第1 この記事が扱う平成時代の恩赦
1 皇室の慶弔行事に伴う三回の恩赦
平成期にも,個別の事情を審査して随時行う常時恩赦は継続していた。本記事が扱うのは,平成期に皇室の慶弔行事に際して実施された①平成元年2月24日の昭和天皇御大喪恩赦,②平成2年11月12日の御即位恩赦及び③平成5年6月9日の皇太子御結婚恩赦の三回である。
この三回は,政令で要件を定めて一律に効力を生じさせる政令恩赦と,閣議決定された特別恩赦基準に基づいて一人ずつ審査する特別基準恩赦の組合せが異なる。昭和天皇御大喪恩赦では大赦令・復権令と特別基準恩赦,御即位恩赦では復権令と特別基準恩赦が実施されたのに対し,皇太子御結婚恩赦では政令恩赦を行わず,特別基準恩赦だけが実施された。
| 恩赦 | 実施日 | 政令恩赦 | 個別恩赦 |
|---|---|---|---|
| 昭和天皇御大喪恩赦 | 平成元年2月24日 | 大赦令及び復権令 | 特別基準恩赦 |
| 御即位恩赦 | 平成2年11月12日 | 復権令 | 特別基準恩赦 |
| 皇太子御結婚恩赦 | 平成5年6月9日 | なし | 特別基準恩赦 |
2 政令恩赦と特別基準恩赦
恩赦法は,大赦,特赦,減刑,刑の執行の免除及び復権の五種類を定める。政令恩赦は政令で定める要件に該当する者へ一律に効力を生じさせるのに対し,特別基準恩赦は,本人の出願又は職権による上申を端緒として,中央更生保護審査会が個別事情を審査し,内閣の決定と天皇の認証を経て行われる個別恩赦である。手続全体については,恩赦の手続で整理している。
選挙違反者にとって特に関係するのは,刑の言渡しによって停止された選挙権及び被選挙権を回復させる復権と,刑の言渡しの効力を失わせる特赦である。もっとも,減刑や刑の執行の免除も恩赦の一種であるが,それだけで公職選挙法上の公民権が直ちに回復するとは限らないため,恩赦相当件数と公民権を直ちに回復した人数は区別する必要がある。
第2 三回の恩赦と選挙違反者の扱い
1 平成元年の昭和天皇御大喪恩赦
平成元年2月24日,昭和天皇の大喪の礼に伴い,大赦令(平成元年政令第27号),復権令(同年政令第28号)及び昭和天皇の崩御に際会して行う特別恩赦基準に基づく特別基準恩赦が実施された。大赦令は公職選挙法違反を対象としなかったが,復権令及び特別基準恩赦は罪名による一律除外を設けていなかったため,選挙違反者も対象となったことが,第198回国会衆議院法務委員会における政府答弁で確認できる。
復権令は,罰金刑を受けた者の資格制限を広く回復させるとともに,拘禁刑に一本化される前の懲役・禁錮等の刑を受けた者についても一定の要件を設けて復権させた。これに該当しない選挙違反者については,特別基準恩赦による特赦,減刑,刑の執行の免除又は復権が個別に審査された。
2 平成2年の御即位恩赦
平成2年11月12日,即位の礼に伴い,復権令(平成2年政令第328号)及び即位の礼に当たり行う特別恩赦基準に基づく特別基準恩赦が実施された。復権令の対象は罰金刑を受けた者に限定され,約250万人が対象になったとされる。
同年2月の第39回衆議院議員総選挙に関する選挙違反で罰金刑を受けた者も復権令の対象となった。国立国会図書館の「恩赦制度の概要」は,約4300人が同選挙の違反により公民権を停止されていた者であったとする資料を紹介している。懲役・禁錮等の刑を受けた選挙違反者は復権令の対象外であり,公民権の回復には特別基準恩赦による個別審査が必要であった。
3 平成5年の皇太子御結婚恩赦
平成5年6月9日の皇太子御結婚恩赦では,政令恩赦を行わず,皇太子徳仁親王の結婚の儀に当たり行う特別恩赦基準に基づく特別基準恩赦だけが実施された。政府は同月3日の参議院内閣委員会において,一律の政令恩赦ではなく,本人の性格・行状,改悛の状況,社会の感情その他の事情を一人ずつ調査する方法を採ったと説明している。
公職選挙法違反は特別基準恩赦から一律に除外されなかった。もっとも,罪名だけで恩赦相当とされたのではなく,各基準への該当性と「犯情,本人の性格及び行状,犯罪後の状況,社会の感情等」を個別に審査する仕組みであった。この点は,選挙違反者を多数含む恩赦への批判と,公表された審査基準に基づく運用とを区別して理解する必要がある。
第3 選挙違反による公民権停止と恩赦の効果
1 公職選挙法252条による公民権停止
本記事でいう公民権は,公職選挙法上の選挙権及び被選挙権をいう。令和7年6月1日に懲役刑と禁錮刑が拘禁刑へ一本化されたため,現行の公職選挙法252条は「拘禁刑」と定めるが,平成期の恩赦基準及び当時の集計資料には「懲役」「禁錮」「禁錮以上の刑」という旧刑名が用いられている。
公職選挙法252条1項によれば,同条所定の選挙犯罪によって罰金刑に処せられた者は,原則として裁判確定日から5年間,選挙権及び被選挙権を有しない。同条2項によれば,所定の選挙犯罪によって拘禁刑に処せられた者は,原則として,裁判確定日から刑の執行終了まで及びその後5年間,又は刑の執行を受けることがなくなるまで,選挙権及び被選挙権を有しない。
買収及び利害誘導罪等を繰り返した者については,同条3項により5年が10年となる。他方,同条4項は,犯罪類型及び宣告刑に応じ,裁判所が公民権停止規定を適用しない旨又は適用期間を短縮する旨を宣告できる場合を定めている。したがって,公民権停止期間を「裁判確定日から常に5年」と説明することはできない。公職選挙法違反事件の審理期間については,百日裁判事件(公職選挙法違反)も参照されたい。
2 特赦・減刑・刑の執行の免除・復権の違い
特赦は特定の有罪の言渡しの効力を失わせるため,その有罪判決に伴う公民権停止も終了する。復権は,有罪の言渡しに伴って法令上喪失又は停止された資格を直接回復するため,選挙違反者については選挙権及び被選挙権の回復が具体的な効果となる。
これに対し,減刑は刑を軽くし,又は執行猶予期間等を短縮する制度であり,刑の執行の免除は刑の執行だけを免除する制度である。公職選挙法252条2項は,刑の執行の免除後も原則として5年間の停止を定めているため,これらの恩赦が公民権を直ちに回復させるかは,減刑後の刑の状態,公職選挙法の停止期間及び復権の有無を個別に確認しなければならない。
3 復権は有罪判決を消す制度ではないこと
恩赦法9条及び10条による復権は,将来に向かって資格を回復する制度である。同法11条は,有罪の言渡しに基づいて既に生じた効果が,復権等によって変更されることはないと定める。
最高裁昭和39年12月15日判決(昭和39年(あ)第1850号,裁判集刑事153号687頁)も,復権は一旦喪失した資格を回復するにとどまり,有罪の言渡しに基づく既成の効果を変更しないため,復権した公職選挙法違反の前科を後の事件の量刑で考慮しても憲法14条及び39条に違反しないとした。恩赦の種類ごとの法的効果は,恩赦の効果で詳しく整理している。
第4 特別基準恩赦の審査
1 平成2年及び平成5年の基準
平成2年の特別恩赦基準は,執行猶予期間の3分の1以上を経過し,刑に処せられたことが公共的社会生活上の障害となっている者について,減刑の対象となり得ることを定めていた。また,一定の犯罪類型を除き,社会のために貢献するところがあり,かつ,刑に処せられたことが公共的社会生活上の障害となっている有期刑受刑者等も,特赦又は減刑の候補となり得た。
平成5年の基準は,「近い将来における公共的職務への就任」又は「現に従事している公共的職務の遂行」に当たり,刑に処せられたことが障害となっているかを明示した。法務省関係者の同時代解説によれば,これは平成元年及び平成2年の「公共的社会生活上の障害」を具体化した表現であり,基準の趣旨を別のものへ変更したわけではないと説明されている。
2 公共的職務と社会への貢献
平成5年の法務省解説が挙げる公共的職務上の障害には,公職選挙への立候補,弁護士・税理士等の登録,公務員試験の受験,国会議員公設秘書・民生委員・人権擁護委員・町内会役員等への就任が含まれる。他方,特定の候補者の選挙運動に従事したいという事情だけでは,公共的職務への就任又は遂行上の障害には当たらないと説明されていた。
「社会のために貢献するところがあること」は,単なる善行歴では足りず,地域社会又は公共的活動における相応の継続的な実績を要求する基準として運用された。選挙関係者であることや将来の選挙への関与だけを理由として恩赦相当となる制度ではない。
3 個別審査で考慮された事情
三回の特別恩赦基準は,恩赦の種類ごとの要件に加え,①犯情,②本人の性格及び行状,③犯罪後の状況,④社会の感情等を総合考慮するものとしていた。法務省関係者の解説では,犯情は犯罪の軽重を含む犯罪の情状,行状は犯罪以外の生活態度,犯罪後の状況は改悛,再犯のおそれ,服役・保護観察中及びその後の行状を含むものと説明されている。
社会の感情については,犯罪地,本人の居住地又は帰住予定地における感情だけでなく,社会一般及び被害者・遺族の感情も考慮するとされた。したがって,公開された基準上は,公職選挙法違反という罪名だけで形式的に恩赦を認める構造ではなく,公民権回復の必要性と犯罪後の事情を個別に審査する構造であった。

特別基準恩赦に関する事務の流れ
第5 選挙違反事件に対する特別基準恩赦の実績
1 三回の受理件数と恩赦相当件数
当時の法務省保護局恩赦課資料により,特別基準恩赦の総受理件数及び恩赦相当件数と,そのうち公職選挙法違反事件に関する件数を比較すると,次のとおりである。割合は,恩赦相当件数を受理件数で除し,小数第2位以下を四捨五入した。
| 恩赦 | 総受理件数 | 総恩赦相当件数 | 選挙違反受理件数 | 選挙違反恩赦相当件数 | 選挙違反恩赦相当率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 昭和天皇御大喪恩赦 | 1,354件 | 789件 | 773件 | 635件 | 82.1% |
| 御即位恩赦 | 702件 | 398件 | 478件 | 327件 | 68.4% |
| 皇太子御結婚恩赦 | 1,834件 | 1,277件 | 1,255件 | 945件 | 75.3% |
平成5年の選挙違反事件945件のうち,罰金刑の復権は631件であり,受理691件に対する復権相当率は91.3%であった。罰金刑の復権を除くと,受理564件に対して恩赦相当314件であり,相当率は55.7%となる。
2 恩赦の種類別の件数
選挙違反事件について恩赦相当とされた内訳は,次のとおりである。平成元年及び平成2年には特赦が大部分を占め,平成5年には罰金刑の復権が631件を占めた。
| 恩赦 | 特赦 | 減刑 | 刑の執行の免除 | 復権 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|
| 昭和天皇御大喪恩赦 | 545件 | 80件 | 4件 | 6件 | 635件 |
| 御即位恩赦 | 266件 | 54件 | 1件 | 6件 | 327件 |
| 皇太子御結婚恩赦 | 82件 | 231件 | 0件 | 632件 | 945件 |
平成5年の復権632件は,旧刑名で「禁錮以上の刑」と分類されたもの1件及び罰金刑631件である。これらの表は特別基準恩赦の審査結果を示すものであり,復権令によって一律に復権した人数を含まない。
3 法務省資料の画像

法務省保護局恩赦課資料「昭和天皇御大喪恩赦について」

法務省保護局恩赦課資料「御即位恩赦について」


法務省保護局恩赦課資料「皇太子御結婚恩赦(特別基準恩赦)について」
第6 選挙違反者を対象とする恩赦をめぐる評価
1 「政治恩赦」との批判
選挙違反者の公民権が回復すれば,選挙権及び被選挙権を再び行使できるため,恩赦による利益が具体的かつ政治過程へ直結する。特に,平成2年の復権令が同年の衆議院議員総選挙の違反者を多数含んだことから,「政治恩赦」との批判が生じたことは,国立国会図書館の「恩赦制度の概要」及び国会審議で確認できる。
他方,平成元年の大赦令は公職選挙法違反を対象外とし,平成5年には政令恩赦自体が見送られた。平成5年も選挙違反者は特別基準恩赦の対象から一律に除外されなかったが,政令による一律復権ではなく,一人ずつ事情を審査する方式が採られた。三回を同じ内容の「政治恩赦」として一括するのではなく,政令恩赦の有無,選挙犯罪の除外及び個別審査の違いを分けて評価する必要がある。
2 統計から読み取れる範囲
三回とも,特別基準恩赦の受理事件に占める選挙違反事件の割合は高く,平成元年は約57.1%,平成2年は約68.1%,平成5年は約68.4%であった。また,選挙違反事件の恩赦相当率は,それぞれ82.1%,68.4%及び75.3%であるため,選挙違反事件が特別基準恩赦の主要な対象であったことは数値から確認できる。
もっとも,公表された集計表からは,申出をした者の政党・政治的立場,個別事件の犯情,恩赦後の選挙活動又は審査で不相当となった具体的理由までは分からない。この統計だけから,特定の政党又は政治家を利益する目的があったと断定することはできない。
第7 出典・参考資料
1 法令
①e-Gov法令検索「恩赦法」(昭和22年法律第20号),特に9条~11条。
②e-Gov法令検索「公職選挙法」(昭和25年法律第100号),特に11条2項及び252条。
2 裁判例
①最高裁判所第三小法廷昭和39年12月15日判決(昭和39年(あ)第1850号・公職選挙法違反,裁判集刑事153号687頁)。
3 公文書・国会会議録
①昭和天皇の崩御に際会して行う特別恩赦基準(平成元年2月8日臨時閣議決定)。
②即位の礼に当たり行う特別恩赦基準(平成2年11月9日閣議決定)。
③皇太子徳仁親王の結婚の儀に当たり行う特別恩赦基準(平成5年6月8日閣議決定)。
④第198回国会衆議院法務委員会第14号(令和元年5月8日),昭和天皇御大喪恩赦における公職選挙法違反の扱いに関する政府答弁。
⑤第126回国会参議院内閣委員会第9号(平成5年6月3日),皇太子御結婚恩赦の実施方法及び選挙犯罪の扱いに関する政府答弁。
⑥平成元年の運用資料として,恩赦の実施について(平成元年2月6日付の法務事務次官依命通達)及び昭和天皇の崩御に際会して行われる恩赦と選挙事務の取扱いについて(平成元年2月13日付の自治省選挙部長通知)。
⑦平成2年の運用資料として,特別恩赦基準の運用について,特別基準恩赦の事務処理について,特別恩赦基準に関する解説の送付について及び即位の礼に当たり行われる恩赦と選挙事務の取扱いについて(平成2年11月12日付の自治省選挙部長通知)。
⑧平成5年の運用資料として,特別恩赦基準の運用について,特別基準恩赦の事務処理について,特別恩赦基準に関する解説の送付について及び御結婚恩赦と選挙事務の取扱いについて(平成5年6月8日付の自治省選挙部長通知)。
4 統計・調査資料
①法務省保護局恩赦課資料「昭和天皇御大喪恩赦について」,「御即位恩赦について」及び「皇太子御結婚恩赦(特別基準恩赦)について」。本記事第5に資料画像を掲載した。
②小沢春希「恩赦制度の概要」国立国会図書館『調査と情報―ISSUE BRIEF―』1027号,2018年12月6日,3頁~6頁及び12頁(PDF5頁~8頁及び14頁)。
5 文献
①後藤雅晴・稲田伸夫「昭和天皇の崩御に際会して行う恩赦解説」『法律のひろば』1989年4月号30頁~38頁。
②栃木庄太郎・佐久間達哉「即位の礼恩赦について」『法律のひろば』1991年2月号58頁~65頁。
③栃木庄太郎・宍戸基幸「皇太子御結婚恩赦について(上)(下)」『法律のひろば』1993年8月号50頁~54頁及び同年9月号58頁~63頁。
④武内謙治・本庄武『刑事政策学』日本評論社,2019年,142頁~147頁。
⑤三好一幸『略式手続の理論と実務〔第二版〕』司法協会,2017年,94頁。