目次第1 本記事の対象と結論1 本記事の対象2 結論第2 問題となる場面と検討の順序1 反撃の相手と巻き添えになった人を分ける2 巻き添えになった人との関係で考えられる構成第3 大阪高裁平成14年9月4日判決1 事案2 相手方に対する暴行――喧嘩の予期と急迫性3 実兄に対する傷害致死罪――二つの理由4 過失犯についての判断5 判決の位置付け第4 方法の錯誤(打撃の錯誤)との関係1 意図しなかった人に結果が生じた場合の原則2 大阪高裁判決の二つの理由の射程3 人に向けずに威嚇した弾が当たった場合第5 過失犯が残る余地第6 民事上の損害賠償責任第7 侵害を予期して積極的に加害する意思で臨んだ場合1 急迫性が失われる場合2 共犯者の間で事情が異なる場合3 司法試験での出題第8 弁護活動で確認すべき事情第9 関連記事第10 出典1 法令2 裁判例3 試験問題
第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
襲ってきた相手に向けた反撃が,そばにいた無関係の人や,一緒に襲われていた家族・仲間に当たって負傷させることがある。
反撃を受けた相手との関係では正当防衛(刑法36条1項)の成否が問題になるが,巻き添えになった人は不正な侵害をしていないから,その人との関係をどう評価するかは別の問題になる。
本記事は,この場面を判断した大阪高裁平成14年9月4日判決を中心に,巻き添えの結果についての故意犯・過失犯の成否,方法の錯誤(打撃の錯誤)との関係,民事上の損害賠償責任及び弁護活動で確認すべき事情を整理するものである。
調査基準日は令和8年9月27日であり,条文はe-Gov法令検索で,最高裁判所の判例は裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨で,裁判所ウェブサイトに掲載のない判決・決定は判例秘書で全文を,それぞれ確認した。
2 結論
①大阪高裁平成14年9月4日判決は,不正の侵害を全く行っていない実兄に対する侵害を客観的に正当防衛だとするのは妥当でないとした。
②同判決は,意外な人に衝突した行為は避難に向けられたとはいえないとして,緊急避難にも当たらないとした。
③その上で同判決は,防衛者が主観的には正当防衛だと認識して行為している以上,故意非難を向け得る主観的事情は存在しないとして,誤想防衛の一種として故意責任を否定した。
④同判決は,方法の錯誤の観点からも,防衛者にとって実兄は,暴行の故意を向けた相手方グループの者とは法的に人として同価値であるとはいえず,むしろ救助すべき者であるとして,故意の符合を否定した。
⑤故意犯が成立しなくても過失犯が問題となり得るが,同判決は,激しい攻撃を受けて心理的動揺が激しかった事案で,過失責任の根拠となる注意義務を的確に構成することも困難であるなどとして,検察官に対する訴因変更命令ないし釈明義務は発生しないとした上で,被告人を無罪とした。
⑥民法720条1項は,他人の不法行為に対してやむを得ず加害行為をした者は損害賠償の責任を負わないとしつつ,被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げないと定めている。
⑦侵害を予期し,その機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだ者については,侵害の急迫性が失われるから(最高裁昭和52年7月21日決定),巻き添えの結果についても,同判決と同じ理由で故意責任が否定されるとは限らないと考えられる。
第2 問題となる場面と検討の順序
1 反撃の相手と巻き添えになった人を分ける
反撃の相手に対する行為と,巻き添えになった人に生じた結果とは,一つの動作から生じたものであっても,分けて検討する必要がある。
反撃の相手については,急迫不正の侵害,防衛の意思及び防衛行為の相当性という正当防衛の要件を検討する。
巻き添えになった人については,その人に対する故意犯の構成要件に当たるか,違法性が阻却されるか,故意責任が否定されるか,過失犯が残るかを順に検討する。
2 巻き添えになった人との関係で考えられる構成
巻き添えになった人との関係では,正当防衛とみる構成,緊急避難とみる構成,及び正当防衛・緊急避難には当たらないが誤想防衛の一種として故意責任を否定する構成が考えられる。
大阪高裁平成14年9月4日判決は,第3の3のとおり,前の二つを採らず,最後の構成によった。
同判決は,これとは別に,方法の錯誤の観点からも故意犯の成立を否定している。
第3 大阪高裁平成14年9月4日判決
1 事案
公訴事実は,被告人が,平成10年7月4日午前0時20分ころ,大阪府堺市内の路上で,実兄ほか4名と共に,相手方ら10名の男女とけんかをすべく対峙したところ,木刀等で攻撃を加えられ,運転席に逃げ込んだ自車を約15.5メートル後退進行させて,相手方の一人の右手に衝突させるとともに,実兄に衝突させて轢過し,死亡させたというものである。
第一審判決(原判決)は,被告人が現場に赴いたのは喧嘩をする意図があったと認定し,相手方の一人に対する暴行罪と,実兄に対する傷害致死罪の成立を認めた。
控訴審である本判決は,被告人の主観は,相手方グループの者から危害を加えられている実兄を助け出して一緒に逃げるため,相手方グループの者の付近に車を急後退させて追い払おうとしたというものであり,暴行の故意に当たると認定した。
その上で,本判決は,原判決を破棄し,被告人を無罪とした。
(続きを読む...)正当防衛の反撃が近くにいた人に当たったら―大阪高裁平成14年9月4日判決,誤想防衛の一種,過失犯及び民事上の責任(AI作成)