第1 前科調書の意味
1 前科照会書と前科調書の違い
前科調書は,特定の者が有罪の確定裁判を受けた事実について,検察庁の犯歴担当事務官が照会結果を報告するための書面である。
令和8年9月6日現在の取扱いは,犯歴事務規程(昭和59年4月26日法務省刑総訓第329号。最終改正は令和7年5月29日法務省刑総訓第10号であり,同年6月1日に施行された。)に定められている。
同規程13条1項は,検察官又は検察事務官が,他の検察庁の犯歴担当事務官に対して有罪の確定裁判の有無を照会するときは,電子計算機又は前科照会書(様式第35号)を利用することを原則としている。
これに対し,同条2項の前科調書は,照会を受けた犯歴担当事務官が調査結果を報告するための書面である。
したがって,前科照会書は照会に用いる書面であり,前科調書は照会に対する報告書である。
同条の手続は検察庁の犯歴事務に関するものであり,前科調書は,本人又は民間事業者が一般的な証明書として請求する書面ではない。
2 現行の前科調書は5様式であること
犯歴事務規程13条2項が定める現行の前科調書は,次の5様式である。
① 前科調書(甲)(様式第37号)
② 前科調書(道交)(様式第37号の2)
③ 前科調書(乙)(様式第38号)
④ 前科調書(丙)(様式第39号)
⑤ 前科調書(丁)(様式第40号)
平成30年3月5日発行の『犯歴事務解説 五訂版』95頁~102頁は,当時の甲,乙,丙及び丁という4様式を前提として,甲を電算処理対象犯歴,乙を道交犯歴以外の非電算処理対象犯歴,丙を道交犯歴,丁を犯歴票の写しを添付する場合の様式と説明していた。
現行規程には前科調書(道交)が独立して追加されているため,この旧資料の4区分を現在の様式へそのまま当てはめることはできない。
3 平成30年版解説の位置付け
『犯歴事務解説 五訂版』を掲載した記事の95頁~102頁には,前科調書の作成方法,記載事項及び刑の一部の執行猶予がある場合の読み方がまとめられている。
同資料は,当時の検察実務を知るための資料であるが,現行制度を確認するときは,最新の犯歴事務規程及び現行法令を優先する必要がある。
第2 前科調書の作成及び記載に関する注意点
1 本人の同一性及び記載内容の確認
『犯歴事務解説 五訂版』は,前科調書を作成するときは,電子計算機の出力又は犯歴票等を機械的に転記するのではなく,内容の誤り及び記載事項間の矛盾を点検すべきものとしている。
特に,氏名,生年月日及び本籍地は本人を特定するための基本的な事項であり,照会対象者との同一性を確認する必要があると説明している。
同資料によれば,前科調書には,原則として照会対象者に係る有罪の確定裁判を記載する一方,執行猶予取消請求のための照会など,照会目的によって必要な確定裁判だけを記載する場合がある。
前科調書の記載範囲は,照会の目的及び当時の運用を確認して判断すべきものである。
2 旧解説が挙げる主な記載事項
『犯歴事務解説 五訂版』は,旧様式の作成上の注意として,次の事項を挙げている。
① 氏名,生年月日及び本籍又は国籍を正確に記載すること
② 裁判日,確定日,刑の終了日及び仮釈放日等を区別すること
③ 複数の罪名を「窃盗等」のように省略しないこと
④ 刑名,刑期,金額,執行猶予期間及び保護観察の有無を正確に記載すること
⑤ 執行猶予取消し,恩赦,公民権,仮釈放及び保護観察等に関する事項を必要に応じて記載すること
これらは平成30年当時の解説内容であり,現行様式の記載欄及び具体的な運用を網羅するものではない。
現行様式については,法務省が公開する最新の犯歴事務規程の各様式を確認する必要がある。
3 署名押印,契印及び訂正
刑事訴訟規則58条1項は,公務員が作るべき書類について,特別の定めがある場合を除き,年月日,署名押印及び所属官公署の表示を求めている。
同条3項は,検察官,検察事務官その他の公務員が作成すべき一定の書類について,毎葉に契印することを定めている。
同規則59条は,公務員が作成する書類の文字を改変してはならないとし,文字を加え,削り,又は欄外に記入したときは,訂正範囲を明らかにして訂正部分に認印することを定めている。
旧解説が述べる前科調書への署名押印,継続用紙の契印及び加除訂正の方法は,これらの規定を根拠としている。
第3 平成30年当時の参考様式画像
次の画像は,平成30年版解説に対応して従前の記事に掲載されていた参考画像であり,同解説の原資料には含まれていない。
現行規程には前科調書(道交)(様式第37号の2)が加わっているため,次の画像だけで現行の様式一式を示すものではない。
前科照会書及び前科回答書(様式第35号の旧参考画像)
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前科調書(甲)(様式第37号の旧参考画像・1頁目)
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前科調書(甲)(様式第37号の旧参考画像・2頁目)
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前科調書(乙)(様式第38号の旧参考画像)
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前科調書(丙)(様式第39号の旧参考画像)
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前科調書(丁)(様式第40号の旧参考画像)
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第4 刑の一部の執行猶予と前科調書
1 現行刑法27条の7
刑法27条の7第1項は,刑の一部の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予期間を経過したときは,その拘禁刑を,執行を猶予されなかった部分の期間を刑期とする拘禁刑に減軽する旨を定めている。
この場合,実刑部分の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日に,刑の執行を受け終わったものとされる。
もっとも,猶予の言渡し後,猶予期間を経過するまでに更に犯した罰金以上の刑に当たる罪について公訴が提起されているときは,暦上の猶予期間が経過しても,直ちに減軽されない場合がある。
同条2項~6項は,この場合の効力継続期間,拘禁刑以上又は罰金に処せられたときの取消し及び他の執行猶予中の拘禁刑の取扱いを定めている。
2 令和7年6月1日前後の言渡しを区別すること
拘禁刑を導入した改正刑法は,令和7年6月1日に施行された。
刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律448条1項によれば,現行刑法27条の7第2項~6項は,刑の一部の執行猶予の言渡しが同日以後にされた場合について適用される。
したがって,前科調書を読むときは,刑の言渡日及び適用法を確認する必要がある。
平成30年版解説の「懲役又は禁錮」という記載は当時の法令を前提とするため,歴史的な説明としては意味があるが,現行法の説明として用いることはできない。
3 旧解説における前科調書の読み方
『犯歴事務解説 五訂版』は,旧様式について,「実刑部分の期間の執行終了の日」,「一部執行猶予期間の起算日」及び「執行猶予取消確定の日」の各欄を照合して,猶予期間の経過又は取消しの有無を判断する方法を説明している。
これは平成30年当時の様式及び法令を前提とする説明であるため,現在の事件では,現行様式の記載と適用される刑法を個別に確認する必要がある。
第5 刑事裁判における証拠能力及び利用の限界
1 前科調書の証拠能力
刑事訴訟法323条1号は,公務員が職務上証明できる事実について作成した書面に証拠能力を認めている。
最高裁昭和26年1月11日第一小法廷決定(昭和25年(あ)第926号,集刑39号247頁)は,前科調書が同号の書面に当たり,証拠能力を有すると判断した。
同決定の事案では,第一審は前科調書を犯罪事実の認定ではなく,刑を定める一事情として用いていた。
前科調書に証拠能力があることと,前科の内容から起訴された犯罪事実を推認できることとは区別する必要がある。
2 前科を犯人性の立証に用いる場合の限界
最高裁平成24年9月7日第二小法廷判決(平成23年(あ)第670号,刑集66巻9号907頁)は,前科に係る犯罪事実を犯人性の実質証拠として用いる場合の限界を示した。
同判決は,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を持ち,それが起訴された犯罪事実と相当程度類似するため,前科と起訴事実の犯人が同一であるとの合理的な推認が可能な場合に限って,このような立証が許されるとした。
前科は,不当な人格評価又は犯罪傾向からの推認を招く危険を伴う。
このため,前科調書の形式的な証拠能力だけでなく,立証趣旨,証明しようとする事実及び不当な偏見を生じさせる危険を分けて検討する必要がある。
第6 前科情報の照会,証拠開示及び記録閲覧
刑事訴訟法279条は,裁判所が,検察官,被告人若しくは弁護人の請求により,又は職権で,公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができると定めている。
当事者が照会を請求できることは,裁判所が必ず照会を採用すること,又は当事者が検察庁の犯歴記録を直接取得できることを意味しない。
公判前整理手続における証拠開示は,刑事訴訟法316条の15等の要件に従う。
個別の前科関係資料が開示対象となるかは,証拠の類型,検察官請求証拠との関係,重要性,防御準備の必要性及び開示による弊害を踏まえて判断されるため,前科調書一般について当然に開示されるとはいえない。
判決確定後の記録閲覧については,判決確定後の刑事記録の閲覧及び謄写も参照されたい。
第7 関連記事
① 検察庁による身上照会
② 刑法第34条の2の規定による刑の消滅
③ 刑事裁判の書証の証拠能力-伝聞法則・供述調書・同意書面の判断順序(AI作成)
④ 犯歴事務解説(法務総合研究所の,平成30年3月5日発行の五訂版)
第8 出典・参考資料
1 法令・規程
① e-Gov法令検索「刑法」27条の7及び34条の2
② e-Gov法令検索「刑事訴訟法」279条,316条の15及び323条1号
③ e-Gov法令検索「刑法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」448条
④ 最高裁判所「刑事訴訟規則」58条及び59条
2 裁判例
① 最高裁昭和26年1月11日第一小法廷決定,昭和25年(あ)第926号,集刑39号247頁
② 最高裁平成24年9月7日第二小法廷判決,平成23年(あ)第670号,刑集66巻9号907頁
3 行政機関の運用資料及び文献
① 法務省刑事局「犯歴事務規程」(昭和59年4月26日法務省刑総訓第329号。最終改正は令和7年5月29日法務省刑総訓第10号)13条及び各様式
② 法務総合研究所『犯歴事務解説 五訂版』平成30年,95頁~102頁
③ 高野隆・河津博史『刑事法廷弁護技術〔第2版〕』日本評論社,令和6年,212頁及び219頁~220頁