期,貸主の立会い,収去費用の積立て又は保証,明渡遅延損害金及び貸主が建物取得を選択できる条件を具体化する。
数十年後の解体費を現在の概算額だけで固定せず,誰が調査し,どの時点の法令・工法・価格で履行範囲を決めるかも定めるべきである。
第6 署名前の確認は低負担の作業から進める
1 現契約と提案の差分表を作る
最初に,貸主から契約案と提案理由を受け取り,手元の契約書,登記,地代支払資料,建物資料,融資資料及び建物賃貸借資料と照合する。
その上で,更新,正当事由,再築,建物買取請求,期間,地代,一時金,譲渡・転貸,担保,登記及び満了時費用について,「現契約」「提案」「差額又は失う権利」の三列で比較する。
この段階では,いきなり鑑定又は大規模な技術調査を依頼する必要はない。
まず既存資料から重大な分岐を特定し,金額又は建物収去が結論を左右する場合に不動産鑑定士,税理士,金融機関,建築・環境の専門家へ確認範囲を絞る方が効率的である。
2 署名を止める基準
少なくとも,①現借地権の種類と設定時期,②新しい定期借地権の法的類型と方式,③合意解約と新契約の条件関係,④対価・保証金等の精算,⑤建物投資と融資への影響,⑥譲渡・転貸・登記,⑦建物賃借人,⑧満了時の収去範囲と費用が確定するまでは,合意解約書,承諾書又は公正証書へ署名しないという停止基準が実務的である。
提案に一定の利点があっても,これらを空欄又は別途協議としたまま従前の借地権を消滅させる必要はない。
既に署名した場合は,契約書だけでなく,説明資料,貸主からの通知,電子メール,録音,説明会資料,議事メモ及び金銭授受の記録を保存する。
その上で,方式要件,説明と合意の経緯,旧契約終了の条件,新契約の成立及び第三者への対抗関係を個別に確認すべきである。
出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「民法」521条・522条
②e-Gov法令検索「借地借家法」3条~13条,16条~23条,35条,附則4条・6条・7条
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷昭和44年5月20日判決(昭和43年(オ)第1118号,家屋明渡等請求事件,民集23巻6号974頁,裁判所ウェブサイト)
3 所管機関等の解説
①国土交通省「定期借地権の解説」(法的整理,種類及び契約方法。法解釈の所管は法務省である旨の注記あり)
②日本公証人連合会「Q20 事業用定期借地権は,どのようにして契約しますか?」
4 文献・関連記事
①渡辺晋『実務家が陥りやすい 借地借家の落とし穴』(新日本法規出版,2020年)313頁~315頁
②山中理司「借地権の地代・権利金・評価方法―相場,税務及び借地非訟」