目次
第1 総論第2 必要経費に関する一般論等
1 必要経費に関する一般論
2 所得税基本通達の条文
3 最高裁大法廷昭和60年3月27日判決の判示
第3 必要経費に算入できそうな項目,及び給与所得者の特定支出控除
1 必要経費に算入できそうな項目
2 給与所得者の特定支出控除
3 東京高裁平成24年9月19日判決の取扱い
第4 雑所得の場合,必要経費に関する領収書を残しておけば足りること
第5 平成31年度の税金及び国民健康保険料は安くなること等
第6 その他
第1 総論
1 司法修習生が修習専念義務を果たして修習給付金を支給してもらうために必要な経費(所得税法35条2項2号)は当然に存在すると思います。
2 サラリーマン税金訴訟に関する最高裁大法廷昭和60年3月27日判決は,給与所得者において自ら負担する必要経費の額が一般に旧所得税法所定の給与所得控除の額を明らかに上回るものと認めることは困難であること等を理由として,給与所得者について必要経費の実額控除を認めず,給与所得控除による概算控除しか認めないことは,必要経費の実額控除が認められている事業所得者等との関係において憲法14条1項に違反しないと判示しています。
そのため,司法修習生において自ら負担する必要経費が存在するにもかかわらず,修習給付金について必要経費の控除を一切認めないことは,必要経費の実額控除が認められている他の雑所得者等との関係において憲法14条1項に違反すると思います。
3 国税庁において雑所得に該当すると判断された訓練・生活支援給付金につき,必要経費の有無については言及されていません。
4 平成30年7月9日付の国税庁長官心得の行政文書不開示決定通知書によれば,司法修習生に対する修習給付金に関する税務上の取扱いが書いてある文書は国税庁に存在しません。
5 したがって,修習給付金について必要経費として控除することができる経費は存在しないとする司法研修所の公式見解は不当であると個人的に思います。
第2 必要経費に関する一般論等
1 必要経費に関する一般論
(1) 不動産所得,事業所得,山林所得又は雑所得の金額を計算する上で必要経費に算入できる金額は,一般論としては以下のとおりです(所得税法37条1項参照)。
① 総収入金額に対応する売上原価
② その総収入金額を得るために直接要した費用の額
・ ①及び②は個別対応の必要経費です。
③ その年に生じた販売費、一般管理費,その他業務上の費用の額
・ ③は期間対応の必要経費です。
・ 償却費以外の費用については,12月31日現在で債務の確定しているものに限られます。
(2) 個人事業の場合,家事(生活)上の費用と事業上の経費とが混在していることが多いところ,事業又は業務上必要な経費は「必要経費」として,収入金額から控除されます。
しかし,例えば,以下に掲げる家事費や家事関連費等は所得の処分と考えられ,必要経費として控除することはできません(所得税法45条1項各号)。
① 家事費(所得税法45条1項1号・所得税法施行令96条)
・ 例えば,自己又は家族の生活費や交際費,医療費,住宅費です。
② 家事関連費(所得税法45条1項1号・所得税法施行令96条)(例外あり)
・ 例えば,店舗兼住宅に係る地代,家賃,火災保険料,水道光熱費です。
③ 租税公課(所得税法45条1項2号ないし5号・所得税法施行令97条)
・ 例えば,個人を対象として課税される所得税,住民税です。
④ 罰金及び科料並びに過料(所得税法45条1項6号)
⑤ 損害賠償金(生活上の損害賠償金,業務上の故意又は重大な過失による損害賠償金)(所得税法45条1項7号・所得税法施行令98条)
(3) 家事関連費について,所得税法では,家事関連費の主たる部分が不動産所得,事業所得,山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり,かつ,その必要である部分を明らかに区分することができる場合,その部分に相当する経費に限り,必要経費に算入できるものとされており,区分できない場合,雑所得については必要経費に算入できません(所得税法45条1項1号・所得税法施行令96条1号)。
(4) 青色申告者については,家事関連費のうち,その備付けの帳簿記録によって,その年分の不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分の金額も必要経費に算入できます(所得税法施行令96条2号)ものの,雑所得についてこのような定めはありません。
(5) 必要経費に関する一般論は,税大講本「所得税法」(平成30年度版)に基づいて記載しています。
2 所得税基本通達の条文
(1) 所得税基本通達45-1(主たる部分の判定等)は以下のとおりです。
令第96条第1号《家事関連費》に規定する「主たる部分」又は同条第2号に規定する「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」は、業務の内容、経費の内容、家族及び使用人の構成、店舗併用の家屋その他の資産の利用状況等を総合勘案して判定する。
(2) 所得税基本通達45-2(業務の遂行上必要な部分)は以下のとおりです。
令第96条第1号に規定する「主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」であるかどうかは、その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。
3 最高裁大法廷昭和60年3月27日判決の判示
サラリーマン税金訴訟に関する最高裁大法廷昭和60年3月27日判決が,「給与所得者が勤務に関連して費用の支出をする場合であつても、各自の性格その他の主観的事情を反映して支出形態、金額を異にし、収入金額との関連性が間接的かつ不明確とならざるを得ず、必要経費と家事上の経費又はこれに関連する経費との明瞭な区分が困難であるのが一般である。」とか,「各自の主観的事情や立証技術の巧拙によつてかえつて租税負担の不公平をもたらすおそれもなしとしない。」などと判示しているとおり,必要経費に該当する家事関連費の範囲を明確に判断するのは困難です。
第3 必要経費に算入できそうな項目,及び給与所得者の特定支出控除
1 必要経費に算入できそうな項目
修習給付金に関する雑所得を計算する上で,必要経費に算入できる項目は以下のとおりと思います。
なお,括弧内の金額は,「裁判所法の一部を改正する法律案【説明資料】」(平成29年1月付の,法務省大臣官房司法法制部の文書)の「修習給付金及び修習専念資金の金額について」に書いてある金額です。
(1) 争いなく算入できそうな項目
① 実務修習地や司法研修所に赴くための旅費
・ そもそも非課税項目です(所得税法9条1項4号参照)が,同額が旅費として支給されるため,課税関係は発生しません。
② 配属先の裁判所,検察庁及び法律事務所並びに司法研修所に通所するための日々の交通費
③ 導入修習,分野別実務修習,集合修習及び選択型実務修習に参加するための引越代
・ 大阪高裁管内のA班の71期司法修習生の場合,移転給付金は合計4回支給されます(1回あたり4万6500円(鉄道50km未満の場合)から14万1000円(鉄道2000km以上の場合)までです。)。
そして,移転給付金は非課税項目である(所得税法9条1項4号参照)とはいえ,引越代のうち,移転給付金を超過する部分については必要経費になると思います。
(2) 算入できるかどうか微妙な項目
① 導入修習,実務修習及び集合修習における家賃
・ 少なくとも修習専念義務等を履行するために必要な家事関連費に該当すると思われますものの,修習専念義務等を守って修習給付金を得るために必要であり,かつ,その必要である家賃部分を明らかに区分することができるかどうかがよく分かりません。
ただし,実務修習地で新たに部屋を借りた場合,家賃の全部が修習給付金を得るために必要な費用といえるかもしれません。
② その他の交通費(日々の交通費込みで約0.9万円)
③ 情報通信費(約0.9万円)
④ 学習費(約1.0万円)
⑤ 書籍代(約0.8万円)
⑥ OA機器購入費(約1.2万円)
⑦ 勉強会参加費(約1.0万円)
・ ②ないし⑦の全部が,修習給付金を得るために必要な費用であるとはいえないと思います。
(3) 算入できなさそうな項目
① 食費(約4.0万円)
② 水道光熱費(約1.0万円)
③ 就職活動費(約1.1万円)
・ 法律事務所への就職活動は,修習給付金を得るために必要な費用ではないと思います。
④ 諸雑費(医療費,衣服費等)(約1.5万円)
⑤ 社会保険料(約1.6万円)
・ 社会保険料控除の対象になります(所得税法74条)。
⑥ 所得税・住民税等(約0.5万円)
⑦ 勉強会参加費を除く交際費(約1.7万円)
⑧ 奨学金返済費用(約0.6万円)
⑨ 教養娯楽費(旅行費・月謝類等。ただし,書籍費を除く。)(約1.5万円)
⑩ 理美容・嗜好品等(約1.4万円)
⑪ 自動車等関係費(約0.7万円)
⑫ 仕送り金(約0.3万円)
⑬ 家具家電・衣服購入費等(約1.9万円)
・ ⑤ないし⑬の費用(合計10.2万円)は,月額10万円の修習専念資金で対応することが想定されています。
(4) 新たに部屋を借りた際の敷金等
実務修習地で新たに部屋を借りた際の敷金,礼金,不動産仲介手数料,火災保険料,鍵交換費用等は平成29年12月までに支出されていると思いますから,平成30年中の雑所得に係る必要経費にはなりません。
2 給与所得者の特定支出控除
(1) 給与所得者が以下の①ないし⑥の特定支出をした場合,給与等の支払者(例えば,勤務先)の証明を得ること等を条件に,その年の特定支出の額の合計額が,その年中の給与所得控除額の2分の1を超えた場合,確定申告によりその超える部分の金額を給与所得控除後の所得金額から差し引くことができるという「給与所得者の特定支出控除」があります(昭和62年9月25日法律第96号による改正後の所得税法57条の2)。
例えば,給与収入が180万円である場合,給与所得控除額は180万円×40%=72万円ですから,①ないし⑥の特定支出のうち,36万円を超える部分の金額が,給与所得控除とは別に認められる必要経費となります。
① 通勤費
・ 一般の通勤者として通常必要であると認められる通勤のための支出です。
② 転居費
・ 転勤に伴う転居のために通常必要であると認められる支出です。
③ 研修費
・ 職務に直接必要な技術や知識を得ることを目的として研修を受けるための支出です。
④ 資格取得費
・ 職務に直接必要な資格を取得するための支出です。
・ 平成25年分以後は,弁護士,公認会計士,税理士等の資格取得費も特定支出の対象となります。
⑤ 帰宅旅費
・ 単身赴任等の場合で,その者の勤務地又は居所と自宅の間の旅行のために通常必要な支出です。
⑥ 勤務必要経費(⑥の経費の上限は65万円です。)
・ (a)図書費(書籍,定期刊行物その他の図書で職務に関連するものを購入するための費用),(b)衣服費(制服,事務服,作業服その他の勤務場所において着用することが必要とされる衣服を購入するための費用)及び(c)交際費等(交際費,接待費その他の費用で,給与等の支払者の得意先,仕入先その他職務上関係のある者に対する接待,供応,贈答その他これらに類する行為のための支出)です。
(2) 修習給付金に関する必要経費を判断する際,給与所得者の特定支出控除に関する定めが考慮される可能性が高いと思います。
3 東京高裁平成24年9月19日判決の取扱い
(1) 東京高裁平成24年9月19日判決は,ある支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるためには,当該支出が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であることを要するが,その支出が事業の業務と直接関係を持つことは必要ではないと判示し,その根拠として,①当該支出が事業の業務と直接関係を持つことを求めると解する根拠がないこと,②「直接」という文言の意味も明らかでないこと,③所得税法施行令96条1号が,家事関連費のうち必要経費に算入することができるものについて,その支出の主たる部分が「事業所得を・・・生ずべき業務の遂行上必要」であることを要すると規定していることを挙げています(平成24年12月21日付の上告受理申立て理由書15頁及び16頁)。
(2) 国の上告受理申立ては,最高裁平成26年1月17日決定により不受理とされました(国税庁HPの「最高裁不受理事件の意義とその影響」参照)。
しかし,国税庁は,本件判決はあくまで事例判断であり,「事業所得の金額の計算上必要経費に算入される支出の取扱いが変更されるものではない 」という見解を出しているみたいです(Profession Journalの「弁護士の必要経費訴訟からみた「個人事業者における必要経費」の判定をめぐる考察 」参照)。
第4 雑所得の場合,必要経費に関する領収書を残しておけば足りること
不動産所得,事業所得又は山林所得の場合,収支内訳書(所得税法施行規則47条の3第1項)を確定申告書に添付する必要があります(所得税法120条6項)し,平成26年1月1日以降の所得については,白色申告であっても記帳義務があります(所得税法232条1項)。
しかし,雑所得の場合,収支内訳書を確定申告書に添付する必要はありませんし,記帳義務はありませんから,税務調査に備えて必要経費に関する領収書を残しておけば足ります。
第5 平成31年度の税金及び国民健康保険料は安くなること等
1(1) 修習給付金について必要経費が存在することを前提に確定申告をした場合,雑所得の金額を相当減らせる結果,司法研修所の公式見解と比べると,平成31年度の税金及び国民健康保険料は安くなります。
(2) 給与収入が180万円以下である場合,給与所得控除額は給与収入の40%(ただし,最低額は65万円)であること(所得税法28条3項1号)にかんがみ,修習給付金に関する必要経費率の目安は40%であるかも知れません。
2 平成30年度の神戸市の計算式を前提とした場合,1人世帯である場合の国民健康保険料(被保険者均等割額及び世帯別平等割額)は,雑所得の金額が83万円以下であれば2割軽減となり,60万5000円以下であれば5割軽減となり,33万円以下であれば7割軽減となります(国民健康保険法81条・国民健康保険法施行令29条の7第5項3号参照)。
3 後日の税務調査において修習給付金について必要経費が存在するとする主張が認められなかった場合,事後的に税金及び国民健康保険料が増えますから,リスクがないわけではありません。
しかし,ある程度の税金及び国民健康保険料は支払うわけですから,修習給付金が非課税所得であることを前提に雑所得が0円であるとして確定申告をした場合と比べると,税務調査を受ける可能性はかなり小さいと思います。
4 一人世帯において平成30年分の雑所得が57万円以下となる場合,令和元年7月から令和2年6月までの国民年金保険料について,住所地の市役所等又は年金事務所に国民年金保険料免除・納付猶予申請書を提出することで,全額免除を受けることができます(国民年金法90条1項1号・国民年金法施行令6条の7)。
第6 その他
全般的な話については,「司法修習生の修習給付金及び修習専念資金」を参照して下さい。