第1 最初に四つの問題を分ける
国家承認,政府承認,外交関係の開設及び条約上の権利義務関係は,関連するが同じ問題ではない。
外国に関係する裁判では,国名や国交の有無だけで結論を出さず,誰が当事者であり,誰がその者を代表し,どの規則によってどの権利を主張するのかを順に確認する必要がある。
本記事は,日中共同声明,光華寮訴訟の最高裁平成19年3月27日判決及び北朝鮮映画事件の最高裁平成23年12月8日判決を中心に,日本の裁判との接点を整理する。
国家成立や分離独立の要件,台湾の国際法上の地位に関する学説全体を判定するものではない。
| 問題 | 確認する内容 | 裁判で関係する場面 |
|---|---|---|
| 国家承認 | 相手の政治的集団を国家として扱うこと | 未承認国との個別条約の関係等 |
| 政府承認 | ある国家を代表する政府としてどの政府を扱うか | 国家の訴訟上の代表権等 |
| 外交関係 | 外交関係を開設・維持しているか | 外交使節の派遣,外交上の連絡等 |
| 個別条約の関係 | 当事国資格に加え,その国との間で権利義務が生じるか | 条約を通じた私人の権利保護等 |
第2 政府の承認が変わっても国家の交代とは限らない
1 日中共同声明の「承認」の対象
昭和47年9月29日の日中共同声明第2項は,日本国政府が中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認する旨を定めた。
ここで文言上の対象となっているのは,中国を代表する政府である。
同声明第3項の台湾に関する中国側の立場と,それに対する日本側の説明も,第2項と分けて読む必要がある。
政府承認の変更から,国家の同一性,領域の帰属,国有財産の所有権及び個人の国籍について,一つの結論が自動的に生じると考えることはできない。
何の法的効果が問題となっているのかを特定した上で,条約,国内法,裁判例及び当該事件の事実を確認する。
2 光華寮訴訟における国家と政府
光華寮訴訟では,京都市内の建物について明渡し等を求める訴えが昭和42年に提起され,訴状の原告は「中華民国」,代表者はその駐日特命全権大使と表示されていた。
訴訟係属中に日中共同声明が発出されたため,誰が原告であり,誰が原告を代表できるのかが問題となった。
最高裁は,原告として確定されるべき者を,訴え提起当時に国名を中華民国としていた中国国家であるとした。
その上で,政府承認の変更により,従前の外交使節が有していた中国国家の日本における代表権が消滅したと判断した。
同一の国家について代表する政府と外交使節が変わる問題を,訴訟当事者となる国家そのものの交代と同一視していない。
第3 光華寮訴訟で手続が中断した理由
1 当事者の確定と代表権を分ける
同判決は,代表権の消滅が公知の事実である場合には,民事訴訟法上の通知があった場合と同視できるとして,代表権消滅の効力を認めた。
さらに,従前の外交使節から授権された訴訟代理人がいても,代表権消滅時に訴訟手続が中断するとした。
通常,訴訟代理人が選任されている場合には中断しないという規律がある。
しかし,この事件では,従前の政府が代表権の発生母体としての根拠を失い,新たに承認された政府とは利害が異なるため,従前の授権だけで代理人が訴訟を続けることは国家の利益を害するおそれがあると説明された。
この事案固有の理由を,通常の法人代表者の交代にそのまま広げてはならない。
2 所有権の帰属を確定した判決ではない
最高裁は原判決を破棄し,第1審判決を取り消して,事件を京都地方裁判所へ差し戻した。
判決が中心的に判断したのは,当事者,代表権及び手続の中断である。
建物の所有権を最終的にどの主体が有するかまで確定したものではない。
詳しい手続経過と判決の射程は,次の記事で整理している。
光華寮訴訟とは―中国政府の承認,原告の確定及び訴訟手続の中断・受継(AI作成)
第4 国交の有無だけで条約関係は決まらない
条約法に関するウィーン条約74条は,外交関係又は領事関係の不存在・断絶が国家間の条約締結を妨げないことなどを定める。
63条も,外交関係又は領事関係の断絶が,原則として条約によって設定された法律関係に影響しないとする一方,その関係の存在が条約の適用に不可欠な場合を区別している。
したがって,国交がないという事情だけで,全ての条約関係が存在しない,あるいは既存条約が全て終了したと説明するのは適切でない。
他方で,特定の多数国間条約の締約国一覧に双方の国名があることだけで,個別の権利義務関係まで確定できるとも限らない。
なお,同条約4条は同条約自身の時間的適用を定める。
古い文書や過去の出来事については,条約法条約そのものの適用と,独立して適用される国際法上の規則の問題を区別する必要がある。
第5 北朝鮮映画事件が示した個別条約の確認
1 条約加入国の一覧だけでは足りなかった事案
最高裁平成23年12月8日判決では,北朝鮮で製作された映画が,ベルヌ条約により日本が保護義務を負う著作物として著作権法6条3号に当たるかが問題となった。
最高裁は,日本について既に効力を生じた多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,その加入だけで直ちに日本との条約上の権利義務関係が生じるとはいえないとした。
ただし,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を負担する場合等を留保している。
その上で,ベルヌ条約の性質と,当時の日本による告示及び政府見解を検討し,本件各映画について同号による保護義務を否定した。
これは個別条約と当時の取扱いに即した判断であり,未承認国に関係する全ての条約又は私人の権利を一律に否定したものではない。
2 私人の権利について別の保護経路も確認する
著作権法6条には,日本国民等の著作物,国内で最初に発行された著作物等についての別の保護経路がある。
外国との条約関係だけを見て,これらの検討を省略することはできない。
また,政府の取扱いが現在も同じかが問題となる事件では,判決時の事実を現在の事実として流用せず,最新の告示・公式見解等を確認する。
事件の詳細と一般不法行為との関係は,次の記事を参照されたい。
北朝鮮映画事件―ベルヌ条約,未承認国及び著作権法6条3号(AI作成)
第6 相談・訴訟で確認する資料と順序
最初に,請求主体と相手方が,国家,政府機関,法人又は自然人のいずれかを確認する。
次に,行為・契約・権利取得・提訴の各時点を整理し,代表権や権利帰属を示す文書を集める。
国名の表記が変わっていても,別主体となったのか,同一主体の名称・代表機関が変わったのかを分けて検討する。
条約を根拠にする場合には,正式名称,適用条文,関係国についての発効時期,留保・宣言及び日本の個別の取扱いを確認する。
政府の声明はその政府の立場を示す資料であり,裁判所の判断と同じ種類の資料ではない。
判決についても,認定事実,争点,結論及び判断していない事項を分けて記録する。
外国国家を被告とする場合の国家免除や,外国への送達は,承認とは別に検討すべき手続上の問題である。
相続等で外国法の内容が問題となる場合も,国交の有無だけで適用法を決めず,日本の抵触法と当該外国法の資料を確認する必要がある。
第7 主な一次資料
①最高裁平成19年3月27日第三小法廷判決,昭和62年(オ)第685号,民集61巻2号711頁。
PDF1~2頁の当事者確定,2~4頁の代表権・中断及び主文を参照。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-34412.pdf
②最高裁平成23年12月8日第一小法廷判決,平成21年(受)第602号・同第603号,民集65巻9号3275頁。
PDF5~7頁の未承認国とベルヌ条約に関する判断を参照。
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-81813.pdf
③日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明,第2項・第3項。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
④条約法に関するウィーン条約,4条・63条・74条。国連掲載の条約原文。
https://legal.un.org/ilc/texts/instruments/english/conventions/1_1_1969.pdf