本記事は,不動産登記の基本原則,民法177条の第三者,中間省略登記,登記官の審査,登録免許税その他の主要な最高裁判例を一覧化し,登記記録の調査と最近の制度改正に関する資料へ案内するものである。
法令参照の基準日は令和8年9月9日である。
判例の結論は個別事案の事実関係に結び付いている。
実際の登記申請,訴訟,取引又は税務判断では,現行法令と最新の登記実務を個別に確認する必要がある。
第1 不動産登記の基本原則
1 物権変動と登記
民法176条により,物権の設定及び移転は,法令に別段の定めがある場合を除き,当事者の意思表示のみで効力を生ずる。
ただし,民法177条により,不動産に関する物権の得喪及び変更は,登記をしなければ第三者に対抗できない。
2 登記に公信力がないこと
日本の不動産登記には,登記の外形を信頼しただけで登記どおりの権利を取得させる公信力は認められていない。
登記記録は権利調査の中心資料であるが,取引では登記名義と実体上の権利関係が一致するかを確認する必要がある。
3 登記官の審査
最高裁昭和35年4月21日第一小法廷判決は,旧不動産登記法の下で,登記官吏は申請書及び附属書類によって形式上の要件を審査し,登記事項が真実かを実質的に審査する権限を有しないとした。
現行の不動産登記法では,24条が本人確認の調査,25条が申請の却下事由,29条が表示に関する登記についての調査を定めている。
古い判例の「形式的審査」という要約だけから,現行法上の個々の調査権限を否定することはできない。
第2 登記記録の調査と最近の制度
1 登記記録の読み方
不動産登記のコンピューター化では,紙登記簿から電磁的記録への移行時期,移記される事項及び改製不適合登記簿を整理している。
不動産登記記録例の読み方では,表題部,甲区及び乙区の主な記録例を確認できる。
不動産登記簿等の保存期間では,現用の登記記録,閉鎖登記記録,申請情報,添付情報,地図及び各種図面の保存期間を区別している。
2 相続登記の申請義務
相続登記の申請義務化は令和6年4月1日に始まった。
相続人は,不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請するのが原則であり,正当な理由なく義務に違反した場合は10万円以下の過料の対象となり得る。
施行前に取得を知った未登記の不動産については,原則として令和9年3月31日までの対応が必要である。
期限内の相続登記が難しいときは,相続人申告登記によって義務を履行できる場合がある。
ただし,相続人申告登記は権利関係を公示する相続登記ではなく,後の遺産分割に基づく登記義務まで履行するものではない。
3 所有不動産記録証明制度
所有不動産記録証明制度は令和8年2月2日に始まり,本人又は相続人等の請求により,特定の人が所有権の登記名義人として記録されている不動産を一覧化する制度である。
検索条件の氏名及び住所と登記記録の表示が一致しない不動産又は申請審査中で未だ登記に反映されていない不動産は,証明書に含まれないことがある。
4 住所等変更登記の申請義務
所有権の登記名義人の住所又は氏名等の変更登記は,令和8年4月1日から義務化された。
原則として変更日から2年以内に申請する必要があり,正当な理由なく違反した場合は5万円以下の過料の対象となり得る。
施行前の変更が未登記である場合は,原則として令和10年3月31日までの対応が必要である。
令和8年4月から義務化された不動産の住所等変更登記で,検索用情報の申出及びスマート変更登記を含む手続を整理している。
第3 民法177条の第三者に関する判例
1 順次譲渡と元所有者
最高裁昭和39年2月13日第一小法廷判決は,不動産が甲から乙,乙から丙へ順次譲渡された事案で,登記名義を残す甲は,丙から移転登記手続を求められる関係で,民法177条の第三者に当たらないとした。
2 背信的悪意者
最高裁昭和43年8月2日第二小法廷判決は,長期間の占有を知りながら,登記の欠缺に乗じて高値で売り付けて利益を得る目的で所有権を取得した者について,背信的悪意者として登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとした。
最高裁平成18年1月17日第三小法廷判決は,取得時効完成後の譲受人が占有の事実を知っていただけでは足りず,登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情を要することを示した。
第4 中間省略登記に関する判例
1 当事者の同意を欠く直接請求
最高裁昭和40年9月21日第三小法廷判決は,甲から乙,乙から丙へ所有権が順次移転したのに登記名義が甲に残る事案で,甲及び乙の同意がなければ,丙は甲に対し自己への直接の移転登記を請求できないとした。
2 真正な登記名義の回復
最高裁平成22年12月16日第一小法廷判決は,順次移転の事案で,現在の所有者が元の所有者に対し,真正な登記名義の回復を原因とする直接の所有権移転登記を請求することは許されないとした。
3 登記申請を受任した司法書士の注意義務
最高裁令和2年3月6日第二小法廷判決は,中間省略登記の方法による申請を受任した司法書士の注意義務について,正当に期待された役割の内容及び関与の程度等を十分に審理せず,直ちに義務違反を認めた原審の判断を違法とした。
同判決は,申請の内容等が受任時に既に決定されていたこと,前件申請の権限を調査する具体的委任がなかったこと,前件は弁護士が受任し公証人の認証が付されていたこと,中間者側の不動産業者等も会合に出席し問題点を確認していたことを指摘している。
第5 登記名義と実体上の権利に関する判例
1 未登記建物の譲受人
最高裁昭和31年6月5日第三小法廷判決は,未登記建物の譲受人が譲渡人に対して移転登記手続を求めることを妨げないとした。
未登記建物の表題登記及び所有権保存登記の具体的な申請方法は,現行の不動産登記法と登記実務に即して別途確認する必要がある。
2 夫婦間の登記名義と特有財産
最高裁昭和34年7月14日第三小法廷判決は,夫婦間の合意により夫が買い入れた土地の登記名義を妻としただけでは,直ちに妻の特有財産であるとはいえないとした。
特有財産と婚姻中に得た財産の帰属は,民法762条と購入資金,当事者の合意,取得経緯等の証拠によって判断される。
第6 その他の登記関係判例
1 仲裁判断に基づく登記
最高裁昭和54年1月25日第一小法廷判決は,旧法下で,仲裁判断に基づいて登記申請をするには執行判決を要するとした。
現行の仲裁法45条及び仲裁法46条は,仲裁判断の確定判決と同一の効力及び執行決定の手続を定めており,「執行判決」という旧法下の用語をそのまま現行実務に当てはめてはならない。
2 過大に納付した登録免許税
最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決は,過大に登録免許税を納付して登記等を受けた者は,当時の登録免許税法31条2項の請求手続によらなくても,国税通則法56条に基づき過誤納金の還付を請求できるとした。
同判決が扱った登録免許税法31条2項は平成14年法律第152号による改正前の規定であり,同判決には反対意見がある。
現行の登録免許税法31条の還付通知請求には期間制限があるため,過大納付が判明したときは速やかに現行条文と個別の納付経過を確認する必要がある。
3 遺産分割調停調書と登記原因証明情報
最高裁平成20年12月11日第一小法廷判決は,遺産分割調停調書に,相続人が遺産取得の代償として自己の建物を他の相続人に譲渡する条項がある事案で,その譲渡は無償の譲渡を内容とする合意であると解することができ,調書を登記原因証明情報に当たらないとして申請を却下した処分は違法であるとした。
第7 不動産取引の調査
1 登記記録だけでは分からない事項
登記記録は権利関係を調査する中心資料であるが,現況,境界,占有,建築法令上の制限,私道及び配管,契約上の負担の全てを示すものではない。
取引では,登記事項証明書に加え,公図,地積測量図,建物図面,行政の証明資料,現地の状況及び契約書を照合する必要がある。
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第8 法令
1 民事実体法及び登記法
① e-Gov法令検索「民法」176条,177条及び762条。
② e-Gov法令検索「不動産登記法」24条,25条,29条,61条,76条の2から76条の6まで及び119条の2。
2 周辺法令
① e-Gov法令検索「仲裁法」45条及び46条。
② e-Gov法令検索「登録免許税法」31条。
③ e-Gov法令検索「国税通則法」56条及び74条。
第9 最高裁判例
① 最高裁昭和39年2月13日第一小法廷判決,昭和37年(オ)第579号,裁判集民事72号145頁。
② 最高裁昭和43年8月2日第二小法廷判決,昭和42年(オ)第564号,民集22巻8号1571頁。
③ 最高裁平成18年1月17日第三小法廷判決,平成17年(受)第144号,民集60巻1号27頁。
④ 最高裁昭和40年9月21日第三小法廷判決,昭和39年(オ)第985号,民集19巻6号1560頁。
⑤ 最高裁平成22年12月16日第一小法廷判決,平成21年(受)第1097号,民集64巻8号2050頁。
⑥ 最高裁令和2年3月6日第二小法廷判決,平成31年(受)第6号,民集74巻3号149頁。
⑦ 最高裁昭和31年6月5日第三小法廷判決,昭和29年(オ)第354号,民集10巻6号643頁。
⑧ 最高裁昭和34年7月14日第三小法廷判決,昭和32年(オ)第636号,民集13巻7号1023頁。
⑨ 最高裁昭和35年4月21日第一小法廷判決,昭和33年(オ)第106号,民集14巻6号963頁。
⑩ 最高裁昭和54年1月25日第一小法廷判決,昭和53年(行ツ)第98号,裁判集民事126号39頁。
⑪ 最高裁平成17年4月14日第一小法廷判決,平成13年(行ヒ)第25号,民集59巻3号491頁。
⑫ 最高裁平成20年12月11日第一小法廷判決,平成20年(行ヒ)第29号,裁判集民事229号303頁。
第10 行政資料及び参考資料
1 法務省及び法務局の資料
① 法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」。
② 法務省「所有不動産記録証明制度について」。
③ 法務省「住所等変更登記の義務化」。
④ 法務省「住所等変更登記の義務化に関するQ&A」。
⑤ 法務省「所有者不明土地問題に関する海外法制調査」。
⑥ 法務局「登記申請手続のご案内」。
2 判例の理解を補う資料
① 小林幹雄「登録免許税の過誤納金の還付通知を求める請求期間を定める登録免許税法31条2項の制限期間を徒過した場合の過誤納金の還付請求の可否について」税大ジャーナル4号101頁。
② 不動産登記の「第三者」及び「背信的悪意者」は,上記の最高裁判決全文と事案の事実関係に即して理解する必要がある。