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むち打ち症(頚椎捻挫)の症状固定時期——判断要素,後遺障害等級及び医学的知見(AI作成)

保険会社の治療費支払終了,医療上の治療終了及び症状固定は区別して確認する。慰謝料の金額はむち打ちの通院1・3・6か月と後遺障害の計算例,支払終了への対応は治療費打切りの確認事項,基準全体は交通事故の慰謝料の三つの算定基準で説明している。本記事では,固定時期の判断要素と医学的経過を検討する。

第1 むち打ち症の症状固定という論点

1 検討の対象と時点

むち打ちを含む交通事故外傷について,事故直後の受診,検査,治療・リハビリテーションから症状固定までの一般的な流れは,交通事故治療の流れで整理している。

本記事は,交通事故によるむち打ち症(頚椎捻挫,外傷性頚部症候群)を負った被害者について,損害賠償額を算定する基準時となる「症状固定」の意味と,その時期がどのような要素で判断されるかを整理するものである。生成AIを用いて法令,裁判例及び医学文献の原典を確認した上で構成した。対象とする時点は2026年8月現在であり,法令・通達は現行のものを,裁判例は各判決日時点のものを扱う。

症状固定は,むち打ち症に限らずあらゆる傷病の損害賠償額算定に関わる概念であるが,むち打ち症は他覚的所見(画像上の異常や神経学的検査所見)を伴わないことが多く,症状固定の時期及びその有無そのものが争われやすい類型である。以下では,症状固定の法的な意味(第2),むち打ち症に特有の後遺障害等級との関係(第3),時期の判断枠組みと裁判例(第4),症状固定の有無自体が争われる場合の枠組み(第5),症状固定の医学的な裏付け(第6),消滅時効との関係(第7)の順に検討する。

症状固定を検討する際には,保険会社が治療費を支払う期間と,担当医が考える治療の必要性・改善の見込みを分けて確認する。
残る痛みがあることだけから症状固定を否定することも,事故から一定月数が経過したことだけから症状固定を肯定することも適切でない。

確認先確認する内容
担当医現在の症状,これまでの治療効果,今後の治療と改善の見込み
保険会社支払終了を提案する理由,終了予定日,提出する資料と連絡方法
手元の記録事故・初診・転院等の経過,症状の変化,診断書・画像・検査の有無

支払終了の具体的な対応は治療費打切りと慰謝料,通院期間別の慰謝料はむち打ちの慰謝料の検討,申請・等級の全体は交通事故の後遺障害の総合案内で説明している。
14級各号と神経症状の確認は後遺障害14級の認定・慰謝料・逸失利益を参照されたい。
第5の未実施手術・治療拒否には傷病全般に関する論点も含まれ,通常のむち打ち症で一律に手術を受けるべきことを述べるものではない。

第2 症状固定の法的な意味と機能

1 定義の出所——労災の障害等級認定基準

症状固定は,法律に規定された概念ではない。人身損害賠償訴訟において損害賠償額を算定する際に,実務上一般的に用いられている概念である。その定義は,自動車損害賠償責任保険の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)が後遺障害等級の認定について準用する,労働者災害補償保険における「障害等級認定基準」(昭和50年9月30日付基発第565号,労働省労働基準局長通達)の「なおったとき」の定義に由来する。同通達は次のように定める。

「なお,ここにいう『なおったとき』とは,傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法(以下『療養』という。)をもってしても,その効果が期待し得ない状態(療養の終了)で,かつ,残存する症状が,自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいう。したがって,障害程度の評価は,原則として療養効果が期待し得ない状態となり,症状が固定したときにこれを行うこととなる。」

この定義を踏まえ,さいたま地方裁判所平成14年1月24日判決は,右肩鎖関節損傷の症状固定日が争われた事案において,「損害賠償訴訟における症状固定とは,負傷に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても,その効果が期待し得ない状態で,かつ,残存する症状が,自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達することをいうのであり,必ずしも『治癒』と同義ではない」と判示している。すなわち,症状固定は,症状が完全に消えて治ったことを意味するのではなく,それ以上の医学的な改善が見込めなくなった状態を指す。むち打ち症のように症状が緩やかに軽快していく傷病では,この「これ以上は改善しない」という状態がいつ訪れたかの認定が,そのまま賠償額の帰趨を左右することになる。

2 症状固定を境に損害の算定方法が転換する

症状固定が実務上重要視される最大の理由は,症状固定の前後で,同じ費目であっても損害の算定方法が根本的に転換する点にある。

費目症状固定まで症状固定後
治療費事故と相当因果関係のある実費全額原則として相当因果関係が否定される(治療を続けても症状を改善させないため)
休業損害・逸失利益休業損害(就労制限の程度が徐々に減少するものとして算定)後遺障害逸失利益(固定時に認定された労働能力喪失率が就労可能年齢まで継続するものとして算定)
慰謝料傷害慰謝料(入通院期間を基礎に算定)後遺障害慰謝料(認定された等級に応じて類型的に算定)

症状固定時期を後ろにずらせば,その分だけ治療費や休業損害の対象期間が延びる一方,症状固定を早めても,その後に発生し得た治療費・休業損害・傷害慰謝料が加わらなくなるだけで,後遺障害部分の損害が当然に増減するわけではない。したがって,症状固定時期を早期化・遅延化させることが,被害者又は加害者の一方に一律に有利に働くとは限らず,具体的な事案ごとに,症状の推移や治療内容を踏まえて争う実益の有無を見極める必要がある。なお,骨折後の骨髄炎など他の傷病類型における症状固定の考え方については,別稿「骨折後の骨髄炎と症状固定——労災の慢性化膿性骨髄炎アフターケア,後遺障害等級及び交通事故での取扱い(AI作成)」で扱っている。

第3 むち打ち症の後遺障害等級と労働能力の喪失

1 12級13号と14級9号の振り分け

むち打ち症が完全には軽快せず後遺障害として残存する場合,自動車損害賠償保障法施行令別表第二が定める「局部の神経症状」の等級に該当することが多い。同別表は,第12級13号を「局部に頑固な神経症状を残すもの」,第14級9号を「局部に神経症状を残すもの」と定める。

12級・14級の検討では,残存症状の内容,画像・神経学的検査等による裏付け,事故との関係及び治療経過を確認する。医学的に症状を「証明」できるか,又は「説明可能」かという整理が用いられるが,この表現自体が施行令の条文にあるわけではない。MRIに異常があるだけで12級に決まり,異常がなければ14級又は非該当に決まるという振り分けでもない。具体的な資料の見方と認定実例は,以下の3・4で比較する。

頚椎の可動域が狭い場合でも,8級2号の脊柱の運動障害には角度だけでなく器質的原因等が問題となる。詳しくは,頚椎(頸椎)の可動域制限と後遺障害8級2号で説明している。

2 労働能力喪失率と喪失期間の実務上の制限

後遺障害等級は労働能力喪失率を検討する目安となるが,訴訟上の喪失率や期間は,残存症状と具体的な就労への影響等により判断され,等級だけで一律に決まるものではない。労働能力喪失率表は,「民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準(労働者災害補償保険法第67条第2項関係)について」(昭和56年6月12日付発基第60号,労働事務次官通達)別表第2に定められており,第12級は100分の14,第14級は100分の5である。

もっとも,むち打ち症による神経症状は,他の器質的な後遺障害と異なり,時間の経過とともに軽快していく可能性があるという特殊性を踏まえ,労働能力喪失期間についても,12級で10年程度,14級で5年程度に制限する裁判例が多いとされる。これは,脊柱の変形障害や関節の機能障害のように将来にわたって労働能力の制限が固定的に継続すると見込まれる後遺障害とは異なり,むち打ち症の神経症状が生涯にわたって同じ強度で持続するとは限らないという医学的な理解を反映したものである。もっとも,自賠責保険では,後遺障害と認定されたものは14級でも将来回復が困難と見込まれる(永久残存性)ものとして,就労可能年限までの逸失利益が前提とされており,期間の制限は訴訟上の扱いである。その背景には,馴化(いわゆる慣れ)のほか,疼痛を直接判定する検査方法がないことも影響していると考えられている(小松初男ほか編『後遺障害入門』21頁~22頁・175頁)。装具費用や将来の買替費用など,後遺障害に伴う将来の損害の考え方については,別稿「交通事故で装具が必要になったときの費用——治療用装具の療養費,労災の義肢等補装具費及び将来の買替費用(AI作成)」でも扱っている。

3 医学資料で確認する症状と所見の対応

日本整形外科学会「むち打ち症」は,「むち打ち」を首の外傷に関する呼び方として説明し,頚椎捻挫,神経根症,脊髄損傷等を診察・検査により区別している。したがって,診断名だけで神経障害の有無や等級を決めることはできない。

同学会「頚椎症性神経根症」は,腕や手の痛み・しびれ,筋力低下,感覚障害等を挙げ,神経根の圧迫がMRIでは必ずしも容易に確認できないことも説明する。他方,同学会「外傷性頚部症候群」は,画像に写る加齢性変化と新しい外傷性病変を区別する必要を説明している。画像で圧迫がはっきりしないことだけから症状を否定することも,事故後に撮った画像の異常をすべて事故で生じたものとすることも適切ではない。

比較する資料確認する内容評価上の注意
診療録・症状の記録痛み・しびれの左右,部位,出現時期,持続・変化及び受診間隔。初診から症状固定までを比較する。症状が軽快した時期や受診の空白も理由とともに記録する。
X線・CT・MRIと読影報告病変の部位,左右,程度,撮影時期及び事故前の画像との違い。画像上の形態変化,その変化が症状を説明するか,事故が変化又は発症を生じさせたかは別の問題である。
筋力・腱反射・感覚等の診察所見左右差,検査した筋・感覚領域,検査日ごとの結果と症状の対応。陽性・陰性を一つだけ抜き出さない。後日の低下所見と事故直後の正常所見が異なる場合は,医師の説明も確認する。
医師の診断・意見考えられる病態,画像と診察の整合,残存症状及び改善の見込み。医師の医学的評価と,認定機関・裁判所の等級判断を分ける。必要な検査は医師の判断による。

この表は医学資料と以下の裁判例を踏まえた資料整理の観点であり,特定の検査を受ければ12級になるという認定条件の一覧ではない。

4 12級・14級を判断した認定実例の比較

以下は,裁判所ウェブサイトの判決原文で確認した3例である。自賠責の認定結果と裁判所の判断は区別して記載する。古い事故の判決にある12級12号・14級10号は,当時の自賠責等級表の番号であり,現行の12級13号・14級9号と番号が異なる。

判決・等級判断医学資料と経過裁判所が重視した点
広島高裁平成16年5月26日判決
12級12号(当時)を肯定。
事故後MRIで頚椎椎間板ヘルニアを確認。後遺障害診断書には筋力・腱反射の低下があるが,事故当日及び途中の診察では正常所見もあった。ヘルニアは既往症とし,後日の筋力・反射低下の事故起因性も否定した。他方,既往症に事故による頚椎捻挫が加わった頚部痛等は事故と関係するとし,診断内容等を総合して12級と評価した。
甲府地裁平成17年10月12日判決
14級10号(当時)を肯定,12級12号を否定。
軽度の椎間板ヘルニア,椎間孔の狭小化等があった。頚部痛等のほか,眼科医として手術する際の左手の振戦が残った。他覚所見が皆無とはしなかったが,残存症状に直接関係する明確な他覚所見がないと判断した。画像異常の存在だけでは12級を根拠づけない例である。
名古屋地裁令和4年10月5日判決
自賠責は非該当。裁判所は14級9号を肯定,12級13号を否定。
MRIに比較的軽度の椎間孔狭窄があった。手のしびれには軽快があったが,頚部痛は事故後から症状固定まで一貫して訴えられていた。狭窄は事故前からのものとする医師の見解等により12級を否定。他方,診療録,残存疼痛,事故の強い衝撃及び運転職の身体的負担を検討し,事故と狭窄が相まった疼痛を14級と評価した。

出典箇所は,順にPDF2頁~4頁,4頁~5頁,4頁及び6頁~9頁である。広島高裁の例は,既往症の寄与による50%減額,過失相殺及び既払金控除の結果,最終的には被害者の請求を棄却している。「12級を認めた」ことと追加の賠償金が認められたことを混同してはならない。他方,名古屋地裁の例では素因減額は否定されており,画像上の既往変化があることだけで一律に減額されるものでもない。

3例の比較からは,画像の有無,痛みの強さ又は通院月数だけを等級の決め手とせず,症状を裏付ける資料,事故との関係及び治療経過を併せて検討する必要があるといえる。これは個別判決の比較であり,同じ画像所見なら同じ等級になるという予測や,自賠責の申請が必ず通るという説明ではない。

12級・14級だけでなく,画像所見があっても事故による後遺障害が否定された京都地裁平成28年8月30日判決(平成26年(ワ)第2685号)を含む比較は,むち打ち症の後遺障害―12級・14級・非該当を分けた裁判例の比較に記載している。
自賠責の非該当と裁判所による後遺障害否定を区別し,症状の経過,画像と診察所見,職業上の支障及び減額・既払金を対応させて読む必要がある。

5 申請・異議申立て前に資料を整理する方法

まず,事故日,初診日,各検査日及び症状固定日を一列に並べ,その日ごとの症状,画像所見,筋力・反射・感覚の所見及び治療内容を対応させる。事故前の同じ部位の受診歴・症状・画像がある場合も整理する。事故で新しい病変が生じたという説明と,既存の病変が事故を契機に症状を生じたという説明を混ぜないことが大切である。

診断書にない検査結果や,診療録と異なる記載がある場合は,元の記録を添えて主治医に確認する。検査していない項目を「正常」と扱わず,主治医に特定の等級に合わせた記載を求めるのでもなく,医学的に説明できる範囲と説明できない範囲を明らかにする。仕事への支障は,担当作業,できなくなった動作,勤務時間・業務変更等の記録で具体化する。

非該当又は14級の結果に不服がある場合は,認定理由と提出済み資料を照合し,どの症状・所見・経過が評価されなかったのか,追加資料で何を説明できるのかを検討する。診断書の項目は交通事故の後遺障害診断書,手続の選択は後遺障害非該当への異議申立て等を参照されたい。慰謝料の金額についてはむち打ちの慰謝料と後遺障害の計算例で,等級が認められることを前提とした目安を説明している。

本項の医学資料・認定実例の比較は,令和8年10月4日に原資料を確認して追記した。

第4 症状固定時期の判断——時期に争いがある場合

1 医師の診断と裁判所の認定は別個の判断である

後遺障害診断書に記載された症状固定日(医師の判断)を,そのまま損害賠償額算定における症状固定日として認定する裁判例が多いが,これと異なる日を認定する裁判例も相当数存在する。医師の「これ以上改善しない」という医学的な判断と,裁判所の「症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達した」という法的な判断は,別個の判断である。医師の判断は基本的に尊重されるべきであるが,絶対的なものではなく,損害賠償訴訟の観点から合理的かどうかが裁判所において検討される。

この合理性の検討に当たっては,①傷害及び症状の内容(神経症状のみか等),②症状の推移(改善の有無,一進一退か),③治療・処置の内容(相当な治療か,対症療法的なものか,治療内容に変化があるか),④治療経過(通院頻度の変化,治療中断の有無),⑤検査結果(他覚的所見の有無),⑥当該症状につき症状固定に要する通常の期間,⑦交通事故の状況(衝撃の程度)といった要素が考慮される(東京地方裁判所民事第27部・髙木健司裁判官「症状固定について」〔日弁連交通事故相談センター東京支部講演,平成24年9月29日〕による整理)。特に,被害者が承諾しないために医師が考える固定日よりも遅い日を記載した後遺障害診断書や,事故後相当期間が経過してから初めて受診した病院で最終通院日を固定日とした後遺障害診断書は,合理性がより慎重に検討される類型とされる。

通院頻度や治療中断が入通院慰謝料に及ぼす影響は,「通院日数が少ない場合の入通院慰謝料」で整理している。

2 時期を独自に認定した裁判例

症状固定時期そのものが正面から争点となり,裁判所が医師の診断書記載日とは異なる時期を認定した裁判例は少なくない。

広島高等裁判所平成14年3月13日判決(平成12年(ネ)第521号)は,追突事故によって頚椎捻挫に伴う頭痛・項部痛等の神経症状(後遺障害等級14級10号相当)を残した事案において,後遺障害診断書上の症状固定日(平成11年4月19日)の記載経緯を認定した。この診断書は,主治医が診療録から平成8年秋ころを症状固定の時期と考えていたにもかかわらず,被害者及びその父親が強く求めたために記載された日付であったことが認定されており,裁判所は,主治医の意見や症状の推移,治療経過等を総合し,後遺障害診断書の記載日ではなく,平成8年9月末を実質的な症状固定時期として独自に認定した。

佐賀地方裁判所平成13年12月18日判決(平成13年(ワ)第21号)は,頚部捻挫等の傷害を負い後遺障害等級14級10号(頚部の神経症状)が認定された事案で,被害者が主張する医師の診断日(平成11年1月11日)を採らず,通院頻度が退院後は月1回程度まで減少していた治療経過を踏まえて「遅くとも平成10年9月29日には症状固定したものと認めるのが相当である」と,医師の診断より早い時期を独自に認定した。前記広島高等裁判所判決及び本判決にいう14級10号は,いずれも平成16年6月30日以前に発生した事故に適用されていた号数であり,現行の14級9号に当たる(後遺障害等級の号数の読み方参照)。

横浜地方裁判所平成31年4月23日判決(平成28年(ワ)第1702号,判例秘書登載)は,バス運転士が対向車線からの衝突事故で頚椎捻挫の傷害を負った事案において,事故日から約2年9か月後のリハビリテーション終了日を,後遺障害等級14級9号相当の神経症状を残す症状固定日と認め,被告側の素因減額の主張を排斥した。

これらの裁判例は,いずれも後遺障害診断書に記載された症状固定日を機械的に採用するのではなく,通院頻度,治療内容の変化,主治医の見解の経緯等を個別に認定した上で症状固定時期を判断するという手法が,複数の裁判所で採られていることを示している。

第5 治療拒否・未実施手術と症状固定——一般論を含む

以下の橈骨遠位端骨折及び大腿骨骨折の裁判例は,むち打ち症固有の裁判例ではない。侵襲を伴う治療を受けるかどうかという自己決定と,医学上の改善可能性が残る場合の賠償法上の症状固定を示す一般論として掲載する。

1 治療を強制することはできないという原則

前記第4は,症状固定したこと自体には争いがなく,その時期だけが争われる場面を扱ったものである。これに対し,更に治療を続ければ改善する可能性が医学上残っているにもかかわらず,被害者がその状態で症状固定を主張し,加害者側が「いまだ症状固定していない(治療を続ければより軽い後遺障害で済む)」と争う場面がある。加害者側がこのように争う実益は,治療を継続すればより軽度の後遺障害しか残らない可能性がある点にある。

東京地方裁判所平成24年3月16日判決(平成22年(ワ)第34315号,交通事故民事裁判例集45巻2号334頁)は,自転車同士の衝突事故により橈骨遠位端骨折の傷害を負った被害者が,変形治癒による手関節可動域制限(健側の2分の1以下)を後遺障害等級10級10号として損害賠償を請求したのに対し,加害者が,変形矯正手術を受ければ症状が改善する可能性があるから症状固定していないなどと争った事案である。裁判所は,「治療(特に手術)は,その性質上,身体への侵襲を伴うものであり,また,その効果の確実性を保障することができないものであるから,交通事故の被害者に対し,治療を受けることを強制することはできない」とした上で,被害者が更なる治療を受けないと判断した場合には,それを前提として症状固定をしたものと判断するほかないと判示した。もっとも,本件では,手関節の変形癒合が生じたのは事故直後には手術適応であったにもかかわらず適切な時期に手術を受けなかったことが原因であるという特殊な事情があったため,後遺障害による損害の90パーセントの限度でのみ交通事故との相当因果関係を認めた。

2 因果関係の調整方法をめぐる2つの裁判例

東京地方裁判所平成24年7月17日判決(平成22年(ワ)第9991号,交通事故民事裁判例集45巻4号792頁,自保ジャーナル1879号25頁)は,普通自動二輪車で交差点に進入した被害者が対向車線から右折進入してきた自動車と衝突し,大腿骨骨折等の傷害を負い,後遺障害等級表第8級9号に相当する後遺障害が残存したとされた事案である。受傷から相当期間が経過しても骨癒合に至らなかったところ,被告らは,骨折部位への腸骨移植等を内容とする手術(偽関節手術)を受ければ症状が改善する可能性があるから被害者はいまだ症状固定していない,仮に症状固定であるとしても手術を受けなかったことを理由に過失相殺すべきである,などと争った。裁判所は,「症状固定とは,医学上相当な治療期間を経過してもなお残存する症状については後遺障害として評価することとして,特定の時点で,賠償の対象とすべき将来の損害の範囲を画するための法律上の概念であり,純粋に医学的な見地からは症状改善の可能性がある場合であっても,賠償法上は症状固定と扱われるべき事案があることは当然予定されているし,実際にむち打ち症のケースなどでそのような事案は多く存在する」と判示した上で,偽関節手術は身体への侵襲を伴うものであるからこれを受けるか否かは被害者が自己決定権に基づいて選択すべき事柄であって法的に強制すべきではないとし,手術を受けなかったことを理由とする症状固定に関する過失相殺の主張を認めなかった。もっとも,本件事故の発生態様自体(右折車と直進車の優先関係)については別途過失相殺がされている。

この2つの裁判例を対比すると,症状固定の有無自体が争われる場面では,症状固定を否定する方向ではなく,症状固定を肯定した上で,治療を受けなかった経緯を相当因果関係の範囲や過失相殺の当否の判断において考慮するという枠組みが採られている点で共通する。他方,因果関係を制限するか否かの結論が分かれた背景には,前者の事案では事故直後の手術適応の時期に手術を受けなかったという特殊な経緯があったのに対し,後者の事案では医師の治療方針を踏まえた被害者の判断に合理性が認められた,という事案ごとの違いがある。治療拒否と過失相殺・素因減額の一般的な考え方については,別稿「素因減額の要件・判例・主張立証と計算方法(AI作成)」も参照されたい。

3 症状固定・治療拒否・因果関係・損害軽減を分ける

実務では,①残存症状を後遺障害として評価するための症状固定時期,②侵襲や効果の不確実性を伴う治療を受けるかという被害者の自己決定,③治療を受けなかったことと残存障害との相当因果関係,④治療を受けなかった事情を損害軽減又は過失相殺の問題として評価するか,を分けて検討する必要がある。手術を受けない選択が尊重されることと,事故と全損害との相当因果関係が当然に認められることは同じではない。

橈骨遠位端骨折の治療経過,変形治癒,可動域制限及び立証資料については,別稿「橈骨遠位端骨折の後遺障害」も参照されたい。

第6 むち打ち症の自然経過に関する医学的知見

1 国際的な重症度分類

むち打ち症の国際的な重症度分類として広く用いられているのが,ケベック・タスクフォースによる分類(Whiplash-Associated Disorders,WAD分類)である。同分類は,むち打ち症を,頸部の訴えも身体所見もないもの(グレード0),頸部の痛み,こわばり又は圧痛の訴えのみで身体所見を伴わないもの(グレード1),可動域制限や圧痛点等の筋骨格系の所見を伴うもの(グレード2),深部腱反射の減弱・消失や筋力低下,感覚障害等の神経学的所見を伴うもの(グレード3),骨折又は脱臼を伴うもの(グレード4)に区分する。

この分類は,頚部痛,筋骨格所見及び神経学的所見によってむち打ち関連障害の臨床的重症度を整理するものであり,日本の後遺障害等級との換算表ではない。
WADグレード3の神経学的所見があっても,症状固定時の残存所見,画像との対応及び事故との関係を別に検討する必要があるため,直ちに12級13号になるわけではない。

また,WADグレード0から2までの事案でも,レントゲン又はMRIに加齢性変化その他の所見が写る場合がある。
画像所見の有無だけで12級13号と14級9号を分けるのではなく,所見の事故起因性,症状との対応及び神経学的所見との整合性を検討する必要がある。
詳しくは「後遺障害14級9号でも画像所見はあるのか―レントゲン・CT・MRIの異常と12級13号との違い(AI作成)」を参照されたい。

2 自然経過に関する追跡調査と実務上の目安との緊張関係

国内の文献では,頸椎捻挫症状の軽傷例は大部分が1か月以内に軽快し,頸椎の運動制限を伴う重症例でも大部分は3か月以内に軽快し,残りも1年以内にほとんど症状が消失するといわれてきた。症状による分類(いわゆる土屋の分類)でも,最も予後のよい頸椎捻挫型は大方が1.5か月ないし3か月以内に治癒するとされる一方,根症状型やバレ・リュー症状型は他覚的所見に乏しく慢性化しやすいとされる(小松初男ほか編『後遺障害入門』167頁~169頁)。

症状固定の判断は,本来,むち打ち症の医学的な自然経過(治療を続けてもどの程度の期間で症状が落ち着くのが通常か)を踏まえたものであるべきである。この点について,海外の前向き追跡調査には,受傷後3か月の時点における症状の有無が,その後2年間の転帰をかなり高い精度で予測するとの報告があり,発症後おおむね3か月前後が予後の分かれ目として臨床的な意味を持つことを示している。他方で,同じ追跡調査では,受傷後3か月の時点で無症状であった者の割合は限定的であったとも報告されており,複数の系統的レビューでも,受傷後1年が経過した時点でなお頸部痛の症状を訴える者が相当数に上るとされている。日本人のむち打ち症患者を対象とした研究でも,受傷後90日以内に治療が終了した者の割合は過半数にとどまっており,これらの知見は,むち打ち症の多くが短期間で高い確率で治癒するという単純な理解には必ずしも当てはまらないことを示している。

これらの追跡調査を踏まえると,むち打ち症の症状固定の判断において,受傷後の経過月数だけを機械的な物差しとするのではなく,前記第4の1で述べた症状の推移や治療内容の変化といった個別の要素を丁寧に当てはめることが,医学的な知見とも整合的な実務運用であるといえる。また,受傷後の心理社会的な要因(初期の症状の強さや機能障害の程度等)が,その後の回復の遅速を左右する予測因子として複数の研究で指摘されている点は,症状の遷延に対する被害者側の主観的な要因をめぐる争い(心因的要因による素因減額の当否)とも関係し得る視点である。最高裁昭和63年4月21日判決(民集42巻4号243頁)は,軽微な追突事故後10年以上入通院を続けた被害者について,事故後3年間の損害に限って相当因果関係を認めた上で,心因的要因の寄与を理由に民法722条2項を類推適用して4割を減額した原審の判断を是認している。

第7 症状固定と消滅時効の起算点

症状固定は,損害賠償額の算定基準としてだけでなく,後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点としても機能する。最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決(平成14年(受)第1355号,集民第215号1109頁)は,交通事故による後遺障害に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも症状固定の診断を受けた時から進行するとした事例である。同判決は,自賠責保険の後遺障害等級の事前認定が非該当となり,異議申立てによって等級認定を受けたという経緯があったとしても,消滅時効は遅くとも症状固定の診断時から進行するとの判断を示した。症状固定時期の認定を争う実益は,賠償額の多寡にとどまらず,消滅時効の成否にも及び得る点に注意を要する。

第8 実務上の留意点

第1に,保険会社から治療費の打切りや症状固定への切替えを打診された場合,これに応じるかどうかは,通院を継続することによる症状改善の見込みについての主治医の治療方針を踏まえて判断すべき事柄である。前記第4の7要素のうち,特に症状の推移や治療内容の変化,検査結果の有無は,主治医との診療の中で確認できる事項であり,早期に症状固定として扱われることに疑問がある場合には,主治医に治療継続の必要性について確認し,診療録上にその判断の根拠を残しておくことが有用である。

第2に,後遺障害等級の認定手続としては,任意保険会社を通じた事前認定と,自賠責保険に対する被害者請求のいずれかを選択できる。認定結果に不服がある場合には,自賠責保険会社(事前認定の場合は任意保険会社)を通じて損害保険料率算出機構に異議申立てをすることができ,これは請求権が時効で消滅するまで何度でも可能である。また,一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構に紛争処理(調停)を申請することもできるが,こちらは原則として書面審査であり,申請は1回に限られる(小松初男ほか編『後遺障害入門』18頁~19頁)。これらとは別に,訴訟で後遺障害の有無・程度を争うこともできる。もっとも,訴訟において自賠責保険の等級認定に拘束されるものではないとされているとはいえ,実務上はその認定内容が相当程度重視される傾向にある。

第3に,本記事は症状固定に関する一般的な法的枠組みを整理するものであり,個別の事案における症状固定時期の当否は,通院頻度,治療内容,検査所見等の具体的な事情によって異なる。ギプス固定期間中の傷害慰謝料の評価等,症状固定に至るまでの損害費目の算定方法については,別稿「ギプス固定期間は入通院慰謝料でどう評価されるか(AI作成)」も参照されたい。

出典・参考資料

1 法令・通達

①民法(明治29年法律第89号)709条・710条・722条2項(e-Gov法令検索)
②自動車損害賠償保障法施行令(昭和30年政令第286号)2条・別表第二12級13号・14級9号(e-Gov法令検索)
③「障害等級認定基準について」(昭和50年9月30日付基発第565号,労働省労働基準局長通達)第1の1「なおったとき」の定義(厚生労働省法令等データベース)
④「民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準(労働者災害補償保険法第67条第2項関係)について」(昭和56年6月12日付発基第60号,労働事務次官通達)別表第2「労働能力喪失率」(厚生労働省法令等データベース)

2 裁判例

①最高裁判所第一小法廷昭和63年4月21日判決(昭和59年(オ)第33号,民集42巻4号243頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第二小法廷平成16年12月24日判決(平成14年(受)第1355号,集民第215号1109頁,裁判所ウェブサイト)
③さいたま地方裁判所平成14年1月24日判決(平成11年(ワ)第474号,裁判所ウェブサイト)
④広島高等裁判所平成14年3月13日判決(平成12年(ネ)第521号,裁判所ウェブサイト)
⑤佐賀地方裁判所平成13年12月18日判決(平成13年(ワ)第21号,裁判所ウェブサイト)
⑥横浜地方裁判所平成31年4月23日判決(平成28年(ワ)第1702号。裁判所HP未掲載。判例秘書により全文確認)
⑦東京地方裁判所平成24年3月16日判決(平成22年(ワ)第34315号,交通事故民事裁判例集45巻2号334頁。裁判所HP未掲載。判例秘書及び第一法規D1-Law判例体系により確認)
⑧東京地方裁判所平成24年7月17日判決(平成22年(ワ)第9991号,交通事故民事裁判例集45巻4号792頁,自保ジャーナル1879号25頁。裁判所HP未掲載。判例秘書及び第一法規D1-Law判例体系により全文確認)

⑨広島高裁平成16年5月26日判決(平成15年(ネ)第94号,PDF2頁~4頁)
⑩甲府地裁平成17年10月12日判決(平成15年(ワ)第438号,PDF4頁~5頁)
⑪名古屋地裁令和4年10月5日判決(令和3年(ワ)第1305号,PDF4頁・6頁~9頁)。いずれも裁判所ウェブサイトの判決原文及び公式検索結果により確認。

3 文献

①髙木健司「症状固定について」(東京地方裁判所民事第27部)『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準 下巻〔講演録編〕』(日弁連交通事故相談センター東京支部,2013年版)7頁~21頁
②小賀野晶一・古笛惠子編『交通事故医療法入門〔第2版〕』(勁草書房,2023年)142頁~143頁・159頁
③小松初男・小林覚・西本邦男編『後遺障害入門 認定から訴訟まで』(青林書院,2018年)18頁~19頁・21頁~22頁・167頁~169頁・175頁

4 医学文献

①Spitzer WO, Skovron ML, Salmi LR, et al. Scientific monograph of the Quebec Task Force on Whiplash-Associated Disorders: redefining “whiplash” and its management. Spine. 1995;20(8 Suppl):1S-73S.
②Gargan MF, Bannister GC. The rate of recovery following whiplash injury. Eur Spine J. 1994;3(3):162-164.
③Carroll LJ, Holm LW, Hogg-Johnson S, et al. Course and prognostic factors for neck pain in whiplash-associated disorders. Eur Spine J. 2008;17(Suppl 1):83-92.
④Yamashita Y, Kogo H, Inoue T, Higashi T. Predictors of Delayed Recovery in Japanese Patients With Whiplash-Associated Disorders. Cureus. 2024;16(8):e66435.

⑤日本整形外科学会「むち打ち症」
⑥同学会「頚椎症性神経根症」
⑦同学会「外傷性頚部症候群」(ウェブ資料は令和8年10月4日確認)。

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