メインコンテンツへスキップ
       

修習給付金は非課税所得か―裁判例と学説上の議論(AI作成)

第1 現在の結論とこの記事の対象

1 現在の申告実務

令和8年8月28日現在,修習給付金のうち基本給付金及び住居給付金は,所得税法上の雑所得として扱われている。
最高裁判所の第79期司法修習生向け案内18頁は,基本給付金及び住居給付金を確定申告の対象とし,移転給付金を確定申告の対象外としているほか,基本給付金及び住居給付金について控除できる必要経費はないとしている。

基本給付金が非課税の学資金に当たるとの主張は,後記の大阪地裁令和4年12月22日判決及び大阪高裁令和5年7月26日判決によって退けられた。
同事件では最高裁第二小法廷が上告受理申立てを受理しなかったため,大阪高裁判決が確定している。

給付の種類裁判所法上の内容第79期案内の税務上の取扱い
基本給付金修習期間中の生活を維持するために必要な費用を勘案した給付雑所得,確定申告の対象,控除できる必要経費なし
住居給付金所定の要件の下で家賃を支払う場合の給付雑所得,確定申告の対象,控除できる必要経費なし
移転給付金修習に伴う必要な移転について路程に応じて支給される給付確定申告の対象外

2 基本給付金の非課税学資金該当性に対象を絞ること

裁判所法67条の2は,修習給付金を基本給付金,住居給付金及び移転給付金の三種類に分けている。
これまでの裁決及び裁判例で中心的に争われたのは,基本給付金が所得税法9条1項15号の「学資に充てるため給付される金品」に当たるかという問題である。

本記事は,基本給付金の非課税学資金該当性,裁判所がこれを否定した理由及び判決後も残る学説上の批判を扱う。
確定申告の方法,課税処分を争う手続,住民税及び社会保険の詳細は,第7の関連記事に委ねる。

第2 所得税法上の非課税学資金

1 所得税法9条1項15号

所得税法9条1項15号は,「学資に充てるため給付される金品」について所得税を課さないこととする一方,給与その他対価の性質を有するもの等を除外している。
同号には「学資」の定義規定がないため,基本給付金が学資に当たるかは,条文の趣旨,給付の根拠規定,制度目的,使途及び給付対象等から判断することになる。

裁判例は,非課税学資金制度の趣旨を学術奨励という政策的考慮に求めた上で,「学資に充てるため給付される金品」を,学校等の教育機関で学術又は技芸の教育・指導を受けるために必要な費用へ充てるため給付される金品と解した。
その上で,基本給付金の法的目的及び使途を検討している。

2 給与又は対価でないことだけでは非課税とならないこと

司法修習生は国との雇用関係に基づいて給与を受ける者ではなく,基本給付金も労務提供の対価として支給されるものではない。
しかし,所得税法9条1項15号は,給与その他対価の性質を有する学資金を非課税対象から除く規定であって,対価性のない給付をすべて非課税とする規定ではない。

そのため,基本給付金が給与又は対価に当たらないことだけでは,非課税学資金該当性を基礎付けることができない。
非課税となるためには,さらに「学資に充てるため給付される金品」に当たることが必要である。

第3 基本給付金を非課税学資金とする見解の根拠

1 司法修習の教育課程としての性格

司法修習生は,司法研修所及び実務修習地の裁判所,検察庁,弁護士会等で法律実務の教育・指導を受ける。
平成28年度(最情)答申第26号も,司法修習を法曹に必要な能力を養成するための臨床教育課程と説明しているが,同資料は情報公開に関する答申であって,所得税法上の学資該当性を判断した裁判例ではない。

非課税説は,司法修習の教育課程としての性格と,司法修習生が原則として兼職を禁止され,修習に専念することを求められる点を重視する。
基本給付金は,司法修習を継続するための経済的基盤を確保するものであるから,その全部又は一部を学資と捉える余地があるという考え方である。

2 生活費を学資から除外できるか

裁判所法67条の2第3項は,基本給付金の額について,司法修習生が修習期間中の生活を維持するために必要な費用であり,修習に専念しなければならないことその他の状況を勘案して最高裁判所が定めるとしている。
基本給付金には授業料,教材費又は交通費という使途制限がなく,生活費全般に使用できる。

もっとも,学術又は技芸の習得へ専念するために不可欠な生活費も,広い意味では修学のための費用であるとの理解が成り立ち得る。
田中治論文等は,独立行政法人日本学生支援機構の学資支給金に生活費が含まれることも踏まえ,生活費であることだけから所得税法上の学資性を否定するのは狭すぎると批判している。

3 他の給付との取扱差と憲法14条

納税者側は,職業訓練受講給付金等が非課税とされる一方で基本給付金に所得税を課すことは,合理的な理由のない差別であり,憲法14条1項に反すると主張した。
しかし,大阪地裁及び大阪高裁は,制度目的,支給要件,所得・資産要件及び給付内容等が異なるとして,この主張を退けた。

したがって,現在の裁判例を前提とすれば,他の教育・職業訓練関係給付が非課税であることだけから,基本給付金も非課税でなければならないとはいえない。
制度間の均衡は立法政策上の検討課題になり得るが,そのことと現行法の解釈による課税の可否は区別する必要がある。

第4 基本給付金の課税を争った裁決及び裁判例

1 国税不服審判所令和3年3月24日裁決

第71期司法修習生であった納税者は,平成30年中に受けた基本給付金を雑所得として確定申告した後,基本給付金は非課税学資金に当たるなどとして更正の請求をした。
国税不服審判所令和3年3月24日裁決・大裁(所)令2-46は,基本給付金の非課税学資金該当性を否定し,修習関係の交通費等を必要経費とする主張も退けた。

この裁決は公表裁決事例に掲載されていない。
裁決及び後続訴訟の詳細については,修習給付金は必要経費のない雑所得であるとした国税不服審判所令和3年3月24日裁決で取り上げている。

2 大阪地裁判決,大阪高裁判決及び最高裁不受理決定

大阪地裁令和4年12月22日判決・令和3年(行ウ)第48号は,基本給付金を非課税学資金とする主張,交通費等を必要経費とする主張及び憲法14条違反の主張をいずれも退け,納税者の請求を棄却した。
大阪高裁令和5年7月26日判決・令和5年(行コ)第15号も,原判決の結論を維持して控訴を棄却した。

最高裁第二小法廷令和5年12月22日決定は,民事訴訟法318条1項により受理すべきものとは認められないとして,上告受理申立てを受理しなかった。
これにより大阪高裁判決は確定したが,最高裁が所得税法上の「学資」の意味について独自の実体判断を示し,大阪高裁の理由付けを判例として是認したものではない。

3 奈良地裁判決及び別の大阪高裁判決

別の納税者による訴訟でも,奈良地裁令和5年2月14日判決は,基本給付金の非課税学資金該当性及び修習関係費用の必要経費該当性を否定した。
大阪高裁令和5年9月21日判決も,原判決を維持して控訴を棄却した。

国税庁の令和5年税務訴訟資料索引には,同判決について「上告・上告受理申立て」と記載されている。
令和8年8月28日現在,公開された一次資料からは,この別系統の事件について最高裁でどのように終局したかを確認できないため,確定の有無を推測しない。

第5 裁判所が非課税学資金該当性を否定した理由

1 生活維持を目的とする使途自由の給付であること

大阪地裁及び大阪高裁は,基本給付金について,司法修習生が修習期間中の生活を維持するために必要な費用へ充てる給付であり,授業料,教材費又は交通費等の特定の学習費用へ使途が限定されていないことを重視した。
また,司法修習生は司法研修所等で教育・指導を受けるものの,その対価として授業料等を負担していないことも考慮した。

裁判所は,司法修習の教育的性格そのものを否定したのではない。
基本給付金という給付が,教育・指導を受けるための費用に充てる目的で支給されるものか,生活費全般を支えるためのものかを区別し,後者であると評価したのである。

2 雑所得及び必要経費

所得税法35条は,他の所得区分に該当しない所得を雑所得としている。
裁判例は,基本給付金が非課税所得に当たらず,給与所得又は一時所得にも当たらないとして,雑所得に該当すると判断した。

裁判例は,交通費,書籍代等についても,基本給付金という収入を得るため直接に要した費用ではなく,司法修習は基本給付金という所得を生ずべき業務でもないとして,必要経費算入を否定した。
したがって,支出を領収書で立証できるかという問題の前に,基本給付金と修習費用との間に所得税法37条所定の関係があるかが否定されている。

3 判決の射程

確定した大阪高裁判決の既判力は,当該事件の当事者間に及ぶ。
他の司法修習生を法律上直接拘束するものではないが,同様の事実関係について国税不服審判所,大阪地裁及び大阪高裁が非課税主張を退け,最高裁判所の現行案内も雑所得としての申告を求めている。

そのため,現在の申告実務において,学説上の異論があることだけを根拠に基本給付金を非課税として扱うことは困難である。
他方で,最高裁による実体的な租税法判断が示されていない以上,所得税法9条1項15号の解釈論又は立法論まで終結したという意味ではない。

第6 判決後も残る学説上の議論

1 生活費を学資から除外する解釈への批判

吉沢健太郎「裁判所法67条の2第1項に基づく修習給付金の課税上の取扱いについて」80頁~102頁は,国税不服審判所裁決を検討し,司法修習と基本給付金との法的な結び付き,生活費を含む学資概念及び所得区分について,裁決とは異なる解釈の可能性を論じている。
同論文は後の大阪地裁・大阪高裁判決より前に公表されたものであり,確定判決の結論を説明する文献ではない。

藤間大順「司法修習生が得る基本給付金および修習専念資金の非課税所得該当性」は,大阪高裁判決を踏まえ,学資非課税の趣旨を学術奨励へ限定すること,生活費へ充て得ること及び使途制限がないことを重視する判決の理由付けを批判的に検討している。
また,司法修習に必要な費用と基本給付金との関係を十分に評価せずに必要経費を否定した点にも疑問を示している。

2 基本給付金の一部を学資とする見解

田中治「非課税所得該当性をめぐる近時の紛争例」11頁~32頁は,基本給付金の全部又は一部を非課税の学資金と解する余地があるとの見解を示している。
同論文20頁は,基本給付金月額13万5000円の算定時に参考とされた調査に,生活実費約9万4000円とは別に学資金約4万円が示されていたことから,少なくとも月額約4万円は学資として非課税とすべきであると論じている。

これは現在の裁判例及び最高裁判所の案内とは異なる学説上の見解である。
基本給付金の一部非課税を認めた裁判例又は現行の行政案内が存在するという意味ではない。

3 解釈論と現在の申告実務を分けること

学説上の批判は,所得税法上の「学資」を授業料等へ狭く限定すべきか,修学に不可欠な生活費を含めるべきか,旧給費制との均衡をどう考えるかという解釈論及び立法論として意味を有する。
しかし,現行の裁判所法には修習給付金を非課税とする明文規定がなく,確定した大阪高裁判決及び最高裁判所の案内は雑所得としての取扱いを前提としている。

したがって,本記事では,「非課税説に理論上の議論が残ること」と「現在の確定申告で基本給付金を非課税として処理できること」とを区別する。
現在の実務上の結論は,基本給付金及び住居給付金を雑所得として申告し,修習費用を必要経費として控除しないというものである。

第7 関連記事との役割分担

修習給付金の給付別の課税関係,更正の請求,不服申立て及び取消訴訟については,修習給付金の税務上の取扱いと課税を争う手続(AI作成)で説明している。
確定申告の期限又は課税処分を争う期間は,個別の申告日,処分日及び通知日によって異なるため,本記事では一般的な手続期限を重ねて記載しない。

社会保険,被扶養者認定及び国民健康保険については,修習給付金を受ける司法修習生の社会保険及び税務上の取扱い(AIリライト)を参照されたい。
給費制から貸与制及び修習給付金制度へ至る沿革については,司法修習生の給費制,貸与制及び修習給付金(AIリライト)で取り上げている。

第8 出典・参考資料

1 法令

裁判所法67条,67条の2及び67条の3
所得税法9条1項15号,35条,36条及び37条

2 裁決及び裁判例

① 国税不服審判所令和3年3月24日裁決・大裁(所)令2-46(TAINSコードF0-1-1378,公表裁決事例未掲載)
大阪地裁令和4年12月22日判決・令和3年(行ウ)第48号(所得税更正処分取消請求事件,税務訴訟資料272号・順号13795)
大阪高裁令和5年7月26日判決・令和5年(行コ)第15号(所得税更正処分取消請求控訴事件,税務訴訟資料273号・順号13866)
最高裁第二小法廷令和5年12月22日決定・令和5年(行ヒ)第375号(税務訴訟資料273号・順号13915,裁判所HP未掲載)
奈良地裁令和5年2月14日判決(事件番号は国税庁公開写しで非開示,更正処分取消請求事件,税務訴訟資料273号・順号13814,裁判所HP未掲載)
大阪高裁令和5年9月21日判決(事件番号は国税庁公開写しで非開示,更正処分取消請求控訴事件,税務訴訟資料273号・順号13887,裁判所HP未掲載)

3 最高裁判所の運用資料及び公文書

① 最高裁判所司法修習生の修習給付金について
② 最高裁判所第79期司法修習生の修習給付金案内18頁~19頁(PDF22頁~23頁)
③ 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会平成28年度(最情)答申第26号

4 文献

吉沢健太郎「裁判所法67条の2第1項に基づく修習給付金の課税上の取扱いについて―国税不服審判所裁決令和3年3月24日の検討―」東京大学法科大学院ローレビュー17号(東京大学法科大学院ローレビュー編集委員会,2022年)80頁~102頁
藤間大順「司法修習生が得る基本給付金および修習専念資金の非課税所得該当性」新・判例解説Watch35号(日本評論社,2024年)211頁~214頁
田中治「非課税所得該当性をめぐる近時の紛争例」税務事例研究202号(日本税務研究センター,2024年)11頁~32頁