第1 切替えを検討する前に借地権の種類を分ける
1 旧借地権は更新後も旧法のままである
平成4年8月1日の借地借家法施行前に設定された借地権は,一般に旧借地権と呼ばれる。
借地借家法附則4条から6条までは,施行前に生じた効力,建物の朽廃による借地権の消滅及び契約更新について経過措置を置いているため,更新日が同法施行後であるだけで現行法上の普通借地権に変わるわけではない。
したがって,契約書の表題や直近の更新日だけでなく,①最初の借地権設定日,②対象土地,③建物所有目的,④当初契約及び各更新の内容を確認する必要がある。
本記事では,この旧借地権を合意により終了させ,同じ土地について借地借家法に基づく新たな借地権を設定することを「切替え」という。
2 普通借地権と定期借地権を区別する
「現在の借地権」は一種類ではない。
借地借家法3条から8条までが適用される普通借地権のほか,同法22条の一般定期借地権及び同法23条の事業用定期借地権等がある。
普通借地権は,建物が存在し,借地人が更新を請求するなどしたとき,貸主が遅滞なく正当事由のある異議を述べない限り更新される仕組みである。
これに対し,定期借地権では,法定更新,再築による期間延長及び建物買取請求を排除するため,旧借地権からの切替えによる影響が普通借地権より大きい。
第2 切替えは旧契約の合意終了と新契約の設定である
1 一方的に借地権の種類を変更することはできない
契約を締結するかどうか及びその内容は,法令の制限内で当事者が決めるのが原則であるため,貸主又は借地人の一方だけで旧借地権を現行法上の借地権へ変更することはできない。
切替えには,旧契約を終了させる合意と,新たな借地権を設定する合意が必要となる。
旧借地権の終了だけが先行すると,新契約が成立しなかった場合に借地人の法的地位が不安定になる。
合意解約書と新契約書は同時に確定させ,新契約の成立を旧契約終了の条件とするなど,二つの効力発生に空白が生じないよう設計することが重要である。
2 「更新」又は「覚書」という名称だけで判断しない
書面の名称が更新契約書又は覚書であっても,旧借地権を消滅させて新たな借地権を設定する内容であれば,実質的には切替えとなり得る。
反対に,地代,対象面積又は修繕分担だけを変更する覚書は,旧借地権を存続させる内容となり得る。
判断の中心は,①旧契約を終了させる文言,②新たな権利の種類と始期,③存続期間,④更新の有無,⑤再築時の取扱い,⑥終了時の建物処理である。
長年にわたり契約書や覚書が作成されているときは,土地ごとに時系列表を作り,どの文書がどの条項を変更したかを照合する必要がある。
3 将来の合意解約を扱った最高裁判決
最高裁昭和44年5月20日第三小法廷判決(昭和43年(オ)第1118号,民集23巻6号974頁)は,旧借地法11条との関係で,将来の一定時期に賃貸借を合意解約する約定を一律に無効とはしなかった。
同判決は,借地人の真意に基づき,その意思が合理的かつ客観的な理由に基づくものであり,そのほかに約定を不当とする事情がない場合には有効としたものである。
この判決から,切替合意の有効性を「借地人が署名した」という一点だけで判断することはできない。
提案の理由,交渉経過,新旧契約の経済的差異,借地人が失う権利及び受ける利益を具体的に示し,意思決定の過程を記録することが重要である。
第3 普通借地権へ切り替えるメリット
1 朽廃に関する旧法の規定を外せる
旧借地法2条1項は,期間を定めない借地権について,堅固建物では60年,その他の建物では30年の存続期間を定め,期間満了前に建物が朽廃したときは借地権が消滅するとしていた。
旧借地法5条1項による更新後の期間は,堅固建物で30年,その他の建物で20年とされ,朽廃による消滅も準用されていた。
借地借家法には,建物の朽廃だけを理由として普通借地権を当然に消滅させる同様の規定がない。
そのため,朽廃による消滅が問題となり得る旧借地権を普通借地権へ切り替えることは,老朽建物を建て替えて土地利用を続けたい借地人にとって法的な不確実性を減らす方向に働く。
もっとも,建物が古いことと法的な意味で朽廃したことは同じではなく,個別の旧借地権について実際に朽廃規定が適用されるかは,期間の定め,更新経過及び建物の状態を確認して判断する必要がある。
2 再築に関する現行法の枠組みを使える
普通借地権では,契約の更新後に建物が滅失し,やむを得ない事情があるのに貸主が再築を承諾しないとき,借地人は借地借家法18条に基づく裁判所の代諾許可を申し立てることができる。
裁判所は,土地の状況,従前の経過その他一切の事情を考慮し,条件変更又は財産上の給付を命じることができる。
また,更新後に建物が滅失した場合,借地人は借地借家法8条1項に基づき借地契約の解約を申し入れることができ,借地権は申入れから3か月で消滅する。
再築して継続する選択肢と,土地利用を終了する選択肢が条文上整理されている点は,普通借地権へ切り替える利点となり得る。
ただし,同法18条は「契約の更新後」の再築を対象とするため,新たな普通借地権の当初期間中の再築にそのまま使えるわけではない。
当初期間中の再築,増改築禁止特約及び承諾料については,新契約の条項を別途確認する必要がある。
3 建物構造によらない期間設計ができる
旧借地法の法定期間は,石造,土造,れんが造等の堅固建物とその他の建物を区別していた。
現行の普通借地権は建物構造を区別せず,当初期間を30年,最初の更新後を20年,その後の更新を10年とし,当事者はそれぞれこれより長い期間を定めることができる。
したがって,新契約で当初期間を30年以上に設定し,建替計画,設備投資又は融資期間と整合させることができる。
これは借地人にとって利用期間を明確にする利点となる一方,貸主にとってはその期間中の土地利用を拘束される点に注意が必要である。
第4 普通借地権へ切り替えるデメリット
1 将来の更新期間が短くなる場合がある
旧借地権の更新期間は,堅固建物では30年,その他の建物では20年であるのに対し,現行の普通借地権は最初の更新が20年,その後は10年である。
そのため,特に堅固建物の旧借地権や,現行法上の2回目以後の更新まで見通す場合には,法定の更新期間が短くなる。
もっとも,切替えにより新たな普通借地権を設定する場合,その当初期間は30年以上であり,直ちに10年になるわけではない。
また,各期間について法定期間より長い合意が認められるため,残存期間と新契約の当初期間を実数で比較しなければ,切替えの有利不利は判断できない。
2 旧借地権と契約履歴をいったん終わらせる
切替えは,旧借地権を維持したまま名称だけを変える手続ではない。
いったん旧借地権を終了させる以上,更新経過,従前の承諾,旧契約に基づく増改築権限,保証金及び権利金の取扱いを新契約へ引き継ぐかどうかを明記しなければならない。
新契約が無効となり,又は効力発生条件を満たさなかった場合に旧借地権が復活するとは限らない。
終了合意,新契約,保証・担保関係及び金銭精算を一体として作成し,条件相互の矛盾をなくす必要がある。
3 貸主にとって法定更新の問題は残る
普通借地権へ切り替えても,期間満了だけで確定的に土地が返還されるわけではない。
借地人が更新を請求し,又は期間満了後も土地使用を継続し,建物が存在する場合,貸主の異議には借地借家法6条の正当事由が必要となる。
貸主が将来の返還時期を確定させることを主目的とするのであれば,普通借地権への切替えは目的に合致しない可能性がある。
もっとも,その場合でも,定期借地権へ切り替える不利益を借地人に説明し,新旧条件を合意できることが前提となる。
第5 定期借地権への切替えで変わること
1 一般定期借地権は50年以上で設定する
借地借家法22条の一般定期借地権は,存続期間を50年以上とし,①契約の更新,②建物再築による期間延長,③期間満了時の建物買取請求を認めない特約を,書面又は電磁的記録で定める制度である。
居住用又は事業用という建物用途の限定はない。
長い利用期間を設定しながら終了時期を確定できる点は,貸主及び長期利用を予定する借地人双方の利点となり得る。
他方,旧借地権が持つ更新可能性と建物買取請求を失うため,残存期間,建物価値及び切替えの対価を含めて比較する必要がある。
2 事業用定期借地権は公正証書で設定する
借地借家法23条の事業用定期借地権は,専ら事業用建物の所有を目的とし,居住用建物には利用できない。
存続期間が30年以上50年未満の場合は,更新,再築による期間延長及び建物買取請求を排除する特約を置くことができ,10年以上30年未満の場合は,これらに関する同法の規定が適用されない。
事業用定期借地権の契約は公正証書によらなければならない。
日本公証人連合会の解説も,公正証書の作成が単なる証拠方法ではなく,事業用定期借地権の成立要件であると説明している。
3 借地人が失う権利と事業継続への影響を確認する
定期借地権への切替えでは,期間の長短だけでなく,更新がなく,終了時に建物買取請求ができないことが中心的な不利益となる。
借地人は原則として建物を収去して土地を返還するため,建物の耐用年数,設備投資の回収期間,融資の返済期間及び退去費用を契約期間内に収める必要がある。
建物に抵当権が設定され,又は建物が第三者へ賃貸されている場合,切替えは担保価値及び第三者との契約にも影響し得る。
金融機関との契約及び建物賃貸借の終了条件を先に確認し,必要な同意又は調整の有無を判断する必要がある。
第6 中途解約と終了時の条件を具体化する
1 長期契約であることと中途解約できることは別である
期間を定めた賃貸借は,中途解約権を留保していなければ,契約違反その他の解除原因がない限り,一方的な解約申入れによって途中終了させることは原則としてできない。
中途解約権を留保した場合には民法618条により同法617条が適用され,土地の賃貸借では解約申入れから1年を経過して終了するという法定の枠組みがある。
もっとも,新契約で中途解約の可否,予告期間及び違約金を具体的に合意することはできる。
事業撤退,建物滅失,行政上の許認可が得られない場合その他の終了事由を想定し,長期の存続期間とは別に出口を設計する必要がある。
2 解約予告不足時の金銭を明確にする
「残存期間の地代を支払う」という文言は,契約満了までの全期間を指すのか,所定の解約予告期間の不足分だけを指すのかが不明確になりやすい。
中途解約を認める趣旨であれば,①予告期間,②不足日数又は不足月数の計算方法,③支払額の上限,④違約金との重複の有無,⑤明渡日までの地代・管理費の負担を区別して定めることが望ましい。
また,貸主側の任意の中途解約権は借地人の建物投資と事業継続に大きな影響を与え,借地借家法9条との関係で特約の効力自体が問題となり得る。
条項を検討する場合は,有効性を確認した上で,解約事由,予告期間,補償,建物処理及び第三者への対応を区別して定める必要がある。
3 原状回復と土地の状態を切り分ける
契約終了時には,建物収去,基礎・杭・埋設物の撤去,舗装撤去,土壌汚染,廃棄物及び土地境界をめぐる費用が問題となり得る。
「原状回復」とだけ記載せず,返還時の完成状態,撤去対象,検査方法,汚染が判明した場合の費用分担及び明渡遅延時の扱いを具体化することが重要である。
切替時点の土地と建物の状態は,写真,図面,境界資料及び既知の修繕・汚染情報で記録する。
これにより,新契約後に生じた状態と,切替え前から存在した状態を区別しやすくなる。
第7 契約案を比較する確認手順
1 土地ごとに契約の連続性を確認する
複数の筆又は複数棟を一つの事業で利用していても,借地権の設定日,貸主,借地人,建物用途及び契約期間が同じとは限らない。
土地賃貸借,建物賃貸借,管理委託及び業務委託を混在させず,契約ごとに対象と当事者を分けて整理する必要がある。
最初に,①土地・建物の登記事項証明書,②当初契約書,③更新契約書・覚書,④地代・一時金の支払記録,⑤増改築・譲渡等の承諾書,⑥建築確認・融資・担保資料を時系列に並べる。
次に,各書面の甲乙表示,土地の地番・面積,建物の家屋番号及び署名者を照合し,同名又は類似様式の契約書を取り違えないようにする。
2 旧借地権・普通借地権・定期借地権を同じ表で比べる
| 比較項目 | 旧借地権 | 現行法上の普通借地権 | 一般・事業用定期借地権 |
|---|---|---|---|
| 法定の基本期間 | 建物構造と期間合意の有無により異なる | 当初30年以上 | 一般は50年以上,事業用は10年以上50年未満 |
| 更新 | 旧借地法と経過措置による | 法定更新があり得る | 更新しない |
| 建物の朽廃 | 朽廃による消滅規定が適用される場面がある | 朽廃だけによる当然消滅規定はない | 期間満了によって終了する |
| 再築 | 旧借地法と経過措置による | 借地借家法7条,8条及び18条の枠組みがある | 再築による期間延長を排除する |
| 建物買取請求 | 旧借地法上の規定が問題となる | 借地借家法13条 | 排除する |
| 契約方式 | 当初契約及び更新経過による | 特別な方式はない | 一般は書面等,事業用は公正証書 |
| 中途解約 | 契約条項と法令による | 契約条項と法令による | 長期契約と別に中途解約条項の確認が必要 |
この表は制度の骨格を比べるものであり,個別契約の結論を示すものではない。
実際の比較では,残存期間,地代,更新料,権利金,保証金,承諾料,解約権,違約金及び原状回復費を金額と日付で記入する必要がある。
3 署名前に検討を止める基準
次のいずれかが未確定であれば,切替合意だけを先に締結せず,資料確認又は条件交渉へ戻るのが安全である。
①旧借地権の設定日,対象土地又は残存期間が特定できない。
②普通借地権と定期借地権のどちらへ切り替えるかが契約文から判別できない。
③更新,再築,建物買取請求又は中途解約の扱いが説明されていない。
④保証金,権利金,未払金又は原状回復費の精算方法が決まっていない。
⑤建物の抵当権,建物賃貸借又は事業許認可への影響を確認していない。
⑥合意解約と新契約の効力発生に空白又は矛盾がある。
期間の長さだけを比較して切替えの有利不利を決めることはできない。
借地人は失う権利と利用継続・退出の選択肢を,貸主は返還時期と長期拘束をそれぞれ確認し,双方が交換する利益を契約書に反映させる必要がある。
第8 関連記事
貸主から定期借地権への切替えを提案された借地人側の検討事項については,貸主から定期借地契約への切替えを求められた借地人の注意事項(AI作成)を参照されたい。
地代,権利金,更新料,承諾料及び借地権評価の違いについては,借地権の地代・権利金・評価方法―相場,税務及び借地非訟を参照されたい。
第9 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「借地借家法」2条から9条まで,13条,18条,22条,23条及び附則4条から7条まで・11条。
②e-Gov法令検索「民法」521条,522条,617条及び618条。
③国立国会図書館・日本法令索引「借地法(大正10年4月8日法律第49号)」(法令沿革及び国立国会図書館デジタルコレクションの官報本文へのリンク)。
2 裁判例・行政処分
①最高裁昭和44年5月20日第三小法廷判決(昭和43年(オ)第1118号,民集23巻6号974頁)。
②国税不服審判所「平成26年5月9日裁決」(裁決事例集95集・事例13)の「関係法令等の要旨」(旧借地法2条,5条及び6条並びに借地借家法の経過措置の掲載部分)。
3 所管機関・公的機関の解説及び実務資料
①国土交通省「定期借地権の解説」(一般定期借地権及び事業用定期借地権の法的構成)。
②東京地方裁判所民事第22部「借地非訟事件」(更新後の建物再築許可の説明)。
③司法研修所「4訂 紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造」令和4年10月,冊子102頁~103頁・109頁~110頁(PDF123頁~124頁・130頁~131頁)。
4 職能団体の解説
①日本公証人連合会「Q20. 事業用定期借地権設定契約は公正証書によらなければならないとされていますが,公正証書にすることは単なる証拠上の意味だけなのでしょうか。」(公正証書が事業用定期借地権の成立要件であることの解説)。