目次第1 特殊な職業では「基礎収入」と「期間」を分ける1 一般的な算定式2 二段階又は多段階で考える第2 裁判例から読み取れる考え方1 若手タレントについて平均賃金の3分の2を用いた事例2 モデル収入とその後の平均賃金を分けた事例3 レーサー収入を45歳までとした事例4 裁判例の年数を相場表にしない第3 基礎収入の立証1 売上と本人の所得を区別する2 単年の高収入だけで決めない第4 高収入を維持できる期間の立証1 本人の実績2 同業者比較の使い方第5 後遺障害と職業上の支障1 等級だけで労働能力喪失率を決めない2 事故後の活動継続を正しく評価する第6 他の損害項目との重複を避ける1 休業損害と後遺障害逸失利益2 本人損害と事務所・法人の損害第7 相談・受任時のチェックリスト第8 出典と確認範囲1 今回確認した一次資料2 確認できていない範囲
芸能人,モデル,歌手,プロスポーツ選手,レーサー等が交通事故に遭った場合,事故時の収入を67歳までそのまま掛ける方法も,直ちに賃金センサスだけを用いる方法も,個別事情を捨象し過ぎることがある。
実務では,①事故前の現実収入,②その収入を得る職業を続けられた蓋然性,③高収入を維持できた期間,④引退又は転職後に得られた収入,⑤後遺障害が当該職業に与える具体的な支障を分けて検討する。本記事は,裁判例と赤い本講演録の整理を踏まえ,二段階又は多段階で逸失利益を算定する方法と必要資料を説明する。
第1 特殊な職業では「基礎収入」と「期間」を分ける
1 一般的な算定式
後遺障害逸失利益は,通常,「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数」によって算定する。
もっとも,人気,流行,身体能力,成績又は興行需要に左右される職業では,事故時の収入額だけでなく,その収入を将来も得られた期間が争点となる。高収入であっても短期間しか維持できない職業がある一方,事故時の実績が乏しくても,契約,受賞歴,ランキング,予定された出演等から将来の上昇が具体的に裏付けられる場合もある。
2 二段階又は多段階で考える
事故時の職業収入を維持できた期間と,その後の転職・引退後の収入を分ける方法が有用である。
期間検討する基礎収入主な立証事項第一区分芸能・競技等による現実収入契約,報酬明細,確定申告,出演・出場実績,ランキング第二区分収入の低下を見込んだ職業収入又は兼業収入年齢別実績,同業者比較,スポンサー契約の更新条件,兼業の実態第三区分引退・転職後の賃金又は事業所得学歴,資格,職歴,転職可能性,賃金センサス,具体的な就職計画
この方法は,すべての事件で三つの期間に分けるという固定的な基準ではない。将来の蓋然性を,収入源と期間に即して説明するための整理方法である。
第2 裁判例から読み取れる考え方
1 若手タレントについて平均賃金の3分の2を用いた事例
大阪地方裁判所平成13年5月29日判決(平成11年(ワ)第13409号・平成12年(ワ)第5559号,判例秘書L05650944)は,事故当時23歳で,レンタルビデオ店のアルバイトと松竹芸能所属のタレント活動をしていた被害者の後遺障害逸失利益を判断した。
同判決は,芸能界の競争が厳しく,多くの者が途中で他の道に転進すること,タレント収入の実績が少額であったことから,タレント収入をそのまま基礎とすることも,高卒男子労働者の平均賃金全額を用いることも否定した。他方で,タレントを断念すれば定職に就いて事故時より高い収入を得る可能性を認め,平成10年賃金センサスの高卒男子全年齢平均賃金の3分の2に当たる年額352万5867円を基礎収入とし,56パーセント,44年間の労働能力喪失を認めた。
この判決から,夢又は職業名だけでは足りない一方,事故時の低収入だけで長期の稼働能力を評価し切るものでもないことが分かる。事故がなければ芸能活動を続けた可能性と,他職種へ転進した可能性を併せて評価している。
2 モデル収入とその後の平均賃金を分けた事例
大阪地方裁判所平成5年10月28日判決(交通事故民事裁判例集26巻5号1284頁)は,死亡時20歳でモデル兼アルバイトとして稼働していた女性について,35歳までの15年間は年額323万4850円を,その後67歳までは賃金センサス女子学歴計35歳ないし39歳の平均賃金を基礎としたと,赤い本講演録2013年版が紹介している。
講演録によれば,同判決は,学校卒業後に単身で大阪へ移りモデル業へ本格的に取り組んでいたこと,1年目として比較的多くの仕事をしていたこと,将来性があったことを認定している。これは,「モデルは若年職だから一律に短期」としたのではなく,本人の実績と将来性を具体的に認定した上で,モデル収入の期間とその後の収入を分けた例である。
なお,本記事作成時の判例秘書検索では,裁判日を平成5年10月28日とした検索が10件,「モデル」を加えた検索が0件であり,同判決本文を判例秘書で確認できなかった。そのため,この項は講演録による判決紹介であり,判決全文を確認した記述ではない。
3 レーサー収入を45歳までとした事例
東京地方裁判所平成15年10月29日判決(判例時報1843号8頁)は,事故時40歳のプロレーサーについて,45歳までは事故時のレーサー収入年額915万1807円を,その後67歳までは賃金センサス男子大卒45歳ないし49歳の平均賃金を基礎としたと,赤い本講演録2013年版が紹介している。
講演録によれば,同判決は,高い身体能力,心肺能力,筋力及び敏捷性が要求されることを考慮し,高齢の現役選手が存在するというだけでは事故時の収入が恒常的に続くとはいえないとした。例外的に長く活躍する選手の存在と,当該被害者が同様に活躍する蓋然性とは別である。
4 裁判例の年数を相場表にしない
上記裁判例の15年,5年等は,職業ごとの固定的な就労可能期間ではない。赤い本講演録2013年版自身も,紹介裁判例は網羅的でないと明記し,能力,経験,経歴,実績,意欲,業界における評価等を詳細に立証する必要があると整理している。
したがって,「モデルは35歳まで」「レーサーは45歳まで」といった一般則に置き換えてはならない。判決当時の業界事情,事故時の年齢,後遺障害の内容及び当事者の主張立証を確認する必要がある。
第3 基礎収入の立証
1 売上と本人の所得を区別する
所属事務所,法人又は個人事業の売上が,直ちに本人の基礎収入になるわけではない。マネジメント料,会場費,衣装費,遠征費,車両費,スタッフ人件費等の必要経費を区別する。
源泉徴収票,支払調書,確定申告書,総勘定元帳,銀行入出金,契約書及び請求書を照合する。無申告又は過少申告がある場合,実収入の主張が当然に排除されるとは限らないが,客観資料の一貫性と信用性が厳しく問われる。
(続きを読む...)芸能人・プロスポーツ選手の交通事故逸失利益―基礎収入,稼働期間,引退後収入及び立証資料(AI作成)