目次
第1 司法修習生の法的地位と労働者性1 司法修習生は国家公務員ではないこと2 労働基準法上の労働者にも当たらないこと3 労働者性の判断基準とその見直しの動き第2 採用時点の取扱い1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第3 休暇及び欠席の取扱い1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第4 病気等で修習又は労務に従事できない場合の取扱い1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第5 妊娠,出産及び育児に関する取扱い1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第6 最低賃金法との関係1 研修医の場合2 司法修習生の場合第7 労働時間等の管理1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第8 職場のハラスメントに関する保護1 民間労働者の場合2 司法修習生の場合第9 労働基本権の有無1 民間労働者の場合2 国家公務員の場合3 地方公務員の場合4 司法修習生の場合第10 労働基本権の制約に対する代償措置1 国家公務員の場合2 地方公務員の場合3 司法修習生の場合第11 民間労働者と司法修習生の対応関係第12 関連記事出典・参考資料法令裁判例公文書・国会答弁行政資料裁判所・弁護士会資料文献
第1 司法修習生の法的地位と労働者性
1 司法修習生は国家公務員ではないこと
司法修習生は,司法試験に合格した者の中から最高裁判所が命ずる者であり(裁判所法66条1項),裁判官,検察官又は弁護士となる資格を取得するための修習を行う地位にある。最高裁判所は,昭和42年4月28日判決(昭和38年(オ)第5号・民集21巻3号759頁)において,司法修習生が国家公務員等退職手当法にいう国家公務員又はこれに準ずるものに当たらないと判示し,その理由として,司法修習生は「国の事務を担当するものでない」こと,及び裁判所法が司法修習生と裁判所職員とを区別する規定を設けていることを挙げた。同判決は,兼職の禁止,司法研修所長の統轄,配属地の高等裁判所長官等による監督,守秘義務及び意に反する罷免といった取扱いについても,これらは「司法修習生をして右の修習に専念させるための配慮ないしはその修習が秘密事項に関することがあるための配慮にすぎないのであり,司法修習生の勤務形態が国の事務に従事する職員に類似し又はこれに準ずる形式ないし実態があるからではない」と述べている。
同判決は,あわせて「国家公務員又はこれに準ずるものの意義及び範囲は,それがすべての法律を通じて同一でなければならないという法理はなく,各法律ごとにその趣旨・目的に照らして合理的にこれを決定するよりほかはない」との一般論を示した。本記事は,この考え方を前提として,個々の法律ごとに民間労働者と司法修習生の取扱いを対照する。なお,同判決の当時の司法修習生は,国家公務員共済組合法上,裁判所共済組合の組合員として取り扱われており,現在の司法修習生が国民健康保険及び国民年金第1号被保険者となるのとは扱いが異なっていた。
裁判所ウェブサイトの「司法修習生」のページには,「司法修習生は,国家公務員ではありませんが,これに準じた身分にあるものとして取り扱われ,兼業・兼職が禁止され,修習に専念する義務(修習専念義務)や守秘義務などを負うこととされています。」と記載されている。修習専念義務は,平成16年の裁判所法改正により,裁判所法67条2項に「司法修習生は,その修習期間中,最高裁判所の定めるところにより,その修習に専念しなければならない。」として明文化された。
2 労働基準法上の労働者にも当たらないこと
政府は,司法修習生が労働基準法上の労働者に当たらないという解釈を国会で明らかにしている。法務省民事局長は,平成25年10月30日の衆議院法務委員会において,「司法修習生は,公務員に準ずる,準じないとは別に,いずれにせよ事業または事務所に使用される者ではなく,労働基準法上の労働者の性質は有しないということでございますので,労働基準法の適用はないとされてきたものと承知しております。」と答弁した。
裁判所も,給費制の廃止を違憲であると主張して提起された一連の訴訟において,同じ結論を採っている。東京地方裁判所平成29年9月27日判決(平成25年(ワ)第20444号・訟務月報65巻5号767頁)は,憲法27条1項の「勤労」をする者といえるためには使用者の指揮監督下において労務の提供をする者であることを要するとした上で,「司法修習は,原告らが自ら選択した法曹という職業になるために受ける必須の教育課程であって,原告らが何らかの公務を提供するものではないから,司法修習生に『労務の提供』はなく」と判示した。同判決は,司法修習生が「後に公務員たる裁判官,検察官だけではなく,公務員ではない弁護士にもなることができるという点で,将来の進路が不確定で,研修の実施主体である国の職務に修習修了後も就くことが予定されているわけではないという特殊な地位にあり,既に国又は企業等に雇用されてから研修を受ける者と同視することはできない」とも述べている。この判断は東京高等裁判所平成30年5月16日判決(平成29年(ネ)第4781号・訟務月報65巻5号739頁)が引用し,最高裁判所第二小法廷令和元年7月10日決定(平成30年(オ)第1231号,平成30年(受)第1511号)が上告を棄却し上告受理申立てを受理しなかったことにより確定した。
大分地方裁判所平成29年9月29日判決(判例時報2363号47頁)は,後記第6の1で述べる研修医に関する最高裁判所平成17年6月3日判決を明示的に引用して判断枠組みを示している点で,労働者性の議論として最も分かりやすい。同判決は,「憲法二七条一項にいう『勤労』の主体は,労働基準法九条所定の『労働者』と同義と解される」とし,「ここにいう労務の提供に当たる行為は,他者のための労務の遂行という性質を有するものをいい,専ら教育的な性質のみを有し,教育を受ける者の研さんのみを目的とする行為は含まれない」と述べた上で,司法修習生は裁判官,検察官又は弁護士の職務を遂行する権限を有せず,国の事務に関する職務を遂行する固有の権限も義務も定められていないことを指摘した。そして,「司法修習は,労務の提供とはいえない以上,原告らが主張する,仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由のないこと,場所的・時間的拘束を受けていること,代替性がないこと等を考慮したとしても,憲法二七条一項の『勤労』に該当せず」と結論づけている。すなわち,後記3の判断要素をどれだけ満たしても,前提となる「労務の提供」が認められない以上,労働者性の判断には入らないという構造である。
福岡高等裁判所令和元年5月10日判決(平成30年(ネ)第438号)は,「司法修習生が司法修習を行うことをもって,国の事務を担当するものとは認められず,国に対して自己の労務を提供するものとは認めることができない」とした上で,改正前の裁判所法67条2項に基づいて支給されていた給与について,「司法修習生をして司法修習に専念させ,その成果を確保するための配慮又は方策であり,国に対する労務提供の対価として支給されていたものではない」と判示した。同判決は,「企業や国に雇用された者が研修を受ける場合と同列に論じることはできない」とも述べており,教育訓練の労働者性が問題となる他の場面との区別を明示している。名古屋高等裁判所令和元年5月30日判決(平成30年(行コ)第5号)も,司法修習生に憲法27条の労務の提供があるとはいえないとしている。
3 労働者性の判断基準とその見直しの動き
労働基準法9条の労働者に該当するかどうかは,契約の名称ではなく就労の実態によって判断される。実務上の判断基準としては,昭和60年12月19日の労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」が用いられており,仕事の依頼や業務従事の指示に対する諾否の自由,業務遂行上の指揮監督,勤務場所及び勤務時間の拘束性,労務提供の代替性,報酬の労務対価性等を総合して使用従属性を判断するものとされている。厚生労働省労働基準局は,令和6年10月時点の情報をまとめた「労働基準法における労働者性判断に係る参考資料集」を公表しており,裁判例及び行政解釈を横断的に確認できる。
この判断基準には見直しの動きがある。厚生労働省の労働基準関係法制研究会が令和7年1月に公表した報告書は,昭和60年報告から約40年が経過し,働き方の変化及び多様化に必ずしも対応できない部分が生じていると指摘し,専門的な研究の場を設けて総合的な検討を行うべきものとした。これを受けて,「労働基準法における『労働者』に関する研究会」が令和7年5月に第1回会合を開催し,諸外国の制度及びプラットフォーム経済に関する国際的な議論を含めた検討を進めている。また,事業者間の業務委託については,特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)が令和6年11月1日に施行されており,同法の適用対象と労働者性の判断とは別の問題である点に留意する必要がある。
教育訓練の期間中に労働者性が認められるかどうかは,訓練の内容によって結論が分かれる。東京地方裁判所令和4年1月17日判決(ケイ・エル・エム・ローヤルダツチエアーラインズ事件・令和元年(ワ)第23599号ほか・労働判例1261号19頁)は,航空会社が採用当初の約2か月間にオランダで実施した客室乗務員の訓練について,労働契約とは別個に締結された訓練契約も労働契約に該当すると判断した。同判決は,判断の一事情として「本件訓練の内容が他の航空会社にも通用する汎用性の高いものであったとは認められない」ことを挙げている。行政解釈としても,商船大学及び商船高等専門学校の学生が民間の事業場で行う工場実習について,当該事業場との関係で原則として労働者に該当しないものとして取り扱う旨の労働省通達(昭和57年2月19日基発第121号)があり,大阪高等裁判所平成14年5月9日判決(労働判例831号28頁)はこの通達との関係を論じている。
第2 採用時点の取扱い
1 民間労働者の場合
会社は,経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し,労働者を雇用するに当たり,いかなる者を雇い入れるか,いかなる条件でこれを雇うかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由に決定することができる(最高裁判所平成15年12月22日判決(平成13年(行ヒ)第96号ほか)。同判決は,最高裁判所大法廷昭和48年12月12日判決(三菱樹脂事件・昭和43年(オ)第932号・民集27巻11号1536頁)を引用している。)。もっとも,同判決は,いったん労働者を雇い入れ雇用関係上の一定の地位を与えた後は,その地位を一方的に奪うことについて雇入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではないとも述べており,採用の自由と解雇の自由とは同列に扱われていない。
採用の自由には,次の法律上の制限がある。①募集及び採用における年齢にかかわりない均等な機会の確保(労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律9条),②性別を理由とする差別の禁止(男女雇用機会均等法5条),③事業主の責務(障害者の雇用の促進等に関する法律5条),④組合員であること等を理由とする不利益取扱いの禁止(労働組合法7条1号)である。①については,長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上を図ることを目的として新卒者等に限定した募集及び採用を行うことが例外として認められているが,その根拠規定は同法施行規則1条の3第1項3号イであり,同項1号は定年の年齢を下回ることを条件とする場合に関する別の例外である。なお,「雇用対策法」は,平成30年7月6日施行の働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)により現在の名称に改められ,年齢に関する規定は10条から9条に移動した。
国籍による差別については,昭和22年9月1日の労働基準法施行当初から,賃金,労働時間その他の労働条件についての差別的取扱いが禁止されていた(労働基準法3条)。
2 司法修習生の場合
司法試験合格者は,司法修習生採用選考審査基準に定める不採用事由に該当しない限り,性別及び年齢等にかかわらず司法修習生に採用される。
健康状態に関する審査基準の正確な文言は「心身の故障により修習をすることが困難である者」であり,健康診断の数値又は病名だけで当然に不採用となるとは定められていない。
最高裁判所の平成31年1月21日付け情報公開回答によれば,第71期司法修習生について最高裁判所が健康診断を実施していないため,健康診断に関する開示対象文書は存在しないとされた。
他方,健康状態を理由とする不採用又は虚偽記載を理由とする採用取消しに関する文書の存否については,少数者の識別可能性を理由に存否応答拒否とされており,不採用又は取消しの件数がゼロであることを示すものではない。
したがって,健康状態と採否の関係を検討するときは,①審査基準,②当該年度の選考要項,③申込者への追加書類又は面接通知及び④個別の判断資料を区別する必要がある。
健康診断結果がどの程度であれば不採用となるかという一律の閾値は,今回確認した公表資料からは分からない。この点は,司法修習生の採用選考,健康診断及び名刺及び司法修習生採用選考面接及び面接留保通知書等で関連資料を扱っている。
国籍要件は段階的に廃止された。昭和51年採用の第30期までは,司法修習生採用選考要領の欠格事由が「日本の国籍を有しない者」とされており,日本国籍を取得しなければ採用されなかった。昭和52年に在日韓国人が帰化せずに第31期司法修習生に採用されて以降,同欠格事由は「日本の国籍を有しない者(最高裁判所が相当と認めた者を除く。)」と改められ,平成21年11月採用の新第63期からは欠格事由から「日本の国籍を有しない者」が削除された。日本弁護士連合会は,これに先立つ平成6年3月28日付けで最高裁判所長官宛ての要望を行い,司法修習生採用選考要項の国籍条項の削除等を求めていた。経緯の詳細は司法修習生の国籍条項に関する経緯にまとめている。なお,平成29年5月12日付けの司法行政文書不開示通知書によれば,国籍条項が廃止されるに至った経緯が分かる文書は保存期間を満了して廃棄されている。
第3 休暇及び欠席の取扱い
1 民間労働者の場合
(続きを読む...)民間労働者と司法修習生との比較――労働者性,休暇,社会保険及び労働基本権(AIリライト)