第1 この記事の対象と犯罪捜査規範の位置付け
1 対象と基準時
本記事は,2026年9月6日現在の「犯罪捜査規範」のうち,被害者の届出,心情・人格への配慮,通知,安全の確保,個人特定事項の保護及び各捜査段階の対応に関係する主な条文を整理するものである。
犯罪捜査規範は,国家公安委員会が定めた規則であり,警察官の犯罪捜査の心構えと手続を定めている。
各条の全文及び最新の改正履歴は,e-Gov法令検索で確認できる。
犯罪捜査規範第9条第1項は,「被害者」を「犯罪により害を被つた者」と定義する。
同規範第10条の2は,その節における「被害者等」を被害者又はその親族とする。
他方,「犯罪被害者等基本法」第2条第2項の「犯罪被害者等」は,犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族をいい,用語の範囲は各制度で必ずしも同一ではない。
2 被害者に関する規定の全体像
被害者に関する主な規定は,次のように分けられる。
①被害届の受理と口頭による届出の処理(第61条)
②秘密・名誉の保護,心情・人格への配慮,通知,後難防止及び捜査の公平性(第9条から第14条まで)
③令和6年改正による個人特定事項の保護(第9条,第11条,第122条の2,第126条第6項及び第188条)
④親告罪,現場捜査,資料の証拠力,実況見分調書及び微罪処分の場面における被害者関係の規定(第70条,第85条,第90条,第92条,第105条及び第200条)
第2 被害届の受理
1 犯罪捜査規範第61条
(被害届の受理)
第61条 警察官は,犯罪による被害の届出をする者があつたときは,その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず,これを受理しなければならない。
2 前項の届出が口頭によるものであるときは,被害届(別記様式第6号)に記入を求め又は警察官が代書するものとする。
この場合において,参考人供述調書を作成したときは,被害届の作成を省略することができる。
第61条第1項は,届出の対象事件がその警察署の管轄区域に属するかどうかを問わず,警察官が被害の届出を受理しなければならないことを定めている。
口頭の届出の場合は,届出人が被害届に記入するか,警察官が代書する。
参考人供述調書を作成したときは,別に被害届を作成しないことがある。
2 迅速・確実な受理に関する警察庁通達
警察庁刑事局長の令和6年3月22日付け通達「迅速・確実な被害の届出の受理等について」は,被害者等の立場に立って対応し,届出内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠く場合を除き,即時受理することとしている。
この判断は,届出内容から容易に判断し得る場合を指し,改めて捜査又は調査を行ってから受理を検討するという意味ではない。
また,警ら中又は現場臨場時の届出を,必ずその場で受理することまで求めるものではないとされている。
同通達は,①迅速・確実に受理できる警察官が対応すること,②担当警察官が急訴事件への対処等で直ちに受理できないときは他の警察官を対応させること,③管轄区域外の届出も即時受理し,適当な警察署等へ引き継ぐこと,④複数の都道府県警察又は警察署にまたがる被害で関連情報を共有することを求めている。
この通達の有効期間は,令和11年3月31日までである。
被害届と告訴・告発は同じ手続ではない。
告訴・告発の受理及び処理については,「告訴・告発に関する犯罪捜査規範の条文及び令和6年警察庁通達」で整理している。
知能犯罪に関する告訴・告発については,令和6年1月5日付け警察庁丁捜二発第2号の全文を「知能犯罪に関する告訴・告発の令和6年1月5日通達-全文,3か月の目途及び援用上の限定」で扱っている。
第3 被害者等への配慮,通知及び保護
1 秘密の保持と関係者への配慮(第9条・第10条)
(秘密の保持等)
第9条 捜査を行うに当たつては,秘密を厳守し,捜査の遂行に支障を及ぼさないように注意するとともに,被疑者,被害者(犯罪により害を被つた者をいう。以下同じ。)その他事件の関係者の名誉を害することのないように注意しなければならない。
2 捜査を行うに当たつては,前項の規定により秘密を厳守するほか,告訴,告発,犯罪に関する申告その他犯罪捜査の端緒又は犯罪捜査の資料を提供した者その他捜査の関係者(第11条(被害者等の保護等)第2項において「資料提供者等」という。)の名誉又は信用を害することのないように注意しなければならない。
(関係者に対する配慮)
第10条 捜査を行うに当つては,常に言動を慎み,関係者の利便を考慮し,必要な限度をこえて迷惑を及ぼさないように注意しなければならない。
第9条は,捜査上の秘密を守ることに加え,被疑者,被害者その他事件関係者の名誉や,資料提供者等の名誉・信用を害さないように注意することを定めている。
第10条は,被害者に限らず,捜査の関係者の利便を考慮し,必要な限度を超える迷惑を及ぼさないよう求めている。
2 被害者等の心情と人格への配慮(第10条の2)
(被害者等に対する配慮)
第10条の2 捜査を行うに当たつては,被害者又はその親族(以下この節において「被害者等」という。)の心情を理解し,その人格を尊重しなければならない。
2 捜査を行うに当たつては,被害者等の取調べにふさわしい場所の利用その他の被害者等にできる限り不安又は迷惑を覚えさせないようにするための措置を講じなければならない。
第1項は被害者等の心情の理解と人格の尊重を,第2項は取調べの場所その他の具体的な措置を定めている。
警察庁刑事局長ほかの令和5年3月16日付け通達「捜査員のための被害者等対応要領の改正について」も,被害者等の心情の理解,人格の尊重,二次的被害の防止,ふさわしい場所の選定及び被害者等に応じた捜査員の選定について定めている。
3 刑事手続と捜査経過の通知(第10条の3)
(被害者等に対する通知)
第10条の3 捜査を行うに当たつては,被害者等に対し,刑事手続の概要を説明するとともに,当該事件の捜査の経過その他被害者等の救済又は不安の解消に資すると認められる事項を通知しなければならない。
ただし,捜査その他の警察の事務若しくは公判に支障を及ぼし,又は関係者の名誉その他の権利を不当に侵害するおそれのある場合は,この限りでない。
第10条の3は,刑事手続の概要と,捜査経過その他救済又は不安の解消に資すると認められる事項の通知を定める。
もっとも,捜査,警察事務若しくは公判への支障又は関係者の権利を不当に侵害するおそれがある場合を除外しており,無制限な情報提供を定めたものではない。
令和5年7月10日付け警察庁通達「被害者連絡実施要領の改正について」は,身体犯,重大な交通事故事件及び警察本部長又は警察署長が必要と認める事件の被害者らを連絡対象者とする。
同要領は,刑事手続及び犯罪被害者のための制度,捜査状況,検挙状況及び処分状況についての連絡方法を定めているが,事件類型,連絡対象者の意向及び捜査への支障等に応じて取扱いが異なる。
4 後難の防止と保護措置(第11条)
(被害者等の保護等)
第11条 警察官は,犯罪の手口,動機及び組織的背景,被疑者と被害者等との関係,被疑者の言動その他の状況から被害者等に後難が及ぶおそれがあると認められるときは,被疑者その他の関係者に,当該被害者等の氏名又はこれらを推知させるような事項を告げないようにするほか,必要に応じ,当該被害者等の保護のための措置を講じなければならない。
2 前項の規定は,資料提供者等に後難が及ぶおそれがあると認められる場合について準用する。
第11条第1項は,被害者等に後難が及ぶおそれを個別の状況から判断し,氏名等を被疑者その他の関係者に告げないようにすることや,必要な保護措置を講ずることを定める。
第2項は,同じ保護を資料提供者等に準用している。
また,警察庁の令和6年3月28日付け通達「再被害防止要綱の改正について」は,加害者による再被害のおそれがある被害者等を指定し,関係機関との連携,被害者等への連絡及び防犯指導等を行う枠組みを定めている。
5 捜査の公平性を保つための回避(第14条)
(捜査の回避)
第14条 警察官は,被疑者,被害者その他事件の関係者と親族その他特別の関係にあるため,その捜査について疑念をいだかれるおそれのあるときは,上司の許可を得て,その捜査を回避しなければならない。
第14条は,警察官が被害者その他の事件関係者と親族その他の特別な関係にあり,捜査の公平性に疑念を招くおそれがあるときの回避を定めている。
第4 令和6年改正と個人特定事項の保護
1 改正の概要
令和6年国家公安委員会規則第1号による犯罪捜査規範の改正は,令和6年2月15日に施行された。
被害者関係の主な改正は,次のとおりである。
①第9条第2項の対象を,犯罪捜査の端緒又は資料を提供した者から「その他捜査の関係者」にも広げ,呼称を「資料提供者等」に改めた。
②第11条第2項の保護対象を,改正後の「資料提供者等」に対応させた。
③被害者等の個人特定事項の記載がない逮捕状の抄本その他逮捕状に代わるものの交付請求に必要な手続を追加した。
④鑑定嘱託書の記載事項から,被害者の住居,氏名,年齢及び性別を削除した。
2 逮捕状に代わるもの(第122条の2・第126条第6項)
(逮捕状に代わるものの交付の請求の疎明資料)
第122条の2 逮捕状に代わるものの交付の請求をするときは,当該請求に係る者が刑訴法第201条の2第1項第1号又は第2号に掲げる者のいずれかに該当することを疎明する被害届,参考人供述調書,捜査報告書等の資料をも添えて行わなければならない。
(逮捕の際の注意)
第126条第6項 刑訴法第201条の2第3項の規定により逮捕状に代わるものを被疑者に示すときは,当該逮捕状に代わるものの交付の請求に係る個人特定事項(同条第1項に規定する個人特定事項をいう。第189条第3項において同じ。)が被疑者に知られることがないように注意しなければならない。
「刑事訴訟法」第201条の2は,一定の被害者等その他の者の個人特定事項が被疑者に知られることにより,名誉・社会生活の平穏への著しい侵害又は身体・財産への加害,畏怖・困惑行為のおそれがあるときに,個人特定事項を明らかにしない逮捕状の抄本その他逮捕状に代わるものの交付を請求できることを定める。
第122条の2はその請求時の疎明資料を,第126条第6項は逮捕時の呈示方法を定めている。
3 鑑定嘱託書からの被害者情報の削除(第188条)
改正前の第188条第1項第4号は,鑑定嘱託書の参考事項として,被害者の住居,氏名,年齢及び性別を掲げていた。
令和6年改正は,被害者情報の保護のため,これらを必要的記載事項から削除した。
現行の第188条第1項第4号は,犯罪の年月日時・場所,被疑者の住居・氏名・年齢・性別,鑑定資料の採取年月日・採取時の状態及び事件内容の概要その他参考事項を掲げている。
第5 捜査の各段階における被害者関係の条文
1 親告罪の要急捜査(第70条)
(親告罪の要急捜査)
第70条 警察官は,親告罪に係る犯罪があることを知つた場合において,直ちにその捜査を行わなければ証拠の収集その他事後における捜査が著しく困難となるおそれがあると認めるときは,未だ告訴がない場合においても,捜査しなければならない。
この場合においては,被害者またはその家族の名誉,信用等を傷つけることのないよう,特に注意しなければならない。
親告罪でも,告訴前に証拠が失われるおそれ等があるときは,要急の捜査が行われる。
その際,被害者又は家族の名誉・信用等を傷つけないよう,特に注意しなければならないと定めている。
2 現場の負傷者救護と被害者関係の捜査(第85条・第90条)
(現場における負傷者の救護等)
第85条 警察官は,現場を臨検した場合において負傷者があるときは,救護の処置をとらなければならない。
2 前項の場合において,ひん死の重傷者があるときは,応急救護の処置をとるとともに,その者から犯人の氏名,犯行の原因,被害者の氏名,目撃者等を聴取しておかなければならない。
3 前項の重傷者が死亡したときは,その時刻を記録しておかなければならない。
第90条について,以下は被害者に直接関係する第3号を掲げる。
(現場における捜査の要点)
第90条 現場において捜査を行うに当たつては,現場鑑識その他の科学的合理的な方法により,次に掲げる事項を明らかにするよう努め,犯行の過程を全般的に把握するようにしなければならない。
(3)被害者の関係
イ 犯人に対する応接その他被害前の状況
ロ 被害時における抵抗,姿勢等の状況
ハ 傷害の部位及び程度,被害金品の種別及び数量等被害の程度
ニ 死体の位置及び創傷,流血その他の状況
ホ その他被害者に関し参考となる事項
第85条は,現場に負傷者がいる場合の救護措置,ひん死の重傷者からの必要事項の聴取及び死亡時刻の記録を定める。
第90条は,現場で明らかにするよう努める事項を時,場所,被害者及び被疑者の関係に分け,被害者の関係として被害前の状況,抵抗・姿勢,被害程度,死体の状況等を掲げている。
3 現場資料の証拠力の保全(第92条)
(資料を発見した時の措置)
第92条 遺留品,現場指掌紋等の資料を発見したときは,年月日時及び場所を記載した紙片に被害者又は第三者の署名を求め,これを添付して撮影する等証拠力の保全に努めなければならない。
第92条は,現場で発見した資料の証拠力を保全する方法の一つとして,年月日時・場所を記載した紙片への被害者又は第三者の署名と,その紙片を添付した撮影等を掲げている。
4 実況見分調書と指示説明(第105条)
(実況見分調書記載上の注意)
第105条 実況見分調書は,客観的に記載するように努め,被疑者,被害者その他の関係者に対し説明を求めた場合においても,その指示説明の範囲をこえて記載することのないように注意しなければならない。
2 被疑者,被害者その他の関係者の指示説明の範囲をこえて,特にその供述を実況見分調書に記載する必要がある場合には,刑訴法第198条第3項から第5項までおよび同法第223条第2項の規定によらなければならない。
この場合において,被疑者の供述に関しては,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げ,かつ,その点を調書に明らかにしておかなければならない。
第105条は,実況見分調書の客観的記載と,被害者等の指示説明の範囲を超えないことを定めている。
実況見分の具体的な注意点は,「実況見分調書作成時の留意点」でも整理している。
5 微罪処分と被害回復・謝罪(第200条)
第200条について,以下は被害者に直接関係する第3号を掲げる。
(微罪処分の際の処置)
第200条 第198条(微罪処分ができる場合)の規定により事件を送致しない場合には,次の各号に掲げる処置をとるものとする。
(3)被疑者に対し,被害者に対する被害の回復,謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すこと。
第200条第3号は,微罪処分により事件を送致しないときの処置として,被疑者に被害回復,謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すことを定めている。
警察官が被疑者を諭す規定であり,被害回復又は謝罪の実現自体を保証する条文ではない。
第6 犯罪捜査規範と関連制度の区別
1 条文から分かる範囲
犯罪捜査規範には,「しなければならない」と定める条文のほか,「努めなければならない」と定める条文や,一定のおそれ・必要性を要件とする条文がある。
条文を読むときは,各規定の主体,対象,要件,但書及び表現の強さを区別する必要がある。
例えば,第10条の3は被害者等への通知を定めるが,但書による除外があり,被害者連絡実施要領の適用対象も事件類型等により限定されている。
犯罪捜査規範は,捜査段階の警察の対応を中心に定める。
捜査後の刑事手続への参加,意見陳述,記録の閲覧等は別の法令・制度によるため,「犯罪被害者の権利」及び「刑事事件記録に関する記事の一覧」を併せて参照されたい。
第7 出典・参考資料
1 法令・国家公安委員会規則
①犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)
②刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)
③犯罪被害者等基本法(平成16年法律第161号)
2 所管行政機関の運用資料
①警察庁刑事局長「迅速・確実な被害の届出の受理等について(通達)」令和6年3月22日,PDF1頁~2頁
②警察庁刑事局長ほか「捜査員のための被害者等対応要領の改正について(通達)」令和5年3月16日,PDF1頁及び6頁~8頁
③警察庁「被害者連絡実施要領の改正について(通達)」令和5年7月10日,PDF1頁~5頁
④警察庁「刑事訴訟法第189条第1項および第199条第2項の規定に基づく司法警察員等の指定に関する規則及び犯罪捜査規範の一部を改正する規則の制定について(通達)」令和6年1月17日,PDF1頁~3頁
⑤警察庁「再被害防止要綱の改正について(通達)」令和6年3月28日,PDF1頁~4頁