第1 ポーツマス条約は何を決めたのか
ポーツマス条約は,1905年9月5日に日本とロシアが署名した日露戦争の講和条約である。
本文15条と2項の追加約款によって,平和の回復,韓国・満洲に関する両国の関係,租借権・鉄道権益の移転,南樺太の譲与,住民や捕虜の取扱いなどを定めた。
一般に賠償金を得られなかった条約として知られるが,第13条には捕虜の保護給養費の精算がある。
また,署名日,発効日,公布日,正式の批准書交換日はそれぞれ異なるため,何が起きた日付なのかを分けて読むと条約の仕組みが分かりやすい。
本記事は,2026年10月19日を調査基準日として,1905年の条約の内容と,1925年・1951年の後続条約との関係を扱う。
条文の説明は当時の国家間の合意についてのものであり,現在の領有権や個別の財産請求権をこの条約だけで判断するものではない。
第2 全15条と追加約款の内容
条約の前半は韓国・満洲と権益の処理,後半は南樺太,住民,漁業・通商,捕虜,発効手続などを扱う。
次の表は各条の要点を整理したものであり,条件や例外を省いた条文の代用ではない。
| 条項 | 主な内容 | 読み分ける点 |
|---|---|---|
| 第1条 | 日露両国及び両国臣民間の平和・親睦 | 戦争後の平和関係を定める |
| 第2条 | 韓国における日本の政治・軍事・経済上の卓絶した利益をロシアが承認 | 韓国自体の同意を示す条項ではない |
| 第3条 | 満洲からの撤兵と清国の専属行政への還附 | 遼東半島の租借地には例外がある |
| 第4条 | 満洲の商工業発達のため清国が採る列国共通の措置を妨げない | 日露両国による不妨害の約束 |
| 第5条 | 旅順・大連等の租借権及び関連する権利・財産の譲渡 | 清国政府の承諾を予定する |
| 第6条 | 長春・旅順口間の鉄道,支線,付属権益・財産,関連炭坑の譲渡 | 清国政府の承諾と無補償の移転 |
| 第7条 | 満洲の鉄道を商工業目的で経営する約束 | 租借地内の鉄道には例外がある |
| 第8条 | 満洲の接続鉄道業務について別約を結ぶこと | 条約本文だけで業務条件が完結しない |
| 第9条 | 南樺太及び付近の島々等を完全な主権とともに日本へ譲与 | 北緯50度を境界の基準とする |
| 第10条 | 譲与地域のロシア住民の退去・残留,財産の取扱い | 残留には例外があり,財産保護も定める |
| 第11条 | 日本臣民の漁業権についてロシアが協約締結に同意 | 日本海・オホーツク海・ベーリング海のロシア沿岸を対象とする |
| 第12条 | 新たな通商航海条約までの暫定的な通商関係 | 相互条件による最恵国待遇 |
| 第13条 | 捕虜の返還と保護給養費の精算 | 一般賠償金とは別の直接費用 |
| 第14条 | 批准の通告,発効,正式な批准書交換 | 最後の通告によって全面発効する |
| 第15条 | 英語・フランス語による各2通の作成と解釈 | 英仏文の解釈に相違があれば仏文による |
| 追加約款第1項 | 撤兵期限及び鉄道守備兵 | 18か月,鉄道1キロメートル当たり15名の上限等 |
| 追加約款第2項 | 樺太の境界委員と境界画定 | 地形上の偏りを他地点の対応する偏りで補う |
第2条で承認を与えている主体はロシアである。
日露間の条約による利益の承認と,韓国が当事者として同意することは同じではなく,この条項を韓国併合そのものと読むこともできない。
第3 賠償金を得られなかったことと捕虜費の精算
1 一般賠償金が条約に入らなかった経緯
条約には,ロシアが日本に戦争一般の賠償金を支払う条項は置かれていない。
一方で,領土,租借権,鉄道その他の権益の移転があるため,賠償金の有無だけでは条約の内容全体を表せない。
アジア歴史資料センターの講和交渉の解説によれば,賠償と樺太が主要な対立点となり,日本側は講和を優先して賠償要求を断念し,南樺太の譲与を受ける形で合意した。
この交渉の帰結と,第13条に残された特定費用の精算は分けて理解する必要がある。
2 第13条が定めた直接費用の差額返戻
第13条は,捕虜の返還に加え,各国が相手国の捕虜を保護・給養するために直接支出した費用の計算書を交換することを定めた。
その上で,ロシアが支出した額と日本が支出した額の差額を,ロシアが日本へ返戻する仕組みを置いている。
したがって,賠償金がないことを,ロシアから日本への金銭の返戻を定める条項が一切ないという意味に広げると,第13条を見落とす。
ここで説明しているのは条約上の精算方法であり,実際の支払額や支払実績を示すものではない。
第4 署名・発効・公布・批准書交換の日付
ポーツマス条約は,正式な批准書交換を待って発効する仕組みではなかった。
第14条は,両国が批准を通告し,最後の通告の日から条約全部が効力を生ずると定め,正式の批准書交換をその後の手続としている。
| 段階 | 日付 | 意味 |
|---|---|---|
| 署名 | 1905年9月5日 | 日露両国が条約に署名 |
| 批准の相互通告・発効 | 1905年10月15日 | 第14条による最後の通告で全面発効 |
| 公布 | 1905年10月16日 | 日本で条約内容を公示 |
| 正式の批准書交換 | 1905年11月25日 | ワシントンで行われた後続の正式手続 |
国立公文書館の解説は,10月15日に批准が相互通告され,条約が発効したとしている。
米国務省が公刊する当時の外交記録にも,10月15日付の通告が収録されており,11月25日の批准書交換と区別して確認できる。
第14条には,署名から50日以内に批准の通告を行うことも定められている。
批准する行為,その通告,発効,批准書の正式交換を一つの日付へまとめないことが,この条約の日付を読む要点である。
第5 南樺太の譲与と満洲の権益移転
1 租借権・鉄道権益と領土の主権
(1) 旅順・大連の租借権と鉄道権益
第5条が譲渡の対象としたのは,旅順・大連とその付近の領土・領水に関する租借権,これに結び付く権利・特権・特許及び財産である。
第6条は,長春・旅順口間の鉄道と支線,付属する権益・財産,関連炭坑の移転を定めている。
(2) 南樺太の主権を伴う譲与
第9条は,樺太南部と付近の島々,公共営造物・財産を,完全な主権とともに日本へ譲与する内容である。
租借権や鉄道権益を扱う第5・6条とは,移転する権利の性質が異なる。
北緯50度は第9条の境界基準であり,追加約款第2項は両国同数の境界委員による画定を定めた。
地形上必要となる北緯50度からの偏りを,他地点での対応する偏りによって補うことも予定されており,条約上の基準と現地での境界画定手続を区別できる。
租借権と主権の違い,住民・私人財産との関係は,租借地と割譲地の違い―ポーツマス条約の旅順・大連と南樺太から読むで詳しく説明している。
2 清国の承諾を必要とした理由と後続条約
第5・6条は,清国政府の承諾を条件として権利移転を定め,日露両国がその承諾を得ることを約している。
第3条も,租借地を除く満洲を清国の専属行政へ還附することを定めており,満洲全体の主権をロシアから日本へ移す条約ではない。
これに対応する1905年12月22日の日清間満洲に関する条約第1条は,清国政府がポーツマス条約第5・6条による譲渡を承諾すると定めた。
日露間の講和条約で移転を約した段階と,清国が後続条約で承諾した段階を分けると,当事国の異なる二つの文書の関係が見えてくる。
第6 撤兵・住民・漁業と通商の条件
1 満洲撤兵の期限と鉄道守備兵の例外
(1) 18か月以内の撤兵
追加約款第1項は,条約発効から18か月以内に,遼東半島の租借地を除く満洲からの撤兵を完了することを定める。
これは条約上の期限であり,表にある18か月という数値自体が,実際の撤兵完了を証明するものではない。
(2) 鉄道を保護する守備兵
同項は,両国がそれぞれの満洲の鉄道線路を保護する守備兵を置くことを認め,人数を1キロメートル当たり15名以内としている。
この数は固定的な配置人数ではなく上限であり,両国は実際の必要に照らして,可能な限り少数に定めることを約した。
第7条も,鉄道を商工業目的で経営し,戦略目的で経営しないとする一方,租借地内の鉄道をその制限から除いている。
撤兵や非軍事的利用の原則だけを取り出すと,条文にある例外が抜け落ちる。
2 南樺太のロシア住民と財産
第10条は,譲与地域のロシア住民が不動産を売却して退去する自由と,残留して生業に従う場合の扱いを定めた。
残留者は日本の法令・管轄に従う一方,日本はその職業への従事と財産権の行使を保護することを約している。
ただし,第10条は,政治上又は行政上の権能を失った住民について,日本政府が居住の許可を撤回し,又は退去を求めることを認めている。
その場合にも財産に関する権利を尊重すると定めており,領土の主権が移ったことと,住民の財産が当然にすべて失われることは同じではない。
3 漁業協約と暫定的な通商関係
(1) 将来の協約を予定した漁業権
第11条は,日本海・オホーツク海・ベーリング海のロシア沿岸における日本臣民の漁業権について,ロシアが日本と協約を結ぶことに同意する内容である。
既にロシア人又は外国人がその地方で持つ権利を害しないことも約しており,具体的条件を後の協約へつなぐ条項として読むことができる。
(2) 新たな通商航海条約までの取扱い
第12条は,戦争によって従前の通商航海条約が廃止されたことを踏まえ,新たな条約を結ぶまで,関税・航海・通商について相互条件による最恵国待遇を定めた。
第11条の漁業と同じく,講和条約で骨格を定め,その後の取決めへ接続する仕組みが分かる。
第7 1925年・1951年の条約との関係
1 1925年の日ソ基本条約
1925年の日ソ基本条約第2条は,ポーツマス条約が完全に効力を存続することをソ連が約する内容である。
これに付されたソ連側の声明は,旧帝政政府による締結についての政治上の責任を認めるものではないとし,条約の効力存続と締結の政治的評価を区別した。
2 1951年の平和条約による権利放棄
1951年のサンフランシスコ平和条約第2条(c)は,千島列島並びにポーツマス条約の結果として日本が主権を獲得した樺太の一部及び付近の島々に対する権利・権原・請求権の放棄を定めた。
同条は放棄先となる国を指定しておらず,第25条の非当事国に関する規定も含め,後続の法的文書を併せて読む必要がある。
放棄と帰属先の問題は,サンフランシスコ平和条約第2条と領土問題で各国資料との関係を扱っている。
条文の起草過程については,同条が領土の帰属先を書かなかった理由を参照されたい。
第8 出典・参考資料
1 条約・外交記録の公刊本文
①日露講和条約(ポーツマス条約)
https://worldjpn.net/documents/texts/pw/19050905.T1J.html(1905年9月5日,本文15条及び追加約款2項。「世界と日本」掲載。掲載元書誌:外務省『日本外交年表竝主要文書』上巻245頁~249頁)。
②国立公文書館「日露講和条約」
https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_10/collection_5/(公布文書の書下し,第1条~第15条。追加約款は省略)。
③米国務省FRUS1905年・Document 909
https://history.state.gov/historicaldocuments/frus1905/d909(Eddyの1905年10月16日付報告及び附属の10月15日付通告)。
④日清間満洲に関する条約
https://worldjpn.net/documents/texts/pw/19051222.T1J.html(1905年12月22日,第1条。掲載元書誌:外務省条約局『條約彙纂』第1巻改訂版672頁~689頁)。
⑤日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集
https://www.ru.emb-japan.go.jp/japan/JRELATIONSHIP/1992.html(日本国外務省・ロシア連邦外務省,1992年9月。第3期(1)の日ソ基本条約第2条・声明,第4期(4)のサンフランシスコ平和条約第2条(c)・第25条)。
2 公文書館による歴史解説
①国立公文書館「日露講和条約(ポーツマス条約)が結ばれる」
https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m38_1905_02.html(署名,相互通告による発効及び公布の日付)。
②アジア歴史資料センター「ポーツマス会議開始」
https://www.jacar.go.jp/exhibition/nichiro2/sensoushi/seiji08_detail.html(講和交渉の経緯,賠償及び樺太をめぐる交渉)。
第15条は,英仏文の解釈に相違がある場合にフランス語の文によると定めている。
上記の日本語公刊本文による内容説明と,特定語句について仏英の署名原本を比較して行う解釈とは区別される。