第1 刑事上告審の口頭弁論に関する基本
1 判決による無弁論棄却と決定による棄却
最高裁判所の裁判手続によれば,最高裁判所は法律審であるため,審理は通常,書面によって行われる。
もっとも,刑事訴訟法43条1項により,判決は原則として口頭弁論に基づいてしなければならない。
ただし,同法408条は,上告趣意書その他の書類により上告の申立てに理由がないことが明らかであると認めるときは,口頭弁論を経ないで判決により上告を棄却できるとしている。
他方,刑事上告事件の多くは,上告の主張が同法405条所定の上告理由に当たらないとして,同法414条により準用される同法386条1項3号に基づき,決定で棄却される。
決定は,同法43条2項により,口頭弁論に基づいてする必要がない。
したがって,最高裁判所が弁論を開かずに刑事上告事件を終局させる場合には,同法408条による判決での棄却と,同法414条・386条1項3号による決定での棄却を区別する必要がある。
2 口頭弁論を開く主な場合
判決をするために口頭弁論を開く代表的な場面は,同法405条所定の上告理由が認められる可能性がある場合,同法411条による職権破棄を検討する場合及び上告棄却によって死刑が確定する場合である。
もっとも,口頭弁論を開いた後に,上告理由がないなどとして上告を棄却することもある。
専門書は,この場合の棄却の根拠を,同法414条により準用される同法396条と説明している。
したがって,口頭弁論期日が指定されたことは,原判決が破棄されることを意味しない。
3 被告人の出頭
刑事訴訟法409条は,上告審の公判期日に被告人を召喚することを要しないとしている。
刑事訴訟規則265条も,上告審では公判期日を指定する場合であっても,被告人を移送する必要はないとしている。
被告人本人には期日が通知されるが,被告人が出頭した場合も当事者席ではなく一般傍聴席に着席するのが現行実務である。
第2 死刑確定が問題となる事件で弁論を開く慣行
1 三鷹事件の最高裁判決
昭和24年7月15日に発生した三鷹事件では,無人電車の暴走により6人が死亡し,20人が負傷した。
第一審は被告人1人を無期懲役としたが,控訴審は同人を死刑とした。
最高裁昭和30年6月22日大法廷判決(昭和26年(あ)第1688号,電車顛覆致死等被告事件,刑集9巻8号1189頁)は,8対7で弁論を経ずに上告を棄却し,死刑判決が確定した。
同判決をめぐっては,破棄すべきとする7人の意見が存在する事件で刑事訴訟法408条による無弁論棄却をしたことの当否が論じられた。
2 慣行の内容と法的な位置付け
三鷹事件判決後は,上告棄却により死刑が確定する事件について,死刑の重大性に鑑み,口頭弁論を開く実務上の慣行が形成されたと説明されている。
専門書は,控訴審が無期懲役とした判決に対し検察官が上告して死刑を求める場合についても,同様に弁論を開く慣行があると説明している。
これは,生命を不可逆的に奪う刑の判断に最大限慎重を期すための運用である。
ただし,死刑事件であることだけから,法律上当然に口頭弁論が必要になるという意味ではない。
第3 口頭弁論を経ない破棄判決
1 最高裁平成19年7月10日第三小法廷判決
最高裁平成19年7月10日第三小法廷判決(平成19年(あ)第567号,殺人未遂等被告事件,刑集61巻5号436頁)は,原判決の宣告に,法律に従って判決裁判所を構成しなかった違法があるとして,口頭弁論を経ずに原判決を破棄し,事件を札幌高等裁判所へ差し戻した。
同判決は,破棄事由の性質,被告事件の内容及び審理経過等に鑑みれば,刑事訴訟法408条の趣旨に照らし,必ずしも口頭弁論を経る必要はないとした。
2 最高裁令和2年1月31日第三小法廷判決
最高裁令和2年1月31日第三小法廷判決(令和元年(あ)第1987号,公務執行妨害被告事件,刑集74巻1号257頁)は,原審の公判審理に関与していない裁判官が判決書に署名押印していた事案である。
最高裁判所は,当事者双方の意見を聴いた上で,平成19年判決と同じ枠組みにより,口頭弁論を経ずに原判決を破棄し,事件を東京高等裁判所へ差し戻した。
これらの判決は,破棄判決であれば常に口頭弁論が必要であるという形式的な理解に対する例外を示すものである。
ただし,いずれも,破棄事由の性質,被告事件の内容及び審理経過等に即した限定的な判断である。
第4 弁論期日の指定から終結まで
1 期日の調整
最高裁判所裁判部作成の刑事書記官実務必携(令和8年4月1日現在)87頁~91頁によれば,合議で弁論を開くことが決まると,裁判所書記官は速やかに検察官及び弁護人へ連絡し,裁判所が示す候補日の出頭可否を確認する。
指定日から公判期日までは,通常,少なくとも1か月程度の期間を置くとされる。
期日調整の際には,出頭する弁護人の氏名・人数,予定弁論時間及び警備上参考となる情報等も確認される。
2 期日の通知と提出書面
現行の実務必携によれば,弁護人には特別送達郵便,被告人には簡易書留郵便,検察官には検察庁送付簿により期日を通知する。
被告人が収容中であっても,通知の宛先は被告人本人である。
当事者から答弁書又は弁論要旨が提出されると,相手方へ送達又は送付した上で,各裁判官及び担当調査官等へ配布する。
平成31年版の実務必携には期日表を合計31部配布する旨の表があったが,令和8年版は固定部数を掲げていないため,31部を現行実務として扱うことはできない。
3 法廷内の席と当日の進行
現行の実務必携89頁によれば,小法廷には当事者用10席,報道関係者用24席,一般傍聴席44席及び車椅子使用者用スペース2席分が設けられている。
弁論では,通常,上告申立人側が上告趣意に基づいて陳述し,相手方が答弁書又は弁論要旨に基づいて答弁する。
その後,裁判長が当事者双方に補足して陳述する事項があるかを確認し,弁論を終結する。
証拠調べが行われることは通常なく,弁論期日は1回で終わることが多いが,裁判官から質問がされることはある。
現行の実務必携91頁は,立会書記官2人がそれぞれ公判調書を作成し,1人が弁論の進行に従った事務を,もう1人が法廷警備その他の法廷状況を担当するとしている。
4 裁判官からの質問と判決期日
宇賀克也『管見 最高裁判所』53頁~54頁は,近年は弁論で裁判官から質問がされる機会が増え,第三小法廷では令和7年7月8日以降,質問と応答の要旨を調書へ記載する取扱いが始まったと,同法廷での経験に基づいて述べている。
これは,同書が報告する第三小法廷の運用であり,全小法廷に共通する法令上の取扱いではない。
同書によれば,小法廷では弁論終結時に判決期日を指定するのが通常であるのに対し,大法廷では判決期日を追って指定することが多い。
第5 口頭弁論が開かれた具体例
最高裁平成16年2月16日第二小法廷判決(平成14年(あ)第876号,銃砲刀剣類所持等取締法違反等被告事件,刑集58巻2号133頁)の口頭弁論は,同年1月23日に開かれた。
担当弁護人による福岡県弁護士会の最高裁判所弁論出席感想記は,最高裁判所から事前に出廷人数・氏名・発言者・着席順及び陳述方法等の確認があり,発言者が立って弁論要旨を陳述したことを伝えている。
判決は,被告人のみが控訴した事件で,第一審判決の理由中で無罪とされた事実について有罪とする余地があるとして第一審へ差し戻すことは,控訴審の職権発動の限界を超えて許されないとした。
第6 非常上告の弁論
刑事訴訟法456条は,非常上告の公判期日において,検察官が申立書に基づいて陳述しなければならないとしている。
現行の刑事書記官実務必携142頁も,非常上告事件では必ず口頭弁論を経なければならないと説明している。
したがって,非常上告は,通常の刑事上告とは別に弁論が法定されている手続である。
第7 司法統計と傍聴案内
1 令和7年司法統計
令和7年司法統計年報(刑事事件編)第76表によれば,刑事上告事件の終局総人員は1,656人であり,破棄自判が2人,口頭弁論を経た上告棄却判決が1人,同法386条1項3号による上告棄却決定が1,386人,取下げが252人であった。
この統計は,刑事上告事件の圧倒的多数が決定で終局していることと,口頭弁論を経ても上告棄却判決となる例があることを示している。
ただし,同表は事件数ではなく人員の統計であり,同表だけから口頭弁論を経た上告棄却判決の事件名又は事件内容を特定することはできない。
2 開廷期日情報と傍聴
最高裁判所は,最高裁判所開廷期日情報に,弁論又は判決の日時,事件番号,事件名,法廷及び傍聴方法を掲載している。
傍聴は抽選又は先着順であり,日時・法廷・整理券交付の締切時刻等が変更されることもあるため,傍聴前に最新情報を確認する必要がある。
同ページの案内では,小法廷の傍聴席は44席,大法廷の傍聴席は162席であるが,事案により一般の傍聴人が利用できる席が限られる場合がある。
第8 関連記事その他
② 被告人側の上告があり,最高裁が被告人に有利に原判決を破棄した刑事判決56件(平成元年以降)(AIリライト)
⑥ 刑事上訴事件記録の送付事務について(令和3年6月18日付の最高裁判所訟廷首席書記官の事務連絡)
第9 出典・参考資料
1 法令・規則
① 刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)43条・405条・408条~414条・456条(e-Gov法令検索)
② 刑事訴訟規則(昭和23年最高裁判所規則第32号)265条(裁判所ウェブサイト)
2 裁判例
① 最高裁昭和30年6月22日大法廷判決(昭和26年(あ)第1688号,刑集9巻8号1189頁)
② 最高裁平成16年2月16日第二小法廷判決(平成14年(あ)第876号,刑集58巻2号133頁)
③ 最高裁平成19年7月10日第三小法廷判決(平成19年(あ)第567号,刑集61巻5号436頁)
④ 最高裁令和2年1月31日第三小法廷判決(令和元年(あ)第1987号,刑集74巻1号257頁)
3 裁判所資料・統計
① 最高裁判所裁判部『刑事書記官実務必携』(令和8年4月1日現在)87頁~91頁・142頁
② 最高裁判所の裁判手続(裁判所ウェブサイト)
③ 最高裁判所開廷期日情報(裁判所ウェブサイト)
④ 令和7年司法統計年報(刑事事件編)第76表144頁~145頁(裁判所)
4 文献
① 宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,2026年)49頁~56頁
② 中山善房ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法〔第3版〕第9巻〔第351条~第434条〕』(青林書院,2023年)622頁~623頁
③ 中島宏・宮木康博・笹倉香奈『刑事訴訟法〔第2版〕』(日本評論社,2026年)292頁
④ 後藤貞人編著『否認事件の弁護(下)―その技術を磨く』(現代人文社,2023年)291頁
⑤ 福岡県弁護士会最高裁判所弁論出席感想記(2004年3月1日)