民間労働者と司法修習生との比較


目次
第1 総論
第2 採用時点
1 民間労働者の場合
2 司法修習生の場合
第3 休暇の有無
1 民間労働者の場合
2 司法修習生の場合
第4 病気等で働けない場合の取扱い
1 民間労働者(社会保険加入が前提です。以下同じ。)の場合
2 司法修習生の場合
第5 妊娠,出産及び育児に関する取扱い
1 民間労働者の場合
2 司法修習生の場合
第6 最低賃金法との関係
1 研修医の場合
2 司法修習生の場合
第7 労働時間等の管理の有無
1 民間労働者の場合
2 司法修習生の場合
第8 労働基本権の有無
1 民間労働者の場合
2 国家公務員の場合
3 地方公務員の場合
4 司法修習生の場合
第9 代償措置の有無
1 国家公務員の場合
2 地方公務員の場合
3 司法修習生の場合
第10 関連記事その他

第1 総論
1 司法修習生は民間労働者と比べて色々な面で不利な取扱いを受けていますから,最高裁判所としては,司法修習生の労働者性を否定することを当然の前提にしていると思われます。
2    「やっぱり世界は**しい!」と題するブログ「守秘義務」によれば,司法研修所が動くこと自体が司法修習生にとっては大変な脅威であって,司法修習生という立場は,まさに現代の特別権力関係だそうです。
3(1) 労働者としての実態があるかどうかは,昭和60年12月19日付の労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」に基づいて決定されます。
   在宅勤務者が労働者に該当するかどうかについては,厚生労働省HPの「在宅勤務者についての労働者性の判断について」が参考になります。
(2) 経済産業省HPの「「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(案)に対するパブリックコメントの結果及び同ガイドラインを取りまとめました」(2021年3月26日付)には,「現行法上「雇用」に該当する場合の判断基準」の説明もあります。



第2 採用時点

1 民間労働者の場合
(1) 会社には採用の自由があること
ア 会社は,経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し,自己の営 業のために労働者を雇用するに当たり,いかなる者を雇い入れるか,いかなる条件でこれを雇うかについて,法律その他による特別の制限がない限り,原則として自由にこれを決定することができます(最高裁平成15年12月22日判決。なお,先例として,最高裁大法廷昭和48年12月12日判決参照)。
   つまり,会社は採用の自由を有しますから,採用してもらえるかどうかは原則として会社次第となります。
イ 採用の自由については,法律上,以下の制限はあります。
① 雇用対策法10条(募集及び採用における年齢にかかわりない均等な機会の確保)
→ 例外として,長期間の継続勤務による職務に必要な能力の開発及び向上を図ることを目的とし,期間の定めのない労働契約を締結することを目的とする場合,新卒者等に限定した募集及び採用を行うことができます(雇用対策法施行規則1条の3第1項1号)。
② 男女雇用機会均等法5条(性別を理由とする差別の禁止)
→ ちなみに,厚生労働省HPの「都道府県労働局雇用均等室における法施行状況について」に掲載されている「平成27年度都道府県労働局雇用均等室での法施行状況」によれば,第5条関係の労働者からの相談は,206件(25年度),196件(26年度),136件(27年度)と推移しており,第11条関係(セクハラ)の10分の1以下の相談件数です。
    なお,平成28年度以降の同趣旨の文書は,厚生労働省HPの「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における法施行状況について」に掲載されています。
③ 障害者雇用促進法5条(事業主の責務)
④ 労働組合法7条(不当労働行為)1号
(2) 国籍による差別は当初から禁止されていたこと
    昭和22年9月1日の労働基準法施行当初から,労働者の国籍による差別は禁止されていました(労働基準法3条)。
2 司法修習生の場合
(1) 一定の欠格事由に該当しない限り差別なく採用してもらえること
ア 司法試験合格者は,一定の欠格事由に該当しない限り,性別・年齢等に関係なく司法修習生に採用してもらえます(裁判所法66条1項参照)。
イ  健康診断の結果が非常に悪かった場合,「心身の故障により修習をすることが困難である者」に該当する可能性があります。
    罰金前科等があった場合,「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」に該当する可能性があります。
    そのため,これらの事由がある場合,司法修習生に採用してもらえない可能性があります(司法修習生の採用選考,健康診断及び名刺」参照)。
(2) 以前は日本国籍が必要であったこと
ア   昭和51年採用の30期までは,司法修習生採用選考要領の欠格事由が「日本の国籍を有しない者」となっていて,司法修習生となるためには帰化して日本国籍を取得する必要がありましたから,台湾国籍では司法修習生に採用されませんでした(神戸合同法律事務所HPの「吉井正明」参照)。
    しかし,昭和52年に在日韓国人の金敬得が帰化せずに31期司法修習生に採用されて以降,司法修習生採用選考要領の欠格事由が「日本の国籍を有しない者(最高裁判所が相当と認めた者を除く。)」となりました。
    そして,平成21年11月採用の司法修習生(新63期)から,司法修習生採用選考要領の欠格事由から「日本の国籍を有しない者」が削除されました(外部ブログの「「司法修習生は日本国籍必要」条項を削除 最高裁」参照)。
イ 日弁連は,平成6年3月28日付の最高裁判所長官宛要望において,「最高裁判所が司法修習生採用選考において、外国籍の者や逮捕歴・起訴歴を有する者に対して、本人の誓約書や保証人を求めていることは憲法等に違反するとして、司法修習生採用選考要項の「国籍条項」を削除するとともに、これらの差別的取扱・慣行を行わないよう要望した」みたいです(日弁連HPの「司法修習生採用時の国籍条項等による差別人権救済申立事件(要望)」参照)。
ウ 平成29年5月12日付の司法行政文書不開示通知書によれば,司法修習生採用に際しての国籍条項が廃止されるに至った経緯が分かる文書は,保存期間を満了しており廃棄済みです。
エ 外国人登録原票は現在,法務省入国管理局で保管されています(法務省入国管理局HP「外国人登録原票を必要とされる方へ」参照)。


第3 休暇の有無
1 民間労働者の場合
(1) 就職してから6ヶ月間継続して勤務し,全労働日の8割以上出勤した場合,10日以上の有給休暇をもらえます(労働基準法39条1項)し,年次有給休暇を取得したことについて,賃金の減額その他不利益な取扱いをされることはありません(労働基準法附則136条)。
(2) 事業遂行に必要な技術者の養成と能力向上を図るため,各職場の代表者を参加させて,一箇月に満たない比較的短期間に集中的に高度な知識,技能を修得させ,これを職場に持ち帰らせることによって,各職場全体の業務の改善,向上に資することを目的として行われた訓練の期間中に,訓練に参加している労働者から年次有給休暇が請求されたときは,使用者は,当該休暇期間における具体的な訓練の内容がこれを欠席しても予定された知識,技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り,事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができます(最高裁平成12年3月31日判決)。
(3) 昭和23年3月17日付の労働省労働基準局長通達には,「法人の所謂重役で業務執行権又は代表権を持たない者が、工場長、部長の職にあって賃金を受ける場合は、 その限りにおいて労働基準法第9条に規定する労働者である。」と書いてあります。
    そのため,使用人兼務役員であっても,勤務実態として労働者の要素が強い場合,有給休暇を付与してもらえます(勤怠管理システムAKASHI「役員に有給休暇はあるのか?役員の働き方を解説します」参照)。
(4)  無効な解雇の場合のように労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれたために就労することができなかった日は,労働基準法39条1項及び2項における年次有給休暇権の成立要件としての全労働日に係る出勤率の算定に当たっては,出勤日数に算入すべきものとして全労働日に含まれます(最高裁平成25年6月6日判決)。
(5)ア 厚生労働省HPに「有給休暇ハンドブック」(年次有給休暇の計画的付与と取得について)が載っています。
イ 外部HPに「ポイントは4つだけ。意外に勘違いが多い有給休暇制度」が載っています。
2 司法修習生の場合
    休暇という概念がありませんから,正当な理由のない欠席は規律違反として非違行為となります。


第4 病気等で働けない場合の取扱い
1 民間労働者(社会保険加入が前提です。以下同じ。)の場合(「労災保険」「休職期間中の社会保険及び税金」,及び「症状固定後の社会保険及び失業保険」参照)
(1) 休職できること
ア 病気等で働けない場合,就業規則の内容によっては6箇月から1年は休職できます。
イ 休職期間中,健康保険から1年6月を上限として傷病手当金(月給の3分の2)を支給してもらえます(協会けんぽHPの「病気やケガで会社を休んだとき」参照)。
(2) 職場に復帰する際の配慮事項
ア メンタルヘルスの問題で休職した人が職場に復帰する際の配慮事項について,厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課が「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き~メンタルヘルス対策における職場復帰支援~」を作成しています。
イ 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があります(最高裁平成10年4月9日判決)。
(3) 事後的に社会保険に加入できること
・ 社会保険への加入手続をしてもらっていなかった場合であっても,労働者としての実態があるのであれば,以下のとおり事後的に社会保険に加入できます。
① 労災保険については労基署の職権による成立手続及び労災保険料の認定手続(労災保険法31条1項1号参照)を経ること
② 雇用保険についてはハローワークの職権による被保険者資格の確認(雇用保険法8条及び9条)を経ること
③ 健康保険については年金事務所又は健康保険組合の職権による確認(健康保険法39条・51条1項)を経ること
④ 厚生年金については年金事務所の職権による確認(厚生年金保険法18条2項)を経ること
(4) 社会保険の適用範囲の拡大
・ 平成28年10月1日,従業員規模501人以上の企業の場合,所定労働時間が週20時間以上30時間未満・月額賃金8.8万円以上・勤務期間1年以上見込み・学生でないパート・アルバイトについても社会保険が適用されるようになりました(政府広報オンラインの「暮らしに役立つ情報」「パート・アルバイトの皆さんへ 社会保険の加入対象が広がっています。」参照)。
(5) 休職中でも社会保険料の負担は続くこと
ア 健康保険料,介護保険料(40歳以上の場合),厚生年金保険料及び雇用保険料の被用者負担分を給料から天引きされています(HR NOTEの「社会保険とは?代表的な4つの保険と今さら聞けない基礎知識」参照)。
イ 休職により健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料が免除されるのは育児休業及び産前産後休暇だけであって,他の理由による休職,休業では労働者負担分の社会保険料を支払う必要があります。
(6) 退職後の傷病手当金
・ 資格喪失日の前日(退職日)までに協会けんぽ又は健康保険組合における被保険者期間が1年以上あり,資格喪失日の前日(退職日)に傷病手当金を受けているか,又は受けられる状態にある人は,退職後も傷病手当金をもらえます(協会けんぽ神奈川支部HPの「ココが知りたい!傷病手当金~制度概要から申請書記入方法など~」参照)。
    ただし,退職後も継続して傷病手当金をもらう予定である場合,退職日当日には絶対に出勤してはなりませんし(有給休暇はOKです。),会社の人に「お世話になりました」等の挨拶回りをしたり,自分の仕事道具を片付けたりするのは退職日の4日以上前にした方がいいです(傷病手当金.com「退職直前の傷病手当金」参照)。
(7) 傷病手当金の支給機関の拡大
・ 令和4年1月1日,傷病手当金の支給期間は支給開始日から「通算して1年6ヶ月」になりました(健康保険法99条4項)。
    そのため,例えば,支給期間中に途中で就労するなど,傷病手当金が支給されない期間がある場合,支給開始日から起算して1年6か月を超えても,繰り越して支給可能になります(厚生労働省HPの「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」参照)。


2 司法修習生の場合
(1)   病気等で修習に参加できない場合,①トータルで45日以内の欠席しか認められていませんし,②導入修習,実務修習の各クール,集合修習,選択型実務修習といったそれぞれの修習単位について半分までの日数の欠席しか認めれていません。
   そのため,それ以上休む必要がある場合,いったん罷免された上で,次年度の司法修習生として再採用される必要があります。
   また,休んでいる期間中,修習給付金及び修習専念資金を支給してもらえるに過ぎません。
(2) 再採用される際の配慮事項について,司法研修所が作成している手引きは特に存在しないと思います。
(3) 健康保険料,介護保険料,厚生年金保険料及び雇用保険料は問題となりませんから,修習給付金から天引きされるものはありません。


第5 妊娠,出産及び育児に関する取扱い
1 民間労働者の場合
(1) 民間労働者が妊娠・出産して育児をする場合,①健康保険から出産育児一時金42万円(協会けんぽHPの「子どもが生まれたとき」参照)を支給してもらえますし,②出産日以前42日から出産日の翌日以降56日までの間,健康保険から出産手当金(賃金日額の3分の2)を支給してもらえますし(協会けんぽHPの「出産手当金」参照),③雇用保険から育児休業給付金(180日目までは賃金日額の67%,181日目以降は賃金日額の50%)を支給してもらえます(大阪労働局HPの「育児休業給付について」参照)。
    また,①産前産後休暇(産前6週間・産後8週間)(労働基準法65条)を取ったり,②原則として1年間の育児休業を取ったりできます(育児・介護休業法9条2項参照)し,③育児休業をしたことを理由として解雇その他不利益な取扱いを受けることはありません(育児・介護休業法10条)。
(2) 産前産後休業期間(産前42日(多胎妊娠の場合は98日),産後56日のうち,妊娠又は出産を理由として労務に従事しなかった期間)について,健康保険・厚生年金保険の保険料は,被保険者が産前産後休業期間中に事業主が年金事務所に申し出ることにより被保険者・事業主の両方の負担につき免除されます。
    申出は,事業主が産前産後休業取得者申出書を日本年金機構(事務センター又は年金事務所)へ提出することにより行います。
    この免除期間は,将来,被保険者の年金額を計算する際は,保険料を納めた期間として扱われます(日本年金機構HPの「厚生年金保険料等の免除」参照)。
(3) 育児・介護休業法による満3歳未満の子を養育するための育児休業等期間について、健康保険・厚生年金保険の保険料は,被保険者が育児休業の期間中に事業主が年金事務所に申し出ることにより被保険者・事業主の両方の負担につき免除されます。
    申出は,事業主が育児休業等取得者申出書を日本年金機構(事務センター又は年金事務所)へ提出することにより行います。
    この免除期間は、将来、被保険者の年金額を計算する際は、保険料を納めた期間として扱われます(日本年金機構HPの「厚生年金保険料等の免除」参照)。
エ 平成29年1月1日,上司・同僚からの,妊娠・出産,育児休業,介護休業等を理由とする嫌がらせ等(いわゆるマタハラ・パワハラ等)を防止する措置を講じることが事業主に義務づけられました(リーフレット「育児・介護休業法が改正されます!-平成29年1月1日施行-」「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です!!」参照)。
オ 平成29年10月1日以降,保育所等における保育の実施が行われないなどの理由により,子が1歳6ヶ月に達する日後の期間についても育児休業を取得する場合,その子が2歳に達する日前までの期間,育児休業給付金の支給対象となります(厚生労働省HPの「平成29年10月より育児休業給付金の支給期間が2歳まで延長されます」参照)。
   また,事業主は,労働者又はその配偶者が妊娠・出産した場合,家族を介護していることを知った場合に,当該労働者に対して,個別に育児休業・介護休業等に関する定めを周知するように努めることとなりました(育児休業等制度の個別周知)(厚生労働省HPの「平成29年改正法の概要」参照)。
カ 育児・介護休業法については,厚生労働省HPの「育児・介護休業法について」が詳しいです。
   また,平成28年8月2日付の育児・介護休業法に関する施行通達(平成29年9月29日最終改正)を見れば,厚生労働省の解釈が分かります。
キ 外部HPの「あなたの産休・育休の期間と金額を自動計算します。」を使えば,産前・産後休業に関する休業期間,社会保険料免除額,出産育児一時金及び出産手当金,並びに育児休業に関する休業期間,社会保険料免除額及び育児休業給付金を計算できます。
2   司法修習生の場合
(1)   司法修習生が妊娠・出産して育児をする場合,国民健康保険から出産育児一時金を支給してもらえるだけです。
(2) 導入修習,集合修習といったそれぞれの修習単位について半分までの欠席しか認めれていません(民間労働者の場合,産後6週間の女性の就業が禁止されていることにつき労働基準法65条2項ただし書参照)。
   そのため,いったん罷免された上で,次年度の司法修習生として再採用される必要があります。
(3) 司法修習の期間が2年だったときは,女性修習生が修習中に出産した場合であっても,修習の必要出席日数をぎりぎりでクリアできて罷免されずにすんだ事例があったみたいです(東洋経済オンラインの「激務さんの「最強育児」は,ママ弁護士に学べ」参照)。
(4) 34期の赤根智子法務総合研究所長(平成26年当時)の場合,産後のみ約1ヶ月のお休みをもらった後,司法修習に復帰したみたいです(内閣官房内閣人事局HPの赤根智子法務総合研究所長の記事参照)。
(5) 愛知県弁護士会HPの「『女性法曹に聞く法曹の魅力』~綿引万里子名古屋高等裁判所長官・赤根智子国際刑事裁判所裁判官・鬼丸かおる元最高裁判所裁判官~」には,鬼丸かおる 元最高裁判所判事の発言として,「修習中に出産しましたので、弁護士になった時点で、子どもが1人いました。」と書いてあります。
(6) 東弁リブラ2015年4月号「湯島2期…「司法の危機」時代の青春」には,25期の酒井幸 弁護士の体験談として以下の記載があります。
     私は実務修習中に結婚し,出産した。後期が始まる直前の10月18日,弁護修習の時に長男を出産。修習担当の山本晃夫弁護士(第一東京弁護士会)は,体調を気遣ってくださりながら,大きなお腹を抱える私を伴い,告訴状を出しに警察へも同行してくださった。修習生に産休はなく,2年間の総欠席日数のリミットの範囲で,産前は約1ヶ月休み,産後は11月下旬に始まる後期修習から出た。弁護修習の欠席日数は,多少おまけをしていただいたような気がする。山本弁護士は早く鬼籍に入られ,もうお礼を申し上げることができない。
     子育ても頑張りながら緊張が続いた修習最後の二回試験では,さすがに一晩入院する羽目になり,口述試験を後ろのグループに変えてもらい,薄氷を踏む思いでクリアした。柔軟な対応はありがたかった。


第6 最低賃金法との関係
1 研修医の場合
   臨床研修のプログラムに参加している研修医は労働基準法9条所定の労働者に該当しますから, 最低賃金法の適用があります(最高裁平成17年6月3日判決)。
2 司法修習生の場合
(1) 最低賃金法が適用されない司法修習生の修習資金貸与制については,司法修習生の修習資金貸与制」を参照して下さい。
(2) 71期以降の司法修習生については,修習給付金の基本手当として月額13万5000円が支給されます(「司法修習生の修習給付金及び修習専念資金」参照)。
   ところで, 平成28年10月1日発効の,埼玉県最低賃金は時給845円です(埼玉労働局HPの「埼玉県の最低賃金」参照)。
   そのため,埼玉県において最低賃金で1日8時間働いた場合の30日分の給料は,845円×40時間×30日/7日=14万4857円となります。
   よって,司法修習が労働に該当するとした場合,月額13万5000円の修習手当は,埼玉県の最低賃金を下回ることとなります。


第7 労働時間等の管理の有無
1 民間労働者の場合
(1) 労働時間の意義等
ア 労働基準法32条の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,右の労働時間に該当するか否かは,労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって,労働契約,就業規則,労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではありません(三菱重工業長崎造船所事件に関する最高裁平成12年3月9日判決)。
イ 憲法27条2項は,「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」と定めています。
(2) 労働時間の管理
ア 平成12年11月30日付の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」に基づき,使用者は,労働時間を適正に管理するため,労働者の労働日ごとの士業・終業時刻を確認し,これを記録する必要がありますし,原則として,タイムカード,ICカード等の客観的な記録を基礎として始業・終業時刻を確認し,記録する必要があります。
   また,労働時間の記録に関する書類については,労働基準法109条に基づき3年間保存する必要があります。
イ 未払い賃金・残業代ネット相談室HP「未払い残業代請求に対する使用者側からの反論・争点」が載っています。
ウ 平成29年1月20日付の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では,従前の基準では明確にされていなかった労働時間について以下の説明がなされています。なお,厚生労働省HPの「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」と題するパンフレットが詳しいですし,椎名宮崎社会保険労務士法人HP「労働時間適正把握対照表」を見れば,平成12年の基準と平成29年のガイドラインの違いがよく分かります。
     労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。
    ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。
(中略)
ウ   参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間


2 司法修習生の場合
(1)    登庁又は出勤の状況は出勤簿等によって把握され,何らかの理由で登庁又は出勤が遅れた場合,遅参届を提出する必要がありますものの,修習時間を適切に管理するためのものではないと思います。
(2)  司法修習は,法曹三者となるために参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講に当たると思いますが,労働時間には該当しません。


第8 労働基本権の有無
1 民間労働者の場合
(1) 憲法28条のほか,労働組合法及び労働関係調整法に基づき,労働基本権として団結権,団体交渉権及び団体行動権(典型例が争議権です。)が保障されています。
(2) 労働組合法1条2項は,「刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十五条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」と定めています。
(3) 労働組合法7条に基づき,以下の行為は不当労働行為として禁止されています(厚生労働省HPの「不当労働行為とは」参照)。
① 組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い(1号)
② 正当な理由のない団体交渉の拒否(2号)
③ 労働組合の運営等に対する支配介入及び経費援助(3号)
④ 労働委員会への申立て等を理由とする不利益取扱い(4号)
(4) 不当労働行為があった場合,都道府県労働委員会に対する救済申立てができます(行為の日から1年以内に行う必要があることにつき労働組合法27条2項)し,都道府県労働委員会の発した命令に不服がある当事者は,中央労働委員会に対する再審査の申立てをしたり,地方裁判所に命令の取消しを求める行政訴訟(取消訴訟)を提起したりできます(厚生労働省HPの「不当労働行為事件の審査手続きの流れ」参照)。


(5) 大阪府労働委員会の場合,大阪府知事が任命した公益委員・労働者委員・使用者委員による三者同数(公益・労働者・使用者を代表する各側11名)の委員で構成されています(大阪府労働委員会HP参照)。
(6) 労働組合法に適合する旨の労働委員会の証明を受けた労働組合は,主たる事務所の所在地において登記をすることによって法人となります(労働組合法11条1項,労働組合法施行令2条及び3条)。
(7) 使用者が誠実に団体交渉に応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合には,当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても,労働委員会は,使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することができます(最高裁令和4年3月18日判決)。


2 国家公務員の場合(総務省HPの「国家公務員及び地方公務員における労働基本権について」参照)
(1) 国家公務員のうち,特定独立行政法人の職員,国有林野事業を行う国の経営する企業の職員には団結権及び団体交渉権(団体協約締結権を含む。)が認められ,非現業職員には団結権及び団体交渉権(ただし,団体協約締結権は除く。)が認められます。
   しかし,自衛隊員,警察職員,海上保安庁職員及び刑事施設職員については明文で団結権及び団体交渉権が認められていません(自衛隊法64条,国家公務員法108条の2第5項)。
(2) 国家公務員の場合,民間企業の労働組合に相当するものとして,職員団体があります(国家公務員法108条の2及び108条の3・裁判所職員臨時措置法)。
   裁判所には全司法労働組合(全司法)(裁判所書記官,裁判所事務官,裁判所速記官,家庭裁判所調査官等で構成されています。)があり,法務省には全法務省労働組合(全法務)(法務省,法務局,保護局,入国管理局及び少年院・少年鑑別所の職員で構成されています。)があります(国交労連(国家公務員労働組合連合会)HP「各単組の紹介」参照)。
(3) 管理職員等と管理職員等以外の職員とは,同一の職員団体を組織することができず,両者が組織する団体は,国家公務員法上の職員団体ではないとされています(国家公務員法108条の2第3項)。
    これは,管理職員等とその他の職員とでは,労使関係における立場を異にし,利害が対立する関係にあるので,この両者が混在して同一の団体を組織することは,職員団体本来の目的である構成員の職業上の共通の利益を,民主的,自主的に追求する健全な基礎を欠くものと判断されるためです。
(4) 行政機関職員の職員団体は人事院に,裁判所職員の職員団体は最高裁判所に登録を申請することにより,法人となることができます(職員団体等に対する法人格の付与に関する法律3条1項1号及び2号)。
(5) 29期の大谷直人最高裁判所人事局長は,平成22年11月16日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしていますから,裁判官については解釈上,団結権及び団体交渉権が認められていません。
    これまで我が国におきまして、裁判官の労働基本権ということが問題となった事例がございませんで、法令の解釈にかかわるという事柄でもありますので、私の立場から意見を述べることは差し控えさせていただきたいと思うわけです。
    従来から、裁判官につきましては、憲法によって報酬あるいは身分といったものについて強い保障を受けるとともに、職務の執行についてもその独立性が強く保障されているわけでございます。一般の勤労者のように、使用者と対等の立場に立って経済的地位の向上あるいは労働条件の改善を図る必要がない、こういった理由から、裁判官に、労働組合を結成し、またはこれに加盟する権利は認められない、このように理解されてきたものと承知しております。


3 地方公務員の場合(総務省HPの「国家公務員及び地方公務員における労働基本権について」参照)
(1) 地方公務員のうち,企業職員には団結権及び団体交渉権(団体協約締結権を含む。)が認められ,非現業職員には団結権及び団体交渉権(ただし,法的拘束力のない書面による協定を締結する権限までに限る。)が認められます。
    しかし,警察職員及び消防職員については明文で団結権及び団体交渉権が認められていません(地方公務員法37条,52条5項)。
(2) 地方公務員の場合,民間企業の労働組合に相当するものとして,職員団体があります(地方公務員法52条及び53条)。
     大阪市の職員団体としては,大阪市労働組合連合会,大阪市労働組合総連合,大阪市職員労働組合,大阪市従業員労働組合,大阪市役所労働組合,なかまユニオン大阪市職員支部があるみたいです(大阪市HPの「職員団体及び労働組合との交渉など」参照)。
(3) 管理職員等と管理職員等以外の職員とは,同一の職員団体を組織することができず,両者が組織する団体は,地方公務員法上の職員団体ではないとされています(地方公務員法52条3項)。
(4) 地方公共団体の職員団体は地方公共団体の人事委員会又は公平委員会に登録を申請することにより,法人となることができます(職員団体等に対する法人格の付与に関する法律3条1項3号)。
(5) 京都府HPに「職員の勤務条件と職場の安全衛生~労働基準法・労働安全衛生法関係事務の手引~」が載っています。
4 司法修習生の場合
   そもそも労働者でありませんから,労働基本権はありません。


第9 代償措置の有無
1 国家公務員の場合
(1) 行政機関の国家公務員の場合,人事院があります(人事院HPの「労働基本権と人事院勧告の意義」参照)
(2) 人事院の場合,官房部局のほか,職員福祉局,人材局,給与局及び公平審査局があります(人事院HPの「人事院とは?」参照)。
(3) 裁判所職員の場合,最高裁判所行政不服審査委員会がありますものの,準司法的権限しか有していないと思います。
(4) 全農林警職法事件に関する最高裁大法廷昭和48年4月25日判決は,以下のとおり判示しています(改行を追加しました。)。
   その争議行為等が、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の保障という見地から制約を受ける公務員に対しても、その生存権保障の趣旨から、法は、これらの制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている。ことに公務員は、法律によつて定められる給与準則に基づいて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか法定の事項が規定される等、いわゆる法定された勤務条件を享有しているのであつて、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会および内閣に対し勧告または報告を義務づけられている。
   そして、公務員たる職員は、個別的にまたは職員団体を通じて俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、あるいはまた、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする途も開かれているのである。
   このように、公務員は、労働基本権に対する制限の代償として、制度上整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けているのである。
2 地方公務員の場合
(1) 都道府県及び政令指定都市の場合,地方自治法202条の2第1項・地方公務員法7条1項に基づき人事委員会が設置されています。
   和歌山市の場合,地方自治法202条の2第1項・地方公務員法7条2項に基づき人事委員会が設置されています。
   それ以外の市の場合,地方自治法202条の2第2項・地方公務員法7条3項に基づき公平委員会が設置されています。
(2) 人事委員会及び公平委員会の権限は地方公務員法8条に書いてあります。
(3) 大阪市人事委員会の場合,主な業務は,①給与,勤務時間その他の勤務条件等に関する調査研究,②職員の給与に関する報告及び勧告,③職員等に関する条例の制定又は改廃に関する意見の申出,④職員の採用試験及び昇任選考等,⑤公平審査関係事務等(勤務条件に関する措置の要求,不利益処分に関する審査請求等),⑥労働基準監督機関としての業務及び⑦職員団体の登録等となっています(大阪市HPの「人事委員会の主な業務」参照)。
3 司法修習生の場合
    そもそも労働者でありませんから,労働基本権の制約に対する代償措置はありません。


第10 関連記事その他
1 憲法11条は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と定め,憲法12条前段は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」と定めています。
2 職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律案 御説明資料(平成23年1月の厚生労働省の内閣法制局審査資料)10頁には以下の記載があります。
    『職業訓練」は労働者(求職者を含む。以下同じ。)が職業に必要な技能及びこれに関する知織を取得することを目的として行われるものを指すのに対し、「教育訓練」は、労働者に限らず幅広い対象者に対する教育を目的として行われるものを指すという概念上の違いがある。
3 下請企業の労働者が元請企業の作業場で労務の提供をするに当たり,元請企業の管理する設備工具等を用い,事実上元請企業の指揮監督を受けて稼働し,その作業内容も元請企業の従業員とほとんど同じであったなどといった事実関係の下においては,元請企業は,信義則上,右労働者に対し安全配慮義務を負います(最高裁平成3年4月11日判決)。
4(1) 平成29年4月24日付の司法行政文書不開示通知書によれば,最高裁判所が司法修習生に対して負っている安全配慮義務の内容が分かる文書は存在しません。
(2) 二弁フロンティア2021年5月号に「病気休職・復職に関する近時の 裁判例の動向と分析(前編)」が載っていて,二弁フロンティア2021年6月号に「病気休職・復職に関する近時の 裁判例の動向と分析(後編)」が載っています。
(3) 最高裁平成26年3月24日判決は,「労働者に過重な業務によって鬱病が発症し増悪した場合において,使用者の安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の額を定めるに当たり,当該労働者が自らの精神的健康に関する一定の情報を使用者に申告しなかったことをもって過失相殺をすることができないとされた事例」です。


5  被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,使用者の事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができます(最高裁令和2年2月28日判決)。
6  使用者が誠実に団体交渉に応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合には,当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても,労働委員会は,使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することができます(最高裁令和4年3月18日判決)。
7 MoneyForwardクラウド給与HP「日給月給制とは?月給制との違いとメリットを解説!」が載っています。
8 厚生労働省HPの「いわゆる「シフト制」について」に「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」が載っています。
9 以下の記事も参照してください。
・ 司法修習生の採用選考の必要書類
 司法修習生の採用選考に関する公式文書
 司法修習生の採用選考に必要な書類の掲載時期
・ 司法修習生の国籍条項に関する経緯
・ 業務が原因で心の病を発症した場合における,民間労働者と司法修習生の比較
 司法修習生の司法修習に関する事務便覧
 司法修習生の旅費に関する文書
 採用内定留保者に対する面接(司法修習)
 司法修習開始前に送付される書類
 司法研修所の沿革
・ 外国人技能実習生と司法修習生との比較
・ 恩赦の効果
 前科抹消があった場合の取扱い



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