複数人による暴行で傷害の原因が特定できない事件では,「自分の暴行で生じたとは証明されていない」という説明だけで,傷害責任が否定されるとは限らない。刑法207条の同時傷害の特例が適用されるかを,傷害ごとに確認する必要がある。
本記事は,同条の適用の前提と個別的反証を区別し,記録をどの順序で整理するかを示す。裁判例の判断と,その判断を踏まえた証拠整理の提案を分けて説明する。
第1 刑法207条が解決する問題
刑法207条は,二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合に,それぞれの暴行による傷害の軽重が分からず,又は傷害を生じさせた者が分からないときは,共同して実行した者でなくても共犯の例によると定めている。本記事では,特に,原因となった暴行を特定できない場合を扱う。
同条は,傷害そのものや本人の暴行まで証明不要にする規定ではない。傷害の存在,各人の暴行,問題となる傷害を生じさせ得る危険性,同一の機会といった適用の前提を,原因行為の特定とは別に確認する必要がある。
傷害が複数あれば,傷害ごとに原因となり得る暴行も異なる。被害者に対する一連の暴行全体をまとめて扱い,一つの傷害を生じさせ得る暴行があったことから,すべての傷害について同条を適用してはならない。
第2 適用の前提を争うことと個別的反証を分ける
1 検察官が証明すべき二つの前提
最高裁平成28年3月24日第三小法廷決定は,同条の適用の前提として,検察官が,各暴行に当該傷害を生じさせ得る危険性があることと,各暴行が同一の機会に行われたことを証明する必要があるとした。同一の機会とは,外形的に共同実行に等しいと評価できる状況をいう。
したがって,弁護側は,まずどの傷害について,どの暴行に危険性があると主張されているかを確認する。単に暴行があったという証明と,その暴行に特定の傷害を生じさせ得る危険性があるという証明は区別する。
共謀がないことと,同一の機会でないことも別の問題である。同条は,共犯関係が立証されない場合を対象としているため,意思連絡の欠如だけで機会の同一性を否定することはできない。
2 前提が証明された後の個別的反証
同決定は,前記の証明がされた場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害責任を免れないとした。
この段階では,単に原因が分からないと述べるだけでは足りない。原因不明という状態こそ同条が扱う問題だからである。他方,検察官による危険性又は同一の機会の証明が不十分であるとの主張は,個別的反証とは別に検討する。前提についての証明不足と,前提が認められた後に自己の暴行の因果性を否定する証拠を混同しないことが重要である。
第3 途中から共謀に加わった場合も傷害ごとに判断する
1 加担前の発生が判明している傷害
最高裁平成24年11月6日第二小法廷決定の法廷意見は,共謀加担前に既に生じていた傷害結果については,後行者の共謀及びそれに基づく行為との因果関係がないため,傷害罪の共同正犯として責任を負わないとした。加担後の暴行によって傷害の発生に寄与した部分についての責任とは分けている。
したがって,記録上,傷害の発生が加担前であると認定できる場合と,加担前後のどちらで生じたか分からない場合を分ける。後行者の責任を考えるとき,既に生じていた傷害への共同正犯責任と,原因不明の傷害に対する207条の適用は同じ問題ではない。
2 加担前後のいずれで生じたか不明な傷害
最高裁令和2年9月30日第二小法廷決定は,同一の機会に途中から共謀加担し,傷害が共謀成立後の暴行により生じたとまでは認められない場合でも,その傷害を生じさせた者が分からなければ,同条により後行者が責任を負うことがあるとした。途中から共謀が成立したことや,先行者の責任を問えることだけでは適用を妨げない。
ただし,後行者が自ら加えた暴行に,その傷害を生じさせ得る危険性があることを要する。先行者に危険性のある暴行があり,その先行者と後行者の共謀が認められても,後行者自身の暴行に当該危険性がなければ,同条を適用できない。同決定は,傷害の種類ごとに後行者の暴行の危険性を分け,危険性を欠く傷害について同条を適用した原審の解釈適用を誤りとした。
同決定が直接扱ったのは途中加担である。途中離脱した者への適用を検討するときは,離脱後の共犯責任の有無と,同条の各要件及び射程を改めて検討し,途中加担に関する判示をそのまま離脱の結論に置き換えない。
第4 同一の機会を判断するための事実を整理する
各暴行の時刻,場所,中断の有無,その間の行動及び被害者との位置関係を時系列に置き,外形的に共同実行に等しい状況といえるかを検討する。これは,判例の基準に照らして記録を整理するための提案である。一定の時間差又は場所の移動があれば必ず別の機会になるという数値基準を示すものではない。
平成28年決定は,機会の同一性について更に審理させるため第一審に差し戻した原判決を是認した。同決定を,その事案の機会の同一性を最高裁が最終的に肯定したものとして引用しない。
また,共謀の成立・解消や動機の変化は,共同正犯の射程を検討する重要な事情であるが,それだけで外形的な機会の同一性まで当然に消失するわけではない。共犯関係についての結論を,別の要件の結論として流用せず,各要件を支える事実を示す必要がある。
第5 弁護記録は傷害を一行ずつ分ける
次の表を傷害ごとに作り,検察官の主張,対応する証拠及び反証候補を記録すると,どの段階を争うのかが明確になる。これは一般的な証拠整理の提案であり,特定の資料があれば必ず責任を否定できるという意味ではない。
| 確認する問題 | 対応させる記録 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 傷害の特定 | 診療録,画像,受傷部位の記録 | 傷害の種類と発生・悪化の区別 |
| 本人の暴行 | 映像,供述,位置関係,使用物の記録 | 加担時点と実際に行った行為 |
| 傷害ごとの危険性 | 暴行態様と医学的所見の対照 | その行為が当該傷害を生じさせ得るか |
| 同一の機会 | 時系列,場所,中断及び中断中の行動 | 外形的に共同実行に等しい状況か |
| 原因行為の特定 | 受傷時期と各暴行の対応 | 発生時期が判明しているか,不明か |
| 個別的反証 | 上記資料のうち因果性を否定するもの | 自己の暴行が当該傷害を生じさせていないことを示せるか |
記録がない場合には,「不存在」ではなく「未収集」として管理する。医学的な発生機序についても,弁護人の推測で危険性や因果関係を断定せず,必要な照会・鑑定の対象を具体化する。共同正犯として帰責できる範囲,同条による傷害責任及び暴行罪の成否を区別し,一つの経路を否定しただけで全責任が消えるとの説明を避ける。
第6 関連記事
共犯関係が途中で変わった場合の傷害責任-共謀の射程,共犯からの離脱及び刑法207条(AI作成)
令和3年司法試験刑事系第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した84項目と5段階の重み付け(AI作成)
第7 出典と確認範囲
1 e-Gov法令検索「刑法」60条,204条,207条,208条。令和8年10月8日,施行中の条文を確認した。
2 最高裁平成28年3月24日第三小法廷決定(平成27年(あ)第703号)。原文5頁,特に理由2⑵を確認した。
3 最高裁令和2年9月30日第二小法廷決定(令和元年(あ)第1751号)。原文4頁,特に理由3を確認した。
4 最高裁平成24年11月6日第二小法廷決定(平成24年(あ)第23号)。原文6頁の法廷意見と補足意見を区別し,本記事の共同正犯の成立範囲は法廷意見の理由3に基づく。
本記事は,上記の条文と裁判例を基礎とする一般的な整理である。危険性及び機会の同一性の判断は,各暴行と各傷害に関する証拠に即して行う必要がある。