司法修習生による取調べ修習の合法性


目次

1 はじめに
2 司法修習生による取調べ修習の違法説の根拠
3 司法修習生による取調べ修習の合法説の根拠
4 相島六原則
5 違法説から合法説への反論
6 取調べ修習に関する国会答弁
7 司法修習生の取調べに関する裁判例
8 関連記事その他

1 はじめに
(1) 司法修習生による取調べ修習の適法性は,昭和22年の第1期司法修習から問題となっていました(「造反-司法研修所改革の誘因-」(昭和45年6月10日発行)85頁)。
(2) 日弁連HPの「司法修習終了時点から見た司法修習生の実務修習について」8頁に,相島六原則の説明があります。

2 司法修習生による取調べ修習の違法説の根拠
① 取調べの主体について定めた刑事訴訟法198条1項は,「司法修習生」を主体としてあげていない。
   そのため,司法修習生による取調べは,同法197条1項ただし書が定める強制処分法定主義に違反する。
② 憲法31条の法定手続原則は,特に刑事手続においては厳格に解釈・運用されるべきである。司法修習生による取調べは法律上の明文の根拠を欠く以上,同原則違反で違憲である。
③ 取調べは被疑者に対して自己に不利益な供述まで求めるという点で,被疑者の人格の深いところまで立ち入るものであるところ,修習目的による取調べは,被疑者の人格を修習の道具として扱うものであり,人格の尊厳を趣旨とする憲法13条に違反する。

3 司法修習生による取調べ修習の合法説の根拠
① 被疑者の同意がある以上,許される。
② 将来の法曹を養成するという公益目的のためには取調べ修習は不可欠であり,それ故これを認める必要がある。
   医師のインターン制度と同じである。
③ 相島六原則を守れば,人権侵害のおそれは少ない。

4 相島六原則

・ 相島六原則は,相島一之司法研修所長が,昭和38年度司法修習生指導担当者協議会において述べた見解のことであります(「造反-司法研修所改革の誘因-」(昭和45年6月10日発行)87頁参照)ところ,その内容は以下のとおりです。
① 指導検察官が,あらかじめ個々の事件ごとに、事案の概要,問題点,発問の要領等を説明指導すること。
② 被疑者または参考人のいわゆる呼出は,指導検察官の責任で,かつ,その名において行い修習のみを目的とした捜査上不必要な呼出をしないこと。
③ 指導検察官は,被疑者または参考人に対し司法修習生の身分を説明し,検察官の取調べにさきだって司法修習生が発問を行なうことを告げ、その自由な意志に基づく承諾を得た場合に限って行うこと。
④ 指導検察官から被疑者に対し,あらかじめ供述拒否権の告知をすること。
⑤ 司法修習生が発問するにあたっては,指導検察官が同室し,十分な指導を行うこと。
⑥ 司法修習生が発問の結果作成した書面をそのまま検察官調書として流用することなく,指導検察官があらためて取調べを行ない供述調書を作成すること。

5 違法説から合法説への反論

① 被疑者と検察官の力関係,司法修習生というものについての一般人の理解からして,自由かつ真摯な同意とはいえない。
   法定手続原則は同意によって放棄できるものではない。
② 公益目的であっても個人の人格を踏みにじることは許されない。
   医師のインターン制度と取調べという権力の行使を同視することはできない。
③ 相島六原則を守ることは不可能である(現実に守られたという例はほとんどない。)。
   拘束時間が長くなることは明白である。
   大部屋で一斉にやらざるを得ず,プライバシー侵害が著しい。

6 取調べ修習に関する国会答弁
    高輪1期の矢口洪一

最高裁判所事務次長は,昭和52年3月15日の衆議院法務委員会において以下の答弁をしています。
    現在はいわゆる検事代理の制度はございません。取り調べ修習というのは行われておりますが、これは稲葉委員御承知と思いますが、相島六原則というのにのっとりまして、一人前の指導検事が取り調べをするのを、率直に申し上げれば、事実上補助するということでございまして、自分の名前において、自分の責任において取り調べをするというものではございません。ただ、先走るようでございますが、裁判所においては、戦前戦後を通じまして、合議の傍聴といったようなこと、それから判決起案といったようなことは、これは司法修習生につきましても同様にやっておるようでございます。

7 司法修習生の取調べに関する裁判例

(1) 東京高裁昭和57年4月8日判決(判例秘書に掲載)は,「被告人はじめ参考人らに直接発問しその供述を録取したのは司法修習生であつたとしても、右各供述調書は右検察官らが自ら被告人らを直接かつ実質的に取調べて作成したものといつて妨げないというべきであるから、右各供述調書の作成過程に所論の違法があるものとは認められず、また、本件公訴の手続も検察官◯◯◯◯がその固有の権限に基づき、自らの判断と責任において行つたものと認められ、所論のように公訴提起の手続が無効なものではないことに寸毫も疑いの余地はない」と判示しました。
(2) 大阪高裁昭和59年10月16日判決(判例秘書に掲載)は, 検察修習中被告人からの事情聴取等を行った京都地裁配属の37期司法修習生に対し、弁護人が弁論要旨の原稿作成等弁護活動の一部を行わせたことについて、望ましくはないが訴訟手続を違法にするものではないと判示しました。
(3) 名古屋高裁平成15年8月13日判決(判例秘書に掲載)は,指導検察官が,司法修習生による取調の際,同室して指導監督を行わず,その取調べ結果を参考にして,要点を被告人から確認した上,岐阜地裁配属の55期司法修習生が作成したフロッピー内のデータを利用してパソコンを使って作成した供述調書につき,証拠能力を認めました。
(4) 迷惑防止条例に関する無罪判決の確定後に提起された国家賠償請求事件に関する横浜地裁平成24年10月12日判決(判例秘書に掲載)は,東京地裁配属の新61期司法修習生による取調べの適法性も争われましたところ,適法なものであったと判示しました。

8 関連記事その他

(1)ア 取調べ修習に関しては,「修習生って何だろう-司法試験に受かったら」(21世紀の司法修習を見つめる会)77頁ないし80頁の記載が参考になります。
イ 平成24年度初任行政研修「事務次官講話」「明日の行政を担う皆さんへ」と題する講演(平成24年5月15日実施)において,西川克行法務事務次官は以下の発言をしています(リンク先のPDF16頁)。
    (山中注:検察官の取調べに関して)分かっていただきたいのは、ごくごく普通の会話というのがほとんどの場合です。それで取調べが成立しているということで、それ以上のものではない。時には、嘘をついていると思ったら、その嘘を追及していますし、本当のことを言えという会話もあるわけですけれども、大体の場合は、普通に話をして普通に答えを聞いていけば、ある程度のことは話してくれるし、それから、その人の普段考えていて興味のある分野について、専門知識を提供してくれるというところはあるのかなと思っています。
(2)ア 検察修習における取調べの感想をブログに書いた結果,守秘義務違反としてマスコミ報道された事例については,「司法修習生の守秘義務違反が問題となった事例」を参照してください。
イ 前田恒彦 元検事によれば,捜査当局は捜査情報をマスコミにリークすることがあるみたいです。
① なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(1)
② なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(2)
③ なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(3)
(3)ア 最高検察庁HPに「録音・録画の実施状況」が載っています。
イ 弁護士求人ナビの「検察修習の振り返り」に,被疑者取調べ・面前口授のことが書いてあります。
ウ 自由と正義2024年5月号に「特集 取調べへの弁護人立会い 」が載っています。
(4)ア 被疑者ノートは,逮捕・勾留された被疑者が取調べの状況を記録する書き込み式のノートでありますところ,日弁連HPの「被疑者ノート」から誰でもダウンロードできます。
イ 弁護士相談広場HP「逮捕後、警察の捜査官が作成する2つの書類。弁解録取書と身上調査書」が載っています。
ウ 弁護士・法務人材専門の総合転職エージェントNO-LIMIT「検察修習のリアルレポート・東京修習の場合|捜査実務修習・里親修習は何をする?」が載っています。
(5)ア 最高裁平成8年10月29日決定は,令状に基づく捜索の現場で警察官が被告人に暴行を加えた違法があってもそれ以前に発見されていた覚せい剤の証拠能力は否定されないとされた事例です。
イ 強制採尿令状の発付に違法があっても尿の鑑定書等の証拠能力が肯定されることはあります(最高裁令和4年4月28日判決)。
(6)ア 元検事が執筆した取調べに関する書籍としては,例えば以下のものがあります。
・ 自動車事故の供述調書作成の実務(2016年11月15日付)
・ 取調べハンドブック(2019年2月4日付)
イ 以下の資料を掲載しています。
・ 検察官調書作成要領
・ 検察修習の現状と展望
→ 司法研修所五十年史からの抜粋です。
・ 取調べの録音・録画の実施等について(平成31年4月19日付の次長検事の依命通知)
・ 取調べの録音・録画要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
・ 取調べの録音・録画の実施等に関する報告及び記載要領について(平成31年4月19日付の最高検察庁刑事部長及び公判部長の事務連絡)
ウ 以下の記事も参照してください。
・ 警察及び検察の取調べ
・ 全国一斉検察起案
・ 検察終局処分起案の考え方
・ 第69期検察修習の日程
 各地の検察庁の執務規程
 司法修習等の日程(70期以降の分)


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