第1 靱帯損傷の損害額は等級だけでは決まらない
1 結論
靱帯損傷の後遺障害等級は,後遺障害慰謝料及び逸失利益を算定する出発点であるが,最終的な損害額を自動的に決めるものではない。
後遺障害慰謝料は等級別の目安を示せるのに対し,逸失利益は,基礎収入,労働能力喪失率,喪失期間及びライプニッツ係数を個別に確定する。
靱帯損傷では,関節の不安定性又は疼痛が具体的な職務動作をどの程度妨げるか,装具をどの場面でいつまで必要とするかが損害額を左右する。
したがって,「12級なら必ず14%を67歳まで認める」,「装具を使っていれば耐用年数ごとの交換費がすべて認められる」とは限らない。
2 別々に計算する損害項目
症状固定までの治療関係費,休業損害及び傷害慰謝料と,症状固定後の後遺障害慰謝料及び逸失利益は,対象となる損害及び期間が異なる。
既に支出した装具費,将来の装具交換費及び将来治療費も,慰謝料又は逸失利益に当然に含まれるものではなく,それぞれ必要性と金額を検討する。
最終的な示談額は,各損害項目の合計に,過失相殺,自賠責・任意保険・労災保険等の既払額及び遅延損害金等を反映して求める。
保険会社の提示総額だけを見ると,後遺障害慰謝料,逸失利益又は将来装具費のどこが減額されているのかを判別できない。
3 本記事と後遺障害等級の記事との役割分担
本記事は,交通事故による靱帯損傷について,後遺障害等級が認定された場合又は等級と別に実費を主張する場合の損害算定を対象とする。
関節不安定性,機能障害及び神経症状の認定経路並びにMRI,ストレス撮影等の必要資料は,交通事故の靱帯損傷と後遺障害等級で説明している。
身体障害者手帳,障害年金及び労災保険の障害等級は,交通事故における自賠責後遺障害等級とは目的及び認定基準が異なる。
同じ数字の等級であっても,本記事の慰謝料表又は労働能力喪失率をそのまま当てはめることはできない。
第2 傷害慰謝料・後遺障害慰謝料・自賠責限度額
1 傷害慰謝料と後遺障害慰謝料の違い
傷害慰謝料は,事故による受傷から治癒又は症状固定までの入通院に伴う精神的損害を対象とする。
後遺障害慰謝料は,症状固定後も残った障害による精神的損害を対象とし,傷害慰謝料とは別に算定する。
自賠責支払基準における傷害慰謝料は1日4300円であるが,対象日数は傷害の態様,実治療日数その他を考慮して治療期間内で定められる。
さらに,自賠責の傷害による損害には,被害者1人につき120万円の限度があるため,4300円と通院日数だけで自賠責の最終支払額は決まらない。
2 8級・10級・12級・14級の比較
靱帯損傷で問題となりやすい8級,10級,12級及び14級について,現行の自賠責支払基準と令和8年版の裁判実務上の目安を比較すると,次のとおりである。
「自賠責の慰謝料等」,「自賠責保険金額の上限」及び「裁判実務上の後遺障害慰謝料」は,名称と機能が異なる数値である。
| 等級 | 自賠責の慰謝料等 | 自賠責保険金額の上限 | 裁判実務上の後遺障害慰謝料 | 自賠責の労働能力喪失率 |
|---|---|---|---|---|
| 8級 | 331万円 | 819万円 | 830万円 | 45% |
| 10級 | 190万円 | 461万円 | 550万円 | 27% |
| 12級 | 94万円 | 224万円 | 290万円 | 14% |
| 14級 | 32万円 | 75万円 | 110万円 | 5% |
自賠責の「慰謝料等」は,自賠責保険の支払基準が定める等級別の額である。
裁判実務上の後遺障害慰謝料は,令和8年版『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』に掲げられた目安であり,個別事件における増減の可能性を排除する定額ではない。
自賠責の数値及び別表については,自賠責保険の支払基準で告示本文,改正経緯及びライプニッツ係数表を掲載している。
本記事では,靱帯損傷の損害算定に必要な数値だけを取り上げる。
3 自賠責保険金額は民法上の損害額の上限ではない
自賠責保険金額の上限は,逸失利益と慰謝料等を合わせた後遺障害損害について,自賠責保険から支払われる限度額である。
例えば14級では,自賠責の後遺障害支払は原則として75万円の枠内であるため,32万円に逸失利益を加えた全額が常に自賠責から支払われるわけではない。
他方,自賠責の限度額は,加害者に対する民法上の損害賠償額の上限ではない。
裁判又は示談における損害額は,自賠責の支払基準とは別に,現実の損害,因果関係,過失割合及び既払額等を踏まえて算定する。
第3 逸失利益の計算方法
1 基本式とライプニッツ係数
後遺障害逸失利益の基本式は,「基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」である。
将来にわたる収入減少を症状固定時に一括して受け取るため,民法417条の2及び722条1項に基づき,中間利息を控除して現在価値に換算する。
令和2年4月1日以後に発生した通常の交通事故では,年3%を前提としたライプニッツ係数を用いる。
年3%の係数は,5年が4.5797,10年が8.5302,15年が11.9379,20年が14.8775,26年が17.8768,45年が24.5187である。
事故日その他の権利発生時点が令和2年4月1日より前の場合は,改正前民法及び経過措置の確認を要する。
過去の裁判例に記載された年5%の係数を,現在の事故へそのまま用いることはできない。
2 基礎収入
給与所得者は事故前の実収入を出発点とするが,若年者,学生,家事従事者,事業所得者,会社役員及び失業者では,収入の性質及び将来の就労蓋然性を別に評価する。
基礎収入を賃金センサスによって算定する場合は,使用する調査年,性別,学歴,年齢区分及び全年齢平均又は年齢別平均の別を明らかにしておく。
事業所得者については,売上高をそのまま基礎収入とせず,必要経費,固定費,事故前後の所得及び事業の継続状況を確認する。
会社役員の役員報酬については,労務提供の対価に当たる部分と利益配当の実質を持つ部分を区別する。
家事従事者の家事労働を賃金センサスで評価する場合,有職者としての給与収入と家事労働価値を同じ時間について二重に加算しない。
学生又は年少者では,就労開始までの期間を控除した係数を用いるため,症状固定時から67歳までの係数を機械的に掛けるものではない。
3 労働能力喪失率
自賠責支払基準の喪失率は,8級45%,10級27%,12級14%,14級5%である。
民事損害の算定では,この率を重要な参考としつつ,障害の部位・程度,年齢,職業,事故前後の就労状況,減収及び将来の不利益を個別に評価する。
靱帯損傷では,階段・傾斜・不整地の歩行,しゃがみ込み,膝立ち,長時間の立位,重量物運搬,急な方向転換,高所作業,運転及び装具装着による動作制限等が問題となり得る。
これらを一般的な「痛い」「不安定である」という説明にとどめず,担当業務の頻度,所要時間,補助者の有無及び事故前後の変化と対応させる。
4 労働能力喪失期間
労働能力喪失期間は,症状固定時から原則として67歳までを出発点とする。
もっとも,症状固定時の年齢,平均余命,職業上の就労実績,健康状態及び障害の性質により,67歳より短く又は長く評価されることがある。
疼痛を中心とする後遺障害では期間を限定する裁判例がある一方,靱帯損傷による器質的な不安定性又は関節機能障害について長期間を認めた裁判例もある。
むち打ち症について用いられることがある「12級10年,14級5年」という目安を,傷病名の違う靱帯損傷へ機械的に当てはめることは適切でない。
5 同じ前提による等級別の試算
年収500万円,喪失期間20年,年3%の係数14.8775,等級表どおりの喪失率という同じ仮定を置いた場合の試算は,次のとおりである。
この表は喪失率の違いが結果に与える影響を示すための計算例であり,慰謝料,休業損害,装具費,過失相殺及び既払金を含まない。
| 等級 | 計算式 | 逸失利益の試算額 |
|---|---|---|
| 8級 | 500万円×45%×14.8775 | 約3347万円 |
| 10級 | 500万円×27%×14.8775 | 約2008万円 |
| 12級 | 500万円×14%×14.8775 | 約1041万円 |
| 14級 | 500万円×5%×14.8775 | 約372万円 |
実際の計算では,基礎収入,率及び期間のいずれか一つが変わるだけでも結果が大きく変わる。
したがって,等級表の率と67歳までの期間を入力した計算結果だけを,示談見込額として扱うべきではない。
第4 靱帯損傷で逸失利益を左右する事情と資料
1 診断名ではなく仕事上の支障を具体化する
日本整形外科学会は,膝の主要靱帯として前十字靱帯,後十字靱帯,内側側副靱帯及び外側側副靱帯を挙げ,受傷機転,診察及びMRI等により損傷部位と程度を評価すると説明している。
しかし,「前十字靱帯断裂」等の診断名だけでは,症状固定後の不安定性,疼痛,装具の必要性又は就労への影響は確定しない。
損害算定では,医学資料が示す残存機能と,仕事で必要となる動作を結び付けて検討する。
例えば,同じ膝不安定性でも,座位中心の事務職,階段移動の多い営業職,しゃがみ込みと重量物運搬を伴う作業職では,労働能力への影響が異なり得る。
2 減収がない場合に確認する事情
症状固定後に給与が減っていないことだけで,逸失利益が直ちに否定されるわけではない。
他方,現実の減収がなく,将来の収入減少を示す事情もない場合には,等級表どおりの逸失利益が当然に認められるものでもない。
減収がない事案では,本人の残業又は特別な努力,勤務先による配置転換・業務軽減,同僚の補助,残業手当・出張・昇給・昇任の変化,退職・転職時の不利益及び装具を外せない業務場面を確認する。
勤務先の配慮によって現在の収入が維持されている場合は,配慮が今後も継続するか,配慮がなくなればどの業務に支障が生じるかを具体化する。
3 資料収集の優先順位と停止基準
最初に,後遺障害等級認定票,後遺障害診断書,事故前後の源泉徴収票又は確定申告書,給与明細,勤怠記録,職務内容が分かる資料及び装具の処方・領収書を時系列に並べる。
これらは本人又は勤務先・医療機関が通常作成する既存資料であり,新たな鑑定より先に内容と欠落を確認する。
次に,既存資料だけでは職務上の支障又は将来の装具必要性が分からず,その点が結論を左右する場合に,勤務先の説明書,主治医への照会又は装具士の見積りを検討する。
勤務先又は医療機関が第三者である場合,資料の作成・開示に応じない可能性があるため,入手できることを前提に計算しない。
医師が将来の装具使用を勧めておらず,実際にも装具を継続使用していない場合は,行政上の耐用年数だけを根拠に将来装具費の高額な立証へ進む合理性は乏しい。
逸失利益についても,具体的な職務上の支障,減収又は将来不利益を示す資料がなく,追加の専門家意見によって何が変わるか説明できない場合は,高負担の鑑定等へ進む前に請求範囲を見直す。
第5 装具費と将来の交換費用
1 既に購入した装具の費用
自賠責支払基準は,医師が身体機能を補完するために必要と認めた義肢,松葉杖等の製作等について,必要かつ妥当な実費を認めている。
膝装具,足関節装具,肘装具又は手関節装具についても,医師の指示,装具処方,採型・適合の記録,領収書及び使用実態により,事故との因果関係,必要性及び金額を説明する。
市販のサポーターを自己判断で購入した場合でも,直ちに損害から除外されるとは限らないが,医学的必要性と事故との関係は別途説明を要する。
反対に,領収書があるだけでは,使用目的,必要期間及び既往症との関係まで証明するものではない。
2 将来装具費の要件
将来装具費は,現在使用している装具が将来も必要であり,修理では足りず,一定の時期に交換費用が発生する蓋然性がある場合に問題となる。
その算定には,装具の正式名称と仕様,1回の取得価格,医師が必要とする使用場面・期間,実際の使用頻度,修理可能性,交換周期及び必要期間を確認する。
将来の各交換費用は,民法417条の2及び722条1項により,交換時点までの中間利息を控除して症状固定時の現在価値へ換算する。
一般的な計算方法は,「各交換時の見積額÷(1+法定利率)の交換年数乗」を,必要な交換回数分だけ合計する方法である。
3 公的な耐用年数を一律に用いることはできない
厚生労働省告示第528号の補装具費支給基準では,膝装具本体の耐用年数を,硬性及び支柱付きは3年,軟性は2年としている。
同告示は,耐用年数を通常の使用状態で修理不能となるまでの予想年数と説明した上で,耐用年数を一律に適用しないこと及び耐用年数内の破損・故障は原則として修理又は調整することを明記している。
この耐用年数は,障害福祉制度における補装具費の算定基準であり,民事損害における交換回数を直接決める規範ではない。
実際の製品,材質,体格,使用頻度,修理歴及びメーカー・装具士の見解と照合した上で,個別の交換周期を示す。
4 将来装具費の計算例
仮に,1個10万円の装具を今後18年間必要とし,3年後から3年ごとに5回交換すると仮定する。
年3%で中間利息を控除すると,将来装具費は,10万円÷1.03の3乗,6乗,9乗,12乗及び15乗の合計であり,約38万6228円となる。
この試算は,現在までに購入した装具費,修理費,価格改定,消費税の変動及び18年を超える使用を考慮していない。
交換時期と必要期間が変われば結果も変わるため,「単価×残存年数÷耐用年数」という単純な割算とは一致しない。
将来の再建術又は人工関節手術は,装具交換とは別の将来治療費である。
長期研究が変形性関節症等の可能性を示していても,個人について手術の蓋然性,適応条件,時期及び費用を示す主治医の具体的意見がなければ,定型的な将来費用として加算することはできない。
第6 裁判例が示す喪失率・期間・因果関係の分岐
1 同じ12級相当でも認定内容は異なる
確認した裁判例では,靱帯損傷後の症状が12級相当であっても,等級表どおりの14%を長期間認めた例,率を12%に調整した例及び14%のまま期間を10年に限定した例がある。
各裁判例は,靱帯,合併損傷,年齢,職業及び資料が異なるため,金額そのものより,率又は期間を動かした事情に着目すべきである。
| 裁判例 | 障害・等級 | 逸失利益の判断 | 射程 |
|---|---|---|---|
| 横浜地裁平成30年1月17日判決 | 左後十字靱帯損傷による不安定性,関節機能障害12級相当 | 年収454万0800円,14%,45年として1129万9208円 | 軟性装具の必要性及び若年の給与所得者という事情を含む |
| 東京地裁令和2年7月22日判決 | 右後十字靱帯損傷 | 12%,26年,基礎収入を期間別に二段階化して1379万6037円 | 等級表の率及び単一の基礎収入をそのまま用いなかった例 |
| 京都地裁令和3年5月11日判決 | 右膝内側側副靱帯損傷後の膝痛等,12級13号相当 | 14%,10年として589万4792円 | 複数症状を含み,疼痛の性質等から期間を限定した例 |
| 東京地裁令和3年8月2日判決 | 左半月板・前十字靱帯の所見 | 事故前から存在した所見として事故との因果関係を否定 | MRI所見の存在と事故起因性を分けた例 |
横浜地裁の事案では,会社の軟式野球で投球していた事情があっても,その事実だけで軟性装具の必要性は否定されなかった。
私生活又はスポーツで一定の動作ができることと,長時間・反復的な就労動作への支障は同じではなく,活動の内容と負荷を具体的に比較する。
2 靱帯損傷名だけでは因果関係と永続性を証明できない
東京地裁令和3年8月2日判決は,半月板及び前十字靱帯の所見を事故前から存在したものと評価し,事故との因果関係を否定した。
MRIに靱帯損傷像があることと,その損傷が事故によって生じたことは,別の立証課題である。
福岡地裁令和4年12月26日判決は,右手関節尺側側副靱帯損傷自体を認めながら,可逆的で症状が改善しているとの医学評価等を踏まえ,後遺障害及び逸失利益を否定した。
膝以外の事例であるが,靱帯損傷という診断名から永続的な労働能力喪失を当然に推定できないことを示す。
したがって,事故直後からの症状経過,画像,手術所見,臨床的不安定性,症状固定時の機能及び既往歴を時系列で照合する。
因果関係又は永続性が立証できなければ,等級別の慰謝料及び喪失率の計算以前の段階で請求が認められないことがある。
3 過去の判決にある5%係数を現行事故へ転用しない
表に掲げた横浜地裁,東京地裁及び京都地裁の各判決は,改正前民法の法定利率年5%によるライプニッツ係数を用いている。
判決中の17.7741,12.0853又は7.7217等の係数は,現在の年3%による係数とは異なる。
裁判例からは,喪失率・期間を判断した事情を参照し,現在の事故については,適用される法定利率によって係数を計算し直す。
交通事故損害の算定基準全般については,医療関係者から見た大阪地裁の交通損害賠償の算定基準で説明している。
第7 示談前に確認する計算項目・清算条項・期限
1 提示額を項目別に分解する
示談案は,少なくとも次の項目に分解して計算過程を確認する。
提示書に内訳がない場合は,総額だけで妥当性を判断せず,各項目の認定額,過失相殺及び既払控除の順序を確認する。
①治療関係費及び交通費等
②休業損害
③傷害慰謝料
④後遺障害慰謝料
⑤後遺障害逸失利益
⑥既に支出した装具費
⑦将来装具費その他の将来費用
⑧過失相殺
⑨自賠責保険,任意保険,労災保険その他の既払額
⑩遅延損害金
⑪弁護士費用相当損害
休業損害は症状固定前,後遺障害逸失利益は原則として症状固定後を対象とするため,同じ期間を二重に計上しない。
将来装具費も,既に購入した装具の実費と将来の交換費を重複させず,最初の交換時期を明らかにする。
2 症状固定・等級・将来費用を確認してから清算範囲を決める
後遺障害が問題となる事案では,症状固定時の状態,必要な検査,等級認定及び将来の装具必要性が未確定のまま包括的な清算条項を定めると,後の追加請求が困難になることがある。
示談前に,何の損害を解決対象とし,どの損害を留保するのかを明記する。
民法695条は和解の成立を,696条は争いの対象となった権利についての和解の効力を定めている。
清算条項があれば例外なく追加請求できない,又は後遺障害が後に判明すれば必ず追加請求できるという一律の結論ではなく,合意の文言,争いの対象,留保の有無及び示談時に予測できた事情を個別に確認する。
3 労災保険等の既払金は名目と控除先を確認する
労災保険,自賠責保険,任意保険及び人身傷害保険等から支払を受けた場合,支払額を一律に総損害から控除する処理は正確でない。
給付の名目,損害を填補する性質,支払又は支給決定の時期,代位の有無及びどの損害項目と対応するかを確認する。
最高裁平成22年9月13日第一小法廷判決は,労災保険の療養・休業・障害給付について,給付と同性質の損害の元本との間で調整し,原則として遅延損害金へ先に充当しないという処理を示した。
この判決を「労災給付はすべて損害額から控除される」と単純化してはならない。
労災給付が見込まれる示談の留意点は,労災保険又は障害年金を支給される可能性がある事案における示談で説明している。
給付と損害項目の対応及び計算順序は,損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で説明している。
4 民法上の請求と自賠責被害者請求の期限を区別する
現行民法では,人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権は,損害及び加害者を知った時から5年,不法行為の時から20年が基本となる。
他方,自賠法16条に基づく被害者請求権は3年であり,国土交通省は,後遺障害について症状固定日の翌日から3年と案内している。
両者は,請求先,法的根拠及び起算点が異なるため,一方の期限だけを確認しても足りない。
令和2年4月1日前後の事故,時効完成猶予・更新,既に行った請求又は訴訟の有無によって結論が変わるため,事故日,症状固定日及び請求履歴から各期限を個別に確定する。
出典・参考資料
1 法令・行政資料
①e-Gov法令検索「民法」404条,417条の2,695条,696条,709条,710条,722条,724条及び724条の2
②e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法」3条,16条,16条の3及び19条
③e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」2条及び別表第二
④金融庁・国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」1頁~4頁及び別表Ⅰ・別表Ⅱ-1
⑤国土交通省「支払までの流れと請求方法」
⑥法務省「法定利率について」
⑦厚生労働省「補装具の種目,購入等に要する費用の額の算定等に関する基準」(平成18年厚生労働省告示第528号)
2 裁判例
①横浜地方裁判所平成30年1月17日判決(平成27年(ワ)第2810号,交民51巻1号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで全文確認)
②東京地方裁判所令和2年7月22日判決(平成30年(ワ)第38770号ほか,交民53巻4号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで全文確認)
③京都地方裁判所令和3年5月11日判決(令和元年(ワ)第1813号,交民54巻3号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで全文確認)
④東京地方裁判所令和3年8月2日判決(令和2年(ワ)第8297号,交民54巻4号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで全文確認)
⑤福岡地方裁判所令和4年12月26日判決(令和2年(ワ)第3131号,交民55巻6号。裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARYで全文確認)
⑥最高裁判所第一小法廷平成22年9月13日判決(平成20年(受)第494号・第495号,民集64巻6号1626頁,裁判所ウェブサイト)
3 文献・医学資料
①日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 2026年版』基準編223頁
②大阪地裁民事交通訴訟研究会編『大阪地裁における交通損害賠償の算定基準 第4版』(判例タイムズ社,2022年)4頁・6頁~8頁
③日弁連交通事故相談センター『逸失利益算定における論争点』(2024年)1頁・29頁~30頁
④日本整形外科学会「膝靭帯損傷」
⑤Grassi A, et al., “Clinical Outcomes and Osteoarthritis at Very Long-term Follow-up After ACL Reconstruction: A Systematic Review and Meta-analysis,” Orthopaedic Journal of Sports Medicine, Vol.10, No.1, 2022, PMCID PMC8743946
⑥D’Ambrosi R, et al., “A slight degree of osteoarthritis appears to be present after anterior cruciate ligament reconstruction compared with contralateral healthy knees at a minimum of 20 years: A systematic review of the literature,” Journal of Experimental Orthopaedics, Vol.11, 2024, PMCID PMC10993150