第1 結論―同一性は訴因変更の入口要件である
刑事訴訟法312条1項は,裁判所が訴因又は罰条の追加,撤回又は変更を許すことができるのを,公訴事実の同一性を害しない限度に限定している。
したがって,変更前後の事実に公訴事実の同一性がなければ,後の事実は追起訴によって審判対象とすべきであり,訴因変更の枠内で審理・判決することはできない。
最高裁令和8年10月5日第二小法廷判決は,公訴提起がないまま,当初訴因と併合罪の関係にある別罪を訴因変更で追加し,審理判決した事案につき,原判決と第1審判決を破棄して京都地方裁判所に差し戻した。
本判決は,公訴事実の同一性の判断と,訴因変更後の防御準備とを混同してはならないことを明確にした。
第2 最高裁令和8年10月5日判決の事案と判断
1 当初訴因と追加訴因
検察官は,被告人が氏名不詳者らと共謀し,令和5年11月29日と同月30日に,それぞれ現金自動預払機から現金50万円を窃取した2件の事実で公訴を提起した。
その後,検察官は,近接する日時に別の現金自動預払機から現金を窃取した4群の事実を当初訴因に追加する訴因変更を請求し,第1審裁判所はこれを許可した。
第1審判決は,追加訴因を含む各罪を併合罪として処断し,控訴審も量刑不当を理由に第1審判決を破棄した上で,追加訴因を含めて有罪とした。
2 最高裁の判断
最高裁は,当初訴因と追加訴因を併合罪の関係にあるものとした原判決の判断は相当であるとした。
その上で,追加訴因には公訴提起がなく,当初訴因と公訴事実の同一性がないため,本来は別罪として公訴提起されるべきであり,訴因変更によって審判対象とすることはできないと判断した。
多数意見は,本件の訴因変更をもって,追加訴因に公訴提起があったのと同様に見ることを許容すべき事情も記録上見当たらないとした。
この文言から本判決の射程を超えて例外を一切否定したとまで読み切ることは避けるべきであるが,少なくとも,書面が送達され,弁護人が異議を述べず,事後の審理が追起訴と同様に行われたという事情だけでは足りないことが明確になった。
第3 刑事訴訟法312条1項と同条7項の順序
1 まず同一性の有無を確定する
訴因変更の請求を受けた場合,第1に確認すべきのは,変更前後の公訴事実に同一性があるかどうかである。
同一性がなければ,裁判所は訴因変更を許可できず,検察官がその事実の審判を求めるには追起訴が必要である。
2 同一性がある場合に防御準備を検討する
刑事訴訟法312条7項は,訴因又は罰条の追加・変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合に,防御準備に必要な期間の公判手続停止を定めている。
この防御措置は,公訴事実の同一性があり,訴因変更が許されることを前提とする。
同一性を欠く別罪につき,十分な準備期間を与えたことは,必要な公訴提起を代替しない。
第4 三浦守裁判官の補足意見が示す手続の本質
三浦守裁判官の補足意見は,追起訴と訴因の追加との違いを,前者が新たな審判手続を開始する訴訟行為であるのに対し,後者は既に開始された審判手続内の訴訟行為であると整理した。
そして,審判請求の存否に関わる違法は,被告人に生じた不利益の程度や被告人の同意によって左右される問題ではないと明言した。
弁護人が異議を述べなかったことや,実際に証拠調べの機会が与えられたことは,それ自体として審判請求の欠缺を治癒しない。
第5 誤った訴因追加許可を第1審中に是正する方法
最高裁昭和62年12月3日第一小法廷判決の事案では,第1審裁判所が,元の訴因と併合罪の関係にあり,公訴事実の同一性がない事実につき,誤って訴因追加を許可し,証拠を取り調べた。
その後,第1審裁判所は,訴因追加許可の取消し,次いで追加訴因に関する証拠採用決定の取消しを行い,その事実が改めて追起訴された後に審理を重ねた。
最高裁は,これらの取消決定を認める明文がないことだけで,そのような是正を許さない理由はないとし,第1審手続を適法とした原判断を是認した。
誤許可が判明した段階では,判決まで進めず,許可と関連する証拠採用の取扱いを明確にし,必要なら追起訴後の審理に切り替える必要がある。
第6 審判の請求を受けない事件と控訴理由
令和8年判決は,追加訴因につき審理判決したことを,刑事訴訟法378条3号後段の「審判の請求を受けない事件について判決をしたこと」に当たるとした。
これは絶対的控訴理由であり,個別的に防御上の実害が小さかったという評価で解消できない。
最高裁は,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかで,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとし,同法411条1号で原判決と第1審判決を破棄し,同法413条本文で差し戻した。
差戻しは追加訴因について無罪を確定する手続ではなく,公訴提起の有無も踏まえて更に審理を尽くさせるためのものである。
第7 追起訴と公訴時効
誤った訴因変更を取り消して追起訴する場合,時間が経過していれば公訴時効が問題になる。
最高裁平成18年11月20日第二小法廷決定は,検察官が本来追起訴すべき事実を訴因変更請求書によって追加し,後に許可取消しと追起訴が行われた事案につき,訴因変更請求書を裁判所に提出した時点で,特定の事実に対する訴追意思を表明したと見られるとした。
そのため,同決定は,その時点で刑事訴訟法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止すると解した。
ただし,この決定は,誤った訴因変更請求に審判対象を形成する効力を認めたものではない。
審判対象の形成と公訴時効の停止は別の問題であり,前者には追起訴が必要である。
第8 判例秘書で確認した関連裁判例と資料状況
東京地裁平成16年9月22日判決(判例秘書の判例番号 L05935394)は,追加変更請求に同一性がなくても,同一性があると解したことに合理的な根拠があり,被告人に実質的な防御上の不利益がない場合の取扱いに言及した。
もっとも,令和8年最高裁判決と三浦補足意見を踏まえれば,この下級審の判断を,現在の一般的な例外法理として用いることはできない。
東京高裁平成23年10月13日判決(判例秘書の判例番号 L06620781)は,変更前後の事実の同一性を否定し,刑事訴訟法312条1項と同法378条3号の問題として扱った。
最高裁令和8年10月5日判決は,令和8年10月8日に事件番号で判例秘書を照会した時点では,登載を確認できなかったため,最高裁の判断内容は裁判所ウェブサイトの公式全文で確認した。
第9 弁護人が期日で確認する事項
① 変更前後の各事実につき,日時,場所,行為,被害法益,被害者,共謀,罪数及び両立可能性を比較し,公訴事実の同一性があるか。
② 同一性を欠くときは,訴因変更請求の不許可と追起訴の必要性を意見として明確にしたか。
③ 誤許可後であれば,許可取消しと,追加訴因のみに関係する証拠の採否の見直しを求めたか。
④ 同一性がある場合に,変更後の防御対象,追加の証拠収集,反対尋問及び必要期間を整理し,同法312条7項の公判手続停止を請求するか。
⑤ 求釈明,異議,意見,許可又は取消決定,取り調べた証拠,追起訴の有無及び準備期間が,公判調書と手持ち記録に残っているか。
⑥ 控訴理由を検討する場合,判決対象と起訴状,訴因変更請求及び各決定の対応を照合し,同法378条3号後段の成否を確認したか。
第10 関連記事と出典
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2 出典
① 刑事訴訟法312条,378条,411条及び413条(e-Gov法令検索)
② 最高裁令和8年10月5日第二小法廷判決・令和7年(あ)第868号・裁判例結果詳細
③ 同判決の公式全文PDF(4頁全頁を確認)
④ 最高裁昭和62年12月3日第一小法廷判決の公式全文PDF(2頁全頁を確認)
⑤ 最高裁平成18年11月20日第二小法廷決定の公式全文PDF(3頁全頁を確認)
⑥ 東京地裁平成16年9月22日判決(判例秘書の判例番号 L05935394,収録全文を確認)
⑦ 東京高裁平成23年10月13日判決(判例秘書の判例番号 L06620781,収録全文を確認)
⑧ 最高裁昭和62年12月3日第一小法廷判決(判例秘書の判例番号 L04210142,公式PDFと収録全文を対照)
⑨ 最高裁平成18年11月20日第二小法廷決定(判例秘書の判例番号 L06110121,公式PDFと収録全文を対照)
本記事は,裁判所公式全文と現行法令を一次資料とし,判例秘書の収録全文は関連裁判例の確認と補充に用いた。
SNS上の投稿は調査の端緒にとどめ,法的結論の根拠には用いていない。