マル特無期事件


目次

1 最高検マル特無期通達
2 「マル特無期事件」の指定対象
3 マル特無期事件に指定された場合,少なくとも50年ぐらい服役させられるかもしれないこと
4 仮釈放を認めない終身刑に対する批判
5 直近5年間の死刑確定人員及び無期懲役確定人員の推移
6 終身刑の導入に関する日弁連の意見書
7 刑務所の医療問題
8 関連記事その他

1 最高検マル特無期通達
(1) 「マル特無期事件」に指定された受刑者の場合,終身又はそれに近い期間,服役させられることとなる点で,事実上の終身刑となっています特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について(平成10年6月18日付の最高検察庁の次長検事依命通達)」(「最高検マル特無期通達」などといいます。)参照)
(2)ア 最高検マル特無期通達には以下の記載があります。
    同じ無期懲役刑の判決を受けた者でも個々の事件ごとにその犯情には大きな違いがあり,比較的早期に仮出獄が許されてしかるべき者がいる反面,終身又はそれに近い期間の服役が相当と認められる者もいると考えられ,犯情に即した適正な刑の執行が行われるべきである。そして,そのためには,検察官としても,無期懲役受刑者の中でも,特に犯情等が悪質な者については,従来の慣行等にとらわれることなく,相当長期間にわたり服役させることに意を用いた権限行使等をすべきであるので,これらの者に対する刑の執行指揮をより適切に行い,また,仮出獄審査に関する刑務所長・地方更生保護委員会からの意見の照会(以下,「求意見」という。)に対する意見は,より適切で,説得力のあるものとする必要がある。
イ 「仮出獄」という用語は現在,「仮釈放」です。
(3) 最高検マル特無期通達の存在は平成14年1月8日付の朝日新聞の報道によって判明しました(無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める日弁連意見書(2010年12月17日付)8頁)。
(4) 最高検マル特無期通達を補充する通達を以下のとおり掲載しています。
① 最高検察庁におけるマル特無期事件被告人及び受刑者の選定等に関する事務処理要領の制定について(平成10年9月4日付の次長検事依命通達)
② マル特無期事件関係事務の処理について(平成10年9月16日付の最高検察庁総務部長の依命通達)
③ 最高検マル特無期通達の一部改正について(平成18年5月24日付の次長検事依命通達)

2 「マル特無期事件」の指定対象
(1) 「マル特無期事件」の指定対象は不開示情報であるものの,例えば,死刑が求刑されたのに,無期懲役の判決が下された被告人がこれに当たると思います。
(2) 来栖宥子★午後のアダージォブログ「「マル特無期事件」仮釈放許可率=検察官が「反対」の場合は38%だった」(2009年10月19日付)に以下の記載があります(引用元は毎日新聞の記事みたいです。)。
① 検察が「死刑に準ずる」と判断した無期懲役事件を「マル特無期事件」と指定し、仮釈放に際して特別に慎重な審理を求める運用をしていることが分かった。死刑の求刑に対し無期懲役が確定した場合などで、指定事件の対象者は08年までの10年強で380人に上る。
② (山中注:最高検マル特無期)通達の背景には、オウム真理教の一連の事件で、林郁夫受刑者(山中注:平成7年3月20日発生の地下鉄サリン事件の散布役)について検察が「自首により事件の真相究明がなされた」と異例の減軽理由を挙げて無期懲役を求刑し、1審判決(98年5月)で無期刑が確定した経緯がある。凶悪事件の服役囚が仮釈放を許可される事態に備えたとみられる。
(3) 平成20年の年末時点における,無期刑で刑務所にいる人の数は1771人です(法務省HPの「無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について」の掲載資料参照)から,380人÷1771人=21.4%ぐらいの人がマル特無期事件に指定されているのかも知れません。
(4) 「無期懲役に関する質問主意書」(平成30年7月19日付)に対する「参議院議員糸数慶子君提出無期懲役に関する質問に対する答弁書」(平成30年7月27日付)には以下の記載があります。
    御指摘の「特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について」(平成十年六月十八日付け最高検検第八百八十七号次長検事依命通達)については、「「特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について」の一部改正について」(平成十八年五月二十四日付け最高検検第千六百二十四号次長検事依命通達)により一部改正がなされたほか、これらに関するものとして、「最高検察庁におけるマル特無期事件被告人及び受刑者の選定等に関する事務処理要領の制定について」(平成十年九月四日付け最高検検第千三百二十八号次長検事依命通達)及び「マル特無期事件関係事務の処理について」(平成十年九月十六日付け最高検検第千三百七十八号最高検察庁総務部長事務連絡)が発出されており、これらの通達はいずれも現在有効である。
    これらの通達等の一部については、公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるとの理由から公表を差し控えている。
3 マル特無期事件に指定された場合,少なくとも50年ぐらい服役させられるかもしれないこと
(1)ア ①有期の懲役又は禁錮の上限は30年である(刑法14条)点で,終身に近い服役というのはこれよりも大幅に長い期間の服役を意味すると思われること,②法務省HPの「無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について」に掲載されている資料では,在所期間が「50年以上」という区切りがあること,及び③20歳代で服役を開始して50年が経過すれば70歳代となるところ,日本人の平均寿命は80歳代であることからすれば,最高検察庁がいうところの終身に近い服役というのは,50年ぐらいの服役ということかもしれません。
イ 受刑者が70歳以上であることは任意的刑の執行停止事由となっています(刑事訴訟法482条2号)。
(2) 「無期懲役に関する質問主意書」(平成30年7月19日付)に対する「参議院議員糸数慶子君提出無期懲役に関する質問に対する答弁書」(平成30年7月27日付)には以下の記載があります。
「無期刑受刑者に係る仮釈放審理に関する事務の運用について」(平成二十一年三月六日付け法務省保観第百三十四号法務省保護局長通達)は、無期刑受刑者については、重大な犯罪をしたことにより終身にわたって刑事施設に収容され得ることに鑑み、無期刑受刑者に係る仮釈放審理の運用の透明性を更に向上させるとともに、慎重かつ適正な審理を確保するために発出したものである。
 具体的には、同通達において、地方更生保護委員会(以下「地方委員会」という。)は、当該仮釈放審理における更生保護法(平成十九年法律第八十八号。以下「法」という。)第三十七条第一項に規定する面接については、その構成員である複数の委員をして審理対象者との面接を行わせるものとした。また、同通達において、地方委員会は、当該仮釈放審理においては、犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則(平成二十年法務省令第二十八号。以下「規則」という。)第二十二条において準用する規則第十条第一項の規定に基づき、原則として、検察官の意見を求めるものとした。さらに、地方委員会は、当該仮釈放審理においては、無期の懲役又は禁錮に当たる全ての犯罪の被害者等(法第三十八条第一項に規定する被害者等及びこれに準ずる者をいう。)について、原則として、それぞれ、面接等調査を行うものとした。加えて、地方委員会は、無期刑受刑者について、刑の執行が開始された日から三十年が経過したときは、その経過した日から起算して一年以内に、法第三十五条第一項の規定に基づき、必要があると認めて仮釈放審理を開始するものとした。
 また、無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について、法務省ホームページにおいて公表している。

4 仮釈放を認めない終身刑に対する批判
(1)ア 衆議院議員保坂展人君提出死刑と無期懲役の格差に関する質問に対する答弁書(平成12年10月3日付)には以下の記載があります。
① 仮出獄の制度は、受刑者に将来の希望を与えてその改悛を促すこと等にその趣旨がある。旧刑法第五十三条にも同様の規定が設けられていたところ、在監期間が長期に及ぶ場合の弊害等を考慮し、仮出獄が可能となるまでの期間に修正が加えられて刑法第二十八条が成立したものと承知している。
② 仮釈放を認めない終身刑(以下「終身刑」という。)については、死刑を緩慢に執行するようなものであり、長期間の服役により受刑者の人格が完全に破壊されてしまうなど、死刑よりも残虐であるとの意見もあり、そのような終身刑を創設することについては、慎重な検討が必要であると考えている。
イ 刑法(明治13年7月17日太政官布告第36合)(いわゆる「旧刑法」です。)53条は以下のとおりです。
① 重罪軽罪ノ刑ニ処セラレタル者獄則ヲ謹守シ悛改ノ状アル時ハ其刑期四分ノ三ヲ経過スルノ後行政ノ処分ヲ以テ仮ニ出獄ヲ許スコトヲ得
② 無期徒刑ノ囚ハ十五年ヲ経過スルノ後亦同シ
③ 流刑ノ囚ハ第二十一条ニ照シ幽閉ヲ免スルノ外仮出獄ノ例ヲ用ヒス
(2)ア 仮釈放を認めない終身刑については以下の批判があります。
① 死刑を緩慢に執行するようなものであり、長期間の服役により受刑者の人格が完全に破壊されてしまうなど、死刑よりも残虐であるともいえる。
② 一生閉じ込められていることに変わりがないのであるから懲罰事由に当たることをしても何の効果もなく,刑務所内の秩序を維持することも難しくなる。
③ 隔離されて死を待つだけの存在である終身刑受刑者の処遇は死刑確定者並みということになるところ,これと向き合う刑務官の労力は処遇期間が長期化する点で死刑確定者以上の労力が必要となる。
④ 懲罰が意味を持つ仮釈放の可能性のある受刑者と懲罰が意味を持たない終身刑受刑者を一緒に処遇できない。
イ マル特無期事件に指定された場合,仮釈放を認めない終身刑に対する批判と同様のものが当てはまるところがあります。
   しかし,刑法改正により仮釈放を認めない終身刑を導入された場合において,当該刑に処せられた場合,恩赦による減刑を得た上で,仮釈放をしてもらえない限り刑務所を出られなくなるところ,昭和35年以降,無期懲役からの減刑がありませんし,平成9年以降,減刑自体がありません(「恩赦の件数及び無期刑受刑者の仮釈放」参照)ことからすれば,仮釈放を認めない終身刑が恩赦により減刑されることは事実上あり得ないと思います。
   これに対してマル特無期事件に指定されたに過ぎない場合,仮釈放さえしてもらえれば刑務所を出られますし,マル特無期事件の根拠は検察庁内部の通達に過ぎず,法務大臣の一般的指揮権(検察庁法14条本文)に基づき,法務省限りでその運用を変えられますし,そもそも仮釈放の許可権者は地方更生保護委員会であることからすれば,将来にわたって終身に近い服役を要するとは限りません。
    実際,平成20年から平成29年までの数値として,検察官意見が反対ではない場合の許可率が70.2%である(57件中40件で許可)とはいえ,検察官意見が反対である場合の許可率は12.4%です(169件中21件で許可)から,検察官意見が絶対であるとまではいえません(法務省HPの「無期刑受刑者の仮釈放の運用状況等について」に掲載されている資料表2-9)。
   そのため,仮釈放を認めない終身刑と,マル特無期事件は質的に異なります。
(3)ア 刑法改正により仮釈放を認めない終身刑が導入された場合,死刑判決を免れる人が出る他,マル特無期事件に該当する人を中心として,現行法であれば無期懲役にとどまった人の相当数が,仮釈放を認めない終身刑を言い渡されるという意味では重罰化につながると思います。
   そして,絶対に仮釈放されない点で無期刑受刑者よりもより処遇が困難となる終身刑受刑者を,死ぬまで税金で処遇する必要が発生することとなります。
イ ちなみに,名古屋高裁平成29年10月5日判決は,刑務所長が収容中の受刑者とその友人らとの間の面会申出を不許可としたこと及び信書の発受を禁止したことについて,受刑者及び面会申出者の慰謝料請求を認めました。
   つまり,刑務所は,受刑者の処遇を誤った場合,国家賠償責任を負うということです。
(4) Wikipediaに「終身刑」が載っています。

5 直近5年間の死刑確定人員及び無期懲役確定人員の推移
(1) 法務省の検察統計年報2018年版の表63によれば,死刑及び無期懲役の確定人員の推移は以下のとおりです。
① 直近5年間の死刑確定人員の推移(合計20人)
平成26年:7人,平成27年:2人,平成28年:7人
平成29年:2人,平成30年:2人
② 直近5年間の無期懲役確定人員の推移(合計113人)
平成26年:28人,平成27年:27人,平成28年:15人
平成29年:18人,平成30年:25人
(2) マル特無期事件の指定率が20%であるとした場合,仮に刑法改正により終身刑が導入されれば,改正前であれば無期懲役止まりだった人の20%が終身刑になるかもしれません。

6 終身刑の導入に関する日弁連の意見書

(1) 「量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)」に対する日弁連意見書(2008年11月18日付)(意見書全文は18頁あります。)には以下の記載があります(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
①   この厳罰化傾向は,法定刑や処断刑の長期化にとどまらず,矯正や保護の分野にまで浸透しつつある。たとえば,矯正の段階で行われている検察庁秘密通達のいわゆるマル特無期刑や,保護の分野における地方更生保護委員会による仮釈放判断の厳格化にも法務検察の影響が強く,仮釈放を難しくしており,無期刑受刑者の仮釈放に至っては絶望的でさえある。
    刑事施設の長が,法務省令で定める基準に該当すると認めて,地方更生保護委員会に仮釈放を許す旨の申出(更生保護法第34条第1項)をしても無期刑受刑者の仮釈放棄却率は20%であり,その他の刑の受刑者の仮釈放棄却率の4%に比し,著しく狭き門になっている。
    無期刑受刑者に関しては,矯正の現場が保護の分野の地方更生保護委員会の仮釈放許可の判断に困惑しているとさえ思われる。
② これまで秘密裏に実施されてきたマル特無期刑者の問題,地方更生保護委員会のあり方,恩赦や仮釈放の運用のあり方,仮釈放許可基準の不明確さといった不透明かつ閉鎖的な制度等が是正されないままで,そこに終身刑を創設すれば,終身刑化している無期刑と終身刑との間のすみ分けを困難にし,現実にも刑適用における混乱を避けることができない。
    とりわけ,死刑を存置したままの終身刑の創設は,世界にも先進国ではアメリカの一部にしか類がなく,死刑という絶望の刑罰に,終身刑というもう一つの絶望を付け加えるものであり,にわかに
これを是認することができない。
③ 死刑と併存する形での終身刑の創設は,従来なら無期刑判決を受けた者の相当数を終身刑判決に格上げする役割を担うだけであって,死刑判決を大きく減らすことはないものと考えるものである。
④ 終身刑が創設されれば,終身刑受刑者には,仮釈放という希望が絶たれており,単に社会から隔離されているだけで,日々生きていく上での支えもない状態になる。一生閉じ込められていることに変わりがないのであるから懲罰事由に当たることをしても何の効果もなく,刑務所内の秩序を維持することも難しくなる。
    また,そもそも,終身刑受刑者には,死刑確定者と同様の処遇をすることになるのか,それとも改善更生と社会復帰に向けた処遇をするのか。前者だとすれば,隔離されて死を待つだけの存在となり,終身刑受刑者の処遇は死刑確定者並みということになり,これと向き合う刑務官の労力は処遇期間が長期化する点で死刑確定者以上の労力が必要となる。後者だとすれば,仮釈放の希望が全くない終身刑受刑者に改善更生や社会復帰に向けた処遇が何故必要かという問題が生じる。
    さらに,仮にこのような処遇をするとして,終身刑受刑者を一般の受刑者と一緒に処遇するのかという問題もある。懲罰が意味を持つ仮釈放の可能性のある受刑者と懲罰が意味を持たない終身刑受刑者を一緒に処遇できないという意見もある。加えて,終身刑受刑者にかかる費用も税金から支出されるのであるから無視できないとする意見もある。
    この意味では,終身刑の創設は,終身刑受刑者にとっても,刑務所や刑務官にとっても不都合だらけの制度であると言わなければならない。
⑤ 終身刑については,死刑廃止国にあっても,極めて稀な制度であり,ヨーロッパでも死刑に代わるものとしてオランダにあるだけであり,死刑を存置しながら,無期刑とは別に,仮釈放の可能性のない終身刑を導入しているのは,アメリカの連邦と35の州並びに中国に例を見るだけである。
(2) 死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言(2016年10月7日の日弁連人権擁護大会(福井市)で採択されたもの)には以下の記載があります(ナンバリング及び改行を追加しました。)。
① 当連合会は、2008年11月18日付け「『量刑制度を考える超党派の会の刑法等の一部を改正する法律案(終身刑導入関係)』に対する意見書」において、「無期刑受刑者を含めた仮釈放のあり方を見直し無期刑の事実上の終身刑化をなくし、かつ死刑の存廃について検討することなしに、刑罰として新たに終身刑を創設すること(量刑議連の「刑法等の一部を改正する法律案」)には反対する。」との意見表明を行っている。
    その理由は、死刑制度を存置したまま、仮釈放の可能性のある終身刑の上に仮釈放の可能性のない終身刑を付け加えれば、有期刑の最高刑が30年に長期化されていることと併せ、刑罰制度全体の厳罰化を招く危険性があると考えるためである。
    しかし、死刑が廃止された場合の最高刑については、当連合会はこれまでに意見をまとめたことはない。
② 死刑に代わる最高刑として、刑の言渡し時には「仮釈放の可能性がない終身刑制度」を導入するという選択肢、つまり、言渡し時には生涯拘禁されることを内容とする終身刑の制度を死刑に代わる最高刑として導入することを検討する必要がある。
    ただし、仮に刑の言渡しの時点では仮釈放の可能性が認められない終身刑制度を導入したとしても、「人は変わり得る」のであるから、受刑者が変化し真に更生した場合には、社会に戻る道が何らかの形で残されていなければならない。
    本人が努力しても、釈放の可能性が全くない刑罰に希望はなく、非人道的な刑罰であると言わざるを得ない。
③ 仮釈放の可能性のない終身刑を導入するとしても、将来の減刑の可能性を制度的に残し、例えば、25年以内に本人の更生の進展を審査して仮釈放のある無期刑への減刑の可能性を認めるかどうかについて、受刑者の申立てに基づいて再審査を行うなどの制度を確保しなければならないのである。
    そして、このような再審査は、行政機関による恩赦措置としても可能であるが、フランス、イタリアやスペインの行刑裁判官が担っているような役割を裁判所が担い、裁判所が刑の変更の可否を検討する制度設計が望ましい。
④ このような刑罰制度の改革と同時に、後記する無期刑の仮釈放制度の改革を確実に実現し、受刑30年を経過しても、多くの無期受刑者について仮釈放の審査の機会すら保障されないという異常な現状を、同時に改革しなければならない。

7 刑務所の医療問題

(1) 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律62条(診療等)1項は以下のとおりです。
    刑事施設の長は、被収容者が次の各号のいずれかに該当する場合には、速やかに、刑事施設の職員である医師等(医師又は歯科医師をいう。以下同じ。)による診療(栄養補給の処置を含む。以下同じ。)を行い、その他必要な医療上の措置を執るものとする。ただし、第一号に該当する場合において、その者の生命に危険が及び、又は他人にその疾病を感染させるおそれがないときは、その者の意思に反しない場合に限る。
一 負傷し、若しくは疾病にかかっているとき、又はこれらの疑いがあるとき。
二 飲食物を摂取しない場合において、その生命に危険が及ぶおそれがあるとき。
(2)ア 監獄人権センターHPに「被収容者のための不服申立マニュアル Ver.3」が載っています。
イ 監獄人権センターHP「刑務所の医療問題について」には以下の記載があります。
    個々の医療措置については医師の専門的な判断がからむので、「~薬を出せ」とか「~手術をせよ」と具体的な医療措置を要求する権利は、被収容者に認られていませんし、認めさせることは困難です。しかし、少なくとも「医師による診療を行え」と要求する権利は上記の刑事被収容者処遇法62条1項によって被収容者にも認められていると言ってよいでしょう。この点を主張して「医師が診察する」ことまでは強い態度で交渉してよいし、施設側もいつまでも拒み続けることはできないと思われます。
(3) 法務省HPに「行刑改革会議報告 刑務所医療をめぐる問題点と医療の改革」には「第1 刑務所医療の現状」として以下の記載があります。
◯受刑者の観点から
・ 願い出ても診察を受けられない
・ 短時間、立会い刑務官付きの診療
・ 服役中~出所後の医療の断絶
◯医務課職員(刑務官)の観点から
・ 回診職員の不足
・ 膨大な事務量
・ スキルにばらつき
・ 医療従事者としての倫理意識に欠ける
◯医師の観点から
・ 医局の命令により派遣
・ 矯正医療に関心のない者が多い
・ キャリアが断絶
・ 常勤でも週3日
(4) 法務省HPの「矯正医官」には「矯正医療は対象者が収容者であるという特色がある以外は、基本的に一般社会の医療とは異なるものではありません。傷病を有する患者に接し、診断の下に医療措置を講じます。」と書いてあります。
(5)ア 最高裁令和3年6月15日判決は以下の判示をしています(改行を追加しています。)。
    拘置所を含む刑事施設においては,これに収容されている者(以下「被収容者」という。)の健康等を保持するため,社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとされ(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条),刑事施設の長は,被収容者が負傷し,若しくは疾病にかかっているとき,又はこれらの疑いがあるとき等には,速やかに,刑事施設の職員である医師等(医師又は歯科医師をいう。以下同じ。)による診療を行い,その他必要な医療上の措置を執るなどとされている(同法62条1項等)。
    そして,刑事施設の中に設けられた病院又は診療所にも原則として医療法の規定が適用され(同法30条の2,医療法施行令3条2項参照),これらの病院又は診療所において診療に当たる医師等も医師法又は歯科医師法の規定に従って診療行為を行うこととなる。
    そうすると,被収容者が収容中に受ける診療の性質は,社会一般において提供される診療と異なるものではないというべきである。
イ 最高裁令和3年6月15日判決の裁判官宇賀克也の補足意見には以下の記載があります。
    刑事施設における診療に関する情報であっても,インフォームド・コンセントの重要性は異ならない。法務省矯正局矯正医療管理官編・矯正医療においても,矯正医療に求められている内容は,基本的に一般社会の医療と異なるところはないとしている(このことは,監獄法の時代も同じであり,監獄における医療の意義は,第1には,人道的立場において,在監者の身体的・精神的健康を毀損することのないようにすることにあり,病院移送も,専ら病者の治療という趣旨からなされるものであり,検察官等の処分をまって初めて病院移送の措置をとり得ると解すべきではないとされていた。小野清一郎=朝倉京一・改訂監獄法)。
(6)  最高裁令和5年10月26日判決は,刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報の全部を開示しない旨の決定につき国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできないとされた事例です。
(7) 仙台高裁令和4年8月31日判決(判例時報2569頁)は,刑務作業中の受刑者が正常に印刷されていない紙を取り除こうとして印刷機内に手を差し入れていた時,他の受刑者が印刷機を作動させたため傷害を負った事故につき,刑務所職員らに安全指導義務違反があるとして国家賠償責任が認められた事例です。

8 関連記事その他

(1) ヤフーニュースの「新幹線殺傷事件で無期懲役「出所後また殺す」と宣言の男は何年で仮釈放になる?」には以下の記載があります。
    検察庁では、死刑求刑に対して無期懲役となった事案や、反省の情が乏しく、再犯のおそれが極めて高く、遺族の処罰感情が特に厳しいような事案の場合には、刑務所や地方更生保護委員会に対して仮釈放の審理を慎重に行うように求めるとともに、逆に刑務所や委員会から意見を求められた際には断固反対し、事実上の終身刑となるような運用を図っている。
(2) 最高裁平成20年4月15日判決は, 弁護士会の設置する人権擁護委員会が受刑者から人権救済の申立てを受け,同委員会所属の弁護士が調査の一環として他の受刑者との接見を申し入れた場合において,これを許さなかった刑務所長の措置に国家賠償法1条1項にいう違法がないとされた事例です。
(3)ア 犯罪加害者,更生,被害者専門サイトHP「どこの刑務所へ行くかは「テスト」「調査」で決まる?」が載っています。
イ NPO法人監獄人権センターHP「マル特無期通達の廃止を求める要請書」(2021年6月17日付)が載っています。
(4) 最高裁令和5年9月27日決定は,当事者双方が口頭弁論期日に連続して出頭しなかった場合において,大阪拘置所収容中の死刑確定者による訴えの取下げがあったものとみなされないとした原審の判断に民訴法263条後段の解釈適用を誤った違法があるとされた事例です。
(5) 岐阜地裁令和6年5月29日判決(裁判長は53期の松田敦子)は, 刑務所長が受刑者に対して行った,反則行為の調査のための身体検査並びに物品制限及びカメラ室処遇について,合理的な裁量の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして国家賠償法1条1項上の違法があると認定し,原告の請求の一部を認めた事例です。
(6) 以下の記事も参照してください。
・ 仮釈放
・ 仮釈放に関する公式の許可基準
・ 死刑執行に反対する日弁連の会長声明等
・ 死刑囚及び無期刑の受刑者に対する恩赦による減刑
→ 死刑が確定した後,個別恩赦により無期懲役に減刑した事例は昭和50年6月17日が最後であり(GHQ占領下の事件に関するものです。),無期懲役が確定した後,個別恩赦により減刑した事例(仮釈放中の人は除く。)は昭和35年以降は存在しません。
・ 恩赦の件数及び無期刑受刑者の仮釈放
→ 日弁連HPの「無期刑受刑者に対する仮釈放制度の改善を求める意見書」(平成22年12月17日付)にも言及しています。
・ 恩赦に関する記事の一覧


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