目次
第1 非課税所得としての学資金等
第2 修習給付金は,非課税所得としての学資金に該当する可能性があること等
1 学資金としての性質を有すると思われること
2 金額規模等を理由に学資金から除外される理由はないと思われること
3 修習給付金は給与その他対価の性質を有するものではないこと
4 職業訓練受講給付金が非課税所得であるにもかかわらず,修習給付金が非課税所得でないのは憲法14条1項に違反すると思われること
5 修習給付金について公租公課禁止規定がないことだけを理由として非課税所得ではないと判断することはできないこと
6 訓練・生活支援給付金が雑所得であると国税庁が判断していたことを理由に,修習給付金が雑所得であると判断することは不当であると思われること
7 修習給付金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではないこと
8 小括
第3 修習給付金が非課税所得であると仮定した場合の,平成31年度の税金及び国民健康保険料の試算の合計等
第4 注意書き
1 修習給付金が非課税所得であることを前提とした確定申告は大きなリスクを伴うこと
2 国民健康保険について税方式が採用されている場合の取扱い
3 税金及び国民健康保険料は自己破産における非免責債権に該当すること
第5 その他
第1 非課税所得としての学資金等
①学資に充てるため給付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く。)(いわゆる「学資金」です。)及び②扶養義務者相互間において扶養義務を履行するため給付される金品は,社会政策的配慮(担税力)に基づき,非課税所得とされています(所得税法9条1項15号)。
第2 修習給付金は,非課税所得としての学資金に該当する可能性があること等
1 学資金としての性質を有すると思われること
修習給付金は,修習専念義務(裁判所法67条2項,司法修習生に関する規則2条)を負っている修習期間中の生活費及び教育費に充てるために国から司法修習生に支給される金員であって,非課税所得に該当する給付型奨学金と同じようなものといい得ますから,学資金としての性質を有すると思います。
2 金額規模等を理由に学資金から除外される理由はないと思われること
(1) 司法研修所がある埼玉県の最低賃金871円(平成29年10月1日からの金額)で1週間について40時間(法定労働時間であることにつき労働基準法32条1項)働いた場合,871円×40時間×30日/7日=14万9314円となりますから,月額13万5000円の基本給付金は埼玉県の最低賃金を下回る金額です(厚生労働省HPに「地域別最低賃金の全国一覧」が載っています。)。
また,基本給付金の13万5000円という金額は,住居費の支出を伴わない68期司法修習生の平均的な生活費等を参考に設定された金額ですから,担税力がありません。
(2) 住居給付金の3万5000円という金額は,生活保護制度における住宅扶助額の全国平均(平成27年の単身世帯につき3万4542円)等を参考に設定された金額であって(「平成29年3月22日の衆議院法務委員会における,井手庸生衆議院議員(民進党)に対する国会答弁資料」の想定8問参照),司法修習生の配属場所である都道府県庁所在地及び東京都立川市における住宅扶助額の平均ですらありませんから,担税力がありません。
例えば,全国的に住宅扶助基準額が見直された平成27年7月1日以降の,神戸市の単身世帯の住宅扶助基準額は4万円です。
(3) 法科大学院の中には,成績優秀者に対し,授業料の全額又は半額相当額の奨学金等を支給しているところがありますところ,当該奨学金は学資金として非課税所得であると思います。
特に,甲南大学法科大学院は,A種特待生(入学試験にきわめて優秀な成績で合格した者)に対し,学費免除だけでなく,月額15万円もの給付金を支給しているみたいです(甲南大学法科大学院HPの「学費・学費減免」参照)が,当該給付金も学資金として非課税所得であると思います。
(4) 修習資金の貸与を受けなかった新65期ないし70期司法修習生が家賃を払って一人暮らしをしていた場合,両親等の扶養義務者から生活費及び教育費という趣旨で月額17万円以上の仕送りを受けていた事案がごく普通にあったと思われます。
そして,それらの仕送りについて贈与税が課税された事例があるとは思えないことからしても,月額17万円という金額規模は,扶養義務者相互間において扶養義務を履行するため給付される金品(非課税所得)と比べて特に大きいわけではありません。
(5) 平成28年度税制改正において所得税法9条1項15号が改正されて「通常の給与に加算して受ける学資金」が非課税とされた結果,医学生等に対する修学等資金の債務免除益は,通常の給与に加算して受ける学資金に該当するものとしてすべて非課税となりました。
ところで,兵庫県医師養成制度を利用して兵庫医科大学に進学した場合,6年間で合計4480万円(うち,生活費は130万円×6年間=780万円)の貸付けを受けられますし,大学を卒業後,医師として9年間,兵庫県が指定するへき地の病院,診療所等において勤務した場合,貸与を受けた修学資金の返還を免除されます。
そのため,4480万円もの修学資金の返還免除に基づく債務免除益であっても,学資金として非課税となると思われます(医学生に対する6年間の奨学金1069万6800円の返還免除に基づく債務免除益が学資金として非課税となることにつき名古屋国税局の文書回答事例参照)。
(6) そのため,修習給付金は,金額規模等を理由に学資金から除外される理由はないと思います。
(7) 国税庁は,法務省との担当者協議において,修習給付金の金額規模等から,学資金と直ちに解するには難しい面があるのではないかという指摘をしていたみたいです(「修習給付金を受ける司法修習生の社会保険及び税務上の取扱い」参照)。
そのため,国税庁としては,修習給付金は金額規模を理由として学資金に該当しないと考えているのかもしれません。
3 修習給付金は給与その他対価の性質を有するものではないこと
(1) 最高裁昭和56年4月24日判決は,「給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」と判示しています。
また,平成28年度(最情)答申第26号(平成28年9月1日答申)は,「司法修習生は国の事務を担当するものでない」と判示しています。
ところで,最高裁判所事務総局総務局が作成した裁判所法逐条解説(昭和44年6月30日発行)(法曹の養成に関するフォーラム第4回会議(平成23年8月4日開催)の資料6に含まれています。)397頁には,「修習は、国に対する勤務ないし給付の性質をもつものではなく、むしろ自己の向上のためになされるものであるから、修習の対価として給与を受けるということは、意味をなさない。」と書いてあります。
つまり,最高裁判所は,現行65期で終了した給費制時代から,司法修習生の給料は役務の提供等の対価としての性質を有しないと説明していました。
そのため,修習給付金は給与その他対価の性質を有するものではないことになります。
(2) 国税庁は,法務省との担当者協議において,「修習給付金は労務提供の対価ではなく(給与とは明らかに性質の異なるものと整理されている。),司法修習生の任用関係を雇用契約類似と整理することも容易ではない」という指摘をしていたみたいです(「修習給付金を受ける司法修習生の社会保険及び税務上の取扱い」参照)。
4 職業訓練受講給付金が非課税所得であるにもかかわらず,修習給付金が非課税所得でないのは憲法14条1項に違反すると思われること
(1) 法令上の「給付金」のうち,公租公課禁止規定を有するものの名称については以下のものがあります(「「修習給付金(仮称)」の名称について」参照)。
① 犯罪被害者等給付金(犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律),特定B型肝炎ウイルス感染者給付金(特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法)のように,その支給の客体に着目した名称
② 職業訓練受講給付金(職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律),育児休業給付金(雇用保険法)のように,支給対象者が置かれた状況に着目した名称
③ 老齢年金生活者支援給付金(年金生活者支援給付金の支給に関する法律)のように,その支給目的に着目した名称
(2) ①の給付金は,犯罪被害者等給付金の支給等による犯罪被害者等の支援に関する法律18条,特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法20条に基づき非課税所得です。
②の給付金は,職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律10条,雇用保険法12条に基づき非課税所得です。
③の給付金は,年金生活者支援給付金の支給に関する法律33条に基づき非課税所得です。
(3) 様々な給付金の中でも,職業訓練受講給付金は,雇用保険を受給できない求職者について,職業訓練期間中の生活を支援するための給付です(職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律2条の他,厚生労働省HPの「職業訓練受講給付金(求職者支援制度)」参照)。
ところで,東京高裁平成30年5月16日判決(判例秘書)は,「司法修習は,司法修習生が法曹資格を取得するために国が法律で定めた職業訓練課程であり,高度の専門的実務能力と職業倫理を備えた質の高い法曹を確保するために必須な臨床教育課程として,実際の法律実務活動の中で実施される」と判示しています。
そのため,職業訓練受講給付金が非課税所得であるにもかかわらず,司法試験に合格しない限り採用されない司法修習生について,司法修習という職業訓練期間中の生活を支援するための給付である修習給付金が非課税所得でないのは,平等原則を定めた憲法14条1項に違反すると思います。
5 修習給付金について公租公課禁止規定がないことだけを理由として非課税所得ではないと判断することはできないこと
被害回復給付金(犯罪被害財産等による被害回復給付金の支給に関する法律)については,公租公課禁止規定がありません。
しかし,犯人に対する損害賠償請求権等の請求権は,被害回復給付金の支給を受けた額の分だけ消滅する(法務省HPの「被害回復給付金支給制度 Q&A 」のQ25参照)ことから,被害回復給付金の受給は,犯罪被害にあった自分のお金の一部を取り戻すことを意味するのであって,新たに所得を得るわけではない点で,非課税所得であると考えられています(結論につき,Internet 会計事務所HPの「被害回復給付金 支給申請手続き始まる」参照)。
また,平成31年2月19日付の法務省大臣官房秘書課情報公開係の文書によれば,被害回復給付金について公租公課禁止規定を設けなかった理由が分かる文書は存在しませんし,修習給付金について公租公課禁止規定を設けなかった理由が分かる文書に該当するものは以下の①ないし③の文書しかないとのことですが,以下の①ないし③の文書はいずれも法律案の作成経緯に関する文書ではありません。
① 平成29年3月21日(火)衆議院法務委員会 安藤裕議員への答弁資料
② 平成29年3月22日(水)衆議院法務委員会 逢坂誠二議員への答弁資料
③ 「「修習給付金を受ける司法修習生の社会保険及び税務上の取扱いについて」の説明資料」
さらに,71期以降の司法修習生に対する修習給付金が非課税所得又は雑所得に該当するかどうかに関する法務省と国税庁の協議文書は存在しません(平成29年8月29日付の行政文書不開示決定通知書参照)。
そのため,修習給付金について公租公課禁止規定がないことだけを理由として非課税所得ではないと判断することはできません。
6 訓練・生活支援給付金が雑所得であると国税庁が判断していたことを理由に,修習給付金が雑所得であると判断することは不当であると思われること
(1) 訓練・生活支援給付金は,平成21年7月末に開始した緊急人材育成支援事業による職業訓練等を受講する者に支給されていました。
これは,職業訓練の期間中,被扶養者を有しない者については月額10万円,被扶養者を有する者については月額12万円を支給するというものであり,平成23年10月以降,求職者支援制度に基づく職業訓練受講給付金となっています。
(2) 国税庁課税部審理室長は,厚生労働省職業能力開発局能力開発課長に対し,平成22年1月27日付の文書回答において,訓練・生活支援給付金は,訓練期間中における生活保障や円滑な訓練受講に資するために支給されるものであること等にかんがみ,雑所得であると回答しています。
しかし,訓練・生活支援給付金の後継制度である職業訓練受講給付金は非課税所得であることからすれば,訓練・生活支援給付金が雑所得であると国税庁が判断していたことを理由に,修習給付金が雑所得であると判断することは不当であると思います。
7 修習給付金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではないこと
所得税法上,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得で,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されます(最高裁平成29年12月15日判決)。
しかし,修習給付金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得ではありません。
8 小括
よって,修習給付金は,非課税所得としての学資金に該当する可能性があります。
第3 修習給付金が非課税所得であると仮定した場合の,平成31年度の税金及び国民健康保険料の試算の合計等
1 修習給付金が非課税所得であることを前提に雑所得が0円であるとして確定申告をした場合,平成30年分所得税及び平成31年度の住民税は0円となります。
2 住民税非課税世帯となりますから,高額療養費支給制度における自己負担限度額(69歳以下の場合)が1ヶ月あたり3万5400円となります。
3(1) 平成30年度の神戸市の計算式を前提とした場合,平成31年度の国民健康保険料は,医療分1万4600円,後期高齢者支援金分4730円の合計1万9330円となります(被保険者均等割額及び世帯別平等割額について7割軽減が適用されます。)。
神戸市HPからダウンロードできる国民健康保険料計算シート(エクセル)を使えば簡単に計算できます。
(2) 修習給付金が非課税所得であることを前提として所得税又は住民税の確定申告をしなかった場合,市区町村において所得の判定ができないため,被保険者均等割額及び世帯別平等割額について7割軽減が適用されません。
4 所得税の控除対象扶養親族から外れませんし,配偶者控除の適用があることとなります。
ただし,修習資金の貸与を受けた新65期ないし70期司法修習生の場合と同様に,健康保険及び厚生年金保険の扶養親族からは外れたままになります。
5 一人世帯である場合,平成31年7月から平成32年6月までの国民年金保険料について,住所地の市役所等又は年金事務所に国民年金保険料免除・納付猶予申請書を提出することで,全額免除を受けることができます。
第4 注意書き
1 修習給付金が非課税所得であることを前提とした確定申告は大きなリスクを伴うこと
(1) 後日の税務調査において修習給付金が非課税所得であるとする主張が認められなかった場合,所得税に対する5%又は10%の過少申告加算税(国税通則法65条)のほか,延滞税(国税通則法60条)又は延滞金(地方税法321条の2等及び国民健康保険法79条3項)を付加した税金及び国民健康保険料の支払を求められることとなります。
また,平成23年12月2日法律第114号による国税通則法改正により,税務署長による増額更正は法定申告期限から5年間可能となりました(国税通則法70条1項1号)から,平成30年分所得税の増額更正は平成36年3月まで可能です。
さらに,住民税の増額の賦課決定は原則として法定納期限から3年間可能であり(地方税法17条の5第1項),所得税について更正があった場合,法定納期限から5年間可能です(地方税法17条の6第3項1号)。
そして,平成31年度の税金を全く支払わず,かつ,平成31年度の国民健康保険料を2万円程度しか支払わない場合,税務調査を受ける可能性が否定できない点で,修習給付金が非課税所得であることを前提とした確定申告は大きなリスクを伴いますから,不服申立てにおいて主張した方が安全です。
(2) 平成30年における,所得税に対する延滞税及び住民税に対する延滞金の利率は年8.9%(平成30年の特例基準割合1.6%+7.3%)です(租税特別措置法94条及び地方税法附則3条の2)。
(3)ア 平成27年度以降の国民健康保険料の賦課決定は,当該年度における最初の保険料の納期(通常は7月です。)の翌日から起算して2年を経過した日以後はすることができません(平成26年6月25日法律第83号による改正後の国民健康保険法110条の2)。
また,期間制限の特例を定める地方税法17条の6第3項に相当する条文は,国民健康保険法にはありません。
そのため,平成31年度国民健康保険料に関する増額又は減額の賦課決定は,平成33年7月までしかできません。
イ 税務署長が修習給付金について雑所得であるとして増額更正をした場合,国税不服審判所長に対する審査請求及び地方裁判所に対する取消訴訟が可能でありますところ,係争中である場合,国民健康保険料に関する増額の賦課決定はされないかもしれません。
そのため,増額の賦課決定がされないまま,国民健康保険料の賦課決定の期間制限が過ぎるかもしれません。
(4) 申告納税方式による国税(国税通則法16条1項1号)に関して,納税申告書の提出があった場合に税務署長が行うのが更正(国税通則法24条)であり,納税申告書の提出がない場合に税務署長が行うのが決定(国税通則法25条)です。
賦課課税方式による国税(国税通則法16条1項2号)に関して税務署長が行うのが賦課決定(国税通則法32条)です。
2 国民健康保険について税方式が採用されている場合の取扱い
地方自治体によっては,国民健康保険について税方式が採用されています(国民健康保険法76条1項ただし書)。
この場合,国民健康保険税の増額の賦課決定は原則として法定納期限から3年間可能であり(地方税法17条の5第3項), 所得税について更正があった場合,法定納期限から5年間可能です(地方税法17条の6第3項1号)。
3 税金及び国民健康保険料は自己破産における非免責債権に該当すること
税金だけでなく,国民健康保険料も租税等の請求権(破産法97条4号)に該当します(国民健康保険法79条の2「法律で定める歳入」・地方自治法231条の3第3項「地方税の滞納処分の例」・地方税法331条6項「国税徴収法に規定する滞納処分の例」参照)。
そのため,税金及び国民健康保険料は自己破産における非免責債権に該当します(破産法253条1項1号)から,免責許可決定が確定したとしても支払う必要があります。
第5 その他
全般的な話については,「司法修習生の修習給付金及び修習専念資金」を参照して下さい。