メインコンテンツへスキップ
       

租借地と割譲地の違い―ポーツマス条約の旅順・大連と南樺太から読む(AI作成)

第1 同じ条約でも移転する権利は異なる

日露戦争後のポーツマス条約は,旅順・大連についての租借権と,南樺太についての主権を伴う譲与を別の条項で定めた。
いずれも日本が権益を得た出来事であるが,移転した権利の内容,関係する国及び住民・財産の取扱いは同じではない。

本記事は,明治38年9月5日の日露両国講和条約について,国立公文書館の公布に関する御署名原本画像と同館掲載の書下しを基に,3条・5条・6条・9条・10条を比較する。
歴史上の条約が何を定めたかを説明するものであり,その後の条約や国家実行を検討せずに現在の領有権,国籍又は個人の財産権を判定するものではない。

対象中心となる条文移転・処理の対象
旅順・大連等5条租借権,これに関連する権利・特権等,公共営造物・財産
長春・旅順口間の鉄道等6条鉄道・支線,附属の権利・財産,鉄道に属する等の炭坑
南樺太及び附近の島嶼9条領域を完全な主権とともに譲与し,公共営造物・財産も処理

第2 租借権の移転―旅順・大連の5条

1 移転対象は租借権と関連する権利である

5条は,ロシア政府から日本政府への移転対象として,旅順口,大連及びその附近の領土・領水の租借権と,それに関連し又はその一部を構成する権利,特権及び譲与を挙げる。
さらに,租借権の及ぶ地域の公共営造物及び財産の移転を定めた。

ここで用いられている移転・譲渡という語は,その目的となる権利が何かと併せて読む必要がある。
租借権を移転するという条文を,9条と同じ内容の領域主権の譲与に置き換えることはできない。
また,国際法上の租借を国内の不動産賃貸借と同じ制度として扱わず,支配・行政等の権限の範囲と残存する権利を関係条約で確認する。

2 清国の承諾を別に確認する

5条は,清国政府の承諾をもって移転する旨を定め,日露両締約国がその承諾を得ることを互いに約している。
日露の二国間で合意したことと,租借に関係する清国の承諾の取得は,分けて確認しなければならない。

したがって,ポーツマス条約だけを引用して移転の実施過程まで全て説明したことにはならない。
その後の清国との合意や移転の具体的範囲を論じる場合には,対応する文書の原文を確認する必要がある。

第3 鉄道・炭坑の権益―6条を分けて読む

6条は,長春・旅順口間の鉄道とその支線,附属する権利・特権・財産及び所定の炭坑の移転を定める。
同条も清国政府の承諾に言及し,日露両国が承諾を得ることを約している。

この条項を5条と区別すると,ある地域に鉄道・鉱業等の権益が存在することと,その地域の領域主権を有することが同じではないと分かる。
鉄道に附属する財産や権利の範囲も,単に地図上で線路が通っている地域全体を指すと考えてはならない。

関連する3条は,租借権の及ぶ地域を除く満州からの撤兵と清国の専属の行政への還附を定めている。
撤兵,行政の還附,租借権及び鉄道権益という異なる事項を,まとめて領土の取得・喪失と表現しないことが重要である。

第4 領域の譲与―南樺太の9条

9条は,南樺太及びその附近の島嶼等を,完全な主権とともに日本政府へ永久に譲与する旨を定めた。
北方境界を北緯50度とし,正確な境界線の決定について附属の追加約款を参照する構造となっている。

5条の租借権の移転と比較すると,9条では主権を伴う領域の譲与が明示されている。
いずれも条約に譲渡・譲与等の語があるというだけで,同じ法的効果と説明することはできない。

また,この条文によって確認できるのは,明治38年の条約による処理である。
第二次世界大戦後の南樺太等の問題では,サンフランシスコ平和条約その他の資料を別に検討しなければならない。
後の放棄条項との関係は,次の記事で扱っている。
サンフランシスコ平和条約第2条はなぜ領土の帰属先を書かなかったのか-台湾、千島・南樺太及び南沙・西沙の起草過程

第5 領域の処理と財産権・住民の地位を分ける

1 公共財産と私人の財産は同じではない

5条は公共営造物・財産の移転を定めるとともに,当該地域のロシア臣民の財産権が完全に尊重されることを日本政府が約している。
国家間で権利が移転するという説明だけでは,地域内の私人の財産が全て同じように移転したことにはならない。

個人又は企業の権利を調査するときは,財産が公有か私有か,どの権利が誰から誰へ移転したか,保護条項があるかを特定する。
当時の条約上の保護と,その後の処分,権利承継,請求権処理及び現在の請求可能性も区別する必要がある。

2 住民の取扱いは対応する条文で確認する

10条は,日本に譲与された地域の住民たるロシア臣民について,不動産を売却して本国へ退去する自由や,在留する場合の日本の法律・管轄権への服従と財産権等の保護を定めた。
領域主権の移転,居住・退去,財産の保護及び国籍は,それぞれの根拠を確認すべき事項である。
住民に日本の法律が適用されるという条文だけから,特定人の国籍や現在の相続準拠法まで確定することはできない。

第6 歴史資料を事件調査に使う際の確認順序

条約を読むときは,①対象地域と時点,②主権・租借権・行政権等の権利の種類,③第三国の承諾,④公共財産と私有財産,⑤住民の地位,⑥後続の条約・処分を分けて記録する。
説明文に返還・譲渡・継承と書かれていても,原文で何が目的となっているかを確かめる。

明治期の地域・制度の名称を現在の法律用語へ置き換えすぎないことも必要である。
提供された研究書や公的機関の解説は資料を探す手掛かりとなるが,条約の本文,附属文書及び原本画像とは資料の性質を区別する。
具体的な財産・身分事件では,条約を確認した上で,個別の登記,契約,戸籍等の記録と当時の適用法を照合する。

第7 主な一次資料と参照範囲

①日露両国講和条約及追加約款・御署名原本。国立公文書館デジタルアーカイブ。
条約の公布に関する御署名原本であり,外交交渉で交換された署名原本そのものとは区別する。
本記事は主として講和条約3条・5条・6条・9条・10条の比較を扱う。
https://www.digital.archives.go.jp/file/693725

②国立公文書館学習コンテンツ「日露戦争」。書下しと御署名原本画像への案内がある。
同ページの学習用の設問・解説と,掲載された条約原文の内容は区別して参照する。
https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_10/collection_5/

③同コンテンツが提供する,公布に関する御署名原本画像PDF。
本記事の条文比較に関わるPDF実頁4~8頁の画像と,対応する書下しを照合した。
https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_10/collection_5/pdf/file_01.pdf