第1 住所等変更登記の義務化
1 令和8年4月1日に始まった義務
令和8年4月1日から,不動産の所有権の登記名義人は,氏名若しくは名称又は住所に変更があったとき,その変更の日から2年以内に変更登記を申請する義務を負う。根拠は,不動産登記法(平成16年法律第123号)76条の5であり,正当な理由なく申請を怠った場合には,同法164条2項により5万円以下の過料の対象となる。
本記事は,令和8年8月11日現在の法令,法務省資料及び通達を,生成AIを用いた原稿作成後に原資料と照合して整理したものである。制度の一般的な説明であり,個別の不動産について期限,必要書類又は正当な理由の有無を判断するときは,登記記録及び変更原因を確認する必要がある。
2 制度が設けられた背景
住所等変更登記は,所有者の所在を登記記録から追える状態に保つための制度である。法務省が公表した平成29年度地籍調査の集計では,調査対象62万9188筆のうち,登記簿だけでは所有者の所在を確認できなかった土地が22.2%であった。
もっとも,この22.2%は,全国の土地一般にその割合で所有者が不明であることを意味しない。また,所在を確認できなかった土地の原因構成は,相続登記の未了が65.5%,住所変更登記の未了が33.6%,売買・交換による所有権移転登記の未了が1.0%であり,33.6%を全調査対象土地の割合と読むこともできない。数値の範囲は,法務省「所有者不明土地問題を取り巻く状況」による。
第2 義務を負う人と対象となる変更
1 所有権の登記名義人
義務を負うのは,所有権の登記名義人である。個人だけでなく,会社その他の法人,共有者及び区分所有建物の所有者も含まれ,国内に住所又は本店を置く者に限られない。
これに対し,抵当権者,賃借権者その他の所有権以外の権利の登記名義人は,不動産登記法76条の5の義務者ではない。所有権保存登記がされていない不動産の表題部所有者も,同条にいう所有権の登記名義人には当たらない。
2 住所,氏名及び法人の名称等の変更
個人では,転居による住所変更のほか,婚姻,離婚又は養子縁組等による氏名変更が対象となる。法人では,本店又は主たる事務所の移転,商号又は名称の変更が対象となり,法人格の同一性を保ったまま組織変更をした場合も住所等変更登記の問題となる。
登記時から住所を複数回移した場合又は氏名と住所の双方を変更した場合には,登記記録上の表示から現在の表示までのつながりを証する必要がある。変更ごとに2年の期限が問題となるため,最後の転居から2年以内であることだけで判断せず,最初の未登記変更の日を確認するのが安全である。
3 変更登記と更正登記の違い
登記後に住所等が変わった場合が「変更」であるのに対し,登記をした当初から住所又は氏名の記録が誤っていた場合は,原則として「更正」の問題である。後者は不動産登記法76条の5が直接定める変更登記義務の対象ではないが,登記記録と本人確認資料が一致しなければ売却や担保設定の妨げとなるため,誤りを放置してよいという意味ではない。
登記後の行政区画又はその名称だけの変更は,法令上,登記記録上の行政区画等について変更の登記があったものとみなされる場合がある。他方,住居表示の実施その他の原因による住所変更は個別の確認を要するため,市区町村が発行する証明書と管轄法務局の案内を照合する必要がある。
第3 申請期限と経過措置
1 変更の日から2年以内
施行後に生じた変更は,その変更の日から2年以内に申請しなければならない。具体的な末日は民法上の期間計算にも左右されるため,2年後の同じ日まで一律に猶予があると考えず,変更日を確認して余裕をもって申請すべきである。
ただし,期限の末日が行政機関の休日に当たる場合その他の期間計算は個別に確認を要する。また,所有権移転登記,抵当権設定登記その他の取引を期限前に予定している場合は,取引時の本人同一性を示すため,2年を待たず先に変更登記を済ませることが実務的である。
2 施行日前の変更は令和10年3月31日まで
令和8年4月1日より前に住所等が変わり,施行時に変更登記が未了であった場合にも義務は及ぶ。この場合の期限は,民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則5条7項により,令和10年3月31日である。
したがって,数年前又は数十年前の転居が未登記であっても対象外にはならない。施行前の変更については変更日から2年を機械的に数えるのではなく,経過措置の期限である令和10年3月31日を基準に整理する。
第4 義務を履行する三つの経路
1 通常申請とスマート変更登記
義務への対応は,①所有者又は代理人が通常の住所等変更登記を申請する方法,②個人が検索用情報を申し出て法務局の職権登記につなげる方法,③会社法人等番号が登記された法人について商業・法人登記との連携による職権登記を利用する方法に分かれる。法務省は②と③を「スマート変更登記」と案内しているが,個人と法人では手続及び現在の実施状況が異なる。
| 項目 | 通常申請 | 個人のスマート変更登記 | 法人のスマート変更登記 |
|---|---|---|---|
| 主な対象 | 全ての所有権登記名義人 | 住基ネットで検索できる個人 | 会社法人等番号が不動産登記に記録された法人 |
| 費用 | 原則として不動産1個につき1000円 | 登録免許税なし | 登録免許税なし |
| 本人の同意 | 本人又は代理人が申請 | 職権登記前に必要 | 個別の事前同意は不要 |
| 完了時期 | 申請後に審査 | 法務局の照会及び同意確認後 | 商業・法人登記との連携後 |
2 どの方法を選ぶか
売却,融資,担保設定又は訴訟上の保全処分を近く予定している場合は,完了時期を管理できる通常申請が適している。将来の転居にも備えたい国内居住の個人は,検索用情報の申出をしておく意義があるが,申出だけで直ちに登記記録が更新されるわけではない。
法人は,保有不動産ごとに会社法人等番号が登記されているかを確認する必要がある。国外居住の個人及び会社法人等番号を持たない法人は,現行のスマート変更登記を利用できないため,通常申請によって義務を履行する。
第5 通常の住所等変更登記
1 申請方法と添付情報
通常の住所等変更登記は,所有権の登記名義人が単独で申請できる。管轄法務局の窓口への持参,郵送又はオンライン申請が可能であり,具体的な申請書様式は,法務局「不動産登記の申請書様式について」で確認できる。
個人の住所変更では,登記上の住所から現在の住所までの移転経過を確認できる住民票の写し,住民票の除票又は戸籍の附票等が問題となる。氏名変更では戸籍証明書等が必要となり得るが,必要書類は変更回数,住民票の除票等の保存状況及び国外転出の有無によって変わるため,申請前に具体的な登記記録と公的証明書を照合すべきである。
2 登録免許税
通常申請の登録免許税は,登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第一第1号(十四)により,原則として不動産1個につき1000円である。土地1筆と建物1個の住所変更を同時に申請する場合は合計2000円となり,敷地権付き区分建物では建物と敷地である各土地をそれぞれ数える。
もっとも,行政区画,住居表示又は地番の変更に起因する登記では,登録免許税法5条5号の非課税が適用される場合がある。非課税の可否は転居の有無ではなく変更原因によって決まるため,市区町村の変更証明書等を確認する必要がある。
第6 個人のスマート変更登記
1 検索用情報の申出
個人がスマート変更登記を利用するには,氏名,氏名の振り仮名,住所,生年月日及びメールアドレス等の検索用情報を法務局に申し出る。令和7年4月21日以後に所有権保存登記又は所有権移転登記を申請する場合は同時に申し出ることができ,既に不動産を所有している人は,法務省「検索用情報の申出について」から単独の申出をすることができる。
単独の申出は,法務省の専用ウェブページを利用する簡易なオンライン方式,通常のオンライン申請,窓口又は郵送で行うことができる。簡易なウェブ申出では電子証明書を要せず,複数の法務局の管轄に不動産がある場合も,所有する不動産を管轄する一つの登記所にまとめて申し出ることができる。
2 住基ネット照会,本人同意及び職権登記
制度上は,法務局が検索用情報を用いて住民基本台帳ネットワークに定期的に照会し,住所等の変更を把握したときに所有者へ通知する。所有者が職権登記に同意すれば,法務局が住所等変更登記を行い,登録免許税はかからない。
個人については本人の同意が必要であり,通知を受け取っても拒否し,又は所定の期間内に回答しなければ職権登記はされない。検索用情報の申出は将来の自動的な把握を可能にする準備手続であって,申出をした日に登記記録の住所が現在の住所へ変わる手続ではない。
3 令和8年8月11日現在の実施状況
法務省「スマート変更登記のご利用方法」は,令和8年4月30日の更新後も,住基ネットへの照会,所有者への意思確認及び個人の職権登記という一連の手続を開始する時期について「改めてこのページでご案内します」としている。したがって,令和8年8月11日現在,公表資料から個人の職権処理開始日を確定することはできない。
もっとも,検索用情報の申出済みで職権登記が未了である場合は,法務省民事局長通達上,一般に申請を怠ったことについて正当な理由がある場合として扱われる。期限又は不動産取引が迫っているときは,この扱いだけに依存せず,通常申請によって登記を完了させるのが確実である。
第7 法人のスマート変更登記
1 会社法人等番号による情報連携
法人については,所有権の登記事項として会社法人等番号が記録されている場合,登記官が商業・法人登記システムから名称又は住所の変更情報を取得し,職権で変更登記をする。法務省の住所等変更登記の義務化に関するQ&Aによれば,この法人向け運用は令和8年5月15日に開始された。
法人の職権登記には個別の事前同意を要せず,完了通知も行われない。登録免許税はかからないが,不動産登記に会社法人等番号が記録されていなければ情報連携の対象とならないため,未記録の場合は法人識別事項の申出を行う必要がある。
2 組織変更と組織再編の区別
同一の法人格を維持した名称変更,本店移転又は組織変更は,住所等変更登記又は法人向け職権登記の対象となり得る。これに対し,合併又は会社分割により不動産の所有権が別法人へ承継された場合は,単なる名称又は住所の変更ではなく,承継による所有権移転登記が必要である。
また,法人向け職権登記は変更直後の完了を保証する制度ではない。売却,担保設定又は組織再編の予定がある法人は,商業・法人登記を済ませるだけでなく,各不動産の登記記録を取得し,会社法人等番号及び住所等の反映状況を確認する必要がある。
第8 5万円以下の過料と正当な理由
1 過料の要件
過料の要件は,①不動産登記法76条の5による申請義務があること,②2年又は経過措置の期限を過ぎたこと,③申請を怠ったこと,④正当な理由がないことである。5万円以下の過料は刑罰としての罰金ではなく,非訟事件として地方裁判所が判断する秩序罰である。
期限を1日過ぎただけで登記官が直ちに過料を科す仕組みではない。登記官が違反の可能性を把握し,相当の期間を定めて申請を催告したにもかかわらず,その期間内に申請又は検索用情報の申出がされず,正当な理由もない場合に,管轄地方裁判所へ通知する。
2 違反を把握する端緒と催告
法務省民二第915号通達は,違反を把握する主な端緒として,①表示に関する登記の申請時に添付された所有者の住所等が所有権登記名義人の住所等と一致しない場合,②住基ネットで変更を把握して意思確認通知を送ったものの,所有者が職権登記を拒否し,又は回答しなかった場合を挙げる。催告は,所有者への到達を追跡できる郵便等によって行うとされる。
催告期間内に通常申請をし,又は検索用情報を申し出れば,登記官は過料通知をしない。催告書を受け取った場合は,登記記録,変更原因及び既に行った申出の受付情報を確認し,放置せず管轄法務局へ対応状況を示す必要がある。
3 正当な理由
同通達が一般に正当な理由があるとする例は,①検索用情報の申出又は会社法人等番号の登記が済んでいるが職権登記が未了である場合,②行政区画の変更等により住所が変わった場合,③重病その他本人の事情により申請できない場合,④DV被害等により生命又は身体への危害のおそれから避難を余儀なくされている場合,⑤経済的困窮により登記費用を負担できない場合である。
この列挙は限定的なものではなく,個別事情に応じて判断される。他方,制度を知らなかったこと,忙しかったこと又は単に手続を後回しにしたことが当然に正当な理由となるとの公表資料はなく,例外を広く見込むべきではない。
4 裁判例の状況
令和8年8月11日に裁判所ウェブサイトで制度名,条文番号及び過料に関する語を検索した範囲では,新しい住所等変更登記義務又は過料の解釈・適用を示す裁判例は確認できなかった。もっとも,裁判所ウェブサイトは全裁判例を収録していないため,この検索結果は裁判例が存在しないことの証明ではない。
制度の適用は始まったばかりであり,現時点の実務では,不動産登記法及び不動産登記規則に加え,法務省民事局長通達と法務省Q&Aが具体的な運用基準となる。今後の裁判例,通達改正及び個人向け職権処理の開始時期は,継続して確認する必要がある。
第9 実務上の確認手順
1 個人の場合
まず,所有する土地及び建物の登記事項証明書を取り,登記名義人の氏名及び住所と現在の本人確認資料を比較する。相違があれば,①変更日が施行前か施行後か,②登記上の住所から現在までの連続性を証明できるか,③令和10年3月31日又は変更から2年のどちらが期限か,④近く売却又は担保設定を予定しているかを確認する。
急ぐ取引がなければ検索用情報の申出を行い,将来の職権登記に備える選択肢がある。しかし,国外居住者,通知に同意しない人又は確実な完了日が必要な人は通常申請を選び,古い住所の除票等が取得できない場合は早めに管轄法務局又は司法書士へ必要な代替資料を確認するのが安全である。
2 法人の場合
法人は,保有不動産台帳に,登記上の名称及び本店,現在の名称及び本店,会社法人等番号,管轄法務局並びに職権登記の反映状況を記録するとよい。特に,複数の法務局の管轄に不動産がある場合,商業・法人登記の変更だけで全不動産の表示が直ちに更新されたと考えず,物件ごとに確認する必要がある。
会社法人等番号が未記録なら法人識別事項の申出を行い,売却等が近ければ通常申請を併用する。合併又は会社分割が関係する場合は住所等変更登記だけでは足りないため,所有権承継の原因日及び移転登記の要否を別途検討する。
第10 出典・参考資料
1 法令・省令
①不動産登記法(平成16年法律第123号)64条1項,76条の5及び164条2項(e-Gov法令検索)。②民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則5条7項(e-Gov法令検索)。③不動産登記規則(平成17年法務省令第18号)92条及び187条ほか(e-Gov法令検索)。④登録免許税法(昭和42年法律第35号)5条5号及び別表第一第1号(十四)(e-Gov法令検索)。
2 法務省資料・通達
①法務省「住所等変更登記の義務化について」及び「住所等変更登記の義務化に関するQ&A」。②法務省「スマート変更登記のご利用方法」及び「検索用情報の申出について」。③法務省民事局長令和7年10月30日付け民二第915号「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(住所等変更登記の義務化関係)」。④法務省民事局長令和8年3月27日付け民二第525号「民法等の一部を改正する法律の施行に伴う不動産登記事務の取扱いについて(符号の表示関係及び職権による住所等変更登記関係)」。⑤法務局「不動産登記の申請書様式について」。
3 立法資料・統計
①法務省「所有者不明土地問題を取り巻く状況」2頁~3頁。②第204回国会衆議院法務委員会令和3年3月23日会議録第6号における申請義務化と職権登記に関する政府答弁及び過料と正当な理由に関する政府答弁。
4 文献及び関連情報
①村松秀樹・大谷太編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(金融財政事情研究会,2022年)290頁~301頁(PDF313頁~324頁)。②本ブログ「不動産登記に関するメモ書き」。