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東海大学病院事件と川崎協同病院事件―治療中止が殺人罪とされた判決・決定の原文から見た要件と判断の枠組み(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象とする裁判例

医師が患者の治療を中止し,又は薬物を投与して死亡させた行為について殺人罪の成否が争われた裁判例として,東海大学病院事件と川崎協同病院事件がよく知られている。
令和8年9月28日に公表された救急・集中治療に関する4学会合同ガイドラインの説明文も,この2つの事件を紹介している(「4学会合同ガイドラインの法的位置付け」)。

本記事は,次の4つの裁判例の原文を読み,それぞれが何を判断し,何を判断していないかを整理するものである。
基準日は令和8年9月28日である。

事件・審級裁判年月日・事件番号掲載誌・判例番号等結論
東海大学病院事件・第一審横浜地裁平成7年3月28日判決・平成4年(わ)第1172号判例秘書の判例番号 L05050159懲役2年・執行猶予2年
川崎協同病院事件・第一審横浜地裁平成17年3月25日判決・平成14年(わ)第3802号判例秘書の判例番号 L06050114懲役3年・執行猶予5年
川崎協同病院事件・控訴審東京高裁平成19年2月28日判決・平成17年(う)第1419号裁判所HP掲載原判決破棄,懲役1年6月・執行猶予3年
川崎協同病院事件・上告審最高裁平成21年12月7日第三小法廷決定・平成19年(あ)第585号刑集63巻11号1899頁上告棄却

東海大学病院事件の判決と川崎協同病院事件の第一審判決は裁判所HP未掲載であり,判例秘書で原文を確認した。
控訴審判決と最高裁決定は,裁判所HPで全文を確認した。

2 結論の要旨

①東海大学病院事件の判決は,起訴された致死行為(塩化カリウム等の注射)を判断する前提として,治療行為の中止と積極的安楽死の許容要件を示した。
②川崎協同病院事件の第一審判決は,治療中止の根拠を患者の自己決定の尊重と治療義務の限界に求め,死期の切迫や真意の探求を要件とした。
③控訴審判決は,家族からの抜管の要請があったと認定を改めた上で,いずれの考え方によっても本件の抜管は適法とできないとし,一般的な要件を定めることは傍論にすぎないとした。
あわせて,尊厳死の問題の抜本的な解決には法律又はこれに代わり得るガイドラインが必要であると述べた。
④最高裁決定は,回復可能性や余命を判断できる状況になかったこと,家族の要請が適切な情報提供の上でされたものではなく推定的意思に基づくといえないことを理由に,気管内チューブの抜管は法律上許容される治療中止に当たらないとした。
最高裁は,治療中止が許容される一般的な要件は示していない。

第2 東海大学病院事件

1 事案と主文

多発性骨髄腫で入院していた患者について,平成3年4月13日,担当医であった被告人が,家族の強い要望を受けて点滴やフォーリーカテーテルを外し,エアウェイを除去した後,鎮静剤等を注射し,さらに塩化カリウム等を注射して患者を死亡させた事案である。
起訴されたのは最後の塩化カリウム等の注射であり,判決は被告人を懲役2年,執行猶予2年に処した(横浜地裁平成7年3月28日判決(平成4年(わ)第1172号,判例秘書の判例番号 L05050159))。
判決は,起訴の対象となった致死行為が許容されるかを判断する前提として,それ以前に行われた治療行為の中止等がどの程度許容されるかも検討する必要があるとして,治療行為の中止と安楽死の一般的な許容要件を検討した。

2 治療行為の中止の3要件

判決は,治療行為の中止を,患者の自己決定権の理論と医師の治療義務の限界を根拠に,一定の要件の下で許容されるものとした。
その要件として,次の3つを挙げている。
「一 患者が治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあることが、まず必要である。」
「二 治療行為の中止を求める患者の意思表示が存在し、それは治療行為の中止を行う時点で存在することが必要である。」
三つ目として,中止の対象となる措置は,「薬物投与、化学療法、人工透析、人工呼吸器、輸血、栄養・水分補給など、疾病を治療するための治療措置及び対症療法である治療措置、さらには生命維持のための治療措置など」,すべてが対象となってよいとした。
ただし,どの措置をいつ中止するかは,死期の切迫の程度,当該措置の中止による死期への影響の程度等を考慮して,自然の死を迎えさせるという目的に沿って決定されるべきであるとしている。

(1) 死の回避不可能性の判断

判決は,死の回避不可能な状態に至ったかどうかは,複数の医師による反覆した診断によるのが望ましいとした。
また,中止の対象となる行為が死期に与える影響の程度によって,中止が認められる段階は相対的にとらえられるとしている。

(2) 患者の意思の推定と家族の意思表示

判決は,中止を検討する段階で患者の明確な意思表示がないときは,患者の推定的意思によることを是認してよいとした。
事前の文書による意思表示(リビング・ウイル等)や口頭の意思表示は推定の有力な証拠となるが,中止の検討時点と余りにかけ離れた時点のものや内容が漠然としたものは,家族の意思表示により補う必要があるとしている。
家族の意思表示から患者の意思を推定するには,家族が患者の性格,価値観,人生観等を十分に知り,患者の病状,治療内容,予後等について十分な情報と正確な認識を持った上で,患者の立場に立って真摯に考慮した意思表示であることが必要であり,これを判断する医師側も,患者と家族をよく理解する適確な立場にあることが必要であるとした。
その上で,「疑わしきは生命の維持を利益にとの考えを優先させ、意思の推定に慎重さを欠くことがあってはならない」としている。

3 積極的安楽死の4要件

判決は,医師による末期患者に対する致死行為が積極的安楽死として許容されるための要件を,「(1)患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること、(2)患者は死が避けられず、その末期が迫っていること、(3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと、(4)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること」とまとめた。

4 本件への当てはめ

判決は,患者が死期の迫った回復不可能な状態にあったことは認めたが,患者は正確な病名を知らされておらず,治療の中止について明確な意思表示をしていなかったとした。
家族の意思表示については,家族自身が患者の状態,特に中止の動機となる苦痛の性質・内容を正確に認識していなかったこと,被告人も担当医となって2週間足らずで,家族の意思表示が患者の意思を推定させるに足りるかを判断できる立場になかったことから,患者の推定的意思を認定できないとした。
そのため,点滴等の取り外しは法的な許容要件を満たしていなかったと評価した。
起訴された塩化カリウム等の注射については,除去すべき肉体的苦痛が存在せず,患者本人の意思表示も欠けていたことから,積極的安楽死の要件を満たさないとした。

第3 川崎協同病院事件の第一審判決

1 事案と主文

気管支喘息の重積発作で心肺停止となり,蘇生後も昏睡状態が続いた患者について,平成10年11月16日,主治医であった被告人が,気道確保のために挿入されていた気管内チューブを抜管し,その後の苦悶様呼吸を止めるため,准看護婦に指示して筋弛緩剤ミオブロックを静脈注射させ,患者を死亡させた事案である。
第一審判決は,被告人を懲役3年,執行猶予5年に処した(横浜地裁平成17年3月25日判決(平成14年(わ)第3802号,判例秘書の判例番号 L06050114))。
判決は,抜管のみでも死亡に至ることを認めることができ,被害者を死亡させるという故意の連続性の下で抜管と筋弛緩剤の投与が行われたとして,その全体を殺人の実行行為に当たるとした。

2 治療中止の根拠と要件

(1) 自己決定の前提となる事項

判決は,治療中止は「患者の自己決定の尊重と医学的判断に基づく治療義務の限界を根拠として認められる」とした。
自己決定については,回復の見込みがなく死が目前に迫っていること,それを患者が正確に理解し判断能力を保持していることが不可欠の前提となるとした。
回復不能で死期が切迫していることは,医学的に行うべき治療や検査等を尽くし,他の医師の意見等も徴して確定的な診断がなされるべきであり,「疑わしきは生命の利益に」という原則の下で慎重に判断されなければならないとしている。

(2) 真意の探求と治療義務の限界

本人の意思を直接確認できないときは,本人の事前の意思が記録化されたもの(リビング・ウイル等)や,同居している家族等の患者の生き方・考え方等をよく知る者による意思の推測を手掛かりに真意を探求し,それでも真意が不明であれば,医師は患者の生命保護を優先させるべきであるとした。
治療義務の限界については,医学的に有効な治療が限界に達している状況に至れば,医学的にみて有害あるいは意味がないと判断される治療を続ける法的義務はないとしつつ,その判断は医学的な治療の有効性等に限られるべきであるとした。
その上で,被告人が脳波等の検査すら実施しておらず,回復の可能性や死期切迫の程度を判断する十分な検査等が尽くされていないことを指摘している。

第4 川崎協同病院事件の控訴審判決

1 家族の要請についての認定の変更

控訴審判決(東京高裁平成19年2月28日判決・平成17年(う)第1419号)は,第一審判決が家族の要請はなかったと認定したのに対し,カルテや看護記録の記載,家族の事後の態度,看護婦の供述等から,本件抜管について家族からの要請があったことは否定できないと認定を改めた。
もっとも,被告人において家族を諦めの方向に誘導した嫌いがあり,家族との意思疎通も必ずしも十分ではなかったとしている。

2 二つの考え方とその限界

(1) 自己決定権による考え方の限界

判決は,患者の自己決定権から治療中止を適法とする考え方について,終末期の患者は意思を表明できないことが多く,家族による自己決定の代行か家族の意見等による患者の意思の推定によることになるが,代行は認められないのが普通であり,推定もフィクションにならざるを得ない面があるとした。
さらに,家族の意思を重視することは必要であるが,そこには「終末期医療に伴う家族の経済的・精神的な負担等の回避という患者本人の気持ちには必ずしも沿わない思惑が入り込む危険性がつきまとう」と述べた。

(2) 治療義務の限界による考え方の限界

治療義務の限界から説明する考え方については,救命の可能性がどの程度なら治療義務がなくなるのかという問題がつきまとうこと,治療中止を不作為と解することが前提となるが,本件の筋弛緩剤の投与は明らかに作為であること等を指摘した。
その上で,「こうしてみると,いずれのアプローチにも解釈上の限界があり,尊厳死の問題を抜本的に解決するには,尊厳死法の制定ないしこれに代わり得るガイドラインの策定が必要であろう。」と述べた。

3 一般的な要件を定めなかった理由と本件の判断

判決は,尊厳死を適法とする場合には,実体的な要件だけでなく,家族の同意書の要否や様式,医師側の判断手続やその主体といった手続的な要件も欠かせず,この問題は「司法が抜本的な解決を図るような問題ではない」とした。
その上で,裁判所は一般的な要件を定立して当てはめるのではなく,具体的な事案の解決に必要な範囲で要件を仮定して検討することも許されるとし,自己決定権と治療義務の限界の双方の観点から適法とすることができなければ殺人罪の成立を認めざるを得ないとした。
本件では,いずれの考え方によっても適法とはできないので,尊厳死の要件を仮に定立しても,それは結論を導くのに不可欠でない傍論にすぎず,傍論として示すのはかえって不適切とさえいえるとしている。

(1) 自己決定権の観点からの判断

患者が終末期の治療についてどのような考えを持っていたかを推測する手掛かりは証拠上全く不明であり,家族の意思は手掛かりの一つにすぎず,家族の意思のみをもって患者の意思と同視することはできないとした。
被告人は長年の主治医であったが外来診療だけであり,家族の意思が患者の意思と直ちに同視できるかを判断できる立場になかったとしている。

(2) 治療義務の限界の観点からの判断

鑑定によれば,脳波や画像といった余命の推定に必要な臨床的情報が揃っておらず,発症から2週間の時点でもあることから,余命は幅をもたせた推定しかできないとされた。
判決は,約1週間後に死に至るのが不可避であったとはいえず,死期が切迫していたとは認められないとし,治療が医学的におよそ意味がないとされていたわけでもないので,治療義務が限界に達していたとは認められないとした。

4 量刑の理由

判決は,家族からの要請があったことを前提に,第一審の量刑を維持することは相当でないとして原判決を破棄し,被告人を懲役1年6月,執行猶予3年に処した。
量刑の理由では,余命も正確に分からない状況の下での抜管は早きに失したこと,家族の抜管要請を受けると直ちに被告人一人で抜管を決定したことは慎重さを欠いていたことを指摘した。
また,肉親の死に直面して動揺している家族が専門家に対して本当に思っていることを言うのは難しく,法律やガイドラインで家族の意思の確認を書面によるとしても,それが形式的なものとなってはならないとし,被告人は家族の意向を再確認し,他の医師にも相談すべきであったとした。
他方で,治療中止について医療従事者が従うべき法的規範も医療倫理も確立されていない状況の下で決断を迫られたことなどを,被告人に有利な事情として考慮している。

第5 川崎協同病院事件の最高裁決定

1 判示の内容

最高裁は,上告を棄却した上で,職権で抜管行為の違法性について判断した(最高裁平成21年12月7日第三小法廷決定・平成19年(あ)第585号,刑集63巻11号1899頁)。
決定は,事実経過として,入院後に人工呼吸器が取り外され,舌根沈下を防止し痰を吸引するために気管内チューブが残されていたこと,被告人が家族の要請を受けてその気管内チューブを抜管し,その後に筋弛緩剤ミオブロックを投与させたことを摘示している。

その上で,決定は次のとおり判示した。
「本件抜管時までに,同人の余命等を判断するために必要とされる脳波等の検査は実施されておらず,発症からいまだ2週間の時点でもあり,その回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況にはなかったものと認められる。」
「本件気管内チューブの抜管は,被害者の回復をあきらめた家族からの要請に基づき行われたものであるが,その要請は上記の状況から認められるとおり被害者の病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなく,上記抜管行為が被害者の推定的意思に基づくということもできない。以上によれば,上記抜管行為は,法律上許容される治療中止には当たらないというべきである。」
そして,気管内チューブの抜管行為をミオブロックの投与行為と併せ殺人行為を構成するとした原判断を正当とした。

2 決定から読み取れることと読み取れないこと

(1) 決定が理由とした2点

決定が理由としたのは,①回復可能性や余命について的確な判断を下せる状況になかったこと,②家族の要請が病状等について適切な情報が伝えられた上でされたものではなく,推定的意思に基づくともいえないこと,の2点である。
いずれも,検査や説明という手続の欠落に関わる事情である。
したがって,医療機関の側から見れば,予後の判断資料を整えること,家族への説明の内容を具体的に記録すること,家族の要請と本人の推定的意思を区別して確認することが,決定から直接に導かれる実務上の課題になる。

(2) 一般的な要件は示されていないこと

決定は,治療中止が法律上許容されるための一般的な要件を示していない。
第一審判決や東海大学病院事件の判決が示した要件が最高裁で是認されたわけでもない。
4学会合同ガイドラインの説明文は,この決定について,最高裁として初めて患者の推定意思に基づく治療終了が許容される場合があることを認めたと解される点,末期状態に限定していないと解し得る点で重要であると評価しているが,これは決定の読み方としての評価である。
また,同説明文は,決定が人工呼吸器の終了を許容されないとしたと要約し,控訴審判決の年を2009年としているが,第5の1のとおり決定が扱ったのは気管内チューブの抜管であり,控訴審判決は平成19年(2007年)のものである。

第6 その後の指針と実務への示唆

1 行政と学会の指針

厚生労働省は,平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を公表し,平成30年3月の改訂で現在の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」となった。
同ガイドラインは,「生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本ガイドラインでは対象としない。」とした上で,本人の意思決定を基本とし,本人の意思を確認できないときは家族等が推定する意思を尊重する手順を示している。
救急・集中治療の分野では,令和8年9月に4学会合同ガイドラインが公表され,多職種による臨床倫理的な検討と共同意思決定,診療録の記載事項が具体化された。
控訴審判決が求めた手続的な要件は,これらの指針によって一定程度具体化されたといえる。
もっとも,指針は法律ではなく,指針に従えば刑事・民事の責任が当然に否定されるわけではない。

2 相談を受けたときの着眼点

4つの裁判例を通じて問題とされたのは,①回復可能性や死期の判断が検査や複数の医師の意見に基づいていたか,②本人の意思又は推定的意思が確認されていたか,③家族の意思表示が十分な情報と正確な認識に基づくものであったか,④決定が医師一人で行われていなかったか,⑤筋弛緩剤や塩化カリウムのように死亡を直接もたらす作為が行われていなかったか,である。
遺族や医療機関から相談を受けたときは,診療録,看護記録及び家族への説明の記録を,これらの観点から読むことになる。
診療録の記載事項と4学会合同ガイドラインの手順は,「4学会合同ガイドラインの法的位置付け」で整理している。
胃瘻後の反復入院で治療の差控え・中止が問題になる場面は,「胃瘻後に入退院を繰り返すときの本人意思」で整理している。

第7 出典・参考資料

1 裁判例

①横浜地方裁判所平成7年3月28日判決・平成4年(わ)第1172号(裁判所HP未掲載。判例秘書の判例番号 L05050159で全文を確認)
②横浜地方裁判所平成17年3月25日判決・平成14年(わ)第3802号(裁判所HP未掲載。判例秘書の判例番号 L06050114で全文を確認)
③東京高等裁判所平成19年2月28日判決・平成17年(う)第1419号(裁判所HP)
④最高裁判所第三小法廷平成21年12月7日決定・平成19年(あ)第585号・刑集63巻11号1899頁(裁判所HP)

2 行政機関の指針

①厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」平成30年3月改訂
②厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」平成19年5月

3 学会のガイドライン

①日本集中治療医学会・日本救急医学会・日本循環器学会・日本緩和医療学会「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」令和8年9月(説明文)